Fate/zero 混沌より這い寄る者たち   作:アイニ

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003

 待ち望んだ聖杯戦争が、ようやく開始された。

 それでも、冬木市の街並みは変わらない。聖杯戦争は魔術師と英霊による、秘匿されるべき神秘の戦だ。当然、一般市民が知るはずもない。

 そんな普段通りに見える街中を、悠々と歩く二人の人物。

 キャスターと龍之介だ。

「龍之介ー、今日は何食べたい?」

 厚手のダッフルコートを着たキャスターは現在、龍之介と似た髪色と眼をした子供に姿を変えている。普段の姿はあまりにも目立つので、変身のスキルを用いたためだ。それでも、キャスターの特徴たる中性的な美貌は健在だが。

 そのキャスターに尋ねられた龍之介は少し気だるげに、答える。

「んー……あったかいもんなら何でもいいかな、俺」

「なんでもかぁ。じゃ、きのこのクリームシチューとフランスパンにするよ。副菜はサーモンフライに、ホウレンソウとベーコンのソテーね」

 キャスターは万能的な化身ゆえに、専科百般:EXを保有する。大抵のことにおいてAランク相当の技能を発揮するスキルだ。

 よって、料理も当然大得意だ。

「龍之介は趣味の時以外はぼんやり気味だねー」

「あー。よく言われるよ」

 と、オレンジがかった茶髪を掻く。ひどく、面倒くさそうに。

 殺人鬼の姿ばかりが目立ち、ひょうきんで饒舌な印象を受ける龍之介だが、普段は喋るのも億劫なくらい無気力だ。片方の面しか知らぬなら、彼のギャップの激しさに驚くだろう。

 ただキャスターは、気に入った相手には甲斐甲斐しい性質のようだった。だらけた様子の龍之介に苛立つばかりか、むしろ上機嫌に彼の世話を焼く。手間が掛かる子ほど、可愛いという奴かもしれない。

 そうしていつものようにキャスターが先導して買い物していると、その大きな瞳が街ゆく人並みから浮いた人物を捉えた。

「……龍之介~」

「んぁ? なに?」

「サーヴァント見つけた」

 その言葉に、龍之介は重くしていた瞼を開く。

「嘘、どこどこ? どいつ?」

「あそこ。あのロシア系美女の隣にいる、金髪碧眼の子。黒スーツで男装してる、すっごい胸がちっちゃいの」

 かなり失礼な、しかし非常に的を得たキャスターの説明で、龍之介も二人の姿を発見する。

 二人の印象を例えるならば、姫と騎士。

 長い銀髪を靡かせる貴婦人然とした女性を、黒スーツの少女が紳士的にエスコートしている。どちらも整った容姿だが女が淑やかかつ柔和なのに対し、少女の方は凛々しく毅然としている。

 纏う空気はどこまでも清らかで、洗練されていた。

「印象的に、セイバーかランサー……多分セイバーのクラスだね。パッと見だけど、規律正しい騎士様って感じ? 遊び相手には良いけど、遊び仲間には出来そうにないなぁ。龍之介、ステータス見れる?」

 向こうの二人に勘付かれないようにしながら、こっそりと尋ねる。

 眼に回路を繋げて魔力を通した龍之介は、少女のステータスを覗いたあと、首を傾げる。

「……なぁ、セイバーって確か『最優』のサーヴァントだよな? そのステータスが、キャスターの師匠と同じ。いや、ちょっと下にも思えそうなくらいだけど」

「そりゃあ、僕が他のキャスターより優れてるってことじゃない? まぁサーヴァントに格下げされて、弱体化させられちゃってんだけどね。……ほんっとやになるよなぁ。今の状態で、クトゥグアやノーデンスと遭いたくないんですけど」

 クスクスと笑っていたが後半は打って変わり、苦々しい顔でぼやくキャスター。その表情から、相当に弱体化させられてるんだなと龍之介は推測した。

 じっと見られていることに気づくと、キャスターは笑みを浮かべ直して明るく喋り出す。

「ま、皆動き出すのは夜でしょ。帰ったら仮眠を取って、準備しようね」

「はーい」

 良い子の返事をして、龍之介たちは拠点に戻った。

 

  ◇◇◇

 

 午後八時を過ぎたころ、二騎のサーヴァントが殺しあった。

 片方は全身を黄金色に包んだ、傲然とした印象と面構えの若い男。

 もう一人は肌も髪も服も黒い、闇が人の形を成したような髑髏面。

 彼らはおそらく、アーチャーとアサシンだろう。と思ったのも、アーチャーらしき金の男が背後に浮かばせた武器を投擲し、侵入してきたアサシンらしき髑髏面を瞬殺したからだ。

 第四次聖杯戦争初日にして初の殺し合い。それはアーチャーによる圧倒的な勝利を持って、幕を閉じた。

 が、

「馬鹿だろコイツ」

 そのアーチャーたちのやり取りを『八百長』と見抜いたキャスターは、水晶玉を前にして真顔でぼやいた。

 それを聞き取った龍之介は、作業を一旦中止して師の方を向く。

「どしたの、師匠」

「いやさ、ちょっと質問して良い?」

「うん?」

「龍之介にもしアサシンのマスターになった仲間がいて、そいつと仲違いで敵対するフリをするなら、どうする?」

 水晶玉をクルクルと指先で回転させながらの質問にしばし考え、作戦を練り固めて、龍之介は少しずつ説明を始める。

「そうだなぁ……俺なら、まず一日か二日くらい大人しくさせるかなぁ。決行する場合は、遅効性の薬を……食事だと分かりやすいから塗布するタイプ? を仕込んで、俺をある程度身動き取れなくするんだ」

「うん、それで?」

「で、アサシンにそこを襲わせる。アサシン的には暗闇の方がいいから、薬が深夜あたりに効くように調整したほうが良いな。うん」

 死体分解用の鉈でグサッ、と刺す演技をしながら、答える龍之介。

「でだ、それを何とか避けたあと、アサシンのマスターが追撃を見舞う。多分逃げ惑うことになるから、先にトラップ仕掛けとくのもありかなぁ。薬で動きづらいから余裕がなくなってトラップに掛かりやすくなる分、演技臭さは消せるんじゃないかな」

「うんうん」

「攻撃を喰らう俺は魔術で防御しながら、師匠を呼ぶよ。アサシンと師匠とが殺し合って、俺とアサシンのマスターも殺しあう。軽く周辺が壊れる程度に」

「なるほど。それから?」

「アサシンはマスター、要するに人間を殺すのが得意なサーヴァントだから、同じサーヴァントの師匠とやり合うのはキツイだろ。だから薬の効果が切れた頃に、アサシンを先に切り上げさせて、二人が逃走。俺は師匠に言って、アサシンたちに追撃。……で、師匠に訊きたいんだけど」

 不意に顔を上げた茶色い瞳が、紅と蒼のオッドアイを見据える。

「あのアサシンって、生きてんの?」

「大方生きてるだろうね。たぶん身代わりか分身を作る宝具持ちだよ。そうでなくとも、彼らはアサシンを失っても平気なんだと思う」

「そっか。んじゃ、教会に逃げ込むまでにアサシンを抹殺。それと、少なくともマスターも怪我するくらいの威力で攻めるな。オッケーなら半殺しにする」

 メスについた血で、罠を仕掛けるなら此処にこう、攻撃威力と狙う場所はこのくらいと綴りながら、己ならこうするだろうと青年は語る。

「あとは裏切り者を完全に殺す名目で使い魔を張り付かせて、情報交換。アサシンのマスターも怪我を癒すために閉じこもる振りをしながら、他所の状態を調べたり奇襲してもらう。他の陣営がいくらか減ってから、残る陣営に一緒に攻め込む……ざっくりとだけど、俺が立てたのは大体こんな感じ。どお?」

 と、龍之介は己が策の評価を求めた。

 己自身を危険に晒し、相手も負傷させる八百長を。

 アサシンのマスターが心変わりすれば、キャスターが気まぐれを起こせば、容易くどちらかが死ぬようなやらせを。

 

 そうでもしなければ、参加者を騙し切ることなんて出来ないと思ったから。

 殺意なき演技で、聖杯を望み殺しあう者たちを騙せると思わなかったから。

 

 だからあえて――――龍之介はそんな策を練ったのだ。

 多くの人を殺め、命を奪った殺人鬼たる彼は、そんな策を練った。

 演技といえど殺し合いには、リアルティ溢れる殺戮劇が必要だと思って。

「合格」

 満足のいく教え子の答えに、キャスターは親指をグッと立てる。

「さすが龍之介だね、唐突な質問だったのに中々に素晴らしい策だ。……それに比べてアーチャーのマスターは、お粗末過ぎ。いくらやらせにしたって、あれはないない。相手がアサシンなんだから殊更にね」

 と、先ほどみた八百長試合にぐさぐさと手酷い評価を与えるキャスター。

 アサシンはクラス別スキルとして気配遮断を持っているのだ。それにアーチャーがすぐさま気づいて迎撃するのは不自然極まりない。

 しかも弟子に攻撃されたというのに、逃走する弟子を見送る甘さ。これで戦争しようというのだから笑える。片腹大激痛だ。

「彼、僕を腹痛で行動不能にしたいのかな? そんな風にすら思えてくるよ」

 だとしたら、彼の目論みは大成功だ。キャスターの腹筋はベキベキである。

 先ほどから酷評されっぱなしなマスター……遠坂時臣。

 情報によれば火属性を用いる優れた魔術師のようだが、どうやら実戦経験は皆無らしい。相手を策で弄するだけの謀略性、狡猾さがない。命のやり取りによる辛酸を舐めたことがないから、真っ向勝負しか出来ないだろう。

「あと、アーチャーの攻撃方法を見せたのは大失敗だ」

 フッ、とキャスターの唇に嘲笑が乗せられる。

「何? 師匠、もうアーチャーの正体が分かったわけ?」

「うん。あんな大量の武器を無差別に使役するってことは、あらゆる武器や宝をその手に収めた名高き男……人類最古の王者ギルガメッシュしかいない」

 だとしたら、あの一挙一動に滲む傲慢さも説明がつく。

 あれは己が始まりにして最強の王であることから裏打ちされた、絶対的な自尊心によるもの。此の世全てを手中に収め、一度は自らの手で不老不死を得んとしたほどの実力を持つ、絶対的存在であるからこその誇り。己が己であるがための気高さだ。

 この世の始まりはその足で世界を駆け廻り、天地を納めた自分也。

 あとから生まれた弱者が周囲に担がれ『王』を名乗るなど、不届き千万。

 だからこそ、ギルガメッシュは誇り高く傲慢なのだ。

「マスター……遠坂時臣は勝つために彼を呼んだみたいだけど、よりによって相性最悪のサーヴァントを選んじゃうなんてね。ギルガメッシュは王だけど冒険家でもあるから、型に倣ったような言動を取る相手は退屈極まりない」

 ギルガメッシュは色々と型破りな王なのだ。そして未知を愛する冒険者であったため、マスターになるなら同じく型破りな者が相応しい。

 遠坂時臣と対照的に、破天荒な人物こそが。

「彼、途中で飽きられて、ぶっ殺されるかもね」

 人一人の死を軽い口調で予測し、無邪気に語るキャスター。

 英霊を指定して召喚したい場合、呼びたい英霊と深い縁のある触媒を使用するのが望ましい。だから、聖杯戦争の参加者は触媒を容易してサーヴァントを召喚するものが多い。

 だが裏を返せば、マスターとの相性を無視して召喚するということだ。指定する英霊との縁深い触媒を選べば望む英霊を呼べるが、当然、マスターの方針や性格と合わぬサーヴァントが出てきてもおかしくない。

 キャスターも一応触媒となるものを用いての召喚だが、龍之介が(偶然)使ったのはラヴクラフトの小説だ。指定が緩い触媒だったから、彼の気質に合う者として自分が選ばれた。

「他の陣営はどんな感じだろうね? 仲良いかな、それとも最悪かな。決裂寸前になっちゃってる場合もあるかもね」

 とはいえ、他所の奴がどうなろうが知ったことではない。

 龍之介も同意見なのか、彼は至極平坦な相槌を打つ。

「ふーん。とりあえず、仲悪い陣営はご愁傷様ってことか」

「そだねー。ま、死んじゃうまでは遊ばせてもらおうよ。皆で仲良く、ね」

「だなっ」

 赤黒く染まったメスをクルクルと回し、龍之介はニッコリと笑う。冒涜的な所業をしていながら、浮かぶ表情は神の使いがごとく無垢で純粋だった。

 それに釣られて、キャスターも唇を綻ばせる。

「……倉庫街の辺りで魔力が動いてる。多分、他のサーヴァントたちだね」

「おっ? そろそろ行く?」

「うん。風邪引かないようにコート着て、必要な物持っていくんだよ?」

「分かってるって」

 明るく答えながら、龍之介は裾長いフードコートを着て、武器類を入れた鞄を背負う。

 武器は特性の狙撃銃と手榴心臓、革手袋の甲に取り付けた特殊な糸に、その他諸々。コートの裏には無論、作成した銃弾や爆弾を入れている。

 初日で遊ぶための準備はバッチリだ。

「それじゃ、行こうか」

 キャスターは愛弟子であるマスターへと手を差し伸べ、告げる。

 

 あぁ、アーチャーと比べて自分はなんと幸運なことか。

 これほどまでに、相性抜群のマスターを引いたのだから。

 




 虚淵玄氏曰く謀略などに関して神ということで、龍ちゃんなら八百長をどうするかについて語ってもらいました。
 もしするとしたら、こんな感じなのかな?
 いや、もっと凄いか……。

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