Fate/zero 混沌より這い寄る者たち   作:アイニ

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 久方ぶりの投稿。
 難産もあって、普段よりも短いです。


020

 時計が三時を指し示した後、

「とりあえず、その顔に付いたのと床に落ちたのは食べてね」

 ゲームの勝者たるキャスターはニッコリと笑いながら、敗者二人に告げた。

 

 

 ……まぁ、どんな結果であろうと負けは負け。敗者が勝者に文句を言うことは出来ない。というか、このキャスターは絶対に言わせない。

 そうして黙々と、己の顔に付着したクリームと、幸運にもトレイを下にして落ちたパイとを完食した綺礼と時臣。師弟は部屋の中央に置かれた物に注目する。

 真っ白なテーブルクロスを被った食卓、その上に広げられているのは甘く芳醇な香りを漂わせる菓子の数々だ。

 しっとりと焼き上げられた素朴なケーキに、チョコとクルミを混ぜたマフィン。カリカリに焼き上げられたクッキーと、メレンゲでふわふわに仕上げられたシフォンケーキ、食べやすい一口大サイズのプチパイ、砕いたアーモンドを纏わせカラリと上げたフライ、小さく切って砂糖をまぶし炒めたスイートソテー。大きなタルトには甘いココナッツクリームが敷き詰められ、ココット型に注ぎ込まれたプディングがカラメル色の焼き目をこちらへ披露している。

 多種多様な甘味の数々が遠坂邸の一室、そのテーブルの上で鎮座している。一件すると無差別に、衝動的に作ったと思うような菓子だが、一つだけ共通している物があった。

 ――――バナナだ。

 どれもがこれもが、個々に差はあれどバナナの香りを立ち上らせている。

 この匂い、湯気……間違いない。ついさっき焼き上がったばかりだ。

 ということはもしや、

「昨日、バナナが安売りしててさー」

 はははっと軽い調子で笑い声を立てながら、背後のキャスター陣営が言う。

 その発言で綺礼は確信した。

 なんてことだろう、この悪魔ども。人様の家に不法侵入して罠を設置したばかりか、台所を無断拝借しお菓子作りに興じていたのである。般若の面を作っていただけにしても、時臣の部屋に来るまで時間が掛かったのに疑問を抱いていたのだが、成程。そういうことなら頷ける。

 もしや制限時間を午後三時に定めたのも、出来立ての菓子を食べるためか。

 そして菓子に使ったバナナの残骸を床に敷き詰め、簡易トラップに。綺礼は間抜けにも、子供の悪戯じみた罠に見事引っかかったというわけだ。

 ちなみにクリームパイは熱々ではなかったので、事前に完成品を持ってきていたのだろう。いくら何でも出来立てのパイは顔に喰らいたくない。

「あと英雄王は、お菓子作ってる途中で来られました」

「バナナ足りなくなって買いに行こうとしたらさ、くれたんだよ」

 その言葉にアーチャーへと二人が視線を向けると、かの王は傲慢な笑みを浮かべ胸を張り答える。

「我が『王の財宝』は全ての原典を納めている。武器、防具はもちろん酒、玩具の類……無論バナナとてあるわ!」

 この英雄王、よりにもよって敵に手を貸したのか。

「ではでは、英雄王からどうぞ」

「どうぞー」

「ふん……王たる者が食うには少々似つかわしくない菓子もあるが……。幼心に帰り、汗だくで駆け回った貴様らに免じ食してやろうではないか」

「寛大なお心感謝します」

「ありがたやー」

 しかも綺礼たちの鬼ごっこをどこぞから見ていたらしい。

「いやー、それにしても楽しかったねー」

「そうだな師匠。次はどこの陣営と遊ぼうか?」

「うーん、セイバー陣営とかライダー陣営とか面白そうだけどなぁ。けどどこも捨てがたいし……他にも準備しないといけないことがあるからねぇ」

 と、次は誰を餌食にするか相談しながら自作の菓子を頬張る悪魔二人。

 綺礼たちも菓子は勧められたが、遠慮した。かなりきっぱりと拒否したのだが見た限りどちらも気にした様子がない。

 ……いや、違う。

 キャスターはニヤニヤ笑っている。なぜ笑っているのかというと、理由は綺礼の魔術の師、時臣である。敵陣営二人を目にしても何のアクションにも出ず、むしろ彼らを歓迎するかのようなアーチャーに冷や汗を浮かべているのを、面白がっている。

 成程。この二人が遠坂邸をわざわざ選んだ理由が分かった。彼らは今までいた陣営で最もダメージが少ない、慢心の多いアーチャー陣営にプレッシャーを掛けにきたのだ。それもマスターとサーヴァント、両者の関係に亀裂を入れる形になるように。

 やはり侮れない子供だ。警戒心を強めながらも、心のどこかになんとも言えぬ感情が湧く。

 それに戸惑いながら、オーロラ色の後ろ姿を見つめ続けた。

 

  ◇◇◇

 

「楽しかったなー、師匠」

「そうだねー」

 遠坂邸を後にし、公園で残りのケーキを頬張りながら二人は呟く。

「ところでスケッチの方はどう?」

「ばっちりだよ。ほら」

 クッキーを口端に咥えた問えば、龍之介が小振りなスケッチブックを掲げて見せる。

 端的に言えば、勝敗自体はどうでも良かった。

 あの鬼ごっこは文字通り、ただの遊びだ。別段負けたって構わない。負けたら負けたで、令呪を移し替える際に相手方の魔術回路にハッキングを仕掛けるだけだ。気づかれるまでは魔力の食い扶持にさせてもらうし、気づかれた場合は魔力を逆流させて暴発させれば良い。

 キャスターの大方の目的は、単純に遠坂邸の見取り図を作ることである。

「さて、これをあげたら何人飛びついてくれるかなー?」

 と、龍之介が描いた見取り図を眺めながら呟いてみる。

「んー……後半戦までを考えたら、一人か二人じゃねーの? 魔術師の工房には普通、入りたがらないもんなんだろ? 同盟組もうって考えそうなの、そんなにいないだろうし」

「まぁそうなんだけどね。でも、危険と分かったうえでも、来てくれる人いるかもなんだよねー」

 ――――なぁんか、あの子がついて来た感じがするし。

 ふふ、と瞳を艶美に細めながらキャスターは脳裏に彼の姿を浮かべる。

 母からは売られそうになり、属性の希少性から日々狙われ、そして異端だと拒絶され続けた青年。どれだけ努力しても最後は認められず、絶望のまま滅びた都市へ向かい、命絶とうとするも結局死にきれなかった男。

 彼を見つけた瞬間だ。化身などというものを生み出そうと考えたのは。

 人間を『自分』に変えるつもりは当初なかったが、今はそうして正解だったと思う。非道な運命を強いられてもまだ純粋に、無垢に、何も憎まずにいようとする者を、復讐者以上の化け物にし、破滅するまで眺めるのは存外面白かった。

 しかも、それでもまだ慕ってくれているのだから愉快である。その慕う相手もまた、自分を歪め、壊し、穢した存在だというのに。

「ほんと僕って、純粋で綺麗な子とつくづく縁があるってことかなぁ」

「んー?」

「ふふ、なんでもないよ。ただ、夜が楽しみだなって」

 英雄王からの貰い物の蜂蜜酒を弄びながら、首を傾げるマスターに言う。

 正直言えば、これを渡された時にはヒヤリとした。まだ遠坂時臣らには伝えていないだろうが、どうやら、こちらの正体に目星をつけ揺さぶりをかけてきている。やはりあの男は侮れない。

 だがそれもまた良しだ。

 高見の見物は、聖杯戦争に加担する前から既にし飽きた。なら思いっきり関与して、搔きまわしていきたい。そのために龍之介というマスターが露呈することを覚悟で、白昼堂々と一陣営の前に姿を出し、半端に情報をばら撒いたのだ。

 さて、現状で警戒すべきはガイアの意志から生み出された英雄王と、直感で真名に勘付き対策しかねない征服王、『全て遠き理想郷』という面倒な防御壁を持つ騎士王だろうか。バーサーカー陣営がこちらを襲撃する可能性は低いし、アサシンなどは自己保身もあって接触してこようとは思う間い。

 最も食い掛かってきそうなランサー陣営への対策は既に構築済みだ。それにおそらくだが、今夜あたりに彼が動いてディルムット・オディナに攻めかかる。

「あぁ、本当……楽しみだ」

 呟きながら、口端を避けるように釣り上げて、キャスターは嗤う。

 

 荊の冠を与えられた磔刑の男。

 魔女と呼ばれ火炙りにされた聖女。

 

 綺麗なモノを穢すのはなんとも背徳的で、それでいて優越感に浸される。

「さぁ、いつまで綺麗でいられるのかな……?」

 クツクツと嗤いながら、キャスターは壊れやすそうな、壊し甲斐のありそうな今回の玩具たちを思い浮かべる。

 彼らが壊れていく瞬間が、本当に楽しみだ。


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