それと閃Ⅲ発売おめでとうございます。
なかなかプレイ時間とれていませんがゲームもクリア目指して頑張りたいと思います。
ただカードゲーム要素だけはあそこまで凝らないで欲しかった……スルーして進めてしまっています。
「アリサ、エリオット、ルドルフを頼む!」
「これ以上はやらせん!」
焦燥が強く滲む声で二人へ呼び掛けるとリィンはそれまで以上の果敢さで大狒々に攻めかかっていき、ラウラも同じくルドルフを介抱する時間を稼ぐために真っ向から向かっていく。
「二人とも、ごめん……ルディ!」
五人がかりでやっと相手にしていた凶獣をリィン達だけに任せてしまうのは二人にとっても抵抗があったが、ルドルフの手当てをしなければとの思いが勝り後ろ髪を引かれながらもアリサは倒れ伏した少年の元へ向かう。
身を挺してアリサを庇った当のルドルフは地に叩き付けられてから数瞬の間、失っていた意識を辛うじて取り戻していた。
「くっ……は、ぁ」
体中に痺れが走り思うように首が回らない。
咄嗟に盾を構えるのが間に合いこそしたものの、あれだけの一撃を受けたのだ。
衝撃が抜けきっていないのも当然だろうと、こんなときにまで彼の冷えた頭は分析していた。
全身の感覚が痛みに悲鳴を上げる中、ルドルフは力を振り絞り深く息を吸い込み、吐き出す。
呼吸に問題は無く伴う痛みも無い、幸いにして骨折にまでは至っていないようだった。
この程度で済んだのだからラインフォルトの導力器はやはり優秀である。
暢気ですらあるそんなことを思い浮かべながらルドルフは無事に動いてくれている手足を支えに身を起こし、その感覚を確かめる。
――特に支障は無し、後は痺れが回復するまでどれぐらいかかるかが問題でしょうか。
ダメージ分析を終えたルドルフが離脱してしまった戦闘の状況を見極めるべく顔を上げると、丁度アリサが彼の元へ駆けつけたところだった。
「ルディ、大丈夫なの!?」
「アリサ――はい、大事には至っておりません、すぐに復帰しますのでそれまでの間どうかリィン達の助力をしてあげて下さい」
「何言ってるのよ……あんなに跳ね飛ばされて只で済んでるわけないじゃない、いいから診せてみなさい」
「っ! お嬢様お待ちを――」
傷の程度を見ようとルドルフの両肩に触れた瞬間、アリサの不安に満ちた表情が凍り付いた。
「…………」
制止が間に合わず口を閉ざしたルドルフの肩にかけた手を、アリサは恐る恐る確かめるように腕へと下ろしていく。
「……何よ、これ」
アリサが震えた声で漏らした呟きにルドルフは沈痛な面持ちでただ黙することしか出来ず、二人が互いに言葉を発せなくなってしまったところへエリオットが息を切らしながら駆け寄ってきた。
「エリオットまで――すみません、ご心配をおかけして」
「な、何言ってるのさ……ごめん、ルドルフ。僕があの時、しっかり動けていれば、こんなことにはならなかったかもしれないのに」
竦んでしまったことを悔いているらしいエリオットはアリサが狙われてしまったことまで自分に責任があると感じているのか、横に跪いた彼は明らかに平静を欠いているのが見て取れる。
そんな彼の姿に逡巡してしまいながらもルドルフには頼まねばならないことがあった。
「それよりもエリオット、どうかリィン達の援護をお願いします――二人が持たなくなる前に」
「……っ」
息を呑むエリオット、一刻も早くそれが必要であることは彼にも分かっていた。
今なお二人は大狒々の注意を引き続けている、どうやってそんな無茶を可能としているのか――単純な事、彼らは無理をしているのだ。
目を離すことができないほど攻め続けながら極限まで神経を張り詰めさせ、反応速度を高めることで至近距離での回避を間に合わせている。
しかし、意識しての集中状態というものは長くは持たない、体以上に人の脳が耐えられないのだ。
そしてそれが途切れたときの反応速度は通常よりも低下してしまう、もしその瞬間を狙われたならば、今度は彼らの身こそが危ない。
そうなる前に何か手を打たなければならなかった。
「で、でも、僕のアーツがあんな魔獣に通用するのかな」
エリオットの懸念は最もだった、これまで彼は何度か攻性アーツを使用していたがあの巨獣はよほど導力魔法に耐性があるのか、それ自体が大したダメージとなっている様子は見られていない。
「今のままでは難しいでしょう、ですから――」
ルドルフはARCUSを開き、スロットから
「上位アーツの威力なら状況を変えることができるはずです、今の僕では上手くアーツを駆動させることができるか怪しい。どうかお願いできませんか?」
その要請にエリオットは目を見開いて硬直してしまう。
上位アーツと呼ばれる導力魔法の中でも大規模な影響力を持つ術式ならば確かにあの巨獣にでも通用するだろう。
エリオットの戦術オーブメントには未だ空いているスロットがある、ルドルフより借り受けたクオーツを嵌め込むならば必要な属性力も賄えるかもしれない。
しかし――
「む、無理だよ……上位アーツなんて、教練でも一度だって成功したことないのに」
上位アーツともなれば必要となる属性力が増した分だけ調整も難しくなり、正しく戦術オーブメントを駆動させるのにそれなりの習熟を要する。
アーツを扱い始めて一ケ月と経たないエリオットには厳しいというのが現実で、事実この日まで彼は学院の武術教練でも上位アーツを成功させたことは無かった。
「大丈夫です、もし失敗したとしてもまだ手はあります。勿論エリオットが成功させてくれることが最も近道なのです、が……」
責任を感じさせまいとそんなことを口にしたルドルフだったが、言葉の途中でエリオットの顔がうつむき気味になり悲壮な色が漂い始めたのに気づき、失策を悟る。
先程の一件で彼はすっかりと自信というものを失っていた。
今も自分を責め続けているであろう彼にこんなことを言ってしまえば、かえって追い詰めてしまうのではないか――失敗したならば自信を取り戻せなくなってしまうほどに。
ルドルフとしては本心、彼に非など無ければ上位アーツを成功させることができなくとも気に病む必要などないと思っている。
けれどもそんなことすら耐えられないらしい優しい気性の彼に、どんな言葉をかければよいのか思い悩んだ末――ルドルフは口を開く。
「そういえば、知っていますかエリオット」
「え?」
「戦術オーブメントの習熟に関して、こんな説があるんです」
それはたまたまルドルフが読む機会のあった雑誌に記載されていた学説ですらない、何の裏付けも保証もない記事だった。
しかしエリオットを前にしたルドルフには不思議とそこに書かれていた内容があながち的外れでもないように感じられたのだ。
「音楽を嗜む者は導力魔法に対して高い理解度を示す傾向にあると、なんでも演奏に必要な感性が戦術オーブメントと繋がっている感覚に似ているのだそうです」
「音……楽、が?」
「ええ、自由行動日、ヴァイオリンでしょうか、寮で演奏していらしたのはエリオットですよね?」
あの日の、耳にした音色を思い出しながらルドルフが尋ねると推測は間違っていなかったらしくエリオットがこくりと頷きを見せた。
「僕自身はあまり音楽に詳しいわけではないのですが、あの演奏はとても心地良いものに感じました。良ければ今度、お聞かせ願いたいです」
絞り出したルドルフの言葉にしばらくの間エリオットは虚を突かれたように目をしばたかせていたが、やがてその手をゆっくりと差し出されたクオーツへ伸ばし、受け取った。
「うん……ありがとう、ルドルフ。……やってみるよ」
手に取ったクオーツをARCUSにセットし、エリオットが立ち上がる。
緊張しているのは一目瞭然で表情は硬く肩も小刻みに震えていたが、先程までのような悲壮感までは感じない。
リィン達が懸命に足止めし続けている大狒々を見据えたその背に、何とか励ますことができたのかとルドルフは胸を撫で下ろす。
可能性は十分にあると考えてはいる、けれども彼が本当に上位アーツを発動させることができるとは限らない。
もしもの時の備えにと左手の導力盾に仕込まれたキャパシターへ伸ばそうとしたルドルフの手が、アリサによって掴まれる。
「アリサ?」
「駄目よ。任せたんでしょう、エリオットに」
「それは……そうですが、しかし」
アリサの手に込められた力が増し、ルドルフは掴まれた右腕が
その腕を握り締め離さないままアリサは決意の滲む強い眼差しでルドルフを見つめていた。
「信じなさい、エリオットを。……それでもどうにもならなかったときは、止めないであげる。でも、これ以上の無茶は――許さないわ」
仕えるべき少女の怒っているようにも、泣き出しそうなようにも見える、複雑な感情が入り混じった榛の瞳にルドルフは何も言えなくなってしまった。
ARCUSを手にしたエリオットは自身の心臓が早鐘を打つように高鳴ってるのを感じながらもその原因が緊張だけでなく、ある種の昂揚感であることに気づいていた。
特別オリエンテーリングという波乱の幕開けから特科クラスⅦ組という枠組みでの生活が始まり、今でこそ馴染んでしまったが、入学数ケ月前までのエリオットは自分がそんな進路へ選ぶなど思っても居なかった。
学院のクラブ活動でもでも吹奏楽部に所属する彼は幼い頃から姉と共に親しんだ音楽という分野に傾倒しており、当然将来もそれに因んだ道を歩むのだと信じて疑わず、通うことになる教育機関にも帝都の音楽院を志望していた。
しかし、それを打ち明けられた父は姉も驚くほどの猛反対を示し、軍学校への入学を薦めてきた。
姉は最後まで父を説得しようとしてくれていたが、今まで見たことも無いほど険しい顔つきでそれを拒む父の姿に反発してまで音楽に入れ込もうという気になれず、エリオットはトールズ士官学院へと進路を変更する。
音楽の道を諦めることにもさほど抵抗は無い、そう思い込んでいた。
けれど、彼は今になって自覚してしまったのだ。
――ルドルフが本心から笑っていないのには気づいてた。
嫌な顔一つせず寮の掃除や料理の支度を引き受けてくれている彼の歪な内面、浮かべる表情にまともな感情が込もっていないことを既にエリオットは知っていた。
決して人に自分の都合を押し付けたりせず、無理な事を頼んだりはしない彼ではあったがそれは優しさからくるものではなく、ただやらせるべきではない、出来ないと判断しているだけなのだ。
それは誰に対しても期待を、信頼を向けていないことでもあり、彼の事が怖くなる時すらあった。
そんな彼にまで励まされてしまうほど、先程までのエリオットは追い詰められた顔をしていたらしい。
そしてもう一つ、エリオットには気づいていることがある。
――彼に心から嘘は吐く気は無い。
表情を取り繕っているルドルフだがおそらく聞けば答えてくれるだろう、本当は喜びなど感じていないことを。
エリオットが失敗しても構わないというのも真実だろう、まだ手があるとも言っていたことも。
――演奏を褒めてくれたこと、心地良いと言ってくれたことも。
偽りなく、彼が思っていることなのだろう。
それが分かったエリオットにはこんな状況だと言うのにどんな気休めよりも、ただ演奏を褒められたことが嬉しかったのだ。
気づかされる、執着は無いと思っていた、思い込もうとしていた音楽を、自分が捨てきれないのだという事実を。
『赤毛のクレイグ』という二つ名を持ち、帝国正規軍の第四機甲師団を預かる中将の身である父は帝国男子として音楽などで生計を立てることを認められないと口にしていた。
Ⅶ組の皆と送る学院生活にエリオットは多くの出会いの予感を感じ取っている。
今でさえ個性豊かなクラスメイト達との生活に驚きの連続なのだ、学院生活を終えるまでの間、様々なものに触れ、出会い、感じることだろう。
そうした経験の後にまだ自分がこの音楽に対する思いを抱き続けていたとするならその時こそは。
――父さんの顔を真っ直ぐ見て、言える気がする。
どうあっても、僕はこの道に進みたいんだって。
生まれた新たな思いを、実現させるための決意へと変えエリオットはARCUSへと指を触れさせる。
――その為にも、皆で無事に帰らないといけないよね。
いつの間にか肩の震えは止まっていた。
戦術オーブメントとしての機能が起動したARCUSへ繋がる感覚へ意識を研ぎ澄ませながら、エリオットは指を滑らせる。
基点となる蒼耀石のマスタークオーツからスロットを渡っていく指の動きに合わせ、導力のラインが繋がっていく。
嵌め込まれたクオーツが励起し光を放ち始め、封じられている属性力の蓋が開かれる。
ARCUSと深く意識を同調させ、エリオットは秘められたいくつもの波長から目標とするパターン、持ち得る属性力を最大限に生かせる術式を掴み取り、クオーツから放たれる力の波をそこへ落とし込んでいく。
弦へと乗せた弓を引くようなイメージが頭に浮かび、今までARCUSを駆動させるときには得られなかった手応えに、我知らずエリオットは微笑みを浮かべていた。
確かにこれは楽器をただ弾き鳴らすのではなく、奏でることが出来た時の感覚に似ていると。
ARCUSが駆動し、エリオットの周囲を紋様の浮く術式陣が取り巻く。
上位アーツともなれば駆動完了までにはそれなりの時を要する、だが彼らならきっと持ちこたえてくれるとエリオットは信じ、目標とする大狒々へと意識を収束させていった。
アリサ達による後方支援が無くなり過酷を極めていたリィン達の戦いにも限界が近づいていた。
注意を引き続けるために攻めの手を休めるわけにはいかないというのに、巨獣の腕の一振りでも受けてしまえば重傷を免れない彼らには一瞬たりとも気を抜く暇など無い。
神経を張り詰め通していた二人だったがついにはそれが綻ぶ瞬間が訪れる。
「――ぐっ!」
左手のリィンを狙っているかと思われた殴り下ろしは大きく弧を描いて軌道を変え、逆位置から斬りかかろうとしていたラウラへと襲いかかった。
咄嗟に剣を返し、その拳を峰で受け流して凌いだラウラの表情が苦悶に歪む。
「ラウラ!」
「……大事ない、気にするな!」
そんな応えを返したラウラだったが、それが強がりであることをリィンは察してしまう。
大型魔獣の重い一撃を完全に逸らし切れるはずもなく、受ける際に両手剣の峰へ添えた左手を挫いてしまっていたのだ。
構え直した剣を握る形にはしているものの、あれではまともに振るうことすら難しいだろう。
この状況では深刻に過ぎる痛手、彼女は大狒々との遭遇からこちら誰よりも前に出て果敢に剣を振るい続けていただけに時間の問題であったのかもしれない。
何故そんな明らかに気負いすぎている真似をしたのか、理由はおそらく自分にあるのだろうとリィンは悔やんでしまう。
朝、風見亭で交わしたやり取り、口にしてしまった己の限界。
さぞかし頼りない印象を与えてしまったのではないかと思う、それが自分がなんとかしなければならないと彼女に普段以上の無茶を強いてしまったのではないかとも。
あの時、気落ちした様子を見せてしまっていた彼女にもっと言葉を選ぶことはできなかったのかと後悔するも遅い、このままでは自分はもちろん彼女もすぐに持たなくなる。
「もう、あれしか――っ!?」
戦術リンク、ルドルフが狒々の一撃を受けてから彼と繋がっていたその感覚が切れてしまっていたことに今更気づきながらリィンはそれが報せるものをすぐに見て取る。
ARCUSを片手に構えたエリオットは瞑目するようなかつてないほど集中しきった様子で術式陣を周囲に浮かべアーツを駆動させている。
リンクから伝わるその場からの離脱を求める意思の力強さにリィンはそれまでの思考を忘れ飛び退いた。
同じく戦術リンクにより意思を伝えられたラウラも微かな躊躇いを表情に浮かべながらも地を蹴って距離を取ると、大狒々はそれまでの焦りが嘘のように呆気なく退いて見せた二人を一瞬怪訝に思ったようだが、すぐに体をエリオット達の方へと向けなおす。
――それと同時に、エリオットのアーツは完成していた。
「い――け!」
額に汗を滲ませるエリオットを取り巻いていた術式陣の光に狒々の動揺するような気配が伝わる中、そのアーツが解放された瞬間、一陣の風が吹いた。
狒々の背後で風に吹かれた木の葉がそよぎ、森にさざめきを起こす。
だがそれきりエリオット自身にすら何が起こるでもなく、警戒を解いた狒々が歩みを進めようとした時、変化は起こった。
「――っ!!」
空気の軋むような音が木霊し体毛に覆われていた狒々の体躯のみにとどまらず苔むした大地、その後ろの木々までもが白く色を変え――凍り付いていく。
変化に大狒々が驚愕し身を振り回すもその侵食は止まることが無く、風に吹かれた空間は瞬く間に霜へ覆われ、芯まで凍り付かされていく。
エリオットが行使した上位アーツ、クリスタルフラッドにより零下を越えた極低温域にまで落とし込まれた大気は大狒々の全身を余すことなく極寒の檻へと包み込んでいた。
術の影響下から逃れる間もなく、全てを凍てつかせる氷牢は大狒々の全身、筋の動きすら奪い氷漬けにしてしまう。
あれだけの暴威を振るった猛獣のなすすべも無い姿に、リィンは目を見開いた。
「エリオット……」
よほど緊張していたのか、それほどのアーツを放ったエリオットをついリィンは見つめてしまう。
彼がどうしてこれまで満足に使ったことも無い上位アーツをこの土壇場で成功させることができたのかと。
――違う。
肩で息をするエリオットのその姿にリィンは悟る。
出来たから、やったわけではない、目の前の結果はそんな打算とはかけ離れたものによる成果であることに。
彼はただ、全力を尽くしたのだ。
未熟であろうと、半端であろうと、その事実を前に自分の力量など問題ではない。
同時に気づく、彼女に対して自分が間違えたのが言葉選びなどではなかったことに。
新しい道を求めて士官学院、Ⅶ組へと参加したというのに、これが自分の限界だなど、自らでその道を狭めておいて何を甘えたことを言っていたのか。
胸の内から湧き出てくる後悔――その全てを振り払ってリィンは太刀を構えた。
今すべきはそんなことではないと、教えてくれた仲間の為に。
一時は完全に動きを止めたかのように見えた大狒々だったが、ゆっくりとその脚は前へと踏み出しかけていた。
並の魔獣なら冷気だけで凍死させてしまうようなアーツをその身に受けながらこの大型魔獣はまだ息を保っていたのだ。
そして今も固まり切った体を必死に震わせ動かすに足る熱を溜めようとしている。
それを許すわけにはいかない――そしてそれが出来るのは今この場で自分だけだとリィンは分かっていた。
深く呼吸を一つ、リィンの傍にまで届き始めた冷気により冷やされた空気が白く煙る。
呼吸と共に冷気を僅かに吸い入れてしまったがそれはすぐに、内から溢れた熱氣に染め上げられる。
「……リィン?」
変化に気づいたラウラがはっとしながら見た先には、全身に練り上げた気を滾らせるリィンの姿があった。
切っ先を垂直に下へ向けた太刀へと迸った気は次の瞬間、赤々と燃え盛る炎へと変じる。
先の手配魔獣戦の折ラウラが高めた気によって光の剣を生み出したように、リィンは炎の刃を太刀へと纏わせていた。
「おおおおっ!」
裂帛の気勢と共にリィンが駆ける。
閃いた太刀から刀身を越えて伸びた炎刃は大狒々の右腋を深々と切り裂き、返された一刀が左の腋までも灼き切る。
そして最後、燃え盛る掲げられた焔の太刀が猛るように焔を迸らせながら振り下ろされた。
空間を満たしていた冷気を塗り替え広がる熱波。
顔を腕でかばいそれをやり過ごしたリィンを除くその場の全ての人間が見たものは。
「――――」
首元に深々と刻まれた赤黒い傷、最後の一刀により完全に息の音を断たれた巨獣が一瞬の静止の後、地響きを起こしながら崩れ落ちる光景だった。