ラインフォルトの見習い使用人   作:まぎょっぺ

3 / 23
ARCUS

 落とし穴の先には先程まで皆がいたホールよりも薄暗さを増した広い空間が広がっていた。

 幸いにして床の傾きは徐々に緩やかになり、ルドルフがその空間に投げ出される頃には落下の勢いも弱まって落とされた生徒は皆辛うじて怪我無く済んでいた。

 

「クッ……何が起こったんだ?」

 

 マキアスや一部の生徒は唐突な罠にはめられまだ何が起こったかよく理解できていないらしく転がる身を起こしつつ周囲を見回している。

 

「やれやれ、不覚を取ってしまったな」

 

 一方で教官への愚痴ではなく罠にはまってしまった自分に対して嘆くようなことを口にする女子もいた。

 そんな中で、部屋と繋がっていた皆が落とされてきた坂から銀髪の幼い見た目をした少女が身のこなし軽く飛び降り、着地してみせた。

 他の生徒達から驚いた視線を向けられながら少女は一息つくと片手に持っていた半ばで断ち切られているワイヤーを放り捨てる。

 先程の罠を回避していたらしい少女に気を引かれるのも束の間にルドルフは先に落下したアリサと黒髪の少年の姿を求めて視線を巡らせ、目当てとするアリサの姿はすぐに見つかった、のだが。

 

「ううん……何なのよ、まったく……あら?」

 

 落下する感覚が消えたのを感じ取り閉じていた瞳を開いたアリサがようやく自分がどのような体勢でいるかに気づき、状況を再確認するように目をしばたかせる。

 どういう転がり方をしてしまったのか、アリサは仰向けになった黒髪の少年に覆いかぶさる形になってしまっていた、それも少年の顔に胸部を押し当てた状態で。

 

「……っ!」

 

「その……何と言ったらいいのか」

 

 身を起こそうにも下手に動けば上に乗ったアリサを刺激してしまうため身動きが取れずにいる少年は気まずそうな声を漏らす。

 状況に理解が追い付いたアリサは羞恥に顔を真っ赤に染めながら飛び退くように跳ね起きて少年から離れる。

 そうしてようやく起き上がることができた少年は申し訳なさそうな顔で、謝罪の言葉を口にしながらアリサに歩み寄っていく。

 

「えっと……とりあえず申し訳ない。でも良かった、無事で何よりだった――」

 

 しかし、肩を震わせていたアリサはその言葉が終わるより早く、キッと少年を睨みつけると平手で彼の頬を打ち据えてしまうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 すっかり腹を立てた様子で腕を組んでいるアリサの傍に控えながらルドルフは叩かれた頬に手を当てうなだれている少年に視線を送りながらも、声をかけることまでは出来ずにいた。

 ルドルフからしてみれば先程の出来事は事故であり彼が責めを受ける謂れは無い、なにより彼はアリサを助けようと行動したのだから感謝されこそすれあんな仕打ちを受けるのはあんまりだろうとは考えている。

 しかし女性にとってああいった接触はたとえ故意ではないとしても許しがたい、デリケートな問題であるとも理解していた。

 今下手に仲介しようとすればアリサの機嫌を余計に損ねる恐れがある、彼女が落ち着きを取り戻すのを待った方が良いだろうと判断しルドルフはひとまず沈黙を保つことを決める。

 彼女が冷静になれば彼に非が無いことを認めることができると信じてのことだったが、意地を張ってしまう性格であることも知ってはいるため後をひかないよう祈るばかりだった。

 

 ――その場合は何とかフォローしたいものですが……良い案が思いつきませんね、シャロンさんならばこんな時でも上手く立ち回れるのでしょうか。

 

 人の感情を推し測ることを苦手とするルドルフはこういったトラブルの対処を苦手としていた、自分より遥かに長くラインフォルトに仕えアリサとも気心が知れている女性の顔を思い浮かべ、使用人として先達であり極めて優秀な彼女ならこんなときでも適切に場を治めることができるのではないかと自分の無力さを嘆くのだった。

 と、不意に辺りから機械的な音が鳴り響き、それが自分の制服の上着、ポケットからも発していることに気づきルドルフはその中に収めてあるものを取り出す。

 生徒全員が同様の行動を取っており、音は皆が取り出したそれ――小型の導力器(オーブメント)から発していた。

 角持つ獅子、トールズ士官学院の意匠が施されたカバーを開くと複数の丸い窪みがある特殊な構造が剥き出しになる。

 

『それは特注の≪戦術オーブメント≫よ、ちゃんと皆持ってきてるみたいね』

 

 先程のサラ教官の声がそのオーブメントから発されたことに皆がそれぞれに驚きを示し、マキアスなどは目を丸くしている。

 声の調子からして録音ではない、ここまで小型化されたオーブメントがリアルタイムでの通信機能を有しているということはそれだけ驚愕に値することだった。

 

「ま、まさかこれって……!」

 

 その中にあってアリサは他の生徒達とは異なる驚きを見せている。

 通信機能を搭載した戦術オーブメント、その存在に彼女は心当たりがあったのだ。

 同じ情報をルドルフも知り得ていたがオーブメントの存在というよりそれが何故皆に支給されているのかということの方が気にかかっていた。

 

『ええ、エプスタイン財団とラインフォルト社が共同で開発した次世代の戦術オーブメントの一つ、第五世代戦術オーブメント、≪ARCUS(アークス)よ≫』

 

 導力器開発の祖であり、これまで戦術オーブメントの供給を一手に担っていたエプスタイン財団の協力を受けラインフォルトが開発を進めていた戦術オーブメント、それがこの≪ARCUS≫だった。

 

「戦術オーブメント……魔法(アーツ)が使えるという特別な導力器のことですね」

 

『そう、結晶回路(クオーツ)をセットすることでアーツが使えるようになるわ』

 

 三つ編みの女子の言葉にサラ教官が答えたそれこそが現代のインフラストラクチャーの根幹を成す導力器の中でも特別な戦術オーブメント本来の機能。

 導力を発生させる七耀石(セプチウム)の欠片であるセピスを加工したクオーツを組み込むことにより導力魔法(オーバルアーツ)と呼ばれるような超現象の行使を可能とする。

 軍事学や戦技教練を学ぶ士官学院の生徒に支給されること自体はおかしくない話なのだが世に出回ってすらいない最新鋭のそれを学生などに扱わせるということが腑に落ちずルドルフは首を傾げる思いだった。

 

『というわけで、各自受け取りなさい』

 

 そう告げられた瞬間、辺りに設置されていたらしい導力灯が一斉に灯り周囲を照らし出す。

 見れば広間の隅々には生徒達の人数と同じ数の台座があり、その上には共通して小さな箱とある荷物が置かれルドルフとアリサが校門で預けた荷物も含まれていた。

 

『君達から預かった武具と特別なクオーツを用意したわ、それぞれ確認した上でクオーツをARCUSにセットしなさい』

 

 一方的な指示ではあったが拒んだところでどうしようもない生徒達は顔を見合わせるなり、ため息を漏らすなりと思い思いの反応を示しながらも教官の言葉に従い動き始めた。

 

「はぁ、仕方ないわね。私のは……あそこね、ルディは?」

 

「見つかりました、アリサの隣のようですね」

 

「そう、何をやらされるのか分からないけど、とりあえず言われた通りにしましょ」

 

 言葉を交わし、二人は預けた荷物が置かれている台座に向かった。

 ルドルフは自分の持ち込んだ小ぶりのケースが載った台座の前に立つとまず手前に置かれた小さな箱を手に取り開く。

 中には紋様の刻まれた丸い黒銀のクオーツ、それと比べ一回り小さな二つの透き通るような蒼と翠の色をしたクオーツが収められていた。

 

「これは……?」

 

 ルドルフ自身これまで今手の内にあるARCUSより前世代にあたる戦術オーブメントを扱った経験があり、クオーツに関しても多少の知識を持ち合わせている。

 クオーツは傍目には宝石のような見た目をしているが、その中でも紋様があしらわれたそれはただ規格が異なるというだけではない特殊性を彼に感じさせていた。

 

『それはマスタークオーツ、ちょっと特殊な造られ方をしててね、使用を繰り返す度にクオーツ自体が導力の展開アルゴリズムを学習し最適化……まあ平たく言えば成長するクオーツってところね、繰り返し使っていけば扱える属性力も大きくなるそうよ。ARCUSにセットしてみなさい』

 

 ARCUSの通信機に呟きが拾われたのか、サラ教官の声が疑問に答える。

 

 ――成長、そんなクオーツが開発されていたとは。

 

 ARCUSと同じく最新鋭の技術による産物なのだろうそのクオーツの特異性に関心を寄せながらもルドルフは指示通り戦術オーブメントのカバーを開いた。

 マスタークオーツ専用と見られる大きな窪み、クオーツをセットするスロットが中央に一つ、それを囲むように八つのスロットが空いている。

 戦術オーブメントは通常、使用者に合わせオーダーメイドで製造され扱う人間によってその造りが一部異なる。

 スロット同士を繋ぐ導力回路、ラインが分割され扱える属性力の総和が低いものの術式の即応性、多様性に優れたタイプ。

 逆に複数のスロットを連結させ出力を増幅、俗に上位アーツと呼ばれるような大規模術式を行使可能なタイプなどいくらかの調整も出来様々である。

 ルドルフは外周八つのスロットと一本のラインで繋がった造りになっているオーブメント中央のスロットに黒銀のクオーツを嵌め込んだ。

 すると嵌め込まれたクオーツが光を放ちオーブメントと自身が、例えるなら見えない糸で繋がれたような感覚を一瞬ルドルフは感じ取る。

 それは使用者とオーブメントが共鳴、同期した証明でありこの手順を経て初めてオーブメントによるアーツ行使が可能となる。

 

『皆セット出来たみたいね、ARCUSには他にも面白い機能が隠されているんだけど……それはまた追々ね。――準備が整ったところで早速始めるとしますか』

 

 その言葉と共に広間の奥、固く閉ざされ取っ手も無かった扉が音を立ててスライドし開かれる。

 

『そこから先のエリアはダンジョン区画になってるわ、少し入り組んではいるけど終点まで辿り着けばこの旧校舎、さっきあなた達が居た一階まで戻ることが出来るわ。……ま、ちょっとした魔獣なんかも徘徊してるんだけどね』

 

 そこで通信機の向こう側でサラ教官は咳払いを一つすると、それまでの軽い口調から真剣味を帯びたものに変えて言葉を続ける。

 

『それではこれより、士官学院、特科クラスⅦ組の特別オリエンテーリングを開始する。各自、ダンジョン区画を抜けて旧校舎一階まで戻ってくること。――文句があったらその後に受け付けてあげるわ、何だったらご褒美にホッペにチューしてあげるわよ』

 

 最後に悪戯めかした言い方でそう付け加えたサラ教官だったが、要は魔獣も徘徊しているダンジョン区画、教官の言葉曰く旧校舎の地下から自力で抜け出してこいとのことらしい。

 なぜ旧校舎などと呼ばれる場所がそんな様相を呈しているのか、ルドルフにも気になるところではあったがこの場を切り抜けなければどうにもならないということだけは理解できていた。

 士官学院とはいえ今日入学した新入生に与える課題にしては随分と過激に思えるイベントだったが、それにより解けた一つの疑問、持ち込まされた目の前のケースにルドルフは手をかける。

 開かれたケースの中には楕円ドーム形のプレートを備えた籠手状の装着具が収められていた。

 素人目にはどんな用途に使われるのか分からない箱型の導力器が装着部分とプレートの間に仕込まれており、剣や銃器といったものを扱う心得の無いルドルフが身に付ける武装と呼べる唯一の代物がそれだった。

 

 ――まさか初日から魔獣と実戦する羽目になるとは……いや、こんなものを持ち込むよう指示された時点で予想して然るべきだったのかもしれませんね、調整を済ませておいて正解でした。

 

 想定の甘さを反省しながらルドルフはその小さな盾にも似た装着具を左の前腕に嵌め込み、腕の内側にあったパーツに――ARCUSを固定する。

 静かに導力器が唸りを上げて起動し、その機能が正常に作用していることを確認するとARCUSのカバーを開き、触れないぐらいに近づけた指を各スロットの上に滑らせる。

 ルドルフは淀みなくその動作を終えると一つ頷き、配布された残り二つのクオーツをオーブメント盤にセットしカバーを閉じた。

 追加されたスロットに加え通信機能まで内蔵したせいか、掌に収まるぐらいのサイズだった既存の戦術オーブメントに比べARCUSは掌に余る大きさとなってしまっている。

 それによる使い勝手の変化を真っ先に気にしたルドルフだったが、左腕の装着具に戦術オーブメントを固定し扱う自分の場合さしたる影響は無さそうであると判断したのだった。

 

 ――さて、どんな魔獣が居るというのか分かりませんが……別の事情で一筋縄ではいきそうにありませんね。

 

 教官の自己紹介から始まる先程までの出来事を思い起こすとルドルフはこれから特別オリエンテーリングに臨む上で一抹の不安を抱かざるを得ないのだった。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。