Fate/zero 混沌より這い寄る者たち   作:アイニ

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 続いて綺礼さん視点と雁夜おじさん視点。
 おじさん視点の方が多いです。
 そしてオリキャラをもう一人足してしまいました……。


013

「予想外の強敵が出ましたね、時臣師」

 教会の一室で一人佇む、裾の短い神父服を纏った男――――言峰綺礼は、同盟相手であり魔術の師匠たる遠坂時臣に述べた。

 アサシンを通じて見た、光景。倉庫街での言動を全て報告し、綺礼は時臣の言葉を待つ。

『そうだね。正直、聖杯戦争において一番の敵はロード・エルメロイらと思っていたが……少しばかり考えを改めねばならないようだ』

 通信機から発せられる師の言葉。それは最弱と呼ばれてきたキャスターへの認識を改めるものだった。歯牙にも掛けていなかったサーヴァントに目論みと真名を看破されたことで、少しばかりの懸念を抱いたのだ。

 だがしかし、声からは焦りが窺えない。アーチャーの正体を見破られ、アサシンが生き残っていることを暴露されても、時臣はまだ余裕を失っていない。

 キャスターは今までの例になく強敵だ。しかしそれでも、『実力はギルガメッシュの方が上』と思っているのだろう。人類最古の王を呼んだ時臣の、勝利に対する自信はかなりのものだ。そう簡単に崩れ去るものではなかった。

『それで、マスターの方の情報と連中の拠点は分かったかい? アサシンに追跡させたのだろう?』

「無論。しかし、見失ったようです」

『見失った?』

「ええ。正確に言うならば、撒かれたというべきでしょうか」

 答える綺礼の脳裏に浮かび上がるのは、くたびれた黒コートの男と戦った、年若そうなフードの人物。

 背格好から男と分かる奴は、豹のような身軽さで足早に立ち去っていった。倉庫街に配置していたアサシンらは、彼について情報を得るべく霊体化したまま尾行した。

 だがしかし、マスターの素性や拠点について一切分からなかった。

 アサシンはその件について謝罪と共に報告したが、報告する本人自体が訝しげにしていた。なぜ見失ったのか分からない、とばかりに。

 というのも、男は途中で忽然と姿を消したのだという。

 アサシンの追跡は、途中までは順調だったのだ。だが、フードの男は曲がり角を曲がった途端、唐突に消えてしまったらしい。アサシンは慌てて周辺を探し回ったが、結局姿はおろか足跡などの痕跡すら見つからなかったという。

 まさに煙のようだったと、アサシンは項垂れながら語っていた。

 つまり、相手は戦いだけでなく素性を隠す術にも長けている。

「戦闘の様子などから考えて、キャスターのマスターは暗殺者の類でしょう。アサシンの追跡を撒いた点から見ても、相当の実力者です」

『魔術使いの暗殺者……か。どこの者かは知らないが、大方、アインツベルンのように他の魔術師が雇って参加させたのだろうね』

 通信機越しからでも分かる程、時臣は呆れた様子だった。

 魔術師は生粋かつ正統派であればあるほど、魔術の神秘に頼る。反面、科学技術や機械を嫌う傾向にある。化学兵器を使う魔術使いが、聖杯戦争に参加していることを好ましく思っていないのだ。

「時臣師。キャスターは全ての陣営と敵対し、協力する姿勢を見せています。どうしますか?」

『予定は変更しないつもりだよ、綺礼。キャスターの実力がどれほどであっても、マスターが何者であっても、今のままで構わない。我々には英雄王がついているのだからね』

「…………」

 師の返答に、綺礼は微かに眉間を寄せる。

 時臣が危惧していないことが、綺礼は不思議だった。

 

 その英雄王が、キャスターを中々に気に入っていることを。

 キャスターがバーサーカーを叩きのめしたと知り、ギルガメッシュが上機嫌になっていることを。

 アーチャーの関心が、時臣よりもキャスターに傾いていることを。

 

 だが師にも師なりの考えがあり、その上で問題ないと判断したのだろう。と綺礼は思った。ならば綺礼がぐだぐだと言っても仕方あるまい。

 そう考え、綺礼は小さくため息を吐くに留めた。

 

  ◇◇◇

 

 全身が悲鳴を上げていた。

 体中を蟲が暴れ回り、血と共に吐き出された蟲が醜悪に身をくねらせた。

「ははっ……あ、ははっ」

 それでも雁夜の口から零れ落ちるのは嗤い声だった。

 薄汚れた路地の地面に座り込む。目深に被ったパーカーのフードから覗き見える、白髪と土気色の肌。死人のような顔は左半分が硬直し、醜く歪んでしまっている。口元は吐いた血で、そこだけ鮮やかな紅をしている。

 祖父、臓硯により寄生させられた刻印蟲。それは素質はあるが鍛錬をしていなかった雁夜の擬似的な魔術回路を与えたが、同時に彼の生命を蝕んでいた。結果、彼の体は左半身が麻痺し、左目が見えなくなった上、長くとも数週間と言う短命を科せられていた。

 それでも、彼は嗤っていた。

 あの時臣のサーヴァントに煮え湯を飲ませてやったと、彼は喜んでいた。

「時臣、貴様の吠え面を見たかったぜ……あは、ははははははっ――――」

 

「小娘を救うだの言っていたが、本音は『憎い男を破滅させたい』……といったところか」

 

「――――は、は……っ!?」

 だがその喜びは、静かに紡がれた一言で凍りつく。

 頭から氷水を浴びせられた心地の雁夜は、自分の目的が桜の救出から憎い男への復讐に摩り替わりかけていた事実に顔を青くする。

「無様な格好の割りに、随分と楽しげに嗤っていたな。雁夜」

 そんな彼に、一人の男が歩み寄る。

 文字通り突然現れたそいつは、赤銅色の肌と長い漆黒の髪をしている。端整と精悍を併せもつ容貌に、すらりとした長身。手や首には宝石細工の装飾品をつけているが、服は襞を細かくとった腰布に縞模様の前垂れと金で出来た三角のプレートをつけている程度。ただでさえ寒い冬の夜道を歩くのに、適した服装をしているとは言えなかった。

 だが肌を刺す冷たさをまるに気に止めた様子のないそいつは、顔面蒼白で地べたに座る雁夜を見下ろしている。

「……バーサーカー」

「それはあの狂犬の役割だ。私をそう呼ぶな」

 クラス名で呼ぶと、男は不快と言わんばかりに唇を歪めた。

 正気に戻った雁夜はそれを無視して、男に問う。

「桜ちゃんの方は、どうだ?」

「今は寝ているが」

「そうじゃない。臓硯の奴から、ちゃんと守れているんだろうな?」

 首を振って言葉を続ければ、彼は仏頂面で鼻を鳴らす。

「私が小娘を隠す度に、老いぼれ蟲が口煩くてかなわん。同じ人外でも我が神とは正反対だな。姿は醜悪で、声は耳障り。実に鬱陶しい。なまじ力があるだけに、私では潰せんのが腹立たしいな」

「お前の意見には同意だが……お前の場合、あのキャスター以外は皆鬱陶しいとか無価値としか思ってないだろう」

「当然だ。我が神より美しく聡明で素晴らしき存在などいない。この愚かしい世界の中で、あの方だけが唯一の光。誰もが偽る世界の真実そのもの」

 此の世全てが忌々しいと言わんばかりの顔が、この時ばかり――――崇拝する神に関する時ばかりは、陶酔に変わる。

 元々狂っていた人格に、狂化が付加されたことで狂気が打ち消されたとはいえ、やはり話が通じないところがある。

「バーサーカーの魔力喰いは厄介だけど、お前も違う意味で厄介だよ……ネフレン=カ」

 またいつものように神について語りだす美男に、雁夜は深々と嘆息した。

 

 

 間桐邸でバーサーカーを召喚した当初は、雁夜も臓硯も心底驚いた。

 何故なら魔方陣に佇む人影が二つ……クラスにつき一人しか現れないはずのサーヴァントが、二人もいたからだ。

 内一人は倉庫街で暴れさせた紫紺の鎧甲冑。聖杯を通して召喚した、正式なバーサーカーである。何も語らず、言葉を理解せず、ただ獣の如く暴れて周囲を蹂躙し血で染め上げる。まさに言葉通りの狂戦士だった。

 そしてもう一人が今雁夜の目の前にいる男。狂信する神のためあまりにも冒涜的な行為を繰り返したことで、歴史から抹消された暗黒のファラオである。

 こいつは正式なサーヴァントではなく、そもそもその行いから英霊として呼ばれるだけの資質を持ち合わせていなかった。

 だというのに、なんとこいつはバーサーカー(真)に無理矢理ついて来る形で現界したのである。しかも理由が、「我が神がこちらに現れた気配がした」からというものだから、驚き呆れる。

 そんな擬似的英霊……いや、亡霊の『ネフレン=カ』。

 正式なサーヴァントでないために、彼のステータスランクは総じて低い。だが『二重召喚』というスキルにより、バーサーカーにしてキャスターたる彼の魔力と魔術は魔術師としてもサーヴァントとしても申し分ないものだった。

 ゆえに彼にしてもらっているのは、桜の護衛と魔力配給の肩代わり。魔力喰いのバーサーカーゆえに雁夜の魔力は多少削れるが、それでも大半は彼が担っている。今の桜が蟲蔵で陵辱されずに済んでいるのも、雁夜がこうして吐血するだけで済んでいるのも、一重にネフレン=カのおかげだ。

「それにしても、今日の一連の出来事……お前が夢で見た通りだったな」

 口元の血を拭いながら、雁夜が思い返すのは見るもおぞましい壁画。

 予知夢の力を持つというネフレン=カ。彼は昨晩、長大な壁を作成して就寝し、翌朝目覚めると同時に恐ろしい壁画を描いたのだ。

 目を血走らせ一心不乱に描いた後、絵の内容から語った未来。それはつい先ほどの出来事と、全て一致していた。

「正直、半信半疑だったが……お前の予知能力は本物だな。相手が何をするかが全て分かるなんて、これはかなりの強みだぞ」

 今回のことで彼の予知夢への評価を改め直し、賞賛する雁夜。だが当人は目をすぼめ、雁夜を馬鹿にするように鼻を鳴らす。

「ふん、当然のことだ。神より与えられし我が未来予知は無敵。偉大なる神が運命を支配する限り、私の予知が覆されることはない」

「……それはつまり、キャスターが決定した未来じゃないと予知出来ないってことか……?」

「そうだが」

「…………」

 未来予知は完璧なものではなかったらしい。敵がその「無敵の力」を握っているとなれば、そう頼りに出来そうもない。雁夜は顔を覆って俯いた。

 ……擬似的宝具を使う英霊に、擬似的なサーヴァント。蟲に頼って魔術回路を底上げにマスターになった雁夜には、贋物がお似合いということだろうか。

 まぁ、でも、何でもいい。と、雁夜は考える。

 桜を救えるのならば、なんでも構わないと。

「……バーサーカーの魔力消費は激しいだろうが、出来れば保ってくれよ」

「貴様こそ、あの狂犬の手綱をしっかりと握っていろ。アレが暴走したのは、お前の躾不足が原因だろうが」

「正論過ぎて言い返せないな……」

 疲労感から投げ出された足を爪先でつつかれながら、雁夜は苦笑する。

 その後、フッと、笑みを安堵に変える。

「ネフレン=カ」

「なんだ」

「済まなかった。あと、ありがとうな」

「……なんだ、急に?」

 と、気持ち悪い者を見る目を雁夜に向けるネフレン=カ。それでも雁夜は前言を撤回しない。

「お前のお陰で、目的を見失わずに済んだ。……本当にありがとう」

 言いながら、不自由な体を曲げて頭を下げる。

 桜を救うために参加しておきながら、己の憎悪を晴らすことしか考えていなかった先ほどの自身を恥じる。彼の一言がなければ、雁夜はあやうく目的を復讐に変えるところだった。道を踏み外しかけたところを何とか引き戻してくれた男に、雁夜は感謝していた。

 礼を言われた男は、無愛想な美貌をしかめた後、雁夜を軽く蹴った。

「ぐほっ……!」

 軽い蹴りでも、刻印蟲に蝕まれた体にとっては大ダメージを与える危険な攻撃だ。それを知っているにも関わらず、ネフレン=カは数度雁夜を蹴った。

「つまらんことで礼を言う暇があるなら、私を神の御前まで連れて行け。そのために貴様に手を貸しているのだぞ、雁夜」

「分かってる分かってる! だからっ、踏みつけるのは止めてくれ!! 心底痛い!」

「痛くしてるのだから当然だ、たわけ」

 言いながら皮膚から浮き出た蟲を踏み潰した後、彼はようやく足を退ける。痛みにのた打ち回っていると、ネフレン=カに何かを投げつけられる。

「へぶっ……なんだ? 毛布?」

「小娘からの餞別だ。『夜は寒いから暖かくしてくださいね』と言っていた」

「さ、桜ちゃん……!」

「泣くな。ただでさえ醜い顔が殊更醜悪になる」

「み、醜い言うな! これは蟲が原因なんだからなっ、俺にはどうしようもないことなんだ!! くそ、これも臓硯のせいだ……」

「愚痴はそこらの塵屑に聞かせていろ。私が聞いてやる義理なんぞない」

 桜の優しさで涙ぐむ雁夜をボロクソに言った後、ネフレン=カは踵を返す。

 その後ろ姿を見送ったあと、雁夜は柔らかな毛布に包まった。

 


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