Fate/zero 混沌より這い寄る者たち   作:アイニ

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 遅れを取り戻すために、もう一話投稿。
 第一回キャスター大暴れ話。
 ケイネス先生から一転、セイバー視点となります。


008

「ぐぁああああああ……っ!?」

 悲鳴。

 それは先ほど拡散の魔術で響いたランサーの主のものだった。

「ケイネス殿!?」

 今まで身を隠していた彼がよろめきながら脇腹を押さえている。その姿を見たランサーは、驚愕で目を見開いた。

「なんだぁ?」

「さ、さぁ……?」

 ライダー陣営も何が起きたのかイマイチ理解出来ず、困惑している。

 だがセイバーの耳は聞き取っていた。ランサーの主が悲鳴を上げる前、微かに銃声が鳴り響いていたのを。

 同時に、腹の底から怒りが湧きあがっていた。

 

 ――――切嗣……貴方という人は……!!

 

 衛宮切嗣。

 セイバーを召喚した本当のマスターであり、アイリスフィールの夫。そして騎士たる己とはおよそ相容れぬだろう魔術使い。己が信条のためならば手段を選ばぬ『魔術師殺し』と呼ばれる男。

 おそらく片手が使えぬセイバーの不利を立て直そうとしたのだろうが、だからといってランサーのマスターを狙撃するなんて。本来のマスターに怒りを燃やしながら、しかしバーサーカーから目を放すことはしない。

 そうしていると、バーサーカーの背後に小柄な姿を見る。

「……キャスター?」

 何を思ったか、褐色の肌をした子供は戦車から飛び降り、煌びやかな髪や衣装を舞わせながら軽やかに地に降りた。

 同時に、ライダーが何かを感じ取り、目を細める。

「いかん、坊主っ!」

「へ? ―――ぐぇっ!?」

 マスターである少年はライダーに思い切り首根っこを引っ掴まれて、蛙が潰れるような悲鳴を上げた。サーヴァントの突然の行動に、当然彼は怒りの声を上げようとする。

 だが次の瞬間、彼の居た場所を音速で何かが通り過ぎた。

「なっ、なっ……!?」

 怒鳴ろうとしていたマスターは、恐怖で腰が抜けて、へなへなと座り込む。あと一秒でも遅ければ、彼は死んでいただろう。

「ったく、随分と無粋な輩がおるらしいな」

 流石のライダーも、これには顔をしかめている。セイバーも同感だった。まさか、完全に無防備なマスターまで狙撃するとは思いにもよらなかった。

 だが呆れと怒りは、驚愕と困惑に変わる。

「――――がぁっ……!?」

「ランサー!?」

 第三の狙撃。

 それはマスターではなく、サーヴァントたるランサーに向けられた。

 サーヴァントは戦闘機一機分の強さを持ち、現代兵器が効きづらい。まして三騎士と呼ばれるセイバー、アーチャー、ランサーは対魔力のスキルを保有していることが多く、マスターたちの攻撃は三騎士に対しては通じにくい。

 だというのに、狙撃手はランサーを狙ったのだ。切嗣らしくない攻撃だと、セイバーは違和感を覚えた。

 そして、もう一つの驚愕。

 被弾したランサーの体が、その着弾した部位の皮膚と肉が、腐っている。

 対魔力を有しているはずなのに、威力を一欠片も軽減出来ていないのだ。

「一体どういう」

 呟きの途中、セイバーは嫌な予感に駆られた。

 セイバーはスキルとして直感をAランクで保有している。ほぼ未来予知の域にあり、視覚・聴覚が遮断されていようと発揮される。

 そのセイバーの直感が、警報を鳴らしていた。

「ッ―――――アイリスフィール!!」

「え?」

 セイバーはバーサーカーの攻撃を弾き飛ばし、すぐさまアイリスフィールの元へと駆け寄った。一体どうしたのかと目を丸くする彼女を押し、今居る場から離れさせる。

 直後、左肩に激痛。

 そして腐臭。

「ぐっ……!!」

「セイバー!?」

 尻餅をついたアイリスフィールは、左肩を抑えて悲鳴を噛み殺す姫騎士の下に慌てて近寄り、その肩の傷を見て息を呑む。

「セイバー、肩が、腐って……!?」

 慌てて治癒魔術を掛けるアイリスフィール。

 怪我を癒してもらっているセイバーは、先ほど淡く軽蔑の感情を向けてしまった本当のマスターに内心で謝罪していた。

 切嗣はセイバーたち英霊を嫌っている。己がサーヴァントたるセイバーと会話をしないどころか、己の視界に入れようともせず、妻をマスターに見せかけて別行動を取るような男だ。

 だが伴侶たるアイリスフィール、そして子のイリヤスフィールへの愛情は本物だ。彼は心から自分の妻子を愛している。

 そんな彼が、愛する妻へと銃口を向けるわけがない。

「アイリスフィール……ッ、気をつけてください。切嗣と同じく、銃を使う魔術使いが居ます」

 それも、切嗣以上に凶悪な使い方をする魔術使いだ。しかも対魔力を保有するサーヴァントにもダメージを与える程の存在である。

 それを聞いたアイリスフィールの顔に、冷たい汗が滲む。彼女は狙撃手の次なる攻撃に警戒を払いながら、セイバーの傷を癒す。

 と、

 重々しい甲冑の足音が、近づく。

「A――urrrrrr……ッ」

 セイバーがどんな危機的状況であろうと、理性を失った狂戦士には関係のないことだ。霧と共に紫紺を纏うバーサーカーは、鉄柱を手に歩み寄る。

 治癒を掛け続ける彼女を制し、セイバーは再び剣を構えようとする。幸い、腐敗の銃弾を受けたのは左側。そちらはゲイ・ボウによって剣が握れない状態だ。まだ剣は振るえる。

「くっ……!」

 セイバーは立ち上がると、バーサーカーは擬似宝具となった武器を大上段に構えて飛び掛った。

 

 ――――赤い一筋の閃光が、そんな彼を吹き飛ばす。

 

「なっ!?」

「今のは……」

 横から跳んできた、予期せぬ攻撃。二人は唖然とし、地面に転がるバーサーカーと、バーサーカーを吹き飛ばした人物を交互に見た。

 それは深緑の槍騎士でなければ、赤毛の豪胆な大男でもない。

 

 膝にまで達する長い髪は、オーロラ色に輝くプラチナブロンド。

 超然とした美貌の中央には、鮮血のルビーと水面のサファイア。

 唇が三日月の如く釣り上がるに合わせ、幾何学的な刺青が蠢く。

 

「ガンド撃ちは専門じゃないけど、それなりには使えるんだよ?」

 背や腹を露出した異国の衣に身を包む子供――――キャスターは、うっそりと酷薄な表情を浮かべ、突き出した右手の指を銃に見立てて悠然と佇んでいる。

 禍々しい感情を宿す瞳は、起き上がるバーサーカーを映す。

「■■■■■■■ーーー!!」

 真横から攻撃を受けた狂戦士は、攻撃対象を姫騎士から子供へと移したらしい。鉄柱を拾い直し、クラスに似合わぬ洗練された剣術でキャスターへと襲い掛かる。

 無手のキャスターは迫り来る狂戦士の姿に、ますます笑みを深めた。

 

 

 在り得ない。そう思ったのは、今日で何度目になるだろうか。

 バーサーカーの攻撃を軽やかに避けるキャスターの姿を見ながら、セイバーは思う。

 バーサーカーの攻撃は、理性を失ってなお美しく流麗だ。そして無駄がなく素晴らしい。紫紺の狂戦士の振るう剣檄は、驚異的であり脅威なものだ。

「あははははははははっ!」

 キャスターは笑いながら、それを回避する。

 目にも鮮やかな髪や布を舞わせながら、踊るように避けていく。

 当たるどころか、掠る様子すらなかった。

「これは一体、どういうことなのでしょうか」

 ライダーのマスターの情報だと、キャスターは三騎士に近い高ステータスを持つという。

 しかし、バーサーカーの実力がそれに劣るとは思えない。しかも狂化でステータスをランクアップさせているのだ。総合的に見れば、魔術師のキャスターより狂戦士のバーサーカーが勝っているに違いない。

 だが彼の攻撃は、あの麗しいファラオに傷一つ与えられていない。どころか身につけた衣を汚すことさえ出来ていないのだ。それはおかしい。

 どうしてなのかと考えながら、両者の戦いを眺める。いや、戦いとは言い難い。戦いと言うよりも――――遊戯。キャスターがバーサーカーで遊んでいると表現するのが、一番適するだろうか。

「■■■ーーー!」

「あはははっ」

 咆哮と共に振り下ろされた攻撃を、キャスターは笑みと共に回避。

 それから、バーサーカーの武器を振るう腕に片足を絡める。絡めた足を軸にして、身を捻ると同時に――――蹴撃。ダンスで用いるような靴の爪先が狂戦士の兜を強かに叩いた。

「――――■……■■■ッ」

 蹴りによる衝撃で頭を振るバーサーカーは、腕に足を絡めた子供を払い除けようとする。だがキャスターは籠手をした腕からひらりと身を逸らし、もう片方の足を首に絡めて、腕から背後へと移動する。

「あはっ」

 己の良い様にされるバーサーカーを面白がりながら、子供は兜をした後頭部に人差し指を突きつけた。

 指先に赤い輝きが閃き、光が兜を殴る。

 

 ――――ガンド。

 元は北欧のルーン魔術の一つで、幽霊離脱をして自由に飛翔する魔術だ。

 だが相手を人差し指で差して体調を崩すものは共感魔術『ガンド撃ち』と呼ばれる。

 更に、直接的ダメージを与える上位ガンドは『フィンの一撃』と称される。

 

 しかし、キャスターの放つそれは一撃というより、ガトリングと形容すべきものだった。

「あははははははっ!!」

 キャスターはケタケタと笑い声を上げながら、バーサーカーにフィンのガトリングを喰らわせる。狂戦士は何とか極彩色を己から外そうともがくが、その前に子供は手を離れて首や背や腕に移動し、絶え間なくガンドを見舞う。首に回した足で輪を作り、ぐるぐると回転しながらガトリングを放つ様は凶悪だ。

 アーチャー……ギルガメッシュに優位だったバーサーカーが、キャスターに悪戦苦闘している。わけが分からなかった。脳が思考することを停止させ、理解を拒絶してしまっているかのようだ。

「こりゃどういうことだ? いくら能力が並外れているとはいえ、キャスターのはずであろう? 何故、バーサーカーが苦戦しておるのだ?」

 傍観していたライダーも、顎鬚を擦って首を傾げている。

 だがライダーのマスターは、観察している内に何か気づいたらしい。

「もしかしてあいつ……」

「何か分かったのか、坊主?」

 問われた少年は、言いにくそうに口ごもりながらも己の答えを出した。

「……キャスターの奴……多分、バーサーカーの動きを先読みしてる」

「何だと? そんなことが出来るのか?」

「そんなの僕が知るかよ! でもキャスターの目が、バーサーカーの関節とか足の動きとか、あと多分だけど……兜の中の視線を見てる……気がする」

 彼の言葉を聞き、セイバーたちは改めてキャスターたちに視線を戻す。

 ――――彼の言うとおりだった。

 動き回っているため分かりにくいが……笑い声を上げるキャスターの目は、愉快そうに吊り上げられた口や緩んだ頬とは裏腹に、冷静にバーサーカーを観察している。大きなオッドアイはせわしなく動き、狂戦士の眼や関節の動きを注意深く確認している。

 バーサーカーが動き始めれば、一秒遅れてキャスターも行動を始める。

 それはセイバーの直感とは真逆のもの――――紫紺の兵が失った理性や知性を駆使する『知恵を生かした』演算型の未来予知。

 力では劣るゆえに知力を利用する、魔術師らしい戦い方だった。

「――――そろそろ、一発オトすか」

 哄笑は唐突に終わりを告げた。

 キャスターは首に足を巻きつけた状態で地面に手を突き、ぐっと下肢も後ろへと逸らす。

 そうすれば、当然子供に合わせてバーサーカーの体が前のめりになる。狂戦士は何とか体勢を正そうとするが、キャスターはぼそりと何か呟き、行動を続ける。呟いたものは筋力強化のものだったらしい。足に加わる力が強まったように見えた。

 そして狂戦士の体が――――反転する。

 全身を黒い甲冑で包んでいたことが仇になった。バーサーカーは防具の重さもあって体勢を戻せず、頭の天辺から地面に叩きつけられた。さらに、重さは速度を増させ、威力を高めた。

 バーサーカーはしばらく身じろぎしたが、次第に動きを止めた。そして黒い甲冑姿が溶けるように消える。

 アイリスフィールにセイバーは視線を向ける。聖杯の器たる彼女は、サーヴァントが聖杯に捧げられたかどうかが分かる。

 残念ながら、彼女は首を横に振った。バーサーカーはまだ消滅していない。実体化が解けただけのようだ。

「ざーんねん、逃げられちゃった」

 心底残念には思っていない、明るい声音でキャスターは後ろ手を組む。

 最弱のクラスと嘲られてきたサーヴァントが、現戦争において最も能力値の高いサーヴァント相手に、圧倒的勝利を手にした瞬間だった。

 


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