ユーシスを加えたルドルフ達に最早それまで遭遇したような魔獣は障害にもならなかった。
ラウラやユーシスが評したようにそもそも魔獣自体の脅威度が低く、戦い慣れた二人が前衛を務めるともはや時折ちらついていた危うさも見えない。
湧き出る魔獣を蹴散らすようにして五人はやがてそれまで通過してきたフロアと僅かに異なる印象を受ける造りの部屋へと辿り着く。
開けた中央の空間、壁際の上方には部屋全域を見下ろしているかのような翼を備えた四足獣の石像が鎮座しており奇妙な存在感を放っている。
奥には上の階へと続く階段が見え、その先の出口からは迷宮のあちこちに仕掛けられていた導力灯の明かりではない、自然の明るさが差し込んでいた。
「ふむ、どうやらここが終点のようだな」
共通の認識に至った五人が大なり小なりに表情を綻ばせた顔を見合わせる。
入学式からの予期せぬ事態がようやく終わるのだという安堵、しかしそこに水を差すように不穏な気配が起こる。
「――?」
初めに気づいたのは誰だったか、いずれにしてもそう差も無く皆がその音に気づく。
静かな空間に響くその硬質で軋むような音はそれだけはっきりと聞き取れるものだった。
「何? この音……」
「――あれだ!」
鋭い瞳で見上げたラウラの視線の先、目を引いた石像と思われていたものが鈍い音を響かせながらゆっくりとその足を踏み出していた。
緩慢な動作から一転、次の瞬間その石像は翼をはためかせ飛び上がると宙を舞い、ルドルフ達の前へと飛び立った。
口元から生々しい唸りまで漏らしながら石の眼光で皆を見据えるその石像だったモノ――
「≪
その正体の名がエマの口から呻きにも似た呟きとして漏れ出る。
現代ではほぼ失われつつある中世の魔導技術により生み出された人造の魔獣とも呼べる存在、その一つの姿が目の前に現れた凶獣のような代物だった。
過去この大陸で繁栄を誇った古ゼムリア文明、その崩壊後の混迷期である暗黒時代にはこのような人造魔獣が数多く造られ、古い遺跡などには守護者としての機能のままに訪れた旅人や調査員に襲いかかるこの類の魔獣が少なくない。
よもや学院の裏手にある施設でそんな魔獣にお目にかかるなど少年少女達は思いもしなかっただろうが。
「暗黒時代の産物とやらか……」
「どうしてそんなのが学院にあるのよ――っ!」
「言っている場合ではなさそうだ!」
ルドルフ達を排除対象と認めたらしく重厚な足音を立てながら襲いかかるガーゴイルをそれぞれ驚愕を押し殺して迎え撃つ。
真っ先にラウラが先頭に躍り出ると機先を奪われまいとするように先んじて両手剣を振り抜いた。
「はぁっ――!」
前脚を薙ぎ払ったラウラの一撃、鈍い音が響きまさしく岩を切りつけたかのようなその手応えにラウラは顔を歪める。
十分に体勢を整えられなかったとはいえラウラの斬撃は並の魔獣なら容易く両断し得るだけの威力を持っている。
だが≪
ラウラの先制にガーゴイルは前進こそ止めていたが傷はごく浅く表面が削れた程度だ。
「厄介な……奴は俺達で引き付ける、お前達は隙を見て奴の動きを止めろ、石の塊とはいえやれんことはない」
指示を飛ばすとユーシスもまたガーゴイルに向かっていき、ラウラに双眸を向けた石の魔獣へと剣を振るった。
硬質な反響音を立て弾かれる自らの剣撃にユーシスは眉を顰めながらもその結果を予想していたような躊躇いのない動きで引き下がり距離を取り、瞬後彼が居た空間をガーゴイルの先が爪状に象られた前肢が薙いだ。
大気を揺るがせながら振るわれるその石腕の威力はまともに受けきれるものではないことは素人目にも分かるものだ。
「もう、やるしかないってわけね」
「ここが終点でありそうな以上はおそらく」
「……やはり、仕方ありませんね」
後方に残されたアリサ、ルドルフ、エマは頷き交わすと自ら危険な前衛を買って出た二人を援護するべくそれぞれ得物に手をかける。
ガーゴイルをルドルフ達の方へ逃さないようぎりぎりの距離で爪を躱しながら注意を引き反撃の機会を窺っているユーシスとラウラ、二人に守られ余裕のある後衛としてその機を作る役割を果たすため、ルドルフもまたARCUSの起点、中央スロットに指を添えた。
「エマ、合わせて!」
「はい!」
アリサの呼び掛けに鋭く応じ、エマが魔導杖を構える。
引き絞られた弓から矢が放たれるも石の表層に弾かれ有効打とはならない、しかし注意を引かれたガーゴイルが首を向けたと同時、エマが振り抜いた魔導杖から発生した紫苑の導力球がその顔面に直撃した。
秘められた衝撃力が零距離で弾けガーゴイルが仰け反るように身を反らし後退しながらたたらを踏んだところへ続けてルドルフが展開していたアーツを解放する。
燐光を放つ術式陣が霧散し、大気中の水分がルドルフの眼前に凝縮されると砲弾のようにガーゴイルが地に着こうとしていた前脚の一方へ撃ち出される。
高密度に圧縮された水弾に打ち払われ前脚を掬われたガーゴイルは石の体躯をしているというのに声を出す機構が仕込まれているのか、人造物にそぐわない生々しい悲鳴を上げながら肩を地に着く形で前のめりに倒れ込む。
その絶好の隙にすかさずラウラが駆け、肩の上に高く剣を振りかぶった。
「はあぁっ!」
気合と共に振るわれた長大な刀身は持ち上がった右の肩部を捉え、硬い斬撃音を轟かせた。
ラウラの一刀をもってしても両断とまではいかなかったが、半ばを越えて断たれた石獣の右肩より先は力なく垂れ下がり、最早十分な機能を果たせないであろうことが見て取れる。
痛撃を見舞ってくれたラウラにガーゴイルが吠えながら残る前腕を地を擦るような軌道で振りつけるが、飛び上がりそれを避けたラウラは目の前の顔面を蹴りつけその勢いで飛び下がり素早く距離を取った。
立ち上がるガーゴイル、前脚の一方を半ば失い攻撃力は激減している、このままなら仕留めきるのも時間の問題――だがそう予測しかけた皆の思惑を覆す事態が起こる。
「なっ!?」
一撃を刻んだラウラのみならずユーシスやアリサも驚愕に瞳を見開く。
大きく抉れたガーゴイルの肩部、それが内から盛り上がるように埋まっていき、やがて元の形へと跡形も無く復元してしまったのだった。
「くっ、再生しただと?」
傷が塞がるや否や飛び掛かってきたガーゴイルをラウラは剣を盾にしすんでのところで受け止める。
すかさずフォローに入ったユーシスが斬りつけ押し切られる目前でガーゴイルを退かせた。
「すまぬ、助かった」
「礼など不要だ、それよりもあれだけの傷を塞ぐ再生能力、早く気づくべきだったが……手を考えなければまずいぞ」
これまでの攻防で二人が刻んできた細かな傷もいつの間にか消えてしまっていることをその時にしてルドルフ達も気づいた。
冷徹な面持ちを張り詰めさせたユーシスの言葉通り、それまでのような攻め方をしていてはいずれ限界が来るのは体力に限界のあるルドルフ達の方だ。
ガーゴイルの再生力の程は計り知れていないが最悪、限度が無いとするなら並の手段では仕留めることすらできない。
「こうなったらもう退くしかないんじゃ……」
「――いいえ」
アリサが口にしかけた諦めを否定したのは、ガーゴイルをじっと見据えているエマだった。
おっとりとした印象のあった彼女がこの状況でも冷静さを保った瞳で、どこか厳かな雰囲気まで漂わせていることが周囲を驚かせる。
「この種の人造獣にはどこかに機能を制御する核が存在するはずです、それさえ破壊できれば無力化できると思います」
「本当か!?」
「せめてそれがどこか分かればいいが……」
エマの言葉に光明を見出しながら残る問題に言及するユーシスに応えるのもまた彼女だった。
「核はこちらで探します、申し訳ありません皆さん、それまでどうか足止めをお願いします」
そう言うなりエマは魔導杖に触れ、その瞳が集中するように細められていく。
「これは……」
彼女の魔導杖から特殊な導力波が発せられ始めたのに気づき、ルドルフが僅かに瞠目する。
その導力波の性質を感じ取ったルドルフはエマを庇うように一歩前に出ながらアリサ達に向けて告げた。
「エマの魔導杖には解析能力があるようです、おそらく彼女ならその核の位置を特定できるかと」
ルドルフの予測が正しければ魔導杖の解析した情報が同期したエマには掴み取れているはずだった。
「! 心得た、ユーシス」
「ああ!」
即座に剣士の二人はガーゴイルに向かって距離を縮め剣を届かせ得る、だが前に出過ぎず回避行動に余裕のある立ち位置で再び交戦に入る。
確かな損傷を与えるには遠い、だが相手と違い自己治癒など出来ないラウラ達はこの状況で傷を受けるわけにはいかない、ガーゴイルを釘付けにしつつ回避に専念するという戦いは精神を擦り減らす厳しいものだが学生にして非凡な剣の才を持つ二人は苦悶を表情に浮かべながらもそれをこなしていた。
迂闊に注意を引いてはかえってガーゴイルの動きをコントロールしづらくなってしまうことを理解できてしまうアリサは弓をきつく握り締めながらも危険に身を晒している二人の戦いを見守り続ける。
アリサは彼女達のように特別武術に秀でているわけでもなく、大型魔獣を相手を手玉に取るような立ち回りなど出来ない、それが理解できてしまうからこそ手を出さないという選択しかできない自分の無力さ故の焦燥に胸を焼かれていた。
「ルディ……?」
同じ立場であるはずの少年の顔をちらと見たアリサは思わず息を呑んでしまった。
ガーゴイルと戦う二人を見るルドルフ、その焦りどころか戦う二人を心配するような不安の色すら無い表情――逆に見るものを不安にさせるような無感動さに。
どうして、という声にならない呟きがアリサの口から漏れた時、エマが魔導杖の構えを解き叫んだ。
「見えました! 核は頭部――破壊するか首から先を分断すれば機能を停止させることが出来るはずです」
その報せにアリサも逸れかけていた思考を打ち切り視線をガーゴイルへ引き戻し構え直す。
ラウラとユーシスの視線が交錯し、決着へ向かう意思を交わす。
ルドルフとエマがARCUSに手をかけ一気に攻勢に出ようというところで、変化が起こった。
「あっ!?」
ガーゴイルが不意に動きを止め石の瞳でルドルフ達を睥睨した後、翼をはためかせ宙へ舞い上がる。
強襲を警戒し皆が緊張を走らせる中ガーゴイルが激しく羽ばたいた瞬間、空間に嵐のような風圧が吹き荒れた。
「ぐっ……」
「……これ……は……」
発たれた風の勢いにラウラやユーシスですらふらつく体を抑えきれず剣を地に刺して膝をついて留まるのがやっと、残る三人もその場に屈み込んでしまう。
全員が体勢を崩された窮地でガーゴイルが滑空を始めラウラ達の間を抜け、向かう先にはうずくまるアリサ。
ガーゴイルに対し即座に応戦できる手段を持たない上咆哮の衝撃から立ち直っていない彼女にそれを防ぐ余力などあるわけもなく、迫る危機に目を瞑ってしまったアリサだったが次の瞬間、金属の打ち擦れる音が響き渡る。
おそるおそる瞼を開いたアリサの目前に広がっていた光景はのしかかるように前のめりで爪を振りつけたガーゴイルと、それを盾で受け止めるルドルフの姿だった。
「ルディ!」
「……っ」
盾仕込の導力器から発生した防御壁で威力を減殺こそしたものの気を抜けば押し潰されてしまいそうな重圧に腕が軋みを上げるのを感じながら歯を食いしばり耐え凌ぐルドルフ。
狙いがアリサと気づいた瞬間、その間に割り込めるのが中衛の自分だけであると判断するまでもなくルドルフは自らの四肢に命じ、全身を駆動させアリサの前に割り込むと腕を振り上げていた。
のしかかる石爪に体重が乗り押し切られる間際、身を屈め盾の表面に爪を滑らせるとルドルフはガーゴイルの腕の内側へ飛び込む。
伸ばした足が踏み抜かんばかりに重く地を叩き、生じた反発を乗せた拳が真下からガーゴイルの頭を打ち上げる。
石の顎が無理矢理に閉じられるだけに収まらず、乾いた破砕音を立て下顎に亀裂を走らせた。
「ふ――っ!」
先の交戦でコインビートルを葬ったときと寸分違わない足さばきでルドルフが身を捻り、旋回させた足刀で仰け反るガーゴイルの首元を穿った。
石の巨体が一瞬浮き上がり、ルドルフも反発を受け切れず互い弾かれたように後退る。
歴然とした体格差のある相手を防ぐばかりかその身一つで押し返したルドルフに思わずアリサ達は目を見開き固まっていた。
すぐにそんな場合ではないと立ち直ったラウラが剣を杖にして身を起こすが、それよりも対敵の再動は早かった。
挙動に若干の揺らぎを見せながらも四肢を地に着いたガーゴイルは顎、首元に罅を刻み込んだルドルフをまるで怒りの感情がある生物のように睨み据える。
既に二つの傷は修復が始まり、徐々に亀裂が埋まっていくが完全な修復を待たずガーゴイルはその翼をひるがえす。
飛び上がろうとする姿勢に皆が食い止めようと仕掛ける寸前で、飛翔しようとしていたガーゴイルの顎が突如として爆ぜた。
「今のは――!」
罅割れた顎の一部が砕け石片を撒き散らしながら呻くガーゴイルを襲ったのは一発の導力弾だった。
倒れ込み窮地にあったルドルフがその一撃が飛来した方を仰ぎ見ればその先にはこの部屋への入り口に並び立つ男子達の姿があった。
「間に合った……君達、大丈夫かっ!?」
ショットガンタイプの導力銃を手に叫ぶ男子マキアス、ガーゴイルを怯ませたのは彼の導力銃による銃撃だった。
「わわっ、大きい……」
「帝国にはこんな魔獣が居るのか……」
ここに来るまで徘徊していた魔獣とは一線を画する存在感を放つガーゴイルの姿に驚きを露わにするエリオットにガイウス。
その横で一人、リィンは状況を見取るなりその場で携えた薄い刀身の剣、太刀の切っ先を前に向け掲げると膝を曲げ体勢を低く構えた。
――弐ノ型、
念じるようなリィンの囁きがルドルフの耳に届いた次の瞬間、太刀持つその姿が霞んだ。
駆けつけた四人の中でいち早く驚愕を抑えこみ、臨戦の構えに入ったリィンを注視していなければ何が起こったのかも分からなかっただろう、消えたと見紛うほどの高速でガーゴイルまでの距離を詰めた少年の動きにルドルフが瞠目する。
「シッ!」
ガーゴイルの脇へ瞬時に歩を進めたリィンが振り抜いた太刀の刃が石獣の前脚を真一文字に切り裂く。
流麗ではあるがラウラの大剣と比べ頼りなくも見える細身の刃は堅牢な石の脚を先のラウラの一撃にも届く程深く刻み、一瞬でガーゴイルに攻めかかった動きもあいまってその場の皆を驚かせた。
呻きながら反撃に転じようとするガーゴイルを更なる闖入者が襲った。
「えっ?」
脇を駆け抜けた小さな影にエリオットが気の抜けた声を漏らす。
その影、両の手にナイフと銃を一体化させたような得物を握る銀髪の少女が駆け、リィンに気を取られたガーゴイルの身を駆け上がるように登り詰める。
ガーゴイルの反応が間に合わない俊敏さでもって背まで登った少女が手の短銃剣を閃かせ翼の根元を斬り裂いた。
重ねての不意打ちにガーゴイルが周囲のリィンや少女を引き離そうとするように全身と長い尾を振り回すが、すかさずリィンは後退し少女もまた背を蹴って飛び離れていた。
さらに少女は離れ際ガーゴイルへ向けてナイフに備わる引き金を引き自身が刻んだ傷跡へ正確に導力弾を撃ち込んでいた。
傷跡を抉られ更なる痛手にガーゴイルは苦しげな唸り声を上げながらその身をふらつかせる。
「すごい、これなら!」
その様子に駆けつけた男子たちが快哉を上げるが、それまで交戦していたルドルフらは緊張を緩めることが出来ない。
「気を抜くな、こいつは……」
ユーシスが警告するまでも無く、ビキビキと氷の軋むような音を鳴らしながらガーゴイルの傷が再び内から埋まり修復されていき、エリオット達は驚愕に目を見開かされる。
「馬鹿な……」
「中枢部は頭に、そこさえ破壊できれば倒せるはずです」
呻くマキアスに持ち直したルドルフが告げると悲壮な表情になっていたエリオットも気を取り直し、導力杖を構えていた。
「良かった……皆揃ったし、これならきっと――」
この迷宮に落とされた全員が揃い明らかな数の優位にエリオットをはじめとした数名が瞳を輝かせるが、その状況が孕む危険性に一部の者達、そしてルドルフもまた気づいてしまった。
Ⅶ組生徒はルドルフとアリサのような間柄を例外として今日出会ったばかりでまともな連携など望めない、そんな中で十人もの人間が目の前の大型とはいえ全長三アージュにも満たない魔獣相手に挑みかかればどうなるか。
接近戦ではお互いが間合いに踏み込んでしまわないよう位置取りから仕掛けるタイミングまで考慮しなければならず、射撃武器やアーツを用いる者達なら同士討ちの恐れがあり迂闊な攻撃は出来ない、後ろに気を回しながら戦えというのも前衛を務めるメンバーにとって重荷となる。
それまで果敢にガーゴイルと戦っていたラウラとユーシスもそれを危惧し表情は険しくなっていた、そんな中一人――
「皆! ここが踏ん張りどころだ、一気に決めるぞ!」
太刀を掲げ叫ぶリィン、その激励が揺らいでいた全員の意識をまとめ上げていた。
マキアスとリィン、銀髪の少女が与えた傷が修復しきっていない今こそが勝機でもある、その場の全員が決着を着ける覚悟を決めたとき、ルドルフの身を奇妙な感覚が包んだ。
「――?」
先制の銃撃を放とうとするマキアスの呼吸、脇の死角から隙を突こうと回り込むガイウスの動き、それぞれ攻勢に入った彼らの挙動が視界に入らずとも手に取るように把握できたのだ。
だが今はそんなことを気にしていられる状況でもなく、その感覚は間違いなくその場で有利に働くものだった。
何故――という疑念を呑み込み、ルドルフはARCUSを構えアーツの準備にかかる。
中央のマスタークオーツに触れ起動を確認し、淀みない動きで一本のラインに沿って指を滑らせていく。
目的とするアーツに必要とされる属性力は脳裏に刻み込まれていた、
支給されたものにラウラから借り受けた
そのアーツはエアストライクなどといった最下級のものと比べ駆動負荷も大きくなるため発動にも少しばかりの時間を要するが、そのための間を繋いでくれる仲間がこの場には揃っていた。
「リミット解除……喰らえっ!」
マキアスの銃から放たれた一粒弾が再びガーゴイルを呻かせた瞬間にガイウスが十字槍を鋭く突き出し後ろ足を穿つ。
与えた損傷こそ浅いものだったが反撃に転じる間すら与えず続けざまにエマとエリオットが放っていた導力球が正面から着弾し爆ぜるとガーゴイルもたまらず仰け反ってしまう。
その隙に離脱したガイウスと入れ替わるようにして左右からリィン、ユーシスが太刀と騎士剣を一閃し伸び切った両前足の膝裏を斬り裂いた。
石の体といえど生物を模しており身体動作もその条理に沿っていたガーゴイルが関節を深く裂かれたことによりがくりと上体を落とす。
一気呵成に畳みかけられ身動きすらままならないガーゴイルは脇の二人を威嚇するように肩を揺らすと傷が塞がりかけていた翼を広げ抵抗の構えを見せる、がしかし。
「させないわよ!」
リィン達が一歩退く瞬間を読み切っていたように導力弓に組み込まれた機構の一つ、
けたたましい鳴き声を上げ炎に巻かれた顔面を振り回すガーゴイルはⅦ組生徒たちの間断ない攻めにもはや翻弄される一方だった。
駄目押しのように背後へ回り込んでいた銀髪の少女が唯一健在だった一方の後ろ足を斬りつけ完全に身動きを奪ったとき、ルドルフのARCUSが駆動を完了する。
へたり込むように体勢を低くした目標へ意識を指向させルドルフはそのアーツを解き放った。
ガーゴイルの周囲に蒼白く円形のゆらぎが複数生じたかと思うや、そのゆらぎから撃ち出された高速の氷刃が弧を描いて収束し中央の術式対象を突き穿つ。
リィンたちが刻んだ前肢の傷、そして翼の根元に食い込んだ氷の刃が秘めていた冷気により石の体躯を凍り付かせていく。
傷跡を凍り付かされ再生が思うようにいかずもがき苦しむガーゴイルの首元に満を持して踏み込む女生徒、ラウラ。
その型は先程の奇妙な感覚に見舞われたときから閃きのようにルドルフの頭に思い浮かんでいた。
奇妙なことに彼女こそがその役に最適であると、今日出会ったばかりだというのに皆がそのことを心得たように動き戦局を導いていた。
長大な青い剣を大上段に構えたラウラもまた自らに求められた役割を悟り道中の戦いでそうしていたように真っ先に斬り込むことをせずこの時を待っていた。
「フッ!!」
地を固く踏み締め、気合一閃。
振り下ろされた大剣の刃は石首を一息に両断し、刎ね飛ばされたガーゴイルの凶貌が宙を舞いゴトリと無機質な音を立て地に転がった。
同時、頭部を失った体躯がその動きを停止する。
物言わぬ本物の石像と成り果てたガーゴイル像を前に、皆しばらくの間動きを止めていたが、人造魔獣がその活動を本当に停止させたのだと確信したときようやく誰からともなく緊張していた表情を綻ばせるのだった。