先生がこれからどうなっていくか、想像しながらお楽しみください。
セイバー、ライダー陣営が帰還したのを見送った後、キャスターは召喚した怪物――――シャンタク鳥にランサーたちを降ろさせる。
己が眷属を魔術で帰らせた後、極彩色の子供は両者の前へと歩み出た。
怪我をしながらも、ランサー陣営はいつでもキャスターを攻撃できるように身構える。だが当人はその反応に何とも思わぬ様子でクスクスと笑い、高速で詠唱を行った。
すると二人の、血と膿の混じった腐臭を漂わせる傷口がみるみるうちに塞がっていく。三十秒もせぬ間に、ランサーとケイネスの負った怪我は跡形もなく消え去った。
「はい、終わり。もう帰っても良いよ~」
エジプト神官にも思える見目のキャスターは、秀麗な顔に笑みを浮かべて告げる。彼もしくは彼女から、敵意や殺意、警戒心すら感じられない。
こちらがどんな行動に出ようがいくらでも対処出来る。それを疑っていないのだ。実質、キャスターにはそれだけの実力が備わっているだろう。
サーヴァントとはいえ、幼いとも言える子供に侮られている事実に、ケイネスは屈辱と憤怒で顔を歪ませた。
「あはははっ、良い顔をしてるねぇ。今まで綺麗だった経歴に傷がついたのがそんなに嫌なの?」
歯軋りしながら睨めつけるケイネスに、子供はケタケタと笑い声を上げる。
「そう図に乗っていられるのも今の内だぞ、使い魔風情が……っ。我々を生き残らせたことを、貴様は後に後悔することになるぞ」
「おぉ、怖い怖い。うふふ、そうだね。気をつけるとするよ。……いや~、実際に転落してきた人の言葉は説得力があるもんだね」
血反吐を吐くようなケイネスの言葉にさえ、キャスターはまるで怯まない。どころか、先ほどの件を揶揄して皮肉る始末。ケイネスはギリギリと奥歯を鳴らし、子供に掴みかかろうとした。
だがそれを制し、キャスターの細い喉元に槍先を突きつける武人が一人。
「キャスターよ。我が主に対するこれ以上の侮辱は、この俺が許さんぞ」
「おや? 忠誠云々言っといて主君を碌に守れない駄犬が、主に代わって吠えるのか」
ランサーの牽制を前にしてなお、キャスターが怯むことはなかった。どころか、躾のなっていない猟犬を見るように目を細め、鼻で笑う。
これにはさしものディルムットも眉間に皺を寄せるが、己が失態は理解しているらしい。潔く、その事実を認めた。
「そうだな。お前の言うとおりだ、年若きファラオよ。だからこそ、恥の上塗りはしない。俺はケイネス殿への忠誠を貫き通し、主の刃となり盾となる」
「よく言うね。忠誠を誓える相手なら、誰でも良いくせに」
キャスターがそう返した途端、ランサーが身を強張らせた。
それを見て、ケイネスはやはりかと肩を竦める。同時に自分の推測が正しかった。目の前の男はかつて果たせなかった忠義を貫きたいだけで、相手がケイネスでなくても良かったのだ。
そんな奴の、まして婚約者を誑かせる者の騎士道を、ケイネスがどう信じろというのか。
ランサーの様子から悟ったことを推察したおかげで、逆にケイネスは冷静になることが出来た。その点に関しては、目の前の子供に感謝すべきか。
「キャスターよ。貴様に問いたいことがある」
「なぁに?」
「先ほどの狙撃手……魔術使いは、貴様のマスターだな?」
「うん、そうだよ」
存外、あっさりと、頷く極彩色。
先に確認したかったことを知ることが出来たケイネスは一つ頷き、本来問いたかったことを続ける。
「キャスター。貴様、魂喰いをしているな?」
「なっ……!?」
「あら、バレちゃった?」
己が主の口から出た衝撃の言葉に、ランサーが息を呑む。
対するキャスターは、色鮮やかな付け袖で口元を隠しながら笑みを深める。まるで悪戯が成功した時のような反応だ。己が行っている非道に、呵責の類を一切抱いていない。
「やはりな。見た限り、貴様のステータスはキャスターにしては素晴らしいものだ。だがいくら知名度、マスターの実力があろうと、筋力や耐久力のランクがそこまで高くなるはずがない。少し考えれば何らかの不正、非道行為を行っていると分かる」
「じゃあ何で、魂喰いだと思ったのかな?」
「貴様のマスターが使うのは、本来のものとは多少違えど死霊魔術の類だ。ならば、材料となる死体が必要になる」
死体を手に入れるのに都合が良いのは、戦場か墓場だ。
だがこの日本は平和そのもので、戦と呼べる物は現在行われている聖杯戦争くらいのものだ。そして日本では火葬が適応されているため、墓場を荒らしても死体が手に入らない。
「キャスター……貴様には魂が、マスターには礼装を作るための死体がどうしても必要だ。その両方を手に入れるために、どこからか生きた人間を調達しなければならない。だがこの冬木市で調達すれば教会に目をつけられる。となれば、残る方法は一つ――――海外からの輸入、これしかない」
ケイネスは淡々と、しかし内心の激情を押さえ込みながら、崖へと追い詰めるように推理したことを語っていく。
青い瞳で様子を窺えば、己のサーヴァントが怒りと驚愕で戦慄きながら子供を見据えている。そしてケイネスもまた、子供に侮蔑のまなざしを向ける。
それでも、キャスターは笑っていた。
「あっははは。本当におもしろ可笑しいね、君たちって。いきなり正義の味方を気取って、馬っ鹿みたい」
実に愉快そうに、嗤っていた。
「どこでどうなろうが誰も困らない、気にも留められない、悔やまれることも悼まれることもない。無価値なものとして扱われる程度の、ゴミだってのにさ」
嗤いながらキャスターが言った途端、赤い長槍が放たれた。
だがひらりと避けられ、皮膚も髪も服も掠ることなく、キャスターが一歩後ろへ退く。
フィアナ騎士団の騎士だった深緑は、燃え滾るような怒りの眼差しで極彩色を睨み、先ほど突き出したゲイ・ジャルグを構える。
「わぁ~びっくりした。イキナリ攻撃するなんて、ひどいなぁ」
「この、この下郎が!! 貴様、貴様らは何人……一体どれだけの罪なき命に手をかけた!?」
「どうしてそんな、自分ごとみたく怒ってんの? 何の干渉もせずとも飢え死に確定の孤児や奴隷、たかだか三十七人程度だよ? 身内でも何でもない赤の他人のためにそんな怒るなんて、ほんと面白いねー」
「黙れ! それは貴様の行為が正当化される理由にはならない!!」
「そんなの自覚してるって、いくら何でもさ。僕が何やっても許される存在じゃないことなんて、他ならない僕自身が分かってることだよ。君のマスターじゃないんだから、そこらへんは理解出来てるよ~」
ディルムッドの怒りを受けてなお、子供は嗤い続ける。
怯まない、恐れない。むしろ彼の怒りを面白がっている。愉快極まりないと腹を抱えている。
そうしてなお、おぞましいほど美しい。
「それにさ、ただ買って捌いてるわけじゃないよ? 業者に頼んで美味しいもの食べさせて、体を綺麗にして、新品の服や玩具を与えて。僕たちに届けられるまでは贅沢してもらってるんだから。その分、値段も高くなるけどね」
肩を竦め、困った風に説明するキャスター。
だが、奴がちっとも困っていないことはケイネスの目から見ても分かる。むしろ、キャスターは楽しんでいるのだろう。
今までしたこともない贅沢で喜んでいた人間の顔が恐怖と絶望で歪み、喉が張り裂けんばかりの絶叫を上げながら死に行く様を。
「それにさ、聖杯戦争するにあたってのルール違反はしてないじゃない。舞台になる冬木市に被害は出してないし、交渉や輸入は全部お金で解決してる。魔術の神秘は漏らしてないし、民間人も無事。貧しい国でのたれ死ぬ彼らの死因がちょっと変わる程度のことじゃん」
キャスターの言い分は、あまりにも身勝手だ。人を人と思っていない。家畜か玩具のようなものと思っている。命を完全に見下し、冒涜している。
子供の言葉を聞いたランサーは全身を小刻みに震わしていた。激情のままに襲い掛かろうとしている身を、必死に押さえ込んでいるのだ。
ケイネスはしばし子供とランサーを交互に見たあと、目を瞑る。
「……そうだな。確かに貴様は魔術の神秘、聖杯戦争におけるルールに触れる行いはしていない。その点に関しては、文句のつけようがない」
「ケイネス殿!?」
愕然とした顔をこちらに向けるランサーを手で制し、ケイネスは続ける。
「だがキャスター、その所業は人として外れている。貴様らは下衆であり外道だ。それ以外に貴様らに相応しき言葉はない。このアーチボルト家九代目当主ケイネス・エルメロイは、貴様の如き屑を魔術師とは認めん! 決して!!」
「ケイネス殿……!!」
漆黒に銀の粒が浮かぶ空の下、人気のない冷たい倉庫街に響き渡るケイネスの弾劾。
一字一句あますことなく耳にしたランサーは、感服して主の名を呼んだ。
「……ふぅん?」
そんな二人の主従の様子に、キャスターは目をすぼめる。
今まで笑みを貼り付けていた顔を、つまらなそうにして。
「魔術師のくせにお綺麗なことを言うもんだ。僕ら魔術師は基本、他人食い物にする屑だってのに……魔術を嗜む者はさも崇高とばかりの語りっぷり。おかしすぎて逆に笑えない。最近の魔術師は脳味噌が腐敗して、頭蓋内にお花畑咲かせてる奴が多いよねぇ、困った困った」
「なんとでも言え、外道。そして恐れ、脅えるが良い。貴様の心臓を貫くは、我がサーヴァント……ディルムットが持つゲイ・ジャルグだ」
「その通りにございます、我が主。……今宵は既に遅いため、見逃そう。だが次に会う時は死を覚悟しろ、キャスター。貴様はこの俺が討つ」
「はいはい、そーですか。その前に人間関係破滅しそうに思えるけどね」
意気投合した主従に嘲りの笑みを向けた後、キャスターは溶けるように姿を消した。
極彩色が消えるのを確認した後、ケイネスはランサーに告げる。
「良いか、ランサー。アレを同じ人間と思うな。貴様が行うのは一騎打ちではない、化け物狩りだ」
「はっ。我が槍にかけて、必ずしやあの怪物の首を討ち取ってみせましょう」
主が命じ、騎士が承る。
そこにはセイバーの時のような意見の違い、亀裂が生じることはなかった。双方がキャスターに対し同一の見解を出し、するべきことが一致したのだ。
「ふん。その魔を絶つ槍に関しては、期待しておくぞ」
「このディルムット、その御期待に添えてみせましょう」
そうして、二人は拠点たるホテルへと戻っていった。