ラインフォルトの見習い使用人   作:まぎょっぺ

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見えてくる真相

 片付け作業が完了し大市が無事に再開したことを見届けたA班は早速行動を開始していた。

 オットー元締めはこの町の問題にⅦ組の生徒達を巻き込んでしまうことにはじめは難色を示していたが、アリサらの説得もあって最終的には調査活動を認めてくれている。

 初回の特別実習ということに加え今夜にはトリスタへ戻る予定であることを考慮してか、この日の課題として用意されていた依頼も遺失物の捜索など僅かなもので、ルドルフ達は依頼を遂行しながら事件の事について町の人々に聞き込んで回っていた。

 特に事件の当事者である二人の商人に直接話を聞いたことで得られた情報は大きく、帝都で流行りの品だという装飾品を扱っていたハインツ氏、地元の農産物や畜産物を加工した食品を扱っていたマルコ氏。

 二人共に事件があったと思われる夜中のアリバイが裏付けられたことで第三者の犯行であることは確実、しかしその第三者をどう探り当てればいいのか話し合った結果――

 

「我々も忙しいのでね、用件はなるべく手短に済ませたまえ」

 

 領邦軍詰所、その正面でA班の面々は隊長を務める男と向かい合っていた。

 そもそも元締めの話によるなら彼らは大市の問題に干渉せず、この頃は喧嘩の仲裁にやってくることなど無かったという。

 それなのに今朝はどうしてすぐに駆けつけろくに調査を行わないにしても強引な手法で場を収めたのか、不自然さを感じ取ったリィンが指摘し、何らかの手掛かりが得られないかと考えたのだった。

 領邦軍が話を聞きたいというルドルフらの求めに応じるだろうかという懸念はあったものの、士官学院の生徒として先達の現場を勉強する機会を貰いたいというラウラの口上にほだされる形でなんとかこうして隊長と顔を合わせることが出来ている。

 士官学院の卒業生は正規軍、領邦軍問わず在籍している、先達としての自尊心もあり後輩としての立場からの申し出を無碍には出来なかったというところだろうか。

 こうして時間を取れている彼らが口にするほど多忙であるのか実際の所は定かではないが。

 

「では単刀直入にお聞きします。今朝の大市での事件について、領邦軍はあれ以上の調査を行わないおつもりですか?」

 

「何を言い出すかと思えば。良いかね? 君達学生の目から見れば不自然に映ったかもしれないが我々には我々の立場というものがある、事はそう単純な話ではないのだ」

 

 皆を代表したリィンの問いかけに隊長は分かり切ったことだと言わんばかりの態度で言葉を続ける。

 

「我々が仕えているのはこの地を治める領主、アルバレア公爵家だ。我々領邦軍が各地を維持するにあたって最も重要なものはその意向ということになる。

 領邦軍に所属する以上貴族の命令は絶対、我々はその規則を遵守し守るべきものを判断しているだけなのだよ」

 

 治安維持を差し置いてまで優先すべき公爵家の意向、それが何であるのかを隊長が口にすることはなかったが、察することは容易だった。

 

「つまり……この町からの増税取りやめの陳情が取り下げられない限り、大市の治安は守るべき対象ではないということですか?」

 

「フン……軍人であるならば与えられた職務を忠実に果たすことが当然なのだ。誰に何を吹き込まれたのか知らないが、好きに解釈したまえ」

 

 全く悪びれる素振りも見せない隊長に苦い思いを抱きながら、あくまで事件を捜査する気は無いらしい彼らにそれ以上の追及が意味を成さないことをリィン達は悟る。

 

「用件はそれだけかね? ならばそろそろお引き取り願わせてもらうが――」

 

「あのっ! 僕からも一ついいですか?」

 

 話を打ち切ろうとした隊長に声を上げたエリオットに他のメンバーも意外そうに目を向ける。

 線が細く柔らかい彼の印象によるものか、隊長は気分を害した様子も無く余裕を見せつけるように促す。

 

「いいだろう、何かね?」

 

「盗まれた商品の行方だけでも領邦軍の方で調査することはできないんですか? 被害者のマルコさんが扱っていた装飾品なんかは帝都で流行りの品だそうですし、足が付きやすいんじゃないかと思うんですけど」

 

 そのエリオットの言葉にはむしろルドルフ達の方こそが違和感を覚えてしまう。

 それを皆が表情に浮かべるよりも早く、隊長は訝し気に眉根を寄せつつ答えてしまった。

 

「何を言っている? 装飾品を扱っていたのはハインツとかいう帝都の商人だろう、マルコというのは地元の出身者であったはず……だ、が」

 

 そこまで口にして失言を悟ったのか言葉尻を濁す隊長だったが既に遅い。

 これまで標榜してきた立場からするなら明らかに知り得ていないはずの情報を彼は口走ってしまっていた。

 

「そ、そうでしたか? 僕達もさっき聞いて回ってから初めて知ったことだったので。領邦軍の方がそこまで調査されていたなんて」

 

「――我々にも独自の情報網があるということだ。あの件については既に終わった話、商品の行方などこちらの与り知る所ではない……話はこれで終わりだな? これで失礼させてもらう」

 

 明らかに狼狽した姿を見せながら強引に話を打ち切った隊長は詰所へと戻って行ってしまう。

 しかしそんなことで自ら明かしてしまった事実は隠せるわけではない。

 

「エリオット、今のは……?」

 

「うん……おそらくこの事件には領邦軍が関わってる。それも少し前から計画されていたんだよ」

 

 それは詰所の前で話すような内容でもなく、その場から離れながらA班の面々はエリオットによる最後の問いで明らかになった事実と共に情報を整理していく。

 そもそもがおかしい状況だったのだ、不干渉を決めているとはいえ任されている領内で不審な事件が起こっているというのに領邦軍の態度には余裕があり過ぎる。

 仮にも治安維持を任されているような組織が目の前で事件が起こり犯人が野放しになっているような状況で落ち着いていられるだろうか、そこに気づいたエリオットは領邦軍の内情を探り当てたのだった。

 今朝がた発覚した事件について領邦軍が密かに調査を進めるような時間があったわけも無く、商品の方は全て持ち去られてしまっている。

 ならば事前にどちらの商人がどのような商品を扱っていたのか知り得ていなければあのような発言は出来ない。

 商売の許可証を発行している公爵家を主とする領邦軍ならばその情報を予め入手しておくことはできるが、今度は一商人の情報をわざわざ事前に控えていたという点に疑念が湧く。

 それも出店場所が重なってしまうという不手際があった二人である、彼らに対して明確な意図があったことは明らかだろう。

 

「こうなると、出店場所が重なったのもただの不手際ではないのかもしれぬな」

 

「二人をいがみあわせて、ほとぼりが冷めない内に事件を起こす」

 

「そこに介入しながらもまともに取り合わないことで大市の人々の危機感を煽り陳情の取り下げを促す、といったところでしょうか」

 

 あくまで推測ではあるがこれまで明らかになった情報と領邦軍の態度を鑑みればこれが真実であったとしてもおかしくはなかった。

 

「よくよく考えれば……領邦軍の詰所がある町で夜中とはいえこんな事件を起こせる輩がそうそう居るわけもないのよね」

 

 あのような姿勢を見せている領邦軍といえど町周辺の警邏活動は行っているらしい。

 そんな町で犯行に及ぼうとするのは余程の無謀か、絶対に捕まらないという確信を持つものぐらいではないかとアリサも理解する。

 

「ふふ、そなたのお陰で事件の全貌が大分見えて来たようだなエリオット」

 

「あはは……たまたま上手くいっただけだよ、あそこまで口を滑らせてくれるなんて思ってなかったし」

 

「そんなことない、間違いなくお手柄だよ。さて、こうなってくると犯人には領邦軍が関わっている可能性が濃厚だな」

 

 あえて事件を起こすというのならば不測の事態に至らせない為にも彼らは事件を制御できる立場に居ようとするはずである。

 ならば実行犯は領邦軍そのものでなくとも何らかの形で彼ら、あるいは公爵家の意を受けた者達であるだろう。

 

「軍内部の者が実行犯とは考えにくいだろう。領邦軍はプライドも高い、自ら手を汚しあのような事件に関わるとは思えぬ」

 

「そうね、それに屋台から盗み出した商品は相当な量があるはずだし、町のどこかに隠しておいたら目立つはずよ。もう町の外まで運び出されてると考えていいんじゃないかしら」

 

「犯人は町の外の人間であるかもしれないことを考慮に入れたほうがいいかもしれませんね、捜索範囲が広がってしまうことになりますが」

 

「出来れば目撃情報でも欲しいところだけど、犯行があったのは夜中だし、難しいところだろうな……?」

 

 不意にリィンが歩みを止め道の脇へと目を向ける。

 

「どうしたのリィン……あっ」

 

 リィンが視線を向けた先にあったものにはアリサらもすぐに気付く。

 舗装された大通りの脇に座り込み、木の柵にもたれかかっている男性の姿がそこにはあった。

 

「あの、大丈夫ですか? 気分でも――うっ」

 

「あぁ?」

 

 急に体調でも崩したのかと声を掛けたリィンに向けられる赤ら顔、そして片手に持った酒瓶が男の状態を如実に物語っていた。

 

「酔っ払い!? こんな昼間から……」

 

 瞳の焦点はすぐ目の前のリィンとすら合っておらず虚ろで、泥酔状態であるらしい男にアリサも引いた様子を見せてしまう。

 

「……大分酔ってらっしゃるようですが、良かったら家までお送りしましょうか?」

 

 そんなアリサを庇うように前に出ながらルドルフが男へ持ち掛ける。

 傍目にも男は歩くことすらままならないように感じられた。

 

「ほっといてくれよ……おじさんはいきなり仕事をクビになっちゃうようなダメなやつなんだからさ……」

 

 不貞腐れた様子でくだを巻いている男を言葉通りにするのも気が引けてしまい、どうしたらよいものか皆で困った顔を突き合わせてしまったが、そこでふとルドルフはあることを思い出した。

 

「もしかしてこちらの方――昨日マゴットさんの話でお聞きした自然公園の元管理人の方なのでは?」

 

「あっ」

 

 他の四名もその話、突然解雇されてしまったという男性の話を思い出し小さく声を漏らす。

 まさか本当に、それもこんな町の通りで呑み潰れているなどとは予想もしていなかったが、そんなやり取りを耳ざとく聞きつけた男が声を上げた。

 

「なんだぁ? 坊ちゃんたち俺の事を知ってるのか?」

 

「ええ……ルナリア自然公園の管理人だったジョンソンさんというのは、あなたのことで間違いないでしょうか?」

 

 その問いに男はコロリと表情を陽気なものに変え、機嫌良さそうにすら見える笑顔で答えた。

 

「そうさ! びっくりだなこいつは、もしかして坊ちゃん達とどっかで会ってたかな?」

 

 一転して上機嫌になった男はいかに自分が生き甲斐としていた自然公園の管理に心を砕いていたか、聞かれてもいない話を語り始める。

 とりとめなく続く過去語りに相槌を打ちながら皆がどう言ってこの場を離れようか考え始めたところでまたも男性、ジョンソンは機嫌を変え座った目つきで拗ねたような声を漏らす。

 

「まったくよ……あんなチャラチャラした若造連中よりおじさんの方がよっぽどまともな仕事するってのにな」

 

「チャラチャラした連中?」

 

「ああ、俺の代わりに管理人になったていう連中さ。おじさんは昨日の夜中からここで呑んでたんだけどさぁ、あの連中夜中だっていうのにヘラヘラしながらでかい木箱なんかをいくつも西口の方に運び出してやがったのさ。

 まったく公園の管理はちゃんとやってるのかって心配になってくるってもんさ」

 

 その言葉が正しければ、現管理人達の行動はルドルフ達にとってあまりにも意味深過ぎるものだった。

 昨日の夜、そして運び出された荷物、結び付けられる事案は一つしかない。

 

「……確か、自然公園の管理人は最近理由も無く急に変えられたって話だったよね」

 

「役人、公爵家の手回しと考えるのが自然でしょうね、結構な広さがあるみたいだったし、あそこなら隠し場所にももってこい――予想以上に真っ黒だったみたいね」

 

 封鎖されていた自然公園、そして最近になって雇われた管理人達、彼らが追い求める真犯人の条件がそこには全て揃っていた。

 頷き交わした五人は決定的な証言をもたらしてくれた元管理人のジョンソンに向き直り礼の言葉を口にする。

 

「ありがとうございます、ジョンソンさん。お蔭さまで真相に迫れるかもしれません」

 

「ああ? おじさんが役に立ったっていうのかい?」

 

「うむ、礼と言ってはなんだが御仁――そなたの居場所を取り戻してやれるやもしれぬ、今の内に酒を抜いて置くがいい」

 

 ラウラに予想もしなかったであろう言葉をかけられたジョンソンはぽかんと気の抜けた表情になってしまい、駆けだしたルドルフらの背を呆けたまま見送るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「昨日の男達は……いないようだな」

 

 西街道を抜けルナリア自然公園の前までやってきた五人は昨日立っていた二人の姿が無い事を確認できたことで入口まで近づく。

 自然公園の外周は高い塀に囲まれ、目の前の入口も大きな鉄格子の門によって閉じられている。

 門は南京錠によって施錠されていたが鍵穴は公園内側を向いており、内側から掛けられたことが見て取れた。

 

「見て、これ……」

 

 足元に転がっていたあるものに気づき、アリサが拾い上げたものに皆注目する。

 ブレスレットらしいアクセサリー、こんな場所に落ちているものとしては明らかに不自然なものだ。

 

「もしかしてこれ帝都の商人さんが扱ってるっていう品の一つなんじゃ……」

 

「決めつけるべきではない、などと言っていられる状況でもなさそうだな」

 

 盗み出した商品を運び入れる際に落としてしまったのか、経緯はともかく最早大市の盗難事件の犯人が自然公園内に居ることは明白に思われた。

 門に歩み寄ったラウラは南京錠の太い棒状の掛け金に触れ感触を確かめると一歩退き、左腕の剣帯から両手剣を引き抜く。

 

「こ、壊しちゃうの?」

 

「うむ、相手が出てくるのを待っていられる時間もないだろう。手荒ではあるが、致し方あるまい」

 

 既に引き下がるつもりは無いらしくラウラが錠前を破壊するべく剣を構えたそこで。

 

「あ……」

 

 何事かを言いかけたリィンの姿をラウラは見逃していなかった。

 

「どうしたリィン?」

 

「……いや、確かにここはラウラの言う通りだ……任せるよ」

 

「――そうか、多少音は響くかもしれないが、中はそれなりに深いようだ。気づかれる可能性は低いだろう……ゆくぞ」

 

 振り下ろされたラウラの剣は過たず錠前を叩き斬り、弾けるような金属の音を鳴らして分割された南京錠が地に落ちる。

 余波で格子門の一部がひしゃげてしまっていたが、奥から人が駆けつけてくるような気配も無い。

 こうしてこの先に潜んでいるだろう実行犯達の身柄を確保するべく、A班メンバーはそれぞれ武装を確認し自然公園の中へと足を踏み入れるのだった。


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