ラインフォルトの見習い使用人   作:まぎょっぺ

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収めきれなかった……一章だけで随分時間かけてしまいましたがあと一話で終わります。


氷の乙女

 戦いが終わり、大狒々が完全に沈黙したことでⅦ組メンバーの間に安堵が訪れ張り詰めていた緊張感がようやく弛む。

 

「ほ、ほんとにあんな魔獣を倒しちまいやがった……」

 

 腰を抜かしていた管理人達もあれだけの魔獣を相手に勝利を収めたリィン達に恐れ慄き、抵抗する気を失くしてしまっているようだった。

 A班の皆がそれぞれ武器を収めながら顔を見合わせていたが、ラウラと目が合ったリィンは考え込むように瞳を落とす。

 

「リィン?」

 

「ラウラ、今朝はすまなかった」

 

 リィンの口から出た謝罪の言葉に目を僅かに見開くラウラだったが、視線を交わすリィンの瞳に宿る意思の強さに黙って先を促す。

 二人の朝のやり取りを知らない二人とアリサに肩を借りているルドルフがその空気に駆け寄ろうとした足を止め見守る中で、リィンが再び口を開く。

 

「初伝止まりだなんて、剣の道を軽んずる言葉を使ってしまった。それ以上に……勝手に限界なんて思い込んで、とんだ甘い考えでいたみたいだ」

 

 今の戦いで無意識に己を貶めていたことを自覚したリィンは今朝、ラウラに対しても軽率な物言いをしていたことに気づき、剣の道というものに対してどこまでも真っ直ぐな彼女に対してこの場で謝っておかなければ済まない気になってしまっていた。

 しかしラウラは小さく首を振ってからその言葉に応じた。

 

「その程度のことで私に謝る必要などない」

 

「えっ?」

 

「それよりもリィン、そなた――剣の道は好きか?」

 

 そんな問いを投げられたリィンは少しの間を挟みながらも、ラウラの顔を真っ直ぐに見返しながら言葉を返す。

 

「好きとか嫌いとかそういった感じじゃないな、あるのが当たり前で……もう自分の一部みたいになってる」

 

「うむ――私もそうだ」

 

 その言葉を聞いたラウラは満足そうに頷き、真剣だった面持ちに笑みを浮かべていた。

 

「振り返ってみれば、同じ学生の身分でありながらそなたに身勝手な期待を寄せた私にも至らぬところはあったように思う。

 どうかリィン、そなたが剣の道を疎んじているわけではないというのなら未熟者同士、共に精進してみてはくれぬか?」

 

 そう言って差し出された手をリィンはついじっと見つめてしまいながら、やがてふっと微笑みながらその手を握り返す。

 

「ああこちらこそ、改めてよろしく頼むよ、ラウラ」

 

 そうしてお互いにわだかまりが解けたことで二人は屈託なく笑い合いながら握手を交わすのだった。

 

「なんだか知らないけど、仲直りできたみたいだね?」

 

「いや、仲違いしてたわけじゃないんだが……まあいいか、それよりも助かったよエリオット。すごかったじゃないか」

 

「うむ、そなたのアーツがなければ私たちも危ないところだっただろう」

 

 心から安心したように笑っていたエリオットだったが二人からの賞賛にたちまち慌てた様子を見せる。

 

「あ、あれはまぐれみたいなものだよ、止めはあのリィンがあのすごい技で刺してくれたし、何より二人がずっと引き付けていてくれたから出来たんだ、僕だけじゃきっと無理だったよ」

 

「そうだな、この戦闘は誰か一人欠けていても危なかったと思う、だから――」

 

 ラウラ、エリオット、アリサ、ルドルフ、それぞれの顔を見回し、確信を込めてリィンは言葉を継ぐ。

 

「この勝利は俺達、A班の成果だ」

 

 清々しいまでにそう締めくくったリィンに皆、負傷したルドルフを気遣うようにしていたアリサですらも表情を綻ばせる。

 その時――死闘の後だというのに心地良くすらある余韻に満たされた空気に水を差すような警笛の音が鳴った。

 

「――っ! これは」

 

 弾かれたように皆が顔を向けた先、自然公園の遊歩道から駆け込んでくる青い制服の一団、領邦軍。

 銃剣付きの長銃で武装した兵士達は大型魔獣の死骸に一瞬驚きを見せながらも散開し――A班メンバーを取り囲んだ。

 

「抵抗は無駄だ、大人しくしろ」

 

「……何故我らを取り囲むのだ?」

 

 盗難事件への領邦軍の関与、これまで立てた推測を裏付けるような行動に理由を察しながらもラウラが嘆きを吐く。

 本来逮捕されるべき相手だろう管理人の男達はいやらしい笑みを顔に張り付けていた。

 

「へへっ、形勢逆転だな……っ」

 

 そんな言葉を口にした管理人の男へ、兵士達から遅れて歩み出て来た長衣の隊長が睨みを飛ばし黙らせる。

 もっともそれは犯罪者に対して睨みを利かせたというわけではなく、余計な口を滑らせないよう釘を刺すことが目的であったのだろうが。

 

「まったく学生風情がよくもここまで引っ掻き回してくれたものだ……この場は我ら領邦軍が取り仕切る、大人しく身柄を預けたまえ」

 

「何を……目の前に盗品があるのよ!? ここまできて彼らを捕まえもしないつもりなの?」

 

「フン、彼らはこの自然公園の管理人だろう? ならばたまたま盗品が運び込まれたこの場に居合わせてもおかしくはあるまい、――可能性で言うならば、君達の犯行とも疑えよう」

 

 ぬけぬけとそんなことを言い放たれ皆が絶句する中、更に隊長はラウラの剣帯を腰に移した剣に視線を移した目を光らせる。

 

「それにこの自然公園の門には手荒な方法で破られた形跡があったな、そちらは君達の手によるものではないかね?」

 

「――っ!」

 

 錠前を剣で破壊したことで歪んだ門に気づいたのか、指摘にラウラの表情が険しいものになる。

 その反応に隊長は余裕を見せつけるように薄く笑うと居丈高に言い放つ。

 

「公共物の破損についても君達には事情を聞く必要がありそうだ、歴史ある士官学院の名誉を汚したくなければ大人しくしている方が身のためだぞ?」

 

「……緊急避難というものがあると聞くが?」

 

「それを判断するのはこの地の捜査権を持つ我々だ。これ以上の問答は無用、素直に投降したまえ」

 

 油断なく長銃を構えA班を包囲する兵士達は管理人らと違い日頃から訓練を重ねている準正規の軍人、易々と突破できるような相手ではなかった。

 それも大狒々との戦いで皆が大なり小なりに消耗、負傷を抱える状況ではとても対抗できないだろう、よしんば突破できたところで犯人と盗品を確保できないのでは何の解決にもなりはしない。

 どうすることも出来ない状況、事件解決寸前での横槍に皆が悔しさに歯噛みする中、一人冷えた眼差しで隊長を見ていたルドルフが口を開く。

 

「仕方ありません、ここは大人しく従いましょう」

 

「ルドルフ……けど、このままじゃあまりにも……」

 

「リィン、他に手の打ちようも無いでしょう。――なにしろ彼らはアルゼイドを敵に回しても構わないほどの覚悟でここまで踏み込んできたのですから」

 

 感情の起伏に乏しいルドルフは皆が少なからず判断力を欠いてしまう中で残された最後の手段に気づいていた。

 彼の言わんとしていることにその場の全員がすぐに気付けず一瞬の沈黙が広がり、最も早く気づき、大きな反応を示した者――領邦軍の隊長が余裕の表情から一転して渋面になりながらルドルフを睨み据える。

 

「……アルゼイドだと? 貴様、何を言っている」

 

「ご存知ありませんでしたか? そちらの青い御髪(おくし)の御方はレグラム領主アルゼイド子爵のご息女なのですが」

 

 強張った動きでラウラへと視線を移す隊長、一連のやり取りでルドルフの意図にも気づいた彼女は隊長に向き直ると剣を抜き放ち、地へ突き立てて見せながら高らかに告げる。

 

「如何にも、私がヴィクター・S・アルゼイドが一子、ラウラ・S・アルゼイドだ。今回の事件について、そなたらからしてみれば不服のようだが私は父の名にも、帝国貴族の名誉にも恥じるような行為はしていないと断言できる。

 領邦軍に逮捕されたとあっては当然父から事情を問われるであろうが、包み隠さず事のあらましを報告すればきっと理解を示して下さるだろう」

 

 決然と言い放つその姿は正に誇り高い貴族そのものといった凛々しさに満ち、周囲の兵士達も動揺を隠せなかった。

 最もその言葉に衝撃を受けているのはこめかみに脂汗を滲ませ始めた隊長だろう。

 本来彼らの主たるアルバレア公爵家にとって子爵位程度の貴族など取るに足らない存在でしかない。

 だが()()()()()だけは別だ。

 帝国二大剣術、アルゼイド流の当主にして帝国最強の剣士、光の剣匠の異名を持つかの領主の影響力は帝国貴族の武を貴ぶ気風も相まって爵位以上に大きいものがある。

 そんな人物の一人娘に不当な嫌疑をかけ拘束したとあっては彼ら領邦軍、ひいてはアルバレア公爵家に反感を抱く貴族も少なからず出てくるだろう。

 少なくともアルゼイド子爵が仁君として慕われているレグラムにおいて、公爵家に対する領民感情が最悪なものになることは間違いが無く、自分達の行動が主の顔に泥を塗る結果となりかねないことを理解した隊長は苦悩するしかない。

 

「無論、事件について然るべき捜査が為され被害者が救済されるのであればその必要も無くなるであろうがな」

 

「た、隊長……」

 

「ぐ……ぬう……」

 

 この事態を収拾する責任など持ちえない兵士達が狼狽えながら隊長へ判断を仰ぐが、その隊長であっても公爵家の意向とアルゼイド家の影響の板挟みになっており、容易に指示を下せない状態に陥っていた。

 隊長が実行犯達を切り捨てるか、それとも公爵家の威光がその程度で揺るぎはしないと押しきるか、どちらの可能性も残った状況に安心しきっていた管理人達ですらも固唾を呑んでいたのだったが。

 

「お困りのご様子ですね」

 

 場違いなまでに涼しげな声がその場に届いた。

 

「何……っ」

 

 声の方、自分達も通って来た歩道へと振り返った領邦軍達が目を瞠り驚きを示す。

 現れたのは領邦軍のものとは異なる、華美さを排した制服に身を包んだ集団。

 

「……鉄道憲兵隊」

 

 呻くようにその集団の名を領邦軍の兵士が呟く。

 新たにやってきた集団が身に纏う鈍色の制服が示すのは帝国正規軍、その中においても精鋭と名高い鉄道憲兵隊の所属を示すものだった。

 並び立った隊員達の間から、一歩前へと進み出た将校らしき若い女性の姿に領邦軍兵士達のどよめきが増す。

 

氷の乙女(アイス・メイデン)……」

 

 その異名と共に領邦軍の間では広く知られている空色の髪を頭の横で一纏めにしたその女性の姿に領邦軍隊長は不愉快そうな声を発した。

 

「正規軍が何用だ、このクロイツェン州は我ら領邦軍が預かる地、貴様らに介入される謂れはないぞ」

 

「お言葉ですが、鉄道網の中継地点でもあるケルディックにおいては我々にも捜査権が発生することはご存知のことかと思います」

 

 敵意露わに睨みつけられながら女性将校は微塵も臆した素振りを見せず、反論できない主張に呻きを漏らした隊長を相手に淡々と言葉を返していく。

 

「ケルディックの町で我々が行った調査によれば、そちらの学生さん達が盗難事件の犯人であることはあり得ません。この場は私達に預からせて頂いた方が無用なリスクは避けられると思いますが?」

 

「…………っ」

 

 事件の背景を見透かした言い様に隊長の視線が強まるが言葉通り、それはラウラの処遇、公爵家への言い訳も立つこの段に至ってしまった彼ら領邦軍が妥協できる落とし所だった。

 

「……良かろう。撤収する、ケルディックへ戻るぞ」

 

「りょ、了解しました!」

 

 隊長の指示を受けた兵士達がルドルフ達の包囲を解き、隊長の後ろへと整列した。

 

「ちょ、ちょっと待てよ、そりゃないだろ領邦軍、話が違うぞ!」

 

 元から領邦軍、公爵家の決定的な関与を示す証拠は与えられていないのだろう見捨てられた管理人達が身勝手な抗議を発するが、それを意にもかけず隊長は兵士達を引き連れその場から去っていく。

 

「……鉄血の(いぬ)が」

 

 すれ違い際、女性将校に対して侮蔑に満ちた言葉を残して。

 憲兵隊の隊員達がにわかに怒気を滲ませるが、当の女性将校が気にした様子も見せず片手を上げるとそれもすぐに鎮静化し、隊員達を落ち着けたその女性は解放されたA班の前へと歩み出た。

 

「トールズ士官学院の皆さんですね? 帝国軍、鉄道憲兵隊所属、クレア・リーヴェルト大尉です」

 

 整った容貌にその異名に似つかわしくない柔らかな微笑みを浮かべて名乗った女性にA班の皆が思わず一瞬見とれてしまう。

 

「調書を取りたいので、少々お付き合い願えませんか?」

 

 彼女達の介入をもって、様々な思惑が絡み合った大市の盗難事件はようやくの解決を迎えるのだった。




2018.5/4 文章を一部添削。

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