Fate/zero 混沌より這い寄る者たち   作:アイニ

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 冬木の港倉庫街の外れに、隠れるようにひっそりと彼らはいた。

 彫りの深い顔立ちと逞しい体躯、日焼けとは違う色黒の肌。日本人でないことは明らかな男たちは、積み荷を背に依頼客が来るのを待っている。

 背後にずらりと並んだ積荷は、高さがそうない縦長の長方形と大振りな正方形をしている。どちらも人一人が入りそうな大きさで、正方形に至っては時折ガタガタと音を立てながら揺れる始末。男の一人が、静かにしろとばかりに箱を蹴る。

 そうして待ち合わせの時刻が近づいた頃、依頼客がやって来た。

『やぁ、待たせたね』

 流暢なアラビア語で気さくに声を掛けるのは、黒々とした髪を短く刈った青年。すらりとした長躯を私物だろうダークスーツに包んでおり、手袋や靴は黒い本革製。引っ提げたアタッシュケースも黒で統一した徹底振りに、青年独特の拘りを感じる。

 彼を初めて見る新参者が惚けているが、慣れているのだろう。青年は特に気にした様子もなく歩み寄ってくる。

『頼んだものは用意出来てる?』

『あぁ、勿論だ』

 応と答えて、男は木箱を指先で軽く叩く。

『そう。なら良かった』

 満足のいく答えに青年は微笑みをたたえ、頬にかかる髪を払った。

 その顔貌は今まで見てきた誰よりも美しく、些細な仕草一つひとつが見惚れるほどに優美だ。身につけるものは黒で纏められているのに、地味という言葉が思い浮かばない。彼自身も含めて非常に華やかだ。

 彼と顔を合わせるのは何度目かになる男だったが、これほどの美貌の持ち主がいるのかと毎度のようにため息をつきたくなる。

『それで、幾らくらいになるかな』

『死んでる方は一体二十万、生きてる方はそうだな……一人当たり六十万くらいだな』

『分かった。はい、どうぞ』

 男は差し出されたアタッシュケースを受け取り、開いて中身を確認する。

 中に入っているのは日本円の札束。為替すれば、丁度先ほど要求した金の総額になるだろう。男は唇にうっすらと笑みを浮かべた。

『交渉成立だ。好きに持っていきな』

『これからも宜しくね』

『あぁ、こちらこそ』

 売人に客という関係にある二人の男は、互いに固く握手した。

 

 ――――戦場に転がってる死体と攫ってきた孤児でこれだけ儲けられるとは、夢のようだ。妙なものを頼む変人だが、容貌は秀麗で羽振りも良い。今後も仲良くしていきたいものである。

 目の前の男が人ならざる化け物と知らぬ男は、楽観的にそう思った。

 

  ◇◇◇

 

 召喚されたキャスターが第一に行ったのは、現代での権力と財力を得ることだった。

 龍之介は芸術家気質の殺人鬼。そしてキャスターは人が壊れて死ぬ姿を好む怪物だ。そうでなくとも、魔術回路があるだけの素人以外から魔力を得る必要があり、結果として生贄は必要不可欠だった。

 だがしかし、悲しいかな。好き勝手するには、ガタガタぬかす連中を黙らすだけの金と権力が必要なのである。

 幸い、この街は海に面しているので海外での貿易が可能だ。株などで手早く金を作ったキャスターは海外マフィアと手を組んで後ろ盾を作り、警察と直接交渉。コネクションと脅しで龍之介への干渉をなくすよう約束させた。

 そして生贄兼材料は、海外マフィアの伝手を利用し購入する方向で決定。

 仕入先は主にアフリカ大陸の、貧しい地域。抗争で量産される死体や、餓死するしか未来のない孤児や奴隷。どこで死のうと殺されようと誰にも悔やまれることのない、生まれることさえ望まれなかった者たちだ。

 このような方法を選んだのには、無論理由がある。

 第一はキャスターたちサーヴァントが召喚される切っ掛けとなった、聖杯戦争。それをするにあたり定められたのは、神秘の秘匿。魔術などを露呈させれば、排除が決定される。

 キャスター的にはそれはそれで面白そうだから別に構わないが、そうすると遊ぶ方向性が狭まってしまう。それはいけない。娯楽は多面的な方が良い。よって、魔術的方法を使わず金で解決することに決めたのだ。

 そしてもう一つの理由。他所から生贄を調達することにしたのは、冬木で集めると面倒くさそうなのに眼がつけられそうだと思ったからだ。

 真名がナイアーラトテップのキャスターは『混沌・悪』という英霊らしからぬ属性を持つが、サーヴァントというのは大抵は正義感が強そうな良い子ちゃんである。元が英雄なのだから当然だろう。

 そういう奴がいる中で、殺人事件を起こすのは弱みを与えるということだ。キャスターはか弱いクラスなのだ。セイバーなどから一斉に袋叩きにされる口実を、自分からわざわざ作ろうとは思わない。

 よって、このまどろっこしい方法を選んだ。

 幸い、龍之介からは文句がなかった。これからも、材料集めと魂喰いについてはこの方針で進むことになるだろう。以上。

 

 

 死体と孤児を買収したキャスターは、詠唱を用いて工房に運ぶ。

 移動させ終えたキャスターは変身を解いて霊体に戻り、拠点に向かった。

 キャスターたちの拠点は、街の死角になるような場所に立てられたビルだ。地上は三階建てで地下は二階という作りの、ちょっと変わったビル。それなりに値は張ったが、最高の条件が揃っている。当然、丸々一軒買い取った。

 地上の階には、さしてめぼしいものはない。三階には龍之介が作った(材料は市販の物)アートが展示されているが、地下に比べれば普通の範疇に収まるだろう。

 そして地下――――人避けの魔術を施したそこは、頑丈な扉を開いた途端に生臭さの混じった鉄錆の臭いが充満する。

 常識的な感性があれば不快に思う臭いを苦にもせず、キャスターは進む。実体化したキャスターは廊下の突き当たりに一室の、ドアノブに手を掛けた。

 開いた瞬間、血の臭いが強烈に鼻粘膜を刺激する。

 床一面を染める鮮血。壁には材料と作品が所狭しと並んでいる。

 ここは彼のために用意した工房。龍之介の愛する芸術品を生み出すためのアトリエ。血と恐怖、そして死に彩られた発明所だ。

 その主たる青年は、キャスターに背を向けて新たな芸術を作っている最中のようだった。

「龍之介~、何作ってるの?」

「ん? あぁ、師匠じゃん」

 キャスターの帰還に気づいた龍之介は振り返ると、師と呼ぶ怪物を歓迎するように両手を広げた。衛生面から着けさせたゴム製のエプロンと手袋には、夥しい量の血糊が付着している。

 そんな彼の背後には生きたまま腹を開かれ、腸を引きずり出された裸の少女が座っている。か細い悲鳴を漏らす彼女は、精神が限界に至りつつあった。

「今ね、悲鳴で奏でる人間オルガンを作ろうとしてんだよ。けどさ、なんか思ったより上手くいかないんだよなー。悲鳴の音色って、ピアノみたいに場所を変えれば変わるもんじゃないみたいでさ」

 いやぁ、困ったこまった。と、明るい声音で龍之介は語る。

 良識ある人間から考えて、龍之介の行いは非道そのものだ。正義感溢れる人物ならば、彼の無邪気な口調で述べられる内容に憤死したことだろう。

 しかし、彼の目の前に立つのは混沌と悪をこよなく愛するキャスターだ。可愛い教え子が困っているのならばと、子供を模した化け物は助言を与える。

「オルガンみたいな大型の楽器は、作るの自体が一苦労だからね。一朝一夕で納得のいくものはちょっと無理だと思うよ。……基礎と技術を培うためにも、まずは簡単な奴から作ってみれば?」

「簡単な奴って、例えば?」

「タンバリンや太鼓みたいな打楽器とか、あとはマラカスとか」

「ん~。簡単すぎて、すぐに飽きちまいそう」

「そう? 凝れば結構な物になると思うけど」

 龍之介の言葉にクスリと笑みを浮かべると、キャスターはあるモノを取り出す。楕円に近い球状の頭部と柄部分を持つ二つ一組の楽器……マラカスだ。

 ただ普通のマラカスと違うのは――――振った途端、まるでパイプオルガンを弾いているかのような多彩かつ繊細な音が鳴ったところだろう。

「うわ、何ソレ凄っ。どうなってんの?」

 これにはさしもの龍之介も興味を抱いたらしい。作業時に愛用する丸椅子から腰を挙げ、師の手に握られた楽器をマジマジと眺める。

 知りたい、教えて、と言わんばかりに目を輝かせるマスターの姿。それに満足を覚え、キャスターは仕掛けを教えてやることにした。

「中にいれる玉を小型のオルゴールボールにしてるんだよ」

「オルゴールボール?」

「日本なら北海道で売られてる、音玉って奴になるかな。始まりはケルト民族が創ったドルイドベル。玉の内部にオルゴールと同じような弦が張られてて、その上を金属の破片が転がることで音がする仕組みなんだよ。それを極小サイズにして複数作ったのを、これに詰めてみたの」

 口にすれば容易いが実行するのが不可能に等しいことを述べ、キャスターは再びマラカスを振る。そうすれば、しゃらん、と鈴とは違った柔らかで心地よい音色が奏でられた。

「玉は僕が作ったげるから、試しに製作してみない? 人骨とかを使ったオルガン・マラカス。材料はさっき補充したから、さ」

「やるやる! なんてCOOLなアイディアなんだ、さすが師匠!」

 興奮する龍之介の制作意欲は、背後で製作途中の人間オルガンから眼前の楽器へと完全に移行していた。

 これなら食べても怒られないなと判断したキャスターは、少女の肉体から魂を抜き取り、体内で保存する。これは魔力を補充する時に食べる予定だ。

 それから、龍之介の方へと振り返る。

「そういえば、勉強の方はどう?」

「順調じゅんちょう。さっき作った奴、見てみる?」

 言いながら龍之介が引き出しから取り出したのは、グロテスクな外装の銃と人の心臓だった。おぞましいことに、銃は軟骨や骨繊維などで作られている。他にも、引き出しには人の指や眼球、歯などが納められていた。

 ――――さらに、それらは肉眼で見るには難しいが、血で紋様や呪文のようなものが記されてある。

 そのおぞましい物品をしげしげと眺めた後、涼しい顔のキャスターは口を開く。

「結構な数が出来たんだねぇ。それで、効果は? 実地した?」

「あぁ。銃の方は歯とか装填して撃ったら肉が腐ったよ。一番威力があったのは指かなぁ、コンクリまで腐敗したくらいだし。この心臓の方は、指を撃ったのと同じ威力で範囲は手榴弾程度……もうちょっと広いくらいか? 多分、師匠の言ってた聖杯戦争でも問題なく使えると思うよ」

「サーヴァント相手にも通じる?」

「したことかないから分かんないって」

「じゃ、僕に撃ってみよっか」

 キャスターはそう言うと、色黒の細い腕を龍之介の前に差し出した。

「りょーかい。んじゃ、試し撃ちっと」

 龍之介は銃に眼球を装填すると、ノズルをキャスターの皮膚に突きつける。それから引き金に手を掛けた。

 発射した途端、腕の表皮に直撃した眼球は破裂し、中に詰まっていた液状組織をぶちまけた。

 それと同時に鼻を突く刺激臭が漂う。見れば、キャスターの腕が溶け、肉が腐食し、それが露出する骨にまで浸透しつつあった。

 魔力を流せば傷は再生していく。だが自らのマスターの一撃で腕を腐らされた事実までは、なかったことにはならない。

 しかしキャスターの顔に浮かぶのは笑みであり、花弁のような口元は満足そうに綻んでいる。

「うん。死霊術も呪術も、魔術使いとしてきちんと身についたみたいだね」

 と、教え子の明るい染髪を褒めるように撫でるくらいだ。

 

 

 召喚されたキャスターがコネクションを得るのと同時進行で行ったのは、龍之介に魔術を習得させることだ。

 魔術回路を持つ一般人でしかない龍之介の一番の強みは、魔術と全く関わりのないことである。頭でっかちな参加者は、キャスターのマスターである魔術士を探そうとするだろう。だが、その固定観念が頭にある限り、龍之介を見つけ出すことは出来ない。

 その最大の長所を殺す行動に出たのは、聖杯戦争について説明した時に彼がこう言ったからだ。

 

「俺もその聖杯戦争っていうの、見てみたい!!」

 

 好奇心旺盛な子供の眼でせがまれれば、キャスターも「一人より二人でやった方が絶対楽しい」と思い、マスターを参加させることにしたのである。

 魔術を教えたのは、聖杯戦争を少しでも「遊んで愉しむ」ためのバリエーションを増やすためだ。今から魔術師にするのは難しいので、魔術使い、そして魔術のジャンルを定めて教育したのだ。

 キャスターによる魔術の伝授は精神を押し潰す勢いのものだったが、教わる相手は龍之介。肉体が腐敗しながら死にいく幻覚に耐えたばかりか、それを更に催促した龍之介である。水を吸う乾いたスポンジが如く、魔術を驚くような速度で習得した彼は、キャスター的に「まぁ戦争に出ても大丈夫だろう」というレベルの魔術使いになった。

 龍之介が得た中で特に優れているのは、死霊術と呪術。魔術回路にちょっと手を加えたが、ほとんど彼自身の才能と勉学による賜物だ。他にも黒魔術や呪医術、心霊医術を教えたが、やはり主力となるのは前述した二つであろう。

 そうしてキャスターたちは戦争を愉しむために、準備した。

 全ては、聖杯戦争を面白おかしく遊ぶために。

「龍之介、そろそろだよ。もうすぐだ」

 紅と蒼の目を細め、キャスターはその美貌に期待の笑みを浮かべる。

「そうだな、あとちょっとで始まるんだよな。師匠っ」

 龍之介もまた、わくわくと頬を紅潮させて今か今かと待ち構える。

「今回の戦争、思いっきり遊ぶぞー!!」

「あぁ! Coolに楽しんでいこう!!」

 願いと命を掛けた、第四次聖杯戦争。

 七つある陣営の中で最も危険であろうキャスター陣営は、お祭り前の子供のように無邪気に笑った。

 


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