第一回キャスター大暴れ話。
ケイネス先生から一転、セイバー視点となります。
「ぐぁああああああ……っ!?」
悲鳴。
それは先ほど拡散の魔術で響いたランサーの主のものだった。
「ケイネス殿!?」
今まで身を隠していた彼がよろめきながら脇腹を押さえている。その姿を見たランサーは、驚愕で目を見開いた。
「なんだぁ?」
「さ、さぁ……?」
ライダー陣営も何が起きたのかイマイチ理解出来ず、困惑している。
だがセイバーの耳は聞き取っていた。ランサーの主が悲鳴を上げる前、微かに銃声が鳴り響いていたのを。
同時に、腹の底から怒りが湧きあがっていた。
――――切嗣……貴方という人は……!!
衛宮切嗣。
セイバーを召喚した本当のマスターであり、アイリスフィールの夫。そして騎士たる己とはおよそ相容れぬだろう魔術使い。己が信条のためならば手段を選ばぬ『魔術師殺し』と呼ばれる男。
おそらく片手が使えぬセイバーの不利を立て直そうとしたのだろうが、だからといってランサーのマスターを狙撃するなんて。本来のマスターに怒りを燃やしながら、しかしバーサーカーから目を放すことはしない。
そうしていると、バーサーカーの背後に小柄な姿を見る。
「……キャスター?」
何を思ったか、褐色の肌をした子供は戦車から飛び降り、煌びやかな髪や衣装を舞わせながら軽やかに地に降りた。
同時に、ライダーが何かを感じ取り、目を細める。
「いかん、坊主っ!」
「へ? ―――ぐぇっ!?」
マスターである少年はライダーに思い切り首根っこを引っ掴まれて、蛙が潰れるような悲鳴を上げた。サーヴァントの突然の行動に、当然彼は怒りの声を上げようとする。
だが次の瞬間、彼の居た場所を音速で何かが通り過ぎた。
「なっ、なっ……!?」
怒鳴ろうとしていたマスターは、恐怖で腰が抜けて、へなへなと座り込む。あと一秒でも遅ければ、彼は死んでいただろう。
「ったく、随分と無粋な輩がおるらしいな」
流石のライダーも、これには顔をしかめている。セイバーも同感だった。まさか、完全に無防備なマスターまで狙撃するとは思いにもよらなかった。
だが呆れと怒りは、驚愕と困惑に変わる。
「――――がぁっ……!?」
「ランサー!?」
第三の狙撃。
それはマスターではなく、サーヴァントたるランサーに向けられた。
サーヴァントは戦闘機一機分の強さを持ち、現代兵器が効きづらい。まして三騎士と呼ばれるセイバー、アーチャー、ランサーは対魔力のスキルを保有していることが多く、マスターたちの攻撃は三騎士に対しては通じにくい。
だというのに、狙撃手はランサーを狙ったのだ。切嗣らしくない攻撃だと、セイバーは違和感を覚えた。
そして、もう一つの驚愕。
被弾したランサーの体が、その着弾した部位の皮膚と肉が、腐っている。
対魔力を有しているはずなのに、威力を一欠片も軽減出来ていないのだ。
「一体どういう」
呟きの途中、セイバーは嫌な予感に駆られた。
セイバーはスキルとして直感をAランクで保有している。ほぼ未来予知の域にあり、視覚・聴覚が遮断されていようと発揮される。
そのセイバーの直感が、警報を鳴らしていた。
「ッ―――――アイリスフィール!!」
「え?」
セイバーはバーサーカーの攻撃を弾き飛ばし、すぐさまアイリスフィールの元へと駆け寄った。一体どうしたのかと目を丸くする彼女を押し、今居る場から離れさせる。
直後、左肩に激痛。
そして腐臭。
「ぐっ……!!」
「セイバー!?」
尻餅をついたアイリスフィールは、左肩を抑えて悲鳴を噛み殺す姫騎士の下に慌てて近寄り、その肩の傷を見て息を呑む。
「セイバー、肩が、腐って……!?」
慌てて治癒魔術を掛けるアイリスフィール。
怪我を癒してもらっているセイバーは、先ほど淡く軽蔑の感情を向けてしまった本当のマスターに内心で謝罪していた。
切嗣はセイバーたち英霊を嫌っている。己がサーヴァントたるセイバーと会話をしないどころか、己の視界に入れようともせず、妻をマスターに見せかけて別行動を取るような男だ。
だが伴侶たるアイリスフィール、そして子のイリヤスフィールへの愛情は本物だ。彼は心から自分の妻子を愛している。
そんな彼が、愛する妻へと銃口を向けるわけがない。
「アイリスフィール……ッ、気をつけてください。切嗣と同じく、銃を使う魔術使いが居ます」
それも、切嗣以上に凶悪な使い方をする魔術使いだ。しかも対魔力を保有するサーヴァントにもダメージを与える程の存在である。
それを聞いたアイリスフィールの顔に、冷たい汗が滲む。彼女は狙撃手の次なる攻撃に警戒を払いながら、セイバーの傷を癒す。
と、
重々しい甲冑の足音が、近づく。
「A――urrrrrr……ッ」
セイバーがどんな危機的状況であろうと、理性を失った狂戦士には関係のないことだ。霧と共に紫紺を纏うバーサーカーは、鉄柱を手に歩み寄る。
治癒を掛け続ける彼女を制し、セイバーは再び剣を構えようとする。幸い、腐敗の銃弾を受けたのは左側。そちらはゲイ・ボウによって剣が握れない状態だ。まだ剣は振るえる。
「くっ……!」
セイバーは立ち上がると、バーサーカーは擬似宝具となった武器を大上段に構えて飛び掛った。
――――赤い一筋の閃光が、そんな彼を吹き飛ばす。
「なっ!?」
「今のは……」
横から跳んできた、予期せぬ攻撃。二人は唖然とし、地面に転がるバーサーカーと、バーサーカーを吹き飛ばした人物を交互に見た。
それは深緑の槍騎士でなければ、赤毛の豪胆な大男でもない。
膝にまで達する長い髪は、オーロラ色に輝くプラチナブロンド。
超然とした美貌の中央には、鮮血のルビーと水面のサファイア。
唇が三日月の如く釣り上がるに合わせ、幾何学的な刺青が蠢く。
「ガンド撃ちは専門じゃないけど、それなりには使えるんだよ?」
背や腹を露出した異国の衣に身を包む子供――――キャスターは、うっそりと酷薄な表情を浮かべ、突き出した右手の指を銃に見立てて悠然と佇んでいる。
禍々しい感情を宿す瞳は、起き上がるバーサーカーを映す。
「■■■■■■■ーーー!!」
真横から攻撃を受けた狂戦士は、攻撃対象を姫騎士から子供へと移したらしい。鉄柱を拾い直し、クラスに似合わぬ洗練された剣術でキャスターへと襲い掛かる。
無手のキャスターは迫り来る狂戦士の姿に、ますます笑みを深めた。
在り得ない。そう思ったのは、今日で何度目になるだろうか。
バーサーカーの攻撃を軽やかに避けるキャスターの姿を見ながら、セイバーは思う。
バーサーカーの攻撃は、理性を失ってなお美しく流麗だ。そして無駄がなく素晴らしい。紫紺の狂戦士の振るう剣檄は、驚異的であり脅威なものだ。
「あははははははははっ!」
キャスターは笑いながら、それを回避する。
目にも鮮やかな髪や布を舞わせながら、踊るように避けていく。
当たるどころか、掠る様子すらなかった。
「これは一体、どういうことなのでしょうか」
ライダーのマスターの情報だと、キャスターは三騎士に近い高ステータスを持つという。
しかし、バーサーカーの実力がそれに劣るとは思えない。しかも狂化でステータスをランクアップさせているのだ。総合的に見れば、魔術師のキャスターより狂戦士のバーサーカーが勝っているに違いない。
だが彼の攻撃は、あの麗しいファラオに傷一つ与えられていない。どころか身につけた衣を汚すことさえ出来ていないのだ。それはおかしい。
どうしてなのかと考えながら、両者の戦いを眺める。いや、戦いとは言い難い。戦いと言うよりも――――遊戯。キャスターがバーサーカーで遊んでいると表現するのが、一番適するだろうか。
「■■■ーーー!」
「あはははっ」
咆哮と共に振り下ろされた攻撃を、キャスターは笑みと共に回避。
それから、バーサーカーの武器を振るう腕に片足を絡める。絡めた足を軸にして、身を捻ると同時に――――蹴撃。ダンスで用いるような靴の爪先が狂戦士の兜を強かに叩いた。
「――――■……■■■ッ」
蹴りによる衝撃で頭を振るバーサーカーは、腕に足を絡めた子供を払い除けようとする。だがキャスターは籠手をした腕からひらりと身を逸らし、もう片方の足を首に絡めて、腕から背後へと移動する。
「あはっ」
己の良い様にされるバーサーカーを面白がりながら、子供は兜をした後頭部に人差し指を突きつけた。
指先に赤い輝きが閃き、光が兜を殴る。
――――ガンド。
元は北欧のルーン魔術の一つで、幽霊離脱をして自由に飛翔する魔術だ。
だが相手を人差し指で差して体調を崩すものは共感魔術『ガンド撃ち』と呼ばれる。
更に、直接的ダメージを与える上位ガンドは『フィンの一撃』と称される。
しかし、キャスターの放つそれは一撃というより、ガトリングと形容すべきものだった。
「あははははははっ!!」
キャスターはケタケタと笑い声を上げながら、バーサーカーにフィンのガトリングを喰らわせる。狂戦士は何とか極彩色を己から外そうともがくが、その前に子供は手を離れて首や背や腕に移動し、絶え間なくガンドを見舞う。首に回した足で輪を作り、ぐるぐると回転しながらガトリングを放つ様は凶悪だ。
アーチャー……ギルガメッシュに優位だったバーサーカーが、キャスターに悪戦苦闘している。わけが分からなかった。脳が思考することを停止させ、理解を拒絶してしまっているかのようだ。
「こりゃどういうことだ? いくら能力が並外れているとはいえ、キャスターのはずであろう? 何故、バーサーカーが苦戦しておるのだ?」
傍観していたライダーも、顎鬚を擦って首を傾げている。
だがライダーのマスターは、観察している内に何か気づいたらしい。
「もしかしてあいつ……」
「何か分かったのか、坊主?」
問われた少年は、言いにくそうに口ごもりながらも己の答えを出した。
「……キャスターの奴……多分、バーサーカーの動きを先読みしてる」
「何だと? そんなことが出来るのか?」
「そんなの僕が知るかよ! でもキャスターの目が、バーサーカーの関節とか足の動きとか、あと多分だけど……兜の中の視線を見てる……気がする」
彼の言葉を聞き、セイバーたちは改めてキャスターたちに視線を戻す。
――――彼の言うとおりだった。
動き回っているため分かりにくいが……笑い声を上げるキャスターの目は、愉快そうに吊り上げられた口や緩んだ頬とは裏腹に、冷静にバーサーカーを観察している。大きなオッドアイはせわしなく動き、狂戦士の眼や関節の動きを注意深く確認している。
バーサーカーが動き始めれば、一秒遅れてキャスターも行動を始める。
それはセイバーの直感とは真逆のもの――――紫紺の兵が失った理性や知性を駆使する『知恵を生かした』演算型の未来予知。
力では劣るゆえに知力を利用する、魔術師らしい戦い方だった。
「――――そろそろ、一発オトすか」
哄笑は唐突に終わりを告げた。
キャスターは首に足を巻きつけた状態で地面に手を突き、ぐっと下肢も後ろへと逸らす。
そうすれば、当然子供に合わせてバーサーカーの体が前のめりになる。狂戦士は何とか体勢を正そうとするが、キャスターはぼそりと何か呟き、行動を続ける。呟いたものは筋力強化のものだったらしい。足に加わる力が強まったように見えた。
そして狂戦士の体が――――反転する。
全身を黒い甲冑で包んでいたことが仇になった。バーサーカーは防具の重さもあって体勢を戻せず、頭の天辺から地面に叩きつけられた。さらに、重さは速度を増させ、威力を高めた。
バーサーカーはしばらく身じろぎしたが、次第に動きを止めた。そして黒い甲冑姿が溶けるように消える。
アイリスフィールにセイバーは視線を向ける。聖杯の器たる彼女は、サーヴァントが聖杯に捧げられたかどうかが分かる。
残念ながら、彼女は首を横に振った。バーサーカーはまだ消滅していない。実体化が解けただけのようだ。
「ざーんねん、逃げられちゃった」
心底残念には思っていない、明るい声音でキャスターは後ろ手を組む。
最弱のクラスと嘲られてきたサーヴァントが、現戦争において最も能力値の高いサーヴァント相手に、圧倒的勝利を手にした瞬間だった。