ラインフォルトの見習い使用人   作:まぎょっぺ

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生じる違和感

 果たしてルドルフの予想通り、出発以前から早くもトラブルが発生することとなる。

 ユーシス・アルバレア、まず彼が馴れ合うつもりは無い、と一人先にダンジョン区画へ足を向けそれをマキアスが咎めるも、彼は扱いに心得があるという腰に提げた騎士剣を示し臆する素振りも見せなかった。

 更に先程のやり取りが後を引いているのか、ユーシスは殊更に貴族身分であることを強調するような発言をした上でマキアスに対し――同行するなら構わない、貴族の責務(ノブレスオブリージュ)として保護してやっても良い、そんな事を言い放つ。

 貴族に対し嫌悪感情のあるらしいマキアスがそんな言葉を受け黙っていられる筈も無く――

 

「もういい! だったら先に行くまでだ! 旧態依然とした貴族などより上であることを証明してやる!」

 

 そう反発するように言うなり大型の導力銃を携えユーシスよりも先にダンジョン区画へ足を踏み入れていってしまった。

 そんなマキアスの態度に呆れるように鼻を鳴らしたユーシスもまた後に続き宣言通り一人で奥へと進んで行ってしまう。

 二人のやり取りに呆気にとられたように残る八人はしばしの間立ち尽くしていたが。

 

「――とにかく、我々も動くしかあるまい。念のため数名で行動するようにしよう、そなたと――そなた、私と共に来る気はないか?」

 

 まず青い長髪を頭の後ろで一纏めにした少女がアリサと眼鏡の女生徒に声を掛けた。

 

「え、ええ。別に構わないけれど」

 

「私も……正直助かります」

 

 年頃の女子にそぐわない武人然とした古めかしい口調に加え、左腕には長大な両手剣をベルトで吊るしている女子の中でも一際強い存在感を示していた彼女の誘いにアリサ達はすぐに頷く。

 先に行った二人のような事情が無い限りこんな状況では当然の判断と言えたが一人、またも例外的な行動を見せる少女がいた。

 

「そなたも――ふむ?」

 

 銀髪の小柄な女子はいつの間にか奥へと歩み始めており、教官の罠を避けていた上魔獣が潜むという先へ平然と歩みを進めるその後ろ姿に何か感じ取ったのか、青髪の女子は呼び止めることもせずルドルフを含む残る四人の男子へ顔を向けた。

 

「では我らは先に行く、男子ゆえ心配無用だろうがそなたらも気を付けるがよい」

 

「あ、ああ」

 

 その堂々とした立ち居振る舞いに呆気にとられながら黒髪の男子が返した生返事を了解とみなしたらしくその女子は颯爽と奥へ向かっていった。

 

「そ、それでは失礼します」

 

「あ……」

 

 眼鏡の女生徒が残る男子に丁寧に頭を下げ後に続き、アリサはルドルフを気にするような素振りを見せたが、先程()()してしまった男子一瞬目が合ってしまい、すぐに不機嫌そうに顔を背けると二人の後に続いて行ってしまった。

女子達の姿が見えなくなると、アリサにあからさまな態度を向けられていた少年が大きなため息を漏らす。

 

「…………はぁ」

 

「あはは、すっかり目の仇にされちゃったみたいだね」

 

「ああ、後でちゃんと謝っておかないとな」

 

 同情するような声に理不尽を訴えるでもなくそんな言葉で返すところが少年の行き過ぎなぐらいの人のよさを感じさせる。

 

「――それで、どうする? 折角だから俺達も一緒に行動するか?」

 

 落ち込んでいるのも束の間、その少年はすぐに表情を切り替えると残る三人にそんな提案を持ち掛けた。

 

「うんっ、もちろん!」

 

「異存はない、俺も同行させてもらおう」

 

 茶髪の少年と帝国では珍しい、褐色の肌をした長身の男子が快諾する中、通路の先に視線を向けながら思案していたルドルフは三人へ向き直ると急に頭を下げる。

 

「申し訳ありません、力添えしたい方がいますので先に失礼させて頂きます」

 

「力添えって……?」

 

「君は……ああ、あの()の」

 

 事情を知らない茶髪の少年が首を傾げる横で、黒髪の少年は駅で会った時のことを思い出したらしく納得したように頷く。

 

「分かった、そういうことなら仕方ないな」

 

「それと――僕はルドルフ・シュヴァルベと申します、皆さんの名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」

 

 居住まいを正してルドルフが尋ねると、少年達はその畏まりように一瞬戸惑いを見せたが入学式からこちら、お互いに自己紹介すら済ませていないことを思い出し照れ笑いのような顔を見合わせる。

 

「申し遅れてすまない、俺はリィン・シュバルツァーだ、よろしく」

 

「僕はエリオット・クレイグ、よろしくね」

 

 黒髪の少年、リィンに続き愛嬌のある顔立ちを微笑ませながら少年、エリオットも自分の名を告げる。

 

「ガイウス・ウォーゼル、ノルドの出身だ」

 

「ノルドって、北東の高原地帯だよね? 留学生だったんだ」

 

「ああ、故郷から出てきたばかりで帝国にはまた馴染みが無くてな、よろしくしてくれると助かる」

 

「もちろん! よろしくね、ガイウス」

 

 無邪気な笑みを浮かべるエリオットにつられてその場の空気が弛緩したようだった。

 先に出ていったマキアスやユーシスと違い、こちらのメンバーは既に良好な関係を築けそうな気配を漂わせている。

 

「リィンさん」

 

「呼び捨てにしてくれて構わないぞ、多分同い年だよな」

 

「ああ……そういうものでしたね、では――リィン、先程はありがとうございました」

 

「えっ?」

 

「彼女の危ないところを助けて下さったでしょう? 僕では間に合わなかったかもしれませんから。……代わって謝るなどという真似をするわけにはいきませんが、せめてお礼を言わせてください、それでは」

 

 言い終えると、ルドルフは踵を返し先行した女子達の後を駆け足気味に追いかけていく。

 そんな言葉を受けるとは思ってもみなかったらしくリィンは礼の意味を理解できないようにしばらく目をしばたたかせていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 教官が言った通りそこそこの数が徘徊しているらしく、先行した生徒達が交戦したのだろう脇に転がる魔獣の死骸、その戦闘の痕跡をリィン達を分かれてから既に数度確認しながらルドルフは通路をひた走る。

 途中分かれ道も幾つかあったがルドルフはその魔獣の死骸に見られるある特徴を頼りに進路を定め進み続けていた。

 地に落ちている、猫に蝙蝠の羽を生やしたような飛び猫と呼ばれる魔獣の死骸、その亡骸にある傷跡を認めるとルドルフは自分の進む道を再確認する。

 まとまり出ていった女子の三人、その中でアリサが手に携えていた武器は重火器が発達した現代では扱う者も珍しい導力弓。

 彼女の昔馴染みの使用人、シャロンから扱い方を学んでいたこともあるが、重火器メーカーでもある実家に対して思うところが彼女にそんな武器を選ばせたのだろうと推測しながらルドルフは矢傷の残る死骸の後を追うようにして迷宮を進んでいた。

 お陰で立体的に通路が折り重なったような造りをしているらしいその迷宮をルドルフは迷うことなく進むことが出来ている。

 不意に、通路の合間に点在している小部屋のようなエリアに差し掛かる直前で明らかな戦闘の気配を感じ取りルドルフはある予感に足を止めた。

 壁に身をそわせ先を覗き見ると予想通り、剣を正面に構える青髪の女生徒、その背後に一見して杖のような形状をしている武器を構える女子と並んで弓と矢を片手にしている彼が探していたアリサの姿があった。

 相対しているのは地を這いながら彼女達ににじり寄る、甲虫型の魔獣が二匹。

 甲虫と言えども魔獣のそれは侮りがたい甲殻を持ち合わせているものがほとんどだ、ナイフ程度では刃を立たせることすら容易ではない、が。

 

「ふっ!」

 

 身の丈に届きそうな長大な両手剣を先頭の少女は軽々と振り下ろし、飛び掛かろうとした甲虫の一匹を一刀であっさりと両断、残る片割れも自ら踏み込み身をよじりながら斬り上げた少女の斬撃に勢いのあまりその身を割られながら撥ね飛ばされた。

 瞬く間に二匹の魔獣を殲滅した少女の姿にルドルフは思わず視線を吸い寄せられてしまう。

 大の男でも振り回すには苦労しそうな得物を自在に操る身体能力もそうだが、ただ武器を振り回すのではなく操る術を知っている、彼女の動きはそんな一般人離れした洗練されたものだった。

 少なくともこれまでダンジョン内で見かけた魔獣程度に遅れを取る人物では無さそうだと判断したルドルフは足を止め見守る体勢に入る。

 彼女のような実力者と行動を共にしているのならわざわざ自分が出てアリサに過保護と不興を買うことも無いだろうと、いざというときだけ助けに入ろうと心に決めたのだったが。

 遭遇した魔獣が片付き緊張感を緩ませる女子達の中で一人、剣を手に構えたまま瞑目するようにしていた少女が呟く。

 

「――どういうつもりか知らぬがそなた、女子の後をつけるような真似は感心せぬぞ?」

 

「……っ」

 

 少女は自分の方を見てはいない、だがその言葉が間違いなく自分に向けられたものであるということを感じ取りルドルフは息を呑んだ。

 

「え?」

 

 まだ気づいていないアリサと眼鏡の女生徒はその言葉にただ戸惑っている様子だったが、彼女の方から指摘されるのは時間の問題と察したルドルフは観念し通路から姿を現す。

 

「あっ――ルディ!」

 

「ふむ……? 知り合いか」

 

「ええ、まあ……」

 

 アリサの反応に少し警戒の色を薄めた少女は剣先を地に突かせ、ルドルフに体を向ける。

 

「確かに失礼な振る舞いでした、非礼をお詫びします」

 

 胸に手を当て謝罪するルドルフにアリサは大きなため息を吐いて嘆く。

 

「ああもう……どうしてついてきちゃったのよ、あの男子達と一緒に来れば良かったじゃない」

 

「ですが――」

 

「分かるわよ、でもそういうのは止めなさいって言ったでしょ、融通効かないんだから……」

 

 予想通り、自分を手助けしようとして来たことを察したアリサに叱られルドルフは言葉を失いただ苦笑を浮かべる。

 そんな二人のやり取りを見た青髪の女子は顎に手をやりながら不思議そうに声を漏らす。

 

「事情は知らぬが、彼はそなたを守ろうとして追ってきたのだな? であれば責められる謂れはないと思うのだが、むしろ帝国男子として立派な気構えなのではないか」

 

「うっ……それはそうなんだけど……」

 

「なんにせよ今更追い返すわけにもいかぬだろう、あの女子も見つからぬことだし折角だ、そなたも共に来るか?」

 

「はい、そうさせて頂けると助かります」

 

 願っても無い申し出にルドルフが答え頷きで返される。

 言葉を挟む前に隙を無くされたアリサはこの期に及んで抵抗するわけにもいかず、その日何度目かのため息を吐いて諦めた様子を見せた。

 

「エマもそれで()いか?」

 

「ええ勿論、なんだかラウラさんに頼ってばかりで申し訳なかったですし」

 

「うむ、ああ――」

 

 眼鏡の女生徒の答えを受け、ふと気づいたように青髪の女生徒がルドルフに顔を向け直して言葉を続ける。

 

「そういえば自己紹介がまだだったな、私はラウラ、ラウラ・S・アルゼイド、レグラムの出身だ、よろしく頼む」

 

「私はエマ・ミルスティンです、よろしくお願いします」

 

 毅然と名乗る女子、ラウラにならって眼鏡の女生徒も自らの名前を名乗った。

 先程魔獣を容易く屠った少女、ラウラの名前からあることに気づいたルドルフはその実力に密かな納得を覚えていた。

 

 ――アルゼイド、あの≪光の剣匠≫のご息女でしたか。

 

 武術に対して造詣が深いわけではないルドルフにもその名前は聞き覚えがある者だった。

 帝国に伝わる二大剣術、ヴァンダールと双璧を成すアルゼイド、その使い手にしてレグラム領主の帝国最強の剣士と名高い人物の名は有名な所である。

 その名を持つ彼女であるのならあれだけの実力を修めていてもおかしくはなかった。

 

「ルドルフ・シュヴァルベと申します、どうかよろしくお願いします」

 

「うん、時に――そなた、得物は持っておらぬのか? その左手のものは盾のように見えるが……」

 

 ラウラが尋ねたように、ルドルフは武器のように見えるものを所持していなかった。

 唯一身に着けているのは左手の導力器、その内側にARCUSが装着されているのを見取ってラウラだけでなくアリサやエマも注目する。

 

「ええ、ある程度の護身術は習いましたが剣や銃といったものは持ち合わせておりません。この導力器はシールド面に防御壁を発生させる機構も組み込まれていますが、導力の貯蔵、キャパシターとしての機能が本質です」

 

「キャパシター? ……導力工学には詳しくないのだが、聞きなれぬ言葉だな」

 

「簡単に申しますと、セットした戦術オーブメントの余剰導力を蓄えておく装置になります。導力は自然に回復しますが限度はありますから、充足時は装置に引き込み貯蔵、不足時は蓄えた導力を戦術オーブメントに放出可能な仕様になっています」

 

 左手の導力器を示しながらの説明にラウラとエマは物珍しいものを見るような目を向けている。

 戦術オーブメントはそれ自体がセプチウムをふんだんに使った工業品で、蓄積できる導力量は決して少なくない。

 いざというときに導力を補充する消耗品(チャージャー)を持ち歩くならまだしもそんな装備を用意している人間は稀で、導力器を扱う技術メーカーの娘で説明をすぐに理解したアリサもやはり珍しそうな目をしている。

 

「つまりそなたはアーツ使い、ということで良いのか?」

 

「主軸はそうです、ですがここまで見かけた魔獣程度なら徒手格闘でも対応出来るかと思います」

 

「ほう……」

 

 淡々とそんなことを言ってのけたルドルフをラウラは興味深そうに見る。

 

「では殿(しんがり)を任せても良いか、そなたが引き受けてくれるのであれば私も後方の注意を薄くできて助かる」

 

「――ええ、お任せ下さい」

 

 ラウラからしてみれば何気もなかったのだろうが、つまり彼女は矢面に立ちながら後ろに向けている意識だけで自分の存在を掴み取ったのだという事実にこの歳でどれほどの鍛錬を積めばそんな境地に達することが出来るのかとルドルフは感心することしかできなかった。

 

「では行くとするか、あの落とし穴のようなトラップはまだ無いようだが、気をつけることにしよう」

 

 その言葉を機に、ルドルフを加えた四人はラウラを先頭に先への歩みを再開することになる。

 

「仕方ないから一緒に来るのは認めてあげるけど、私だけじゃなくエマもちゃんと守ってあげるのよ。……ラウラは心配なさそうだけど」

 

「はい、承知しております」

 

 前を歩くアリサから念を押すように言われルドルフが頷く姿に眼鏡の女子、エマが小さく微笑みを浮かべていた。

 

「お二人は仲がよろしいのですね」

 

「よろしいって……まあ悪くは無いわね」

 

 二人にも姓を明かしてはいないらしく、ラインフォルトの令嬢とその使用人という間柄を正直に告白できないアリサは言葉を濁してしまう。

 

「でもルドルフさんが来てくれて良かったと思いますよ、アーツが有効な魔獣もここには居るようですから」

 

「エマさんが居るのでしたら心配ないのでは? その杖、確か魔導杖(オーバルスタッフ)と呼ばれるものでしたよね、待機時間無し(ノーウェイト)でアーツと同様の現象を発生させることが可能なものと聞いていますが」

 

 杖型の導力器を指してルドルフが言うと、エマは笑みをやや硬くして応じる。

 

「お詳しいんですね、確かにそう伺ってはいるのですけど、入学の時に適正があるからと言われて選択しただけですから。――戦術オーブメントを使った魔法も馴染みがありませんし」

 

 ――成程。

 

 そう胸の内で呟きながらルドルフはこのⅦ組という存在が設立された理由について推察を進めていた。

 ARCUSにしても、彼女が持つ魔導杖にしても最新の導力技術が用いられた試験段階のものである。

 

 ――それらの試験評価の為、だとしてもまだ疑問は残りますね。

 

 推論が間違っていないとしても、それをわざわざ学生などにやらせる必要性は見えない。

 そんな役割は軍関係者などにでもあてがった方がより十分なデータが取れるはず、そう考えるルドルフだったがどう思考を巡らせても確信に至るには情報が足りず、教官の所まで戻り直接問い質すしか無いだろうと、一旦その考えを隅に置くことにした。

 

「ですが導力杖に適性があると判断されたのならアーツにもすぐ慣れるのではないかと思いますよ」

 

「そうなんですか?」

 

「ええ、戦術オーブメントの習熟は経験よりも感性(センス)に依るところが大きいですから。導力杖の、というより導力に対する感応力が高いと診断されたのならそれだけ素質はあるはずです」

 

 彼女に限らず、アーツという特異な現象を引き起こせる戦術オーブメントの扱いに経験が無い人間はその運用を過度に困難視しがちだ。

 実際慣れない人間や適性の低い人間は戦闘の最中では小規模なアーツを展開するだけで精一杯であったりもするのだが。

 

「オーブメントと同期した時点で感覚は繋がっています、クオーツに落とし込む導力とそれにより発生する属性力、それさえ正しく感じ取れるのならアーツを発動させるのはそう難しいことではありません、複雑な術式を装置側で引き受けてくれるのが戦術オーブメントの役割ですからね」

 

 逆に素養のある人間なら驚くほどアーツの習熟は早かったりする、そう前世代の戦術オーブメントを扱った経験から語られるのに聞き入るエマの横で、アリサはルドルフに思うところの有りそうな目を向ける。

 

「……ふぅん、本当に詳しいのね、戦術オーブメントの扱いなんてどこで習ったの?」

 

「それは――」

 

 不意に足を止めたルドルフに、アリサがムッと眉根を寄せる。

 誤魔化すつもり、そう思いかけたアリサだったが、いつの間にか先頭を歩くラウラも足を止めているのに気づくと彼らの反応が示すものを理解した。

 

「なかなか落ち着けぬな、――来るぞ」

 

 両手を剣に添え切っ先を上げ戦闘態勢に入ったラウラの視線の先から四人の方へ迫る小さな影が見て取れた。

 横並びに飛んでくる飛び猫が二匹、そして薄暗く目立ちにくいがその奥から半透明の蛞蝓のような生命体が一匹這いずってきていた。

 衝撃を吸収する粘体で構成されたその一種グロテスクな外見にアリサが顔を少しばかり強張らせる。

 多くの女性がそうであるように、彼女もまたそういった生命体に遭遇して平静でいられる性格ではなかった。

 魔獣の大別としてドローメと呼称されるタイプのその魔獣の姿にルドルフは警戒を強める。

 一般的に魔獣はその特性として体内にセピスを溜め込む性質がある、ドローメという魔獣の厄介なところはその溜め込んだセピスをクオーツのように作用させアーツと同様の現象を制御するところだ。

 優れた身体能力を持つラウラといえどもアーツにまで狙われては万が一の危険がある。

 ルドルフはすぐにARCUSのカバーを開くとその中心、マスタークオーツが埋まっているスロットに指を触れさせた。

 

「駆動、開始」

 

 触れた黒銀のクオーツが光を帯び、ARCUSの戦術オーブメントとしての機能が作動したことを示す。

 続けて素早く隣接するスロットへとラインに沿って指を滑らせ、留めるとスロットへ導力が流れ込み、そこに埋まっていた大気に干渉する力を秘めた翠耀石(エスメラス)のクオーツが励起し光を放ち始めた。

 ARCUS内に満ちていく力の波が求めるレベルに達したのを感じ取るとルドルフは触れた指を離し目標、平行している飛び猫の間に見えるドローメに意識を向ける。

 解放された属性力を解析したARCUSが定められた術式を展開するべく、機構が廻り真に駆動を始めルドルフの周囲には帯状の光輝を放つ術式陣が浮かび上がり、アーツの作動を報せる。

 駆動は瞬時に完了し、発動したアーツにより周囲の大気がルドルフの目の前で渦を巻いて収束し、透過する光を屈折させ球状に風景を歪ませていく。

 

 ――想定以上に駆動が早い、これは……。

 

 予想よりも早く駆動が終了したことを不審に思ったルドルフはARCUSの中心で未だ光を帯びる紋様の刻まれたクオーツを見る。

 通常の空間には存在しない、時属性と呼ばれる稀少な力を発揮できる黒耀石(オブシディア)で造られたと思しきそのクオーツに戦術オーブメントの駆動を速める機能を備わっていたことをその時にしてルドルフは感じ取った。

 

「ラウ――?」

 

 前方のラウラにアーツを放つことを告げようとしたルドルフが警告するまでもなく、彼女は身をずらし射線を開けていた。

 味方に当ててしまう憂いが取り除かれたアーツが解き放たれ、圧縮された空気の塊が破裂するような音を鳴らして打ち出される。

 エアストライクという名を持つ風属性の術式により放たれたその風弾は飛び猫の間を抜けて奥のドローメに直撃し、その粘体を仰け反るように歪ませる。

 しかしルドルフはドローメから発する導力波の感覚からそれだけでは仕留めきれないことを察していた。

 おそらく翠耀石(エスメラス)のセピスを多量に取り込んでいるのだろう、そういう手合いは自身が放った風のアーツに対して耐性を持つことを彼は理解しており、定石ならば火のアーツが有効であったが生憎その属性を起こし得るクオーツは支給されていなかった。

 追撃を考えていたルドルフだったが、次の瞬間放たれたアリサの矢が風塊によりドローメの粘体が歪み広がり薄くなったタイミングを逃さず穿ち貫く。

 中枢部を射抜かれたのか、ドローメはぐにゃりとその体躯を沈ませ、生命活動を停止させた。

 間を置かずラウラが駆け、脇を大気の塊が通り抜けたことにより体勢を崩していた飛び猫二匹に横薙ぎに振るう一閃を見舞う。

 両手剣の長大な刃は抵抗など感じないかのように二匹の胴をあっさりと斬り裂き葬った。

 

「……ふぅ、この分ならなんとかなりそうね」

 

 目の前の魔獣は片付いたが、戦闘経験に乏しいアリサの声は言葉に反して緊張のせいか硬さが残っていた。

 

「ええ、それにしてもアリサ、今のは――」

 

 アリサの方に顔を向けたルドルフはその上方、橋のように架かる通路から顔を覗かせているものの存在に気づき、緩みかけた意識を引き締める。

 

「――?」

 

 するとアリサも何気なく、といった仕草でルドルフが気づいた、先程ラウラが斬り捨てたものと同種の甲虫型魔獣の方を見上げてハッと表情を強張らせる。

 

「お嬢――アリサ! 後ろに」

 

「え、ええ!」

 

 咄嗟に元の呼び方で言いかけたことを咎める余裕も無くアリサが身を引き、ルドルフが前に出る。

 やはりアリサを狙っていたのか、その魔獣は上階から身を躍らせ牙を剥いた。

 一匹だけでなく、数瞬遅れることもう一匹の同種が身を投げたのを見て取りながらルドルフは迎撃する姿勢を取る。

 使い古した硬貨のような黄金色の甲殻で身を覆っているその魔獣に対してもアーツは有効だ、先程ルドルフが使用したアーツは初歩のものであり駆動の負荷はごく僅か、機構の原点化(イニシャライズ)は済んでおり新たな術式を展開するのに支障はないのだが。

 

 ――この程度なら。

 

 アーツを使わずとも対処は容易と判断しルドルフは半身を引き、白手袋を嵌めた拳を握り締め、顔の横に引き構えた。

 鋸のように尖った一対の牙で食らいつこうと迫る甲虫、その小さな頭部目掛けて構えた拳が弧を描いて振り下ろされる。

 その拳はバキりと乾いた音を立て甲虫の頭殻を割り、中身を粉砕しながらその身を直下に打ち沈めた。

 絶命を確認したルドルフは続けて飛び来る同種を睨み、前足を軸に体を回すと真っ向から二匹目の甲虫を蹴り抜く。

 ブーツの靴底が触れた甲虫の顔面をひしゃげさせながら押し返し、通路の壁まで水平に叩き飛ばす。

 壁に衝突しそのまま地に落ちるも既にその体躯は蹴りの威力だけで頭部から半ばが潰れており、事切れているのは明らかだった。

 そのまま周囲を警戒したルドルフだったが、辺りに魔獣の姿が無いことを確認するとようやく息を吐き振り返った。

 

「アリサ、怪我はありませんでしたか?」

 

「……無いわ、あなたまでそんな真似出来たってことの方が驚きよ」

 

 声をかけられるまで目を瞠るようにしていたアリサの声にルドルフは疑問符を浮かべるような顔をするが、すぐに彼女の驚きが今しがた自分が魔獣を仕留めた行為によるものだと気づきハッとした表情になる。

 身一つで魔獣の甲殻を打ち砕き、粉砕する。

 それもまた常人離れした所業で、彼女にとって同性であるラウラのような達人の存在を先に目にしていなければ驚きはもっと大きかったかもしれない。

 

「すみません、手の空いていた私がもっと周囲を警戒するべきでした」

 

「謝ること無いわよ、上から来るなんてなかなか気づけないわ」

 

 エマの謝罪にアリサは首を振って返す、確かに上方というのは注意の向きにくい死角の一つで早々に魔獣を発見できたのは僥倖と言える。

 

「護身術とは聞いたが、それ以上に大した鍛え方をしているようだなルドルフ、これ程とは思わなかった」

 

 剣に着いた血を払いながら三人の元に戻ってきたラウラが地に落ちた甲虫の残骸を見て口にした言葉にルドルフは取り繕うように苦笑いする。

 

「体の頑丈さには多少の自信がありますから」

 

「……そんなレベルじゃないんじゃないかしらこれ。ラウラといいあなたといい、今までの常識を改める必要がありそうね」

 

「私にしてみればなにもおかしいところなど無いのだが……」

 

 心外そうな顔をするラウラとの常識の乖離にアリサはますます眉根を寄せてしまうのだったが、浮かない顔色だったルドルフがそういえば、と声を上げる。

 

「アリサ、さっき上にいる魔獣に気づいた時ですが……」

 

「ああ――そういえば妙な感覚だったわね。なんて言ったらいいのかしら、あなたがそっちを見て嫌な気持ちになってるって感じがしたのよ、それで私もそっちを見たら……あれが居たのよね」

 

 アリサがもどかしそうに言い表したその感覚に、尋ねたルドルフだけでなくラウラとエマも不思議そうな表情を浮かべる。

 

「ふむ、そんなこともあるのだろうか」

 

「そういえばお二人はさっきのアーツからの連携も整っていましたし、親しい仲で伝わるものがあるのでしょうか」

 

「どうかしら……それを言うならラウラだってルディに合わせてるように見えたけど」

 

 ルドルフがアーツを放ったときの動きについて言及されるとラウラも今気づいたというような面持ちになる。

 

「言われてみれば確かに自分でも妙な感覚だったような気がするな、アーツには詳しく無いのだが、あの時はああ動くのが最善であるような気がしたのだ」

 

 彼女達が感じた奇妙な感覚、それはルドルフからして気になることに繋がっているような気がするものだった。

 ラウラとエマは勿論の事、ルドルフはアリサとも共に戦った経験など無い、にも関わらず今の戦闘は()()()()()()()()

 戦闘で巧みに連携を取ることなど相当な経験を積み重ねなければ容易いことではない、それなのに何故、と。

 運が良かった、好条件が重なった、そんな言葉では説明のつかない何かを、この時ルドルフは感じ取っていた。




2015.4/26 文章を一部添削。

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