Fate/zero 混沌より這い寄る者たち   作:アイニ

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 ネフレンさんによる魔術教室回。
 架空元素に関する捏造、勝手な解釈が多分に含まれます(特に『無』の方)。



018

 彼の弟子となってから、桜はネフレン=カに多くのことを教わった。

 魔術とは根源という大本から分離した、劣化した神秘の力であること。魔術師はその根源への到達を目指している者であること。魔術師と一般人の一番の違いは、魔術回路の有無であること。魔術回路というのは魔術師が必ず持つ神経のようなもので、発電機に似た役割を持つこと。回路の数は生まれた時から決まっていて、歴史の古い家ほど回路が多く優れていること。魔術には属性があり、魔術師はそれぞれ何らかの属性を持っていること……。

 幼い桜には難しい内容だったが、ネフレン=カはそれを解りやすいよう噛み砕いて説明した。説明の噛み砕きには彼も苦労したようで、講義の途中彼は何度も紙に説明内容を書き込み、出来るだけ分かりやすくなるよう推敲していた。

 とはいえ、それは最初の時だけ。おさらいである今回はその解釈した内容を振り返るだけなので、ややぐだぐだだった前回より早いペースで行われた。

 おさらいを終えた後は次の講義、魔術属性へとステップアップする――。

 

 

「魔術属性には二つの分類がある。五大元素と架空元素だ」

 と、グラスの紅茶で喉を潤しながら、ネフレン=カは語る。桜も同じく紅茶をくぴくぴと飲む。時計塔の講師なら注意しただろうが、彼は咎めない。幼い桜が脱水を起こすのを防ぐため、ネフレン=カは講義中の飲食を許している。

「五大元素は自然界にある火・水・地・風に空を加えたものだ。空は天体……宇宙にある物体、エーテル体というエネルギーのことだ。火は魔術師に最も多い属性で、逆に風などは珍しい」

「火は多いけど、風は少ない……? どうしてですか?」

「火が多いのは、五大元素の中で最も親しみ深いからだろう。火は人類が生み出した物の一つだからな。逆に、風や空は実態がない分、どういうものなのか分かりにくい。目に見えない物を力として身に付けるのは、難しいだろう?」

「分かりやすいもの程身に付けやすくて、扱いやすい……ってこと?」

 首を傾げながら確認を取ると、青年は「大方な」と頷いた。

「そして次は架空元素……私とお前が持つ属性だ。この元素の特徴は、あやふやなこと。これに尽きる」

「あやふや……風や空より、分かりにくい」

「そうだ。まず説明するのは『虚』、または『虚数』。これは魔術において、ありえるが物質界にはないもの……不確定を操る属性だ」

 と、そこで彼は床を指差した。なんだろうと思い、桜は足元の床を見つめる。床には二人と家具の影が落ちているだけである。

「手本を見せる。――――例えば、影」

 呟きの後に詠唱すると、彼の影が揺らぎ、実態を持って浮かび上がる。

「次に、空間」

 先ほどのように空に手を埋め込み、指の間にサイコロを挟んで引き抜く。

「それから、確率」

 ネフレン=カの指がサイコロを放り投げ、賽がテーブルに転がされる。彼は一連の行動を六回続ける。テーブルの上を踊るサイコロは全て、最初の時に出た六の目揃いだった。

「……と、こんな具合か。つまり虚は名称こそあれど実体のない、定めた形状を持たないものを操る力だ。曖昧なものに介入して、自分に都合が良いように改竄する。そんな力だな、端的に言えば」

「…………む、むずかしい……です」

「だろうな」

 頭を抱える桜の頭頂部に手を乗せ、彼はポンポンと少女の頭を軽く叩いた。

「今はぼんやりと、そういうものだと認識すれば良い。小娘の年ならそれで十分過ぎるくらいだ」

「は、はい」

「で、次は私が持つもう一つの架空元素『無』についてだ。これは虚と対照的に有り得ないが物質界にあるものなのだが……」

 ネフレン=カはそこで区切り、長く溜めた後に、ぼそりと呟く。

「正直、私にもよく分からん」

「……え?」

 思わぬ暴露に、桜は顎を落とした。

 まじまじと彼の整った顔を見続けていると、ネフレン=カは弁解する。

「いや、私の周りに架空元素持ちなんぞいなかったからな。独学なのだ、私の魔術は。架空元素についての認識も独自のものでな。だから、私の見解が合っているのか定かではない。確認取ろうにも、属性が属性だから分かる奴がおらんし。下手な奴にこのことバラすと、即実験台か標本送りだから迂闊に言えんし」

 それを聞いて、あぁなるほどと桜は頷く。

 桜は話に聞いただけだが、架空元素というのは相当に珍しいものだという。姉の凛は基本一つだけ備える属性を、五大元素全て持っている。それだけでも十分珍しいが、桜の架空元素・虚はそれを凌ぐものだった。

 父時臣が間桐家に桜を養子に出したのも、その稀有な属性が遠坂の魔術とは合わな過ぎたためだと義父の鶴野が臓硯から聞いたらしい。らしいというのは、ネフレン=カが鶴野をとっ捕まえてそのことを聞き出したためである。

 ちなみに聞き出された鶴野はやつれてゲッソリとしていたが、彼の顔色が悪いのはいつものことなので桜は別段気に留めなかった。

「そういうわけで、私が無の魔術を本格的に使うことは少ない。疲れるしな。普段は魔術の補助として、ショートカットに使用する程度だ」

「……? ショート、カット?」

「言葉通り省略するのだ。とりあえず見ていろ」

 首を傾げる桜にそう告げると、彼はまた空間に手を入れた。取り出したのはそう大きくはないが分厚い、四角形の鉄板だ。掌に収まるサイズだが、指三本分を並べたくらいの厚さがある。

 青年はそれをテーブルから少し離れた場所に置く。置いた板の周辺に、何かの魔術を施す。それからテーブルへと戻る。

「飛ぶだろう破片を防ぐために結界を張った。では、やるぞ」

 言いながら彼は人差し指と親指を立て、銃に見立てた指先を鉄板に向けた。

 その途端、鉄板が砕ける。

 驚いて、桜はグラスを落としそうになった。

「え!?」

「今のが、魔術のショートカットだ」

 何が起きたか分からず目を丸くする桜に、ネフレン=カは砕けた鉄の破片を拾いながら告げる。

「先ほど使ったのはガンドという、北欧に伝わる初級魔術だ。私の本来の系統魔術ではないが、これくらいなら出来る。ガンドは体調を崩す程度だが、術者の力が強ければ物理的破壊力を持ち、フィンの一撃と呼ばれる」

「す、すごい……。あんなこと、出来ちゃうんだ……」

「いや、少し違う」

「え?」

 首を振る彼を、桜はきょとんと目を瞬かせながら見上げる。

「魔術には結果に繋がるまでの過程がある。ガンドなら対象を指で定め、魔術を行使し、発動させてダメージを与える。この一連の動作と、それが終わるまでの消費時間があるわけだ」

 砕けた鉄片を収納し、グラスを手に取り呷った後、ネフレン=カは続ける。

「私は、その過程の一部を省いた」

「過程を……省く」

「必要となる動作を『無』視して、結果のみを発現させたのだ。煩わしい手間を省き、望む結果だけ具象化したわけだ」

「それが、架空元素の……無の特性なんですか?」

「他にもあるぞ。己と敵を分断する壁を無視し、壁越しの敵を攻撃する。サーヴァントの核部分に直接ダメージを与える。あとはそうだな……虚と組み合わせて使えば、『起源』という本質の効果を一時的に無効化することも可能だ」

 それを聞き、桜は先ほど以上に衝撃を受けた。

 虚もかなりのものだったが、無はそれ以上に特異的な属性だ。

「魔法には至らないが、魔術から逸脱した効果を発揮する。奇跡に近い偶然的現象を呼び寄せ、引き起こす――――それが私の見解における無の特性だ」

 あまり好きな属性ではないが、これのおかげで何度も命拾いした。と、彼は空になったグラスに紅茶を注ぎ直しながら呟く。

「とはいえ、こちらの架空元素は小娘には関係ない話だ。お前の属性は虚の方だからな。今回は下地作りを兼ねて、修行の初歩をするぞ」

「……しゅ、ぎょう」

 彼の口から出た単語に、桜は青褪める。

 ――――思い出すのは、暗くて冷たい蟲蔵の中。

 養子に出されてすぐ、桜はあの中に放り込まれた。扉は閉ざされ、外界から隔絶された蔵。その中では醜悪な蟲、蟲、蟲の群れ。キチキチ、キィキィと響く耳障りな鳴き声。ガチャガチャ、グチャグチャと嫌悪感を与える音を奏でながら這い寄って来る異形の蟲たち。

 桜はそれに襲われ、犯された。

 泣いても叫んでも、誰も助けてくれない。家族の名を呼んでも、誰も来てくれない。辛い、痛い、苦しい。どうして、なんで。そんな感情で溢れ、埋め尽くされても、桜の前には光も希望も降り注ぐことはなかった。

 毎日蟲に嬲られれば、次第に慣れて――――諦めるようになった。

 

 だって、誰も助けてはくれないから。

 だって、誰も救ってはくれないから。

 

 だったら、少しでも苦しまないようにしよう。

 感情なんて邪魔なもの放り捨てて、楽になろう。

 そうすれば、痛くない。苦しくない。辛くない。……平気になる。

 だけど、そこから解放されて数日経ったら……駄目だ。もう無理だ。怖い。辛い。体が震える。目の前が真っ暗になる。頭の中が纏まらない。もう無理。もう嫌。あんなのは、あんな思いはもう堪えられない――――……。

「おい、落ち着け」

 肩を叩かれた。

 小さな桜が痛くないよう、軽くだ。

 目の前には、仏頂面だけど、とても綺麗な男の人がいた。肌は赤茶で、長い髪は黒い。異国情緒のある、民族っぽさを取り入れたカジュアルな服装だ。彼は大きいがほっそりした印象の掌に紫色の、指先ほどの大きさの石を持っていた。

 彼は、ネフレン=カは手の上の石を桜の手に移すと、手を重ねて石を握り込ませる。

「小娘、これに魔力を込めろ」

「……これ……って、どれ……?」

「今お前に握らせている石、アメジストだ」

「アメ、ジ、スト」

「宝石でなく天然石の方だがな。ほら、魔術回路を開いて魔力を石に注げ」

「ど、やって」

「イメージすれば良い。回路を開くのは前にやっただろう? 奥歯を噛んで合わせるのが、お前の魔術回路の開き方だった。あれを思い出すんだ。それから、自分の持っている魔力を石へと移せ。イメージは花に水をやるようでも、カップに茶を淹れるのでも良い」

 一つ一つ聞きながら、桜は言われた通りに自分の魔力を天然石に注ぐ。

「よし、出来たな。ならその魔力を引き出せ。石の中にある魔力をかき混ぜるようにしてから自分の体に戻し、それを全身に送ってみろ」

「ま、混ぜて……戻して、送る?」

「出来ないと思うな、出来ると信じろ。落ち着いてやれば出来る。アメジストは心を癒し、落ち着かせる作用のある石だ。問題ない、出来る。信じろ」

 落ち着かせる、落ち着かせる。不安定になった心を……落ち着かせる。

 信じる。信じる。信じる。大丈夫、出来る。出来る。きっと。いやきっとじゃない、絶対に。出来る。

 深呼吸を繰り返し、石を強く握り込みながら、桜はアメジストから引き出した魔力を体内で循環させた。一回、二回、三回……。そうすると、本当にだんだん心が穏やかになった。恐怖で波打っていた内心が、落ち着きを取り戻した。

「は、ぁ……はぁ……っ。で、出来た?」

「あぁ、出来たぞ」

 初めてにしては上手い、とネフレン=カは桜の頭を撫でた。不機嫌な、冷たい表情とは違う、優しい手つきだった。

「い、今のが……修行ですか?」

「そうだ。宝石魔術の亜種で、天然石を用いて行う。虚属性には、そちらの方が相性良いからな」

「宝石……」

 ぽつりと呟いて思い浮かべるのは、余裕ある紳士然とした時臣の顔。魔術については教わっていない桜だだ、父の部屋には宝石が沢山あるのを覚えている。

「お父様……」

「ん?」

「お父様は宝石、沢山持ってたの」

「ほぉ、遠坂家は宝石魔術を主にしているのか」

 燃費の悪い家だな、と青年は顎に指を添えながらぼやく。

「宝石魔術は強力だが、コストが掛かる。宝石自体高いからな。しかも一回使えば灰になるから、基本は使い捨てだ。金がかさむ」

「使い捨て? あれ、でも」

 首を傾げながら、桜は掌のアメジストを見つめた。

 アメジストは先ほどよりも少し、色と輝きが鈍っている。けど、灰になったりはしていない。

「それは魔力を引き出しただけだからだ。宝石魔力は宝石に宿る力を使えば使い物にならなくなるが、貯めた魔力を引き出すだけなら問題ない。まぁ、今回は魔力と一緒に力も引き出したがな」

「力を引き出したなら、どうして壊れていないんですか?」

「虚ならではの特性だな。宝石は宿る力を解放するとき、力を閉じ込める器を破壊しないといけない。だから力を使用した後、石は灰になる。だが虚属性を持つ者なら、全部使い切ることになる力を小出しに引き出せる。有り得るが物質界にない物を操るのが、虚属性だからな」

「そうなんだ……」

「その分、威力は宝石魔術を使う者の魔術に劣るがな。それに力を引き出せる回数にも限度がある。この天然石なら、あと二回か三回が限度だ。宝石なら引き出せる回数は増えるが、それでもこれと同じ大きさでは十回程度か」

 そう語りながら、ネフレン=カは小粒のアメジストを摘み上げる。

「まぁ、そこらへんは気にせずとも良い。我々が必要とする石は、宝石ではなく天然石だからな」

「天然石だと、どうして好都合なんですか?」

「天然石は現代ではパワーストーンと呼ばれているだろう。石に特殊な力が宿っていて、持ち主に様々な恩恵を与えてくれる。そう信じられている。英霊のように、天然石にも伝承があるわけだ」

「効果や、伝承……」

「人が勝手につけたものだがな。だが我々は、その力を信じて使用するのだ」

「信じる?」

「現代にはプラシーボ効果と呼ばれるものがある。実際に効果がなくても、信じ込めばその効能が身体に現れる。天然石の効能はそれと同じ。そして虚属性はそれを信じることで、プラシーボ効果を本物の効能に変える。信じなければ、効果も何もあったものではないがな」

「…………『諦めれば可能性は零に帰す』……?」

「そういうことだ」

 前に彼が言っていたことを引用すると、青年は頷き返した。

「初めはこれらを用いて、下地を作る。少しでも触れておくと良い。最初は不安だろうが、何度も繰り返せばコツを覚える。基礎の修練はそれからだ」

 彼はアメジストを桜に握らせ、彼女に教える。

「いいか小娘。我々が操る架空元素はな、不安定なんだ。五大元素を扱う者たちより感情面に左右される。だからきちんと制御しないといけない。ちゃんとした形、存在を作れないものを我々が意志を持って安定させなければいけない」

「だから、信じる……?」

「その通りだ」

 彼は頷きながら、桜の肩に手を置いた。

「こんな使ってる側が不安になるような力だがな――――だからこそ、使い手である我々側が信じてやらねばいかんのだ。しっかりと制御しなければいけない。使えるかどうか不安になりながら怖々扱っていたら、成功するものも成功しなくなる。だから諦めず、信じ続けなければいけないんだ。自分に一生寄り添い続ける力だからな」

 出来るか? と、彼は桜に尋ねた。

 桜は答える。

「はい……っ。怖いけど、でも、だからちゃんと使えるようにします。……誤って、大事な人、傷つけたりしないように」

「よく言った。なら、修行を続けるぞ。昼餉までするからな。最初は単調だから途中で飽きそうになるかもしれんが、気を緩めるな。油断した時が一番危険だからな。魔術に限らず」

「はいっ!」

 元気良く返事をして、桜は小さな天然石を大事そうに握り締めた。

 




 ネフレンがかなり桜ちゃんに甘くなってる……。
 子供だからというのもあるだろうけど、一番の理由は同じ属性持ちだからかな。初めて出来た同属性の仲間として認識しているのかもしれない。
 滅多にない属性を持っていたせいで、生前の彼は敵だらけだったから。

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