ラインフォルトの見習い使用人   作:まぎょっぺ

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実技テスト【二】

 月に一度の自由行動日が明けまだ二度目ではあるがもう一つのⅦ組にとって恒例となった専用カリキュラム、実技テストが行われる水曜日がやってきた。

 何をやらされるか分からない状況では無いためグラウンドに並んだクラスのメンバーは先月と違いいくらかその面持ちに余裕が見られる。

 

「やっぱり今回もあのおかしな人形と戦わされるのかな?」

 

「さてどうでしょうね、気兼ねなく戦えるので実戦訓練の相手としてはとてもありがたい存在のようですが」

 

 既にⅦ組の生徒は全員集まっていたが授業の開始の時間にはまだ少し早い。

 サラがやってくるのをルドルフは魔導杖を手にしたエリオットと言葉を交わしながら待っていた。

 

「戦術殻って呼ばれてたわよね、あんな高性能な自動人形初めて見たわ。

 サラ教官はあるツテから押し付けられたなんて言ってたけど、一体出処はどこなのかしら」

 

 兵器メーカーでもあるラインフォルトの人間としてアリサもその出自については気になっているようだった。

 前回の実技テストで戦わされたあの傀儡、戦術殻は生徒達に致命的な傷を負わせないよう調整が施されていたような節があったものの、少し仕様を変えるだけで十二分に兵器として運用できそうな代物であった。

 サラに対する追及もはぐらかされるばかりで結局その製造元は明らかになっていない。

 

「気にはなるけどいずれにしても実戦の、それもARCUSの連携を試されるような内容になるのは間違いないだろうな」

 

 そのリィンの言葉には会話に参加していた面々が頷いて同意を示す。

 内容はともかくARCUSによる戦術リンクの練度を確かめようとしているらしい実技テストの狙いについては皆おおよその見当がついていた。

 

「それならば旧校舎を探索した経験が活きそうだな」

 

「ああ、特にエリオットのアーツは前回より随分と冴えていたようだしな」

 

 ガイウスが漏らした評価に思わずルドルフが目を向けてしまったエリオットは慌ててそんなことは無いとばかりに手を振る。

 

「か、買い被り過ぎだよ。今回はアリサもラウラも居てアーツを使う余裕が大分あったからそう見えただけじゃないかな」

 

「謙遜するでない、私もそなたのアーツ捌きは格段に上達していたと思うぞ。

 中位のアーツも使いこなせているようだったし、苦手な私からすれば驚くほどだったぞ」

 

 裏表の無いラウラからまで誉められてしまうとエリオットは照れくさそうに顔を伏せてしまう。

 特別実習で戦った大狒々、グルノージャと呼ばれているらしいあの自然公園のヌシから回収された七耀石が届けられそれを元にクオーツを増やせたことで戦術オーブメントの機能が充実したとはいえ、アーツ行使の技量を向上させるのは本人の努力によるとしか言えない。

 密かに鍛錬を重ねていたのだろうエリオットにルドルフが感嘆していると、その視線に気づいたエリオットは照れくさそうに頬をかいてみせる。

 

「……ひょっとしたらアーツに対する意識が少し変わったせいかもしれないね」

 

「アーツに、対する?」

 

「うん、特別実習で――ルドルフが教えてくれたじゃない」

 

 エリオットがそう返すとルドルフもあの自然公園での戦いで彼にクオーツを託したときの事を思い出す。

 ルドルフからするなら苦し紛れの励ましがそれだけの変化をもたらすとは考えられず、屈託のない笑みを浮かべるエリオットをつい不思議そうに見返してしまう。

 

「はーい、皆集まってるみたいね。それじゃ第二回実技テスト、始めましょうか」

 

 そこでチャイムの音と共にグラウンドへサラが姿を見せたことで会話は打ち切られることになり、ルドルフがそのやりとりを柔らかな目で見守っていたアリサに気づくことは無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 皆の予想通り、今回の実技テストにおいてもⅦ組の面々は一部機能が強化されているらしい戦術殻と戦闘を交えることとなった。

 ただグループ分けは前回と異なり、実習の成果を測る意味合いが込められているのかまず前回の実習でA班だったルドルフら五人。

 こちらは実習の成果も十分でそれぞれの戦い方も十分に把握できていただけあって戦術リンクも嚙み合い、一体の戦術殻相手に五人という構成でありながら見事な連携で相手を戦闘不能に追い込んでいた。

 特に戦術リンクの活用度合いの広がりが目覚ましく、二人のリンクを随時繋ぎ変えるのがやっとだった前回と比べ彼らがときに三人以上でのリンクを繋いだ連携を見せたことでサラからも高い評価を受け問題となったのはその後、前回B班となったメンバーによるテスト。

 

「これは……なんて言ったらいいか……」

 

 エリオットが言葉を濁したように、その結果は散々と言って差し支えないものだった。

 戦闘自体は長時間に及ぶものではなかったが油断すれば大怪我も有り得る戦いの緊張と疲労に肩で息をする元B班メンバー。

 一人フィーのみは平然と佇み余裕のある様子を見せていたが、瞳に漂う気怠げな気配が普段より数割増しになっていることに気づく者は気づいている。

 なんとか戦闘不能状態にまで戦術殻へダメージを与えることは出来た彼らだったが要した時間も手間も、その内容はA班と比べお粗末な有り様だった。

 原因となったのは言うまでも無く口惜しそうに歯噛みしている男子二名、ユーシスとマキアスの存在。

 戦術リンクどころかまるで連携をとるつもりの無い二人の行動はガイウス、エマ、フィーらの連携まで乱してしまい、怪我人が出ることの無かったことだけが不幸中の幸いといえた。

 

「……分かってたけどちょっと酷過ぎるわね、そっちの男子二名はせいぜい反省しなさい。

 この体たらくは君達の責任よ」

 

 普段になく厳しい言葉でユーシスとマキアスを責めるサラだったがそれが事実であることを誰もが、当の二人でさえ理解できてしまっているせいか誰の口からも反論は上がらなかった。

 こうして明暗がはっきり分かれる形となってしまった実技テストが終わり、前回同様サラから週末に待ち受ける特別実習の班分けが記載された用紙が配布されるのだったが、生徒達の誰もが懸念を抱かざるを得ない内容がそこには記されていた。

 

「バリアハートとセントアーク、帝国ではよく聞く地名だな」

 

 ガイウスが呟いたように次の実習地となるのはA班が東部クロイツェン州の州都であるバリアハート、そしてB班が南部サザーラント州の州都である旧都セントアーク。

 互いの班でつり合いが取れているとは言える実習地についてはさておき、皆が気にしたのは班の構成。

 誰かがそれを指摘するまでもなく、その懸念の元となっている少年二人が怒りを露わにした。

 

「――冗談じゃない!」

 

 いつぞやの再現のように、むしろそれよりも激しい感情が込められたマキアスの叫び。

 

「いい加減にしてくださいサラ教官! 何か僕達に恨みでもあるんですか!?」

 

 憤るマキアスの隣では奇しくもユーシスが冷ややかな目をしながら同じ意見を発していた。

 

「茶番だな。こんな班分けは認めない、再検討をしてもらおうか」

 

 予想通りに普段からいがみ合っている二人がサラへ不満を爆発させる。

 セントアークへ赴くB班に選考されたリィン、ガイウス、エリオット、アリサ、ラウラの五名にはこれといった不安要素も無い一方。

 バリアハートへ向かうこととなるA班のメンバーはルドルフ、ユーシス、マキアス、エマ、フィー。

 先のテスト結果を振り返るまでも無く、ユーシスとマキアスの二人が組み込まれた班構成はこの上ない不安材料となる。

 実際に先月の特別実習で二人は殴り合い寸前となる喧嘩まで巻き起こしてしまったらしくレポートもE評価、Ⅶ組独自の特別カリキュラムという枠組みでなければ落第レベルの低評価だ。

 このままではその二の舞を演じることとなってしまうことも予想に固く、同じ班となった人の良いエマですらも困惑するばかりで二人を止めることが出来ない。

 無論それはあくまで彼ら個人の感情の問題、士官学院生としてARCUSの試験評価という役割を任されたⅦ組に参加した以上それが命令を全うする軍人としての責務に背いた我が儘に近いものであることは彼らにも理解できる筈だったが、二人の間の軋轢はそれを度外視させるほど深刻なものとなっていた。

 

「うーん、アタシは軍人じゃないし、命令が絶対だなんて言わないけどね。

 ――Ⅶ組の担任として君達を適切に導く使命がある」

 

 士官学院の教官という立場にありながらそんな態度自体を強く責める素振りを見せないサラだったが二人に向かい合うその表情はいつの間にか真剣味を帯びている。

 その言い分によればこの班分けは嫌がらせというわけでもなく、あくまで二人の抱える問題を放置するのでなく解決しようとする、なんらかの意図が込められているらしい。

 ただ、その後に彼女がつけ加えた言葉だけは明らかにそんな教官としての立ち居振る舞いから逸脱したものだった。

 

「それに意義があるなら、いいわ。

 ――二人がかりでもいいから、力ずくで言うことを聞かせてみる?」

 

 にこりと笑みを浮かべサラの口から言い放たれたのはとんでもない暴論。

 そして男子二人に侮られているという印象をこの上ないほど植え付けるような挑発そのものだった。

 乗ってしまい、失敗すればもう拒むことは出来なくなる上に、戦術教官として雇用されている彼女の実力は刃を交えずとも並のものではないだろうと窺い知れる。

 それでも出来るわけが無いとばかりのことを言われてしまい、あっさりと引き下がれるほど達観している二人ではなかった。

 ユーシスとマキアスの二人は無言で静かな怒りを湛えた目線を交わすと、戦術殻との戦いの後収めた武装を再び手にしてサラの前へと歩み出ていく。

 

「お、おい二人とも……」

 

「止めようよ……」

 

 流石にリィンやエリオットが諌めようとするも二人は聞く耳を持たない様子で言葉を返すことすらしない。

 

「フフ、流石に男の子がこうまで言われたら引き下がれないかしら?

 そういうのは嫌いじゃないわ!」

 

 言うやサラはコートの内から取り出した得物を両手に構える。

 右手には導力器仕込みの強化長剣(ブレード)、左手にはブレードと揃いの赤紫色(マゼンタカラー)で構成された拳銃(ハンドガン)タイプの導力銃。

 その武装の凶暴な外観に対峙した二人ですらも一瞬息を詰めたじろいでしまう。

 

「……くっ!」

 

 だが今更怖気づくわけにもいかずユーシスは剣を、マキアスは散弾銃をそれぞれ構え戦闘体勢に移行していく。

 

「乗って来たわね。リィン――いや、そうね……ルドルフ、加勢してあげなさい。それで少しは勝負になるでしょ」

 

 一瞬リィンへ視線を向けながらもサラは思い直したようにルドルフへ呼び掛けていた。

 二対一どころか三体一でも構わないとするその姿勢にユーシスとマキアスが表情をより険しくし、教官への反抗に加わるような行為に躊躇するルドルフだったが。

 

「……承知しました」

 

「ちょっと……サラ教官!」

 

「申し訳ありませんアリサ。――放っておくのもいささか気に病みます」

 

 アリサが心配の声を上げるが、実習で同じ班となった二人に何かあってはまずいと判断したルドルフは言葉の後半を二人に聞こえないよう言い残してサラの前へと歩み出る。

 左手のシールドに仕込まれたARCUSに戦術リンクの反応が全くないことから連携を取る気がないだろうことが予想できてしまっていたが。

 

「三対一か、舐められたものだな。下らないミスをして折角の機会をふいにしてくれるなよ」

 

「そちらこそ慢心もほどほどにしておくんだな、君ごと足元を掬われるのはごめんだ」

 

 こんな時にまで悪態を交えている二人をどうサポートすれば良いか考えきれずにいたルドルフへ、ふいに視線を向けてきたマキアスは申し訳なさそうな面持ちを見せる。

 

「付き合わせてすまない。だがもし教官に勝てたなら……埋め合わせには何でもさせてもらうよ」

 

「マキアス……」

 

 それほどまでに彼は何故ユーシスを、貴族の事を頑なに拒むのか気になるのと同時に余裕が無くしてしまっているせいで漏らしてしまったのだろうマキアスの言葉にルドルフは気を引かれてしまう。

 

「もう準備はいいかしら? それじゃあ――実技テストの補習と行きましょうか!」

 

 戦闘開始の口火を切ったのはサラが手にした導力銃の銃声だった。

 真正面からの銃撃にユーシスとマキアスが左右に飛び退いて射線から逃れ、いち早く斬り込もうとしたユーシスだが。

 

「っ!?」

 

 いつの間に踏み込んだというのか、次の瞬間には目前まで迫っていたサラが振るっていたブレードを咄嗟に騎士剣で受け止める。

 

「この――っ」

 

 銃のセレクターを切り替えマキアスが一粒式の銃撃を見舞おうとするも、サラは手元でブレードを閃かせ柄本から枝分かれした弧状の刀身で騎士剣を絡め取り引き寄せることで自身とマキアスとの間にユーシスを割り込ませてしまう。

 ユーシスが盾代わりとされてしまいマキアスの引き金にかけようとしていた指が止まる、その瞬間にサラはすかさずアーツの駆動体勢に入っていたルドルフへ導力銃を撃ち放った。

 

「くっ!?」

 

 咄嗟に盾を構えるのが間に合ったものの、拳銃のものにしては重い――消費する導力を高め威力を強化された銃撃にアーツの展開が解けルドルフは防戦を余儀なくされる。

 そうしてアーツの発動を防ぎながらサラは体勢を立て直しユーシスが繰り出した刺突の連撃を苦も無く打ち払っていく。

 自身の剣技がまるで脅威とされていないかのようなサラの余裕の表情に焦れたユーシスが踏み込みを強く、全力を込めた突きを放つが――

 

「ちょっと剣筋が正直過ぎるわね」

 

「なっ!」

 

 それまでより力の乗った一撃を見誤らずサラはブレードで受けた刺突を滑らせ、懐にまで距離を詰めるとユーシスの鳩尾へと膝蹴りを叩き込んだ。

 咳き込みながらユーシスがよろけ膝を地につけてしまう中、ようやく回り込みサラの後方に位置取ったマキアスが銃口をサラへと向けるのだったが。

 

「捉え――」

 

 銃弾が放たれるタイミングが分かっていたようにサラが身を低くしたことで他愛も無くその射撃は躱されてしまう。

 そのまま地を蹴り向かってくるサラの速さに先台をスライドさせ次弾を装填していたマキアスの背筋を冷や汗が伝う。

 対応が間に合わないだろうそこへ駆けつけたルドルフが割り込むとマキアスをかばい防御壁を出力しながら盾を構えるのだったが、次の瞬間サラのとった行動に目を剥かされる。

 顔面へ向けられた銃口、致命傷になりかねない部位へ狙いを向けられたことにまさかそこまでするだろうかという念がルドルフの頭には浮かぶが、それでも反射的に盾の本体で顔をかばってしまった。

 そうして自ら視界を覆わせることが真の狙いだったことに気づいたときには遅く、見失ってしまったサラはルドルフの脇を一瞬で駆け抜けカバーされたことで僅かに気を弛めてしまっていたマキアスを強襲した。

 得物が銃器ということもありユーシスよりも近接戦闘を不得手とするマキアスが抗しきれるわけもなく、あっさりとブレードの一閃に銃を弾き飛ばされてしまう。

 

「――――っ」

 

 三対一でありながらユーシス達の攻めの一切が通用せず、逆に振り回されてしまっている一方的な展開には見守っていたリィン達も舌を巻いてしまう。

 彼女が底知れない実力の持ち主であることは薄々誰もが感じていた、しかしここまで差があるものなのかと。

 スルーされたルドルフが後ろから攻めかかるも後ろに目がついているかのような察知能力で振り向いたサラは向こう見ずにも両刃のブレードを掴み取ろうとするように伸ばされた手に一瞬眉根を顰め。

 

「か――はっ!」

 

 穿つような鋭い蹴りで迎え撃った。

 痛みに呻きながらもなんとか動きを止めようと掴みかかるルドルフだったが十分な手応えに反し、動きに怯みが見られないのを警戒したサラはその場から飛び退くと立ち直ったユーシス、弾かれた銃を拾い上げたマキアス、それをかばうように位置取ったルドルフを視界に収めた。

 その息一つ乱していない立ち姿と対照的に大なり小なりのダメージを負わされてしまった三人は挑みかかったときとは異なる感情からくる険しさに表情を歪めてしまう。

 どんな手段を尽くしても容易く凌駕されてしまう、そんなイメージが僅かな攻防だけで彼らに刻み込まれてしまっていた。

 

「もう終わりかしら? 威勢の良かったわりに案外不甲斐ないのね」

 

 分かりやすい挑発にも歯噛みすることでしか応じることが出来ない。

 まともに戦っても自分達では一矢報いることもできないのだとユーシスもマキアスも――そしてルドルフも理解してしまった。

 

「……マキアス」

 

「ルドルフ……どうしたんだこんな時に、何か手があるのか?」

 

「はい、ですがこれを使うには少々僕にも覚悟が必要となりますのでどうか一つだけ確認させて下さい。

 先程埋め合わせに何でもして頂けると仰られたこと、信じても構いませんか?」

 

 礼を約束させるような、それまでのルドルフの人物像にそぐわない質問に一瞬ポカンと目を丸くしてしまうマキアスだったが、冗談を言っているわけでもなさそうな気配にやがて首を縦に振って示す。

 

「ああ、何でも、というのは言い過ぎたが……貴族と仲良くしろなんていうものじゃなければ、約束しよう。」

 

「――ありがとうございます」

 

 ルドルフ自身の考えで言うならばマキアスとユーシスの不仲を無理に仲裁しようとは思わなかった。

 誰にでも苦手とするものはあり、出来ないと言っていることを無理強いしても仕方がないではないかと。

 ただ一つ、先月の特別実習後からマキアスに避けられるようになったリィン、密かに恩義を感じている彼の気落ちした表情を見てしまうとルドルフは胸の内に言葉に表すことのできない感情が湧いてくるのを自覚してしまったのだ。

 リィンとの関係をこじらせてしまったアリサを見守っていたときと同じ、手助けしたくとも出来ないもどかしさ。

 この感情がなんであるか理解も出来ない自分には彼らの仲裁など出来はしないだろうという諦めでもあった。

 けれど彼なら、アリサだけでなくルドルフには何に対して葛藤していたのか気づくこともできなかったラウラとも和解することが出来た彼にならそれが出来るのではないかと思い至る。

 切っ掛けだけでも、作りたい。

 その動機の発露が何からくるものか、自覚すらせずにルドルフは導力器仕掛けの脚に組み込まれた機能の封を開く。

 

「!?」

 

 ルドルフが踵を踏みつけたブーツの脛部が音を立てて吹き飛び、導力義肢の鋼色が晒される。

 流線形の滑らかなシルエットの後部にはスリットが並び、傍目には金属製の脚甲のようでもあるそれが彼にとっては脚そのものであることに間近で見てしまったマキアスだけでなくその場の全員が気付いていく。

 

「……っ、ルディ!」

 

 ルドルフが導力義肢に組み込まれた機能の本領を発揮しようとしていることに気づいたアリサが叫ぶ。

 自分の事を気遣ってくれている彼女に心配をかけてしまうことを申し訳なく思いながらもルドルフは身を低く屈め姿勢を整えた。

 驚く様子を見せながらもその程度がマキアスらほどでなかったサラは薄々その体の事情に勘付いていたのだろう。

 ブレードと導力銃を構えなおしたその姿に、この切り札まで通用しなかったらどうすればいいだろうかという懸念がルドルフの脳裏をよぎる。

 考えても仕方のないことではあるが時として精神状態のぶれが技の精度に支障をきたす時もある。

 余計な不安を振り払うにはどうすれば良いか、その解決策として浮かんだのは太刀を振るう際に時折彼が口にする八葉という流派の技の名。

 技の名を口にすることに意味など無いとも思えるが、型の鍛錬をする彼の姿を思い起こすとそうではないのかもしれないとルドルフは思う。

 適した形、精神状態の自分をつくりだす為の儀礼動作(ルーティーン)、その考えは不思議としっくり胸に落ちた。

 だからそれに倣い、どこかむずがゆさを感じてしまいながらもルドルフは技の名の代わりに、自分の名がつけられた鋼の脚の正式名称を囁く。

 

「――噴式飛翔機関、Schwalbe(シュヴァルベ)。駆動、開始!」

 

 その瞬間ルドルフの足元で、大気が爆ぜた。

 

 

 

 

 

 

 

 風のアーツが炸裂したような爆音を残して掻き消えたルドルフの姿を目で追えた者はその場に居なかった。

 次いで響いた金属同士の衝突音、その発生源へ目を移したときようやく皆が文字通りの瞬く間にサラへと突貫したルドルフの姿を目視する。

 

「こ、の!」

 

 見舞われようとしていた超加速の勢いが乗った膝蹴りを咄嗟に腕を添えたブレードの腹で受けとめていたサラの表情からは先程までの余裕が消えていた。

 しかしルドルフの方も防御を間に合わせたサラの反応速度――というより予測精度に舌を巻かされている。

 通常の動作からでは有り得ない加速による強襲は人の反応速度で対応できる限界を超えている、それを可能としたのはサラが積み重ねた戦闘経験による危機察知、恐るべき精度の先読みによるものだった。

 膝蹴りの威力のほとんどを流し切った体捌きも相まって改めてこの教官の底知れなさをルドルフは思い知る。

 そのまま彼女が黙っている筈もなく、反撃に振るわれたブレードの刃を後ろへ高く跳び上がることで回避したルドルフを、反射的にサラは追い打ってしまっていた。

 

「しまっ――」

 

 不意打ちで追い込まれてしまった故に加減抜きで射撃してしまいサラが焦り見る前で、ルドルフは予想を裏切りまるで宙に浮いた不可視の氷盤を滑るかのように滑らかな動きで横滑りに射線から逃れる。

 

「――っ、そういうこと!」

 

 何かに得心がいったような言葉を漏らしたサラを再び轟音と共に導力義足のスリットから噴射炎を迸らせてルドルフが猛襲する。

 回避も間に合わない接近速度にブレードを構えるサラだったが、それを見越していたルドルフは地を窪ませるほどの勢いで目の前に着地し――

 

「っ!」

 

 今度こそ構えられていたブレードと導力銃を両手で掴み押さえた。

 押そうとも引こうともびくともしない拘束の力強さはついにサラの額に汗を滲ませる。

 

「ユーシス! マキアス!」

 

「――っ、ああ!」

 

 そして三対一という状況は変わっていない、呼び掛けられることでルドルフの常識外れした機動に自失から返った二人が詰めにかかる。

 一転して有利の側が移り変わった状況にⅦ組の面々が息を呑む中、押さえ込まれたサラは悔やむように小さく息を漏らす。

 その口から漏れる呼吸の響きが変じたことに、ある既視感を感じたルドルフはハッと気付くも――一手遅かった。

 

「悪いわね」

 

 目を見開いたサラの体から練り上げられた氣と共に迸る紫電。

 彼女特有の戦技(クラフト)の予兆が見えた時には既に遅くブレードが纏った雷に灼かれたルドルフが一瞬怯む、その一瞬だけで彼女には十分だった。

 拘束を抜けたサラは全身に氣と紫電を纏ったまま、追い打ちにかかっていたユーシスを捉える。

 

「遅い!」

 

「ぐっ……」

 

 振るわれたブレードに込められた重みはそれまでの比ではなく、辛うじて受け太刀が間に合いながらもユーシスは大きく後ろへ跳ね飛ばされ、立ち上がることすらできなくなる。

 

「アルバレア! この……っ!」

 

 ユーシスもルドルフも傍から離れたことで思い切ったマキアスが散弾式に切り替えた銃撃を放つが、放射状に広がる銃弾の雨をサラは振り下ろしたブレードが巻き起こす風圧だけで撃ち飛ばす。

 銃撃すらも正面から打ち破る圧倒的な力に言葉を失くすマキアスへ、ブレードと同じように紫電を纏う銃口が向けられた。

 咄嗟にマキアスはARCUSに指を走らせ防御壁を展開するも、放たれた氣を込められた銃弾は防御壁を突破し炸裂する。

 非殺傷性の弾が込められていたのか銃弾は貫通に至らなかったものの、全身を打つ衝撃と痺れにマキアスは力なく倒れ伏してしまう。

 アンゼリカと同じ、氣を用いた身体強化技法。

 介入する暇も与えず二人を無力化してしまったサラの本気に一旦退き再度仕掛けようと構えていたルドルフだったが。

 サラのブレードが纏う雷光が勢いを増し、刀身を越えて伸びていくのを目の当たりにし背筋に悪寒が走るのを感じてしまう。

 その予感は正しく、地へ叩き付けんばかりの勢いで大上段から振り下ろされたサラのブレードから放たれた目を眩ませるほどの紫電がルドルフへと襲いかかった。

 

「ま、だ――っ」

 

 常識離れした高速機動が出来てもルドルフの思考速度までもがそれに追従してくれるわけではない。

 反射的に盾の防御壁でそれを受け止めるが――雷閃はそれすら突破し、全身を打つ痺れを感じた瞬間、ルドルフの意識を刈り取ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 夜の第三学生寮、一階エントランスのソファーに身を沈めていたサラは口を開けたビールにもあまり手をつけず物憂げな表情を浮かべていた。

 酒の肴も無く、というのも生徒達は実技テストに疲れや諸々の軽傷を癒すために休ませてしまい、その気になればサラも自分で軽く一品程度つくることはできるのだったが。

 

「はぁ……やっちゃったわねぇ」

 

 そんな気にすらなれないほどの自己嫌悪に陥ってしまっているのだった。

 当然その原因は実技テストでそのうち来るだろうと思っていた二人が不満を爆発させた結果のあの戦い。

 教官として、大人として軽く窘めるつもりだった筈が予想外に追い込まれてしまったせいで本気を出してしまった。

 その未熟さを恥じるあまり生き甲斐の一つとも言えるアルコールにも興が乗らない始末となっている。

 

「へこんでる?」

 

「へこみもするわよそりゃあね。……また起きてたのアンタ」

 

 後ろから掛けられた声、階段を降りてきたフィーの言葉に返しながらサラは先月のテスト後にも同じようなことがあったことを思い出していた。

 

「またホットミルク? 今日はルドルフも部屋に戻ってるわよ」

 

「知ってる」

 

「……まさか慰めにでも来てくれたのかしら?」

 

「別に」

 

 対面へと腰を落としたフィーに問い掛けるサラだったが返事通り向けられた眠たげな瞳にそんな気配が無さそうなことを感じ取りため息を一つ吐いて見せる。

 

「そこは嘘でもうんって言っておきなさいよ、傷心中の相手の前なんだから」

 

「ユーシス達もそうだけど、サラだって自業自得だし」

 

 遠慮なしに痛いところを突かれてしまいサラも口をつぐんでしまう。

 あの二人を窘めるにしてもそれが強引な手法だったことや、煽るような真似をしてしまったことは確かに軽率と言われても仕方のないことだった。

 それこそ軍から出向している同僚の実直ではあるがお堅いナイトハルト教官辺りに知れれば何と言われるか分かったものではないぐらいに。

 

「――流石に紫電(エクレール)の本気がこんなところで見れるなんて思ってなかったけど」

 

「まぁ、ね……あの子があそこまでのものを隠してたとは思わなかったわ」

 

 前職での二つ名で呼ばれ、そんな自分が失態を演じてしまったことがサラにとってはひたすら歯がゆかった。

 そこまで口にしなかったフィーも気づいているだろう、あの戦いでサラが彼らに膝を屈してしまう可能性があったことに。

 もしユーシスとマキアスがあの一瞬だけでもわだかまりを捨て、ルドルフが切り札を切るのに合わせ戦術リンクで連携していたならば。

 もしサラが本気を出すことを躊躇い、氣功を用いるのが僅かにでも遅れていたならば。

 勿論サラが初めから本気で彼らと戦えば十戦中十戦勝つことが出来る。

 ルドルフの隠し玉についても大よそは理解できた、重力という物理法則を無視した動きと超加速に驚かされこそしたが次があっても遅れをとることはないだろう。

 だが相手に本気を出させないことも戦い方の一つなのだ。

 余裕を見せて、地力を隠していてもそれを出す暇も無く倒されてしまえば負けは負け。

 後から本気を出していませんでしたなどと言ってもそれは負け惜しみにしかならない。

 たらればを言い出せばきりがないとはいえ、そうなってしまう可能性があるまま負けるわけにはいかない戦いに臨んだ時点でサラは詰めが甘かったのだ。

 何よりもそれがサラを自己嫌悪に陥らせている今回の手落ちだった。

 

「それにしてもルドルフ、随分早く晒しちゃったわね。もうしばらくかかるかと思ってたけど……アンタは気づいてたの?」

 

「手足が生身じゃなさそうなことは。多分リィンとラウラもね」

 

 アリサを除いたⅦ組のメンバーの中にも彼の体について勘付いている者は居たが、今回の件で皆がそれを知ることとなった。

 それが彼らの関係性にどのような影響を及ぼすか、そればかりはサラにも予想しきることはできない。

 

「荒療治のつもりなの?」

 

「ん、何の話?」

 

「……班分け」

 

 じっと責めるような目で見てくるフィーから目を反らすサラだったが、彼女自身その振り分けについてはぎりぎりまで決めあぐねていた。

 ユーシスとマキアスの関係性についてはこのまま放置しておけばⅦ組全体に悪影響を及ぼしかねない。

 頭ごなしに説教したところで反発されかねない彼らに互いで歩み寄る可能性を見出させることが出来そうなのはサラの見たところⅦ組の中心――というより重心ともいうべき影響力をもたらしているリィンも有力だった。

 しかし教官としてユーシスらだけでなく、ルドルフの歪な面もまた放ってはおけないところ。

 今回の実習でルドルフをA班に組み込んだのはアリサを通じてリィンと関わることで着実に何かが変わってきている彼がユーシスとマキアスの関係に新たな変化の切っ掛けをもたらすのではないかという願望もあり――あながちフィーの言う荒療治というのも間違ってはいない。

 下手をすればまたあの二人に振り回されることになるフィーからすれば面白くは無いだろう目論見をサラは口に出来なかった。

 

「若者の可能性に期待ってところかしら。それよりも来月には座学の中間テストだってあるの忘れてない? 勉強もちゃんとしておきなさいよ」

 

「……誤魔化した」

 

 そうしてフィーの追及から逃れようとするサラの姿は軽薄にも見えたが――生徒達を適切に導きたい、彼らの前で口にしたその言葉だけは偽りの無い、真摯なものだった。

 




2018.5/16 文章を一部添削。

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