Fate/zero 混沌より這い寄る者たち   作:アイニ

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 ところ変わって切嗣さん視点。
 名前は出ていませんが、龍ちゃんが登場します。
 キャスターが暴れ出した間、どうなっていたのかという話です。


010

 キャスターの宣言が始まる、数分前。

 ケイネスが射撃された時、切嗣は引き金に掛かりかけた指を止めた。

「舞弥、迎撃中止。それから、今の狙撃手を探してくれ」

『了解』

 そしてアサシンを討たんとした助手に新たな指示を飛ばし、狙撃銃をいつでも撃てるよう構えながら辺りを見渡す。

「くそっ……一体どこだ?」

 切嗣の中には僅かな焦燥が生まれていた。

 自分とは別の狙撃手――――おそらく魔術使いがいる。しかもそれは他の陣営も狙うほど攻撃的で、サーヴァントを傷つけられるような術の使い手だ。焦りを覚えるのも当然のことだった。

「示し合わせるように撃ったから、おそらくはキャスターのマスターだろうが……ともかく、見つけ出して先手を取らないと」

 弾丸の飛来から、潜伏している方向はある程度分かる。そして射撃と発砲音の秒差でこちらとそう遠く離れていないはずだ。切嗣は移動しながら魔術使いを探そうと階段を下りていく。

 ――――と、急に胸が締め付けられるように苦しくなった。

「ぐっ……、!?」

 ぐらりとバランスを崩れる体を持ち直そうとしていた切嗣は、目を見開き、己の行動を中止させた。

 瞬間、切嗣の居た場所目掛けて何かが飛来する。

 それは小さく、丸い眼球だった。目標を失い通り過ぎた眼球は、向こう際にあった金属に直撃する。着弾と同時に破裂し、中の粘液が付着すると、その箇所から鼻の据える臭いが漂う。

 金属が溶けて、腐っていく臭いだ。

 体勢を崩した切嗣は、降りようとしていた階段から転げ落ちる形となる。体の節々を痛めるが、受身を取ったお陰で大きな怪我はない。起き上がると同時に銃を構え直し、駆ける。

「ガンドでこちらの動きを止めたあと、腐敗弾で仕留めるやり方か……っ」

 魔術使いはキャスターほどガンドに長けていないようだった。だが遠距離から切嗣の動きを一瞬だけ止める力があり、そこから畳み掛けるように撃ってきた。それだけでも十分驚異的な術使いである。

『切嗣、発見しました』

 通信機を介して、舞弥が報告する。

「場所は?」

『倉庫街の西側にあるコンテナ上を移動しています。どうやら、切嗣を標的にしたようです。そちらに向かっています』

「そうか。……どんな相手だ?」

『フードコートのせいで顔は分かりませんが、女ではないでしょう。細身の若そうな男です。狙撃銃を持っていますが、鞄を背負っていることから、他にも武器は所持しているかと』

「分かった」

 切嗣はキャリコM950を取り出しながら、耳を済ませる。

 自分を基準とした左後方上から、足音が聞こえる。切嗣は銃をそちらに向けて、引き金に指を掛けた。

 だがコンテナ上から現れたのはフードの人物ではなく、握り拳大の物体だ。

「心臓……!?」

 脈を打たぬ、人体に二つある重要な器官の片方。それが剥き出しになった状態で、宙を舞っていた。驚愕で目を見開く切嗣の前で、赤黒い心臓は地へ落ちてく。

 その様を見た途端、まずいと思った。

 切嗣は急いでその場を離れ、コンテナの後ろに回った。回ることが出来たと同時に広がる腐敗臭。どうやら、着弾と同時に周辺を腐らせる手榴弾のようなものだったらしい。

「眼球……心臓……死霊魔術師かっ」

 目に見えた二つの死体のパーツから、相手の使用する魔術に察しがいった。

 死霊魔術師は本来、死者を食屍鬼に作り変えて使役する。しかし、魔術使いたる奴は、死体のパーツを礼装に変えて攻撃するタイプらしい。

「死霊魔術で思いつくのは獅子劫だが……いや、決め付けるのは早い」

 コートの襟で腐敗時に出るガスを吸い込まぬようにしながら、切嗣はコンテナの後ろから身を出した。

 飛び出した眼前には、銃口が突き出されていた。

「――――っ!」

「あっ」

 引き金が絞られる直前、咄嗟に銃口を肘で突き上げ、軌道を逸らす。

 放たれた大臼歯は斜め上に直進したあと、コンテナの向こう側へと落ちた。

「あっちゃ~、接近し過ぎたか。いっけね」

 軽い口調をした眼前の人物は、フードの奥から脱色した髪を覗かせている。ガスを吸わないためにか鼻から下は布で覆われており、黒々とした瞳と黄色身を帯びた肌だけが視認出来る。両手は黒い皮手袋に覆われ、利き手側にグロテスクな拳銃を下げ、利き手でない側は狙撃銃を脇に抱えた状態だ。

「そんじゃ、接近に切り替えようかね?」

 言うや否や、年若そうなフードの人物は狙撃銃を放り捨てた。同時に拳銃を左手に移し――――右手を振り上げる。

 自然な動作で振るわれたのは、袖口から出て来た不気味なナイフだ。薄く短い刃が喉元目掛けて軌道を描く。ワルサーの銃身でナイフを受け止めた後、キャリコを構えようとする。

 だが腹を抉る爪先で、不可能となった。

「ぐぁっ」

 骨で守られていない臓器が、蹴りによって形を歪める。顔を僅かに歪めた切嗣はそれでも地を蹴り、続け様に放たれた腐敗の弾丸を回避する。

 そして反撃。

 フードは「おっと」と呟きながら、鉄箱の後ろに身を隠す。次々と放たれる弾丸が鉄板を凹ませるが、これを破壊するだけの弾を消費するのは勿体無い。射撃を止め、敵から距離を取ることを選択する。ナイフを受け止めたワルサーの表面が少し溶けて異臭を放っていた。

「接近戦も不味いな……舞弥、君のいるところから奴を狙撃出来るか?」

『難しいかと……動きがかなり早いですし、出来るだけコンテナに身を隠すようにしながら移動しています』

「そうか。分かっ」

 言い終える前に切嗣は前方に何かを見かけ、足を止めた。

「……トラップか」

 睨み付ける先には、張り巡らされた鉄線の網。艶消しされた細めのワイヤーは鑢掛けされていて、触れるだけでも皮膚を裂きかけない鋭利さがあることが窺えた。目を凝らさないと見落としそうな細さと隠匿性。気が付かずに突き進んでいたら、血塗れになっていただろう。

 邪魔なワイヤーをナイフで切ると、それがスイッチとなったのか、頭上から心臓や眼球が投下される。

「一つだけでも厄介なのに、二段構えときたか」

 切嗣は舌打ちした後、魔術を使用する。

 

「Time alter ―― double accel!(固有時制御――――二倍速)」

 

 たった二節の、極めて短い詠唱。

 それにより展開される固有時結界は魔術師殺しの体内でのみ張られ、彼の体内における時間経過時間だけを早めた。

 切嗣の肉体は、この瞬間だけ通常の二倍早くなる。死体の一部から作り出された腐敗兵器が降下し、肌に触れる前にその場を通過。

 通り過ぎた直後、背後で大量の腐臭と腐敗ガスが充満する。無理矢理に体内経過を速めたことで来る反動に脂汗を滲ませながらも、切嗣は駆ける。

「最初の攻撃といい、今の罠といい……随分と用心深いな」

 おまけに謀略家だ。逃げた先に罠があった点から、こちらに逃げるよう誘い込まれた可能性が考えられる。心臓を投げられた際も、切嗣が迎撃しようと待ち構えているのを予測していたのかもしれない。

「舞弥、あちこちに罠が仕掛けられている可能性が高い。見つけたら撤去してほしい」

『了解。気をつけて』

 応答を聞いた後、通信を一旦切る。

 今まで一切の情報がなかったキャスターのマスターは、どうやら遠坂やケイネスのようにはいきそうもなかった。正統な魔術師ではない、あくまで魔術を道具として用いる利己的な魔術使いだ。戦略的思考は切嗣と酷似している。

「だとすれば」

 と、切嗣は己がいるコンテナの上に標準を定めた。

 すると、そこから飛び越えてくるフード。ナイフは仕舞われ、拳銃だけを手にしている。

「予想通り、奇襲してきたか」

 やはり考えが似ている、と自嘲しながら狙いを定めて撃ち放つ。

 だがフードもまた切嗣の考えなどお見通しだったらしい。そいつはよじ登ってきたコンテナを蹴りつけ、銃弾から逃れて地面に着地した。

 すぐさまナイフで切りつけようと振り返るが、その前に眩しい白色の光で視界が遮られる。

 思わず目を閉じると、数拍遅れて頭部に痛みと衝撃が襲い掛かった。

「ぐっ……!!」

 地面に倒れ付すのを堪え、敵の姿を確認する。

 フードの若者は、拳銃を持つ方とは逆側の手に柄の長いジェラルミン製の懐中電灯――――マグライトを握っていた。アメリカでは警棒代わりに警官が所持している代物だ。どうやら、振り返り様に取り出した懐中電灯のライトで目晦ましをし、怯んだ所を殴ってきたようだ。

「随分と不意打ちが手馴れているな」

「ん~、そう?」

 クルクルとマグライトを回し、一定距離まで近づくフードの男。時折覗き見える双眸からは、何を考えているか今ひとつ分からない。

 ――――やりにくい男だ。同じ魔術使いだけに面倒くさい。

 魔術師であれば挑発や誘導で魔術を使わせ、起源弾を用いて破壊することが出来る。

 だが目の前の男は魔術使い。起源弾が力を最大限に発揮するような、強力な魔術を使う可能性が低いのだ。利便性を重視した、切り札を用いるのが勿体無く思うような低位魔術だけを使用するに違いない。

 この切り札は、目の前にいるマスターより魔術師たるキャスターに用いた方が得策だろう。今後のためにも、起源弾はまだ隠しておいた方が良い。

 そう思っていると、

「ん~。初日はまぁ、こんくらいで良いか」

 目の前のフードが、構えを解いた。ナイフを仕舞い、マグライトをズボンに吊ったホルダーに納める。

「……何のつもりだい?」

「いや、今日はもう結構楽しめたからさ。そろそろ家に戻ろうかな~って。お楽しみは後にも残るようにすんのが吉、って師匠が言ってたしさ」

「師匠?」

「えーっと。キャスターって言ったら、分かりやすい?」

 どうやらキャスター陣営は師弟に近い関係性らしい。

 英雄と呼ばれ担がれているだけの虐殺者を師に仰ぐなんて、切嗣からすれば正気の沙汰ではない。自然と顔が険しくなるのが分かった。

「なるほど? つまり、僕に背を向けて帰ると?」

 だったら好都合、その瞬間撃ち抜いてやる。と、トリガーへと掛ける指に力を込めようとする。

 だが、彼は首を振ると

「いや、あんた帰らせてくれそうにないから……ちょっと寝ててくんない?」

 両手を合わせて頼み込むようにしてから、手袋の甲部分に触れる。

 そこから指で引き出されたのは、細い紐状のものだった。数本の細い糸を束ねたように見えるそれは、艶のない黒に紅が滲んだ色合いをしている。いや、あれは糸というよりも……。

「髪の毛、か……?」

 切嗣の呟きに、フードは答えない。

 

「Be wrong, Dance,Mai stay here and die(狂え、踊れ、舞いて死ね)」

 

 響いたのは、死人の如く冷たく静かな詠唱の声。

 

「――――Dance of death(死の舞踏)」

 

 詠唱を終えた後、フードは引き出した髪で編んだ紐を鞭の如くしならせる。

 切嗣は固有時制御を使おうと、二節の詠唱を始めた。

 だが鞭の先端は音速を超えると言うもので。

 切嗣が魔術を発動させるよりも早く、彼の攻撃がこちらに襲い掛かる。

 

「Blood discharge(血液排出)」

 

 付け足された詠唱と共に、紐の先端が肌を撫でた。

 それだけのことで――――血管から赤い血飛沫が吹き出た。

「な、んだと?」

 鮮やかな血が地面を汚す様を、呆然と見下ろす。

 怪我は薄い、傷は浅い。

 だが引きずり出すように撒き散らされた血液の量はおびただしく、死にはせずとも膝を着かせるには十分過ぎた。

 一気に大量の血が流れたことで、眩暈が起きる。

 酸素が十分に配給されなくなったことで、呼吸が苦しい。

「だいじょーぶだって、ちょっとぼんやりする程度にしか抜いてないからさ。そんじゃ、また今度遊ぼうなー」

 言いながら、去って行くフードの若者。

 待て、と銃を構えようとするも、失血のせいで体はロクに動かなかった。

 

 




 マグライトは1984年に日本にも輸入されるようになったとのことで、持ってても問題ないかなぁと思いました。
 ちなみにキャスターが通販で購入して、龍ちゃんに与えました。

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