Fate/zero 混沌より這い寄る者たち   作:アイニ

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 鬼ごっこ回だと思った?
 残念、その前に間桐家のお話でした!

 ……もう一話か二話したら鬼ごっこ編に戻る予定なので、しばしお待ちください。


016

 遠坂邸にて自由極まりないキャスター主催の鬼ごっこが始まる数時間前、

「おい鶴野、何をのろのろしている。草抜き程度、さっさと済ませろ」

 二人いるバーサーカーの片割れ……ネフレン=カは、角鉈を片手にそんなことを言っていた。

「無茶言うな! お前、この庭がどれだけの広さだと思ってる!?」

 そんな彼に怒声で応じるのは、癖のある青みがかった髪をした男。お飾りとはいえ間桐家現当主であり、ネフレン=カのマスター「間桐雁夜」の兄――――間桐鶴野である。

 頭にタオル、腕まくりした手に軍手を装備した鶴野の言葉に、ネフレン=カは鉈を振るう手を止め、口元に丸めた指を添えながら答える。

「王宮仕えではない術師の家にしては、中々のものだな」

「そうだろうな。でだ、こんなだだっ広い庭に生い茂った雑草、俺一人で何とか出来るか!!」

「知らんな。手入れを怠った貴様らの責任だろう」

 好き勝手に生えて育った雑草の群地を指さし吠える鶴野に、しかし彼は鼻を鳴らして応じる。

「話はそれだけか? なら口でなく手を動かせ、私もそうする。私も私で、この鬱陶しい蔓や枝を相手取るのに忙しいからな」

 秀麗な顔を不機嫌に歪めた男は、そう言って角鉈を振り上げた。伐採作業には向きそうもないエスニックな現代服姿だというのに、ネフレン=カは苦にした様子もなく邪魔な枝を落としていく。

 結い上げた黒髪と巻きつけたターバンの端を揺らしながら、黙々と動くサーヴァントの背を見つめた後、鶴野は舌打ちしながら朝の出来事を回想する。

 

 

 ――――いつものように泥酔の果てに眠っていた鶴野を襲ったのは、鳩尾にめり込む蹴りだった。

「ぐふっ!?」

 人体急所を容赦なく狙った攻撃は綺麗に入り、彼は体をくの字に折り曲げながら覚醒するはめになった。

「……お、前。い、きなり、なにす……!?」

 鶴野は腹を抱えて苦悶しながら、蹴った奴を睨むように見上げる。

 夜を思わせる黒い長髪と、赤銅色の肌。目は切れ長で睫毛は長い。高い鼻梁の細面に浮かぶ表情は険しく、色男特有の甘さはなかったが、けれど世の女性を魅了するような麗しさがあった。

 ――――第四次聖杯戦争におけるイレギュラー、ネフレン=カ。

 雁夜のバーサーカー召喚に便乗して現れたそいつは現在、愚弟との契約で桜を保護している。やたらと偉そうな黒人系美男、というのが鶴野からの印象だ。

 その、鶴野を足蹴にした張本人は、鉈だの鋸だのを入れたバケツを片手に告げる。

 

「庭が随分と見苦しい有様だ。手入れをする、手伝え」

「…………は?」

 

 もちろん、最初は拒否した。

 なぜお飾りとはいえ、当主である自分がそんなことをしなければいけない。そんなこと、お前一人ですればいいだろと。

 そう言った次の瞬間、ネフレン=カの靴先が鶴野の顎を突き上げた。

 細身の優男とはいえ、仮にもサーヴァント。その一撃は鶴野を一瞬気絶させるほど重い威力を秘めていた。

 シーツへと沈む鶴野を無感動に見下ろしながら、美男は仏頂面で吐き捨てる。

「口答えするな、海藻頭の癖に生意気だ」

「海……!?」

「当主の他に仕事をしているならともかく、酒に溺れて現実逃避ばかりしている暇人だろうが貴様は。それだけ暇が有り余っているのなら、ぐだぐだ言わずにやれ。初めから貴様に拒否権などない」

 茫然とする間桐家当主の首根っこを掴み、そのまま彼は中庭へと向かった。

 そうして、現在に至る。

 

 

「雁夜の奴、よりによってこんなサーヴァントを呼び出しやがって……」

 根深い雑草相手に奮闘しながら、鶴野は愚痴る。もし彼の弟本人がこの愚痴を聞いたなら、「俺が呼んだんじゃない、向こうから来たんだ」と反論していたことだろう。

 再び舌打ちしながら、鉈を枝へ目がけて振り下ろすネフレン=カを盗み見る。

 男である自分から見ても、美形だ。嫌味なまでに顔が良い。背は高いし、細いがちゃんと筋肉がついている。弱弱しい印象がない。かといって男臭いわけでもない。どこか清潔感のようなものを感じさせる。

 そんな外見とは対照的に、性格は最悪だ。上から目線で口が悪く、暴力的。ズバズバと毒を吐き、痛いところを突いて攻めてくる。口答えすれば、たちまち拳や蹴りが飛んでくる。

 だけど、女どもはきっと彼の言動を許すのだろう。

 いわゆるアレだ、「ただしイケメンに限る」である。ムカつく。

 イケメンへの憎しみが増幅していくと同時に、鶴野は息子をちゃんと愛してやれるか心配になってきた。

 今は外国に留学中である、一人息子の慎二。髪質は自分似だが、顔立ちの方は似ても似つかぬ愛らしさだ。きっと将来、女に人気が出るだろう。目の前の男と系統は違うが、同じく美形になるに違いない。

「何をぼぅっとしている。ちゃんと働け」

 肩を竦めて考え込んでいると、背を足蹴にされた。振り返れば、鉈を手の中でクルクルと回すネフレン=カが、鶴野を冷たく見下ろしていた。

「う、うるさいな。ちょっと休んでただけだろ」

「ほとんど働いていないくせに、随分と長い休憩だな」

 鶴野の言い訳に応じながら、彼は鉈の角ばった刃先を突き付けてくる。その声は向けられた鈍色の刃同様に冷ややかなものだ。鶴野に対する敵意や苛立ちがありありと伝わってくる。

「まったく、貴様らの不精ぶりには呆れる。折角の中庭だというのに……この有様になるまで放置するとは」

「あんまり手入れし過ぎても後が面倒なんだよ! 親父が……臓硯の奴が直射日光を嫌がるからな」

「あの老いぼれ、日光が駄目なのか? 蟲のくせに死徒みたいな爺だな」

 艶のある髪と布を揺らしながら、彼は首を傾げる。そんな姿すら絵になるような様だから、腹が立つ。これだからイケメンというものは。そんな苛立ちを滲ませながら、鶴野は彼に教えてやった。

「臓硯は蟲で出来た体で生きてるからな。だから、光が入らないようわざとこんな風にしてるんだ」

「昼夜逆転した引きこもり爺の都合なんぞ知らんな。私はあの老いぼれが気に入らん、気を使ってやる義理はない。むしろ消滅してしまえば良い」

 あの恐ろしい臓硯相手にも、暗黒の王は毒を吐く。その苛烈というか怖い物知らずにも程がある言動に、鶴野は顔を強張らせた。この反骨精神や悪態ぶりはマスターの雁夜に通じるところはある。

 けれど声音に滲む何とも言えない感情から、弟とは違うように感じた。

 その理由を聞こうかと思い悩んでいると、屋敷から小柄な人影がそぉっと姿を見せる。

「あの……」

「なんだ、小娘か」

 ネフレン=カの切れ長い目が、ワンピースに身を包んだ少女を捉える。

 姿を見せたのは間桐桜だった。旧名は『遠坂』桜。齢六つほどになる少女は間桐に並ぶ御三家の一つ『遠坂』からの養子であり、臓硯に母体として目をつけられた少女だ。

 桜は元々物静かな印象の少女だったが、養子に出されてから一年経った今では生気の欠片すらない。妖怪による調教により、少し癖のあった黒髪は真っ直ぐとした菫色に染まり、同じ色に変貌した瞳が虚ろにどこかを見つめているかのような眼差しを向けてくる。

 自分の親のせいであるとはいえ、なんとも不気味な少女だ。鶴野はサッと目を逸らし、桜を視界に入れないようにした。

 対するネフレン=カはというと、変わらぬ冷淡な態度だ。しかし、流石に暴力は振るわない。悠々と歩み寄り、膝を折って視線を合わせる。

「何の用だ、小娘。私は今、見ての通り中庭の手入れ中だ」

「レンさん……あの、時間」

 桜の言葉に、青年は腕に巻いた時計をちらりと見やる。

「む、もうこんな時間か。思ったより作業が進まなかったな」

 そう呟いたあと、ネフレン=カは桜の手を引き、屋敷に向かう。

 途中、彼は振り返って鶴野を真っ直ぐ見つめて、告げる。

「今から小娘の修行をする。鶴野、貴様は草抜きを済ませてから休憩に入れ。サボるなよ」

「……分かったよ」

 サボったら確実に蹴られるだろうと予想しながら答えると、彼は「あぁ、それとだ」と続ける。

「貴様の酒類は没収する。禁酒しろとは言わんが、量は控えろ。酒は嗜むものであって、溺れるものじゃない。――――逃げることは、許さない」

 一際声を低めて、彼はそう言った。

 臓硯に勝るとも劣らない威圧感に、背筋が凍る。体が強張る。冷たい汗が噴き出してくる。まるで蛇に睨まれた蛙の気分だ。声どころか呼吸すら出来ない。

「ではな」

 その後ネフレン=カはこちらに背を向け、桜と共に姿を消したが、鶴野は数分の間身動き一つ取れなかった。

 本当に、弟はとんでもないサーヴァントを呼び出してくれたものだ。

 

  ◇◇◇

 

 桜の手を引く大きな手は、少し不思議な色をしている。白くもなく黒くもなく、黄色味を帯びているわけでもない。少し暗めの、赤茶色だ。

「レンさんは、どうしてそんな色の肌をしているんですか?」

「人種的なものだ。我ら古きエジプトの民は皆、私のように赤い銅色の肌をしている。この肌は我らの証であり、誇りだ」

 桜の言葉に答える青年は、とても綺麗な顔をいつも怒っているような表情にしている。だけど、特定の話の際には笑う。温かみのある笑みだ。

 父である時臣とも、叔父になった雁夜とも違う笑み。だけどそれは、すぐに消えた。刃物みたいに鋭い目が、さらに鋭く細められる。

「……何の用だ、老いぼれ」

「くっくっく」

 彼が呟くと同時に、一人の老人が杖を突きながら顔を見せる。絵巻物の妖怪めいた着物姿の老人が現れたその瞬間、桜は体を小刻みに震わせた。

「いや、なに。理由など別にないわ。少々早く目が覚めただけじゃて」

「それ以上近づくな」

 杖を突きながら一歩踏み出した老人――――臓硯へと、ネフレン=カが告げる。途端、臓硯の動きが止まる。蟲と化した翁に、目に見えぬ何かが巻き付いて彼を捕えている。そんな風に感じた。

「ほほぅ、これが噂に聞く虚数属性の魔術か。そう滅多にない魔術を体験出来るとは、儂も運が良い」

「既に本来の肉体がない貴様にはよく効くだろうな」

「くくくっ……そう警戒するでない、消し去られた暗黒の王よ」

「無理な相談だ。貴様を小娘に近づけないことが雁夜との契約の一つだ」

 目元を険しく寄せる彼に、老人はくつくつと笑った後、問いかける。

「なに、今回はちと問いたいことがあっただけのことよ。……儂から桜を取り上げる代わりに、お主が提示した条件についてだ」

「貴様に三つ挙げたアレのことか。なんだ、信用出来ないとでもいうつもりか?」

「当然じゃろう」

 深く頷いた後、臓硯は三本の指をひとつずつ立てながら内容を語る。

「条件その一、慎二に魔術回路を与える。条件その二、慎二と桜に架空元素の魔術を修得させる。条件その三、儂により都合の良い延命法を与える。……どれもこれも叶えるに難しいものだと思うがの。それを三つともとなれば更にだ」

「ふん。信用出来ないというのなら構わん。私には、貴様の思考を変えることは出来んからな」

 見るのも不愉快とばかりに臓硯を睨みながら、ネフレン=カは「だが」と続ける。

「私は曖昧なことが嫌いだ。だから、出来るだけハッキリと告げる。どうとでも取れる言い方はしたくない。そして私は、それらは『出来る』と断言する」

「嘘かもしれんがの」

「そうだな、私は嘘も吐く。多かれ少なかれ、知恵ある者は嘘を吐く」

 だから、人は疑ったり信じたりする。裏切り、裏切られが生じる。

「貴様は慎重派だな。だが、腰が重すぎる。その腰の重さ、慎重さゆえに貴様は破滅するだろう」

「……それはお主の未来予知によるものかの?」

「そうだと言っても、貴様は疑うだろうな。別に構わん。好きなだけ疑え。そうして勝手に自滅しろ。願いを見失い、目的と手段が入れ替わり、その矛盾に気づくことすら出来ん馬鹿な老人よ。精々派手に、惨めたらしく散ると良い。外道に落ちた者の末路は無様が相応しいからな」

 憐憫と嫌悪が入り混じった目で一方的に吐き捨てた後、ネフレン=カは恐怖で身動きが取れない桜を抱き上げ、何食わぬ顔で臓硯の脇を横切る。

 そのあと、彼は桜を抱えたまま部屋の前に立つ。

「部屋に入ったら修行を始めるぞ、小娘。教えることは多いからな、怯えたりする暇や余裕は与えんぞ」

 傲慢な物言いだったが、震える少女を安堵させるには十分だった。

 


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