鬼ごっこ色々考えたけど、難しい。
普段と比べて短めですが、宜しければお読みください。
注意:御ふざけ要素が多分にあります。
時間と所変わって遠坂邸、こちらではキャスターコンビと優雅+神父による鬼ごっこが繰り広げられていた。
現在廊下の床は、神父と子供――――言峰綺礼とキャスターにより幾度と踏みつけられている。
「あはは~、鬼さんこちらっ手の鳴る方へー!」
ケタケタと笑い、手拍子と共に逃げるキャスター。長ったらしい髪とひらひらした衣装の割に随分な足の速さだと、言峰は顔に出さず思う。
しかもだ、
「……ふっ!」
「おっとぉ!」
心臓、足、頭部を狙い投擲した黒鍵を、前方へ向かい回転しながらキャスターは避ける。先ほどから、魔術の類を使っている様子はない。
と思っていたら、
「とぉっ!」
獣が如く床に手足を付けると共に――――逆行。勢いよく高速で連続後転しながら、綺礼目掛け突貫してくる。
思わず横飛びで回避する。その後キャスターはぴょんと跳ね荒ぶる鷹のポーズで着地すると、そのまま廊下の端を曲がり、こちらの視界から姿を消した。
やられた、そう思った綺礼の口から舌打ちが零れる。
今のは『攻撃』ではない。単なる『御ふざけ』だ。それに翻弄され、綺礼はたった今、奴に逃げ道を与えてしまったのである。
先ほどからこんな調子だ。あの子供、分かり切っていたことだがトリッキー過ぎるのだ。行動がまるで読めない。
しかしすぐ気持ちを切り替え、逃げたキャスターを追跡する。
だが子供の姿は既にない。一秒も満たぬ速度で別の所へ移動したらしい。なんともおそろしき行動力とフットワークである。
それでも駆ける。広い屋敷のどこかにいるキャスターを捕らえるべく。
「やはりこちらを追ったのは正解だったな」
綺礼の口からそんな言葉が漏れる。
かつて代行者として幾多の敵を追い、抹殺した彼でさえ、既に五度も奴を見失っているのだ。サーヴァントとはいえ、標的と定めた相手を。
これが時臣ならばとっくの昔にキャスターに撒かれ、屋敷中を死に物狂いで探す羽目になっていたことだろう。……かといって、アサシンの尾行を撒き切った龍之介が楽かといえばそうでもないのだが。
だがそれは問題ではない。問題なのはキャスター側が定めた制限時間が、既に半分を切っていることだ。
果たして時間内に捕らえられるか。
心の中をそんな思いに支配されながら彼の子供を探す綺礼も、いつのまにやら鬼ごっこに夢中となっていた。
◇◇◇
対して、時臣もまた龍之介を必死に追いかけていた。
若々しくフットワークの良い青年を、彼は必至で追いかける。そこに普段の優雅たれ、という在り方は既にない。優雅はYU☆U☆GA☆と化している。
それはさもありなんというべきか。遠坂時臣は典型的な魔術師であり、その上得意とする属性が火だ。我が家であり拠点たる遠坂邸で、火の魔術など使えるはずもない。使ったら燃える。
そもそもこの二人、あらゆる意味で相性が最悪なのだ。
片や火属性、片や水属性。
片や魔術師、片や魔術師殺し。
片や堅物、片や奔放。
片や中年、片や青年。
属性的にも性格的にも、ついでに言えば体力的にも、時臣が龍之介に勝てる部分がないのである。
「ぜぇ……はぁ……ぜぇー……はぁー……」
「おじさん、おじさーん? ねぇちょっと、だいじょぶ?」
扱いの難しい低空飛行は鬼ごっこを始めてすぐに止める他なく、自らの足で殺人鬼を追いかけていた時臣は、生き絶え絶えだ。逃げる側である龍之介が思わず足を止め、振り向いて伺い立てるくらいに。
「な、なんでも……ない、さ。この程度」
それでもぎこちなく微笑み、汗びっしょりの顔で龍之介を見やる。
彼は汗一つ掻いてない、全く余裕の顔だった。
「えー? でも、ホントに大丈夫? 最初の方ぷかぷか浮いてたけど、あれでも曲がる時とか壁にぶつかってたりしたじゃん」
そう、それこそが時臣が低空飛行を止めた理由である。
龍之介があんまりにも細かく動き回るので、その動きに応じきれずあちこちに体を打ち付けてしまうのだ。
飛行系の魔術とはそもそも、広い屋外で使用することを前提に置いた魔術だ。調度品や壁が多い室内飛びは非常に危険極まりないのである。
「ふっ……何、この程度。なんてことはないさ、今は……そう、少し、少しばかり休憩を取ってるだけだよ」
しかしそれでも家訓、優雅たれは忘れない。汗で顔に張り付く髪を掻き上げながら、時臣は龍之介にそう告げた。
それを受けた龍之介は、
「そっか。じゃあ、そろそろペース上げよっか」
残酷な言葉を投げかける。
踵を返した彼は、力強く床を蹴った。――――途端、先ほど以上の速度で疾駆し、階段を飛び降りて、忽然と姿を消す。
「…………」
置いてきぼりにされた時臣は、ぶっちゃけ、絶望した。
◇◇◇
「んー、もう時間がちょっとだけになったね」
と、キャスターは時計を確認しながら呟く。
「そろそろ『出来上がる』頃だし、龍之介や彼と一緒に部屋に居ようかな」
呟いた後、子供は事前準備した部屋を目指し、トコトコと歩いて行った。
◇◇◇
タイムリミットは既に五分を切っていた。
「綺礼、確かに此処なのだね?」
「ええ。アサシンに聞いた話では、連中はこの部屋に篭っているそうです」
ヒソヒソと、扉の前で二人は話す。
しかしなんと無残な姿か。二人の衣服は汗を吸いぐっしょりと濡れていた。髪も顔に張り付き、ボリュームが何割か減ってしまっている。
しかし向かい合った顔は、疲労の色こそ帯びながらも真剣そのものだ。鬼気迫るその顔を見た者は、誰しもが息を呑んだことだろう。――――やってることが鬼ごっことさえ知らなければ。
「時臣師、私が部屋に突撃し奇襲を掛けます。そこに追い打ちを駆ける形で魔術を使ってください」
「そう、だね。……あんな奇天烈な陣営を御せるのならば、部屋一つくらいは安い物だ」
時臣も腹を括った。手に提げた杖をきつく握りしめ、綺礼同様に耳を澄ませる。
扉の向こうでは賑やかな話し声がしている。こちらは散々必死に追いかけたというのに、向こうは完全に楽しんでいる様子だ。まだ本気を出していなかったのだろう。もう時間が少ないというのもあるかもしれない。
随分と余裕たっぷりだ――――そこを狙う。
どんな生き物であれ、余裕が、慢心がある時こそが好機なのである。窮鼠に噛まれた猫のように、悠然としている時は、攻め入る隙がある。
残り時間は一分を切った。今こそが最後にして最大のチャンスだ。
綺礼は時臣にアイコンタクトを取り、そうして話が最大に盛り上がっている時を狙って扉を蹴破り、全速で室内へと侵入した。
――――途端、ずっこけた。
「綺礼!?」
突如すっころんだ弟子を前に、魔術の師匠が素っ頓狂な声を上げる。
一体何が起きたのか。急いで起きあがろうとした綺礼は、名状しがたく恐ろしい部屋の実情に、声なき叫びを上げる。
あぁ、なんてことだろう!
バナナが! バナナが!
床一面に、バナナの皮が!!
声だけでは気づけなかった、悪魔的トラップの存在に二人は愕然とする。
そこに、急襲を返り討ちにした悪魔たちが何かを振りかぶる。
「その顔目掛けてぇ!」
「スパァキィィィィィィング!!」
陽気な声と共に、顔面へと叩き付けられたのはクリームパイだ。
最初から持っていたというのか。そのパイは避ける間もなく直撃し、綺礼と時臣の顔を甘くドロドロとしたクリームに沈める。
静寂に包まれた空間。
それを我先にと破ったのは、ボタリと落ちたパイが立てる間抜けた音。
顔中クリーム塗れで、指一つ動かせず呆然とする他ない二人。
それを見たキャスターと、龍之介と、アーチャーの笑い声が一斉に上がる。
そうして鳴った三時を継げる時計の音は、タイムアウトの宣告でもあった。
バナナとパイ投げは外せなかった。