Fate/zero 混沌より這い寄る者たち   作:アイニ

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 気が付けば、狙撃手は攻撃を止めていた。二騎が戦っていた間も響いていた発砲は彼、もしくは彼女がバーサーカー退けた頃には、聞こえなくなった。

 その頃には、セイバーの肩の傷は癒えていた。迎え討とうとした敵の姿はなく、煌びやかな髪と衣が風に吹かれてなびく様だけがそこにある。

「キャスター……――――っ!」

 あまりにも衝撃的な結果ではあるが、助けられたことには変わりない。子供に礼を言おうとセイバーが口を開きかけた時、黄色き槍が襲いかかってきた。

 すぐさま避けて、投槍の主の方へと向く。

「くっ……ランサー」

「すまない、セイバー……」

 深緑の槍兵は申し訳なさそうな顔で謝罪し、姫騎士になお槍を向けている。令呪によって身を縛られている今の彼は、ゲイ・ジャルグでセイバーを打倒するためにしか動けないのだ。

 そんな彼の様子にキャスターは、ランサーとそのマスター……ケイネスを交互に見やる。と、ぼそぼそっと何を言ったか聞き取れぬほど高速で呟いた。

 呟きは二種。どちらも魔術の詠唱だった。片方は召喚系であるらしい。もう片方の魔術が姿を消すものであったようで全貌は窺えないが、ガラスを引っ掻くような不快な鳴き声が聞こえた。

 呼び出されたそれは巨体な上に飛行するようで、羽ばたく音と共に旋風が巻き起こり、バーサーカーの用いていた鉄柱が転がる。

「そこの二人を捕らえたら、頭上辺りの空で待機しておけ。間違っても、白痴の王がいる所へ飛んで行くんじゃないぞ。破ったら夜鬼も呼ぶからな」

 静かな、王たらんとする者の声で、キャスターがナニカへと命じる。

 命じられたナニカはまたもや不快な鳴き声を上げた後、ランサーの体が宙に浮いた。

「何だ!? このっ、放せ……姿を見せぬとは卑怯なっ」

「見せてもいいけど、ドアップで見たら気を失う程度じゃすまないよ?」

 自身を捕らえるナニカへ叫んだ美丈夫に、ナニカの代わりに極彩色が返す。その後、ナニカはケイネスの元へと向かい、彼も同様に捕らえた。

 二人を捕縛したナニカはキャスターに言われた通り、子供の頭上にある空で浮上したらしい。ランサーたちが羽ばたく音に合わせて上下に揺れる様子は、傍目で見ると心臓に悪いものだ。誤って落下しないかとひやひやする。

「安心しなよ二人ともー。話が終わったら、君たちの負った怪我はちゃんと治してあげるからさ」

 暢気に投げかけられる言葉は、あまりにも予想外のもので。

「治す、とは? どういうつもりだ、キャスター」

「その通りの意味だよ。彼らの負傷は、綺麗サッパリ治すんだ。僕は失くした手足だって再生出来るし、死者蘇生の魔術も習得してるからね」

「死者蘇生……」

 そんなことまで可能なのか。と、アイリスフィールが息を呑む。いや、息を呑んだのは彼女だけではない。誰もが戦慄を覚えているだろう。

 死した人間を蘇らせることが出来る。

 つまりそれは、マスターを殺したとしても消滅する寸前であれば蘇生出来るということだからだ。身を隠している切嗣はキャスターを倒せぬならマスターを倒そうと考えているだろうが、それも困難を極めるということになる。

 まったくもって厄介な陣営だ、キャスターたちは。

 ライダーも同じ考えに行き着いたのか、顎を撫でて眉根を寄せている。

「死んだ者すら蘇らせるとはのぅ……しかし。なんだ、お主。絶好の機会だというのに、ランサーを倒さんのか?」

「だって、今倒したら勿体無いじゃん」

「……勿体無い?」

 思わず、怪訝に呟いてしまった。

 それだけキャスターの答えは、セイバーにとって信じられないものだった。

 負傷したサーヴァント、もしくはマスターを打倒する。セイバーならば騎士道に反するために行わないが、魔術師のキャスターが騎士道など意に介することはない。今の状況を好都合と考え、攻めるに違いないと思っていた。

 しかし、実際は真逆だ。キャスターは彼らを潰すどころか、受けた傷を癒そうと考えている。

 しかも、その理由が『勿体無い』から、である。

 一体なにが、勿体無いというのだろうか。怪訝に思うのも仕方ない。

「キャスター。貴様は何が勿体無いというのだ?」

「だって、まだ初日だよ? 初日で、聖杯戦争が始まったばっかりだっていうのに、勿体無いじゃない。今からこのゲームを楽しく遊ぶっていうのに、いきなりプレイヤーが欠けるなんてさ」

 キャスターの主張が、まるで分からなかった。

 子供の主張が意味不明に感じたのは、アイリスフィールも同様だ。赤い瞳には不審が浮かんでいる。

「んー。セイバー陣営はお堅いねぇ……んじゃ、色んな国を征服してきたライダー親方に尋ねるとしよう」

「親方!?」

「おぉ、なんだ? ちんまいの」

 マスターの少年がビックリしているが、親方と呼ばれた当人はけろりとしている。彼は軽く相槌を打って、キャスターの質問を待つ。

「ライダー、君がいる国の近くに二つ城があるとします。一つは平和ボケして警備が杜撰な城、もう一つは手練揃いによる堅牢な城。攻め落としやすいのはどっちかな?」

「そりゃあ当然、前者の方であろう」

「そうだね。……なら、攻め落とし甲斐があるのは?」

「ん? それならば後者になる……あぁ、そういうことか」

 今の簡単な問いかけで、合点が言ったらしい。ライダーはニヤリと笑い、戦車の上からキャスターを見下ろす。

 隣のマスターは、眉をひそめたままだ。

「納得がいった。だからアーチャーの真名を当てたり、アーチャー陣営の目論見を暴露したり、バーサーカー相手に圧勝してみせたり……なるほど。他陣営の警戒心を煽る真似をしておると思ったら、そういう狙いがあったわけか」

「な、何だよ? 何一人で納得してるんだ? あいつが何したいのか、分かったのかよ?」

「坊主、何も難しいことを考える必要などない。こやつは既に目的を言うておる。ちんまいのは、言葉通りのことをしたいだけだ」

「言葉通り?」

 言葉。キャスターの言葉。

 聖杯を求めぬ、キャスターの言葉。

 聖杯戦争そのものを目的とする、子供の言葉。

「キャスターはな、ゲームをしたいのだ」

「はぁ? ……ゲーム?」

「そうだ。それも簡単に敵を潰せる、難易度の易いゲームではない。手ごたえ、遊びごたえのある、戦争という遊戯がしたいと言っておるのだ。だから、ランサーたちに早々に退場して欲しくないのだろう」

「せいかーい!」

 ライダーの推察は的を得ていたらしい。キャスターはキャッキャと笑いながら征服王に拍手を送る。

「僕は遊びや茶番には全力を尽くすタイプなんだよ。僕たちが尽くすは当然だけど、相手側にも尽くして欲しいの」

「……我々は、手を抜いていると? そう言いたいのか」

 こちらを見下す言い分に腹が立ち、剣を構える。

 だがキャスターはまるで怯みも構えもせず、続けた。

「んー、少なくとも遠坂やケイネスは手ぇ抜いてる感じかなー。魔術を使うお貴族様特有の黴臭い考えがこびり付いてる上に、実戦経験皆無だからね。八百長の仕方といい、ただ隠れて自分は高みの見物だけしてるところといい、思考がちょっと甘いんだよ。なまじ力があるだけに、敵を侮りすぎてるね」

 だが遠坂の企みは看破され、ケイネスは重症を負った。

「これで少しは警戒心を持って、策を弄するようになってくれると嬉しいね。これは戦なんだから、決闘だの何だの馬鹿馬鹿しいじゃん。縛りを科してプレイするのも良いけど、戦争ゲームは何でもありが魅力だよ? 謀略、策略、人質、爆破、情報操作、闇討ち、騙し討ち、毒殺、色々しないと損だよ」

「…………」

 魔術師の役割を持って召喚されたこの子供は、随分と性根が腐っているらしい。キャスターの主張は外道もいい所だ。切嗣と同じ方針を述べる極彩色に、青い騎士姫は不快感を覚えた。

「……キャスターよ、貴様は私に騎士道を捨てろと? 我らの誇り高い騎士としての有り方を、自ら汚せというのか!?」

「そこまでは言ってないけど、拘り過ぎるのは良くないと思うよ?」

 発した怒声は身を痺れさせるような強さを放っていたが、向けられる当人は不思議そうな顔をしている。

 セイバーの言葉を奇妙だと言いたげな顔で、眩い髪を掻く。

「なぁんか王としてより、騎士としての思考に偏り過ぎてない? 今の君が騎士王を名乗るの、止めた方が良い気がしてきた……王と名乗るか、騎士と名乗るか、一回決めといたほうが良いと思うよ。うん」

「何だと?」

「あ、言っとくけど、今のは貶すつもりで言ったんじゃないよ? ファラオだった身としての発言だから。だからちょっと落ち着こうか」

 どうどう、と馬を抑えるような仕草をしてから、再び口を開くキャスター。

「……ねぇセイバー、君は騎士としての誇りが大事?」

「当然だ」

「それは命よりも?」

「当たり前だろう!」

「民の命よりも?」

 そう返された瞬間、冷や水を掛けられたような気分になった。

 民を導き国を治める王でありながら、ただ誇りと国を守る騎士としての思考だけになっていたと自覚したからだ。

「あ、やっぱりね。拘り過ぎて意固地になりかけてたか」

 身動きを止めたセイバーを見て、やれやれとキャスターは首を振る。

「凝り固まった思考は、現代の魔術師のあり方と同じくらい、よろしくない。唾棄すべきものとは言わないけど、拘り過ぎは注意だよ。拘るほどに意固地になり、頑固になる。そうすると視野が狭まる。狭まれば、何も見えなくなる。至る考えも減ってしまう。自らを追い詰め、崩れ落ちてしまうのさ」

 守るべきものがあるのに、それを忘れてしまっては意味がない。

 目的あっての手段であるのに、目的を忘れるほど拘ってはいけない。

 手段を目的にしてしまうのは、本末転倒だ。

 キャスターはそう反論する。

「忠義に飢えるランサーが、自分の騎士道に拘り過ぎたせいで護るべき主君を守れなかった。ついさっきのことが良い例じゃない」

 頭上で捕らえられた槍兵を指差し、麗しき魔術師は言う。

 一時間にもならぬ前の出来事であり、さらには先ほど述べられた件もあり、セイバーは言い返すことが出来なかった。

 自分達の思考が凝り固まっていたのは、間違いようのないことだからだ。

「そう、君たちは自覚が足りない。これは大会じゃなく、戦争なんだ。思考は柔軟に。作戦は綿密に。いざという時の行動は迅速に。そして心は残酷に」

 真紅と群青の瞳を細め、左頬の刺青を歪め、ニタリと嗤うキャスター。

 月明かりに照らされ、キラキラと神秘的に輝く美貌の持ち主。そいつが浮かべるのは、身の毛がよだつほど酷薄で退廃とした微笑だった。

「僕たちは君らをすぐに脱落させるつもりはないよ。壊れる寸前まで潰すつもりではあるけどね?」

 

 倒しに来るのなら返り討ちにしてあげる。

 守りに徹するなら潰しに出向いてあげる。

 敗北の危機にあるなら助けに来てあげる。

 己が弱さを嘆くのなら力を貸してあげる。

 

 ギルガメッシュよりも柔らかに、穏やかに、傲慢に、残虐に。

 キャスターは全ての陣営に向け、歌う様な響きをつけて宣言する。

「そういうわけだから、今後ともよろしくね」

 と言って、無邪気に手を振る。

 どこまでも微笑を絶やさず、緊張感の欠片もない姿に、何故かぞっとした。

 


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