ラインフォルトの見習い使用人   作:まぎょっぺ

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A班始動

 うっすらと瞼を開けたエリオットがカーテンの隙間から差し込む朝日の眩しさに目を細めながら身を起こすと、既に起床していたルドルフとアリサがテーブルで自分達の武装に仕込まれている導力器を調整している姿に気づく。

 

「……おはようルドルフ、アリサ、二人とも早起きだね」

 

「おはようございますエリオット」

 

「もしかして起こしちゃったかしら」

 

 導力器を整備する音で起こしてしまったかとアリサが申し訳なさそうな顔をするが、エリオットはにこやかに首を振る。

 

「ううん、全然気にならないぐらいだと思うよ。普段もこのぐらいの時間に起きてるから気にしないで」

 

 そう言ってエリオットはうん、と伸びをしてからベッドから降りる。

 丁度整備を終える頃だったらしくルドルフもアリサも工具を片付けると装備をケースへとしまい戻す。

 

「あれ? リィンとラウラはどうしたのかな?」

 

「二人とも素振りに行かれたようです、ラウラさんは今しがたお出になったところですが」

 

 早朝から二人と顔を合わせているルドルフの答えにエリオットは口を丸くして納得したような声を漏らしていた。

 

「そっか、実習先でも鍛錬を欠かさないなんて、やっぱりあの二人はなんていうか……すごいね」

 

「まあ、目立ってるのはラウラだけどリィンも相当なものよね」

 

 Ⅶ組にはユーシスやガイウスのように確かな実力を持ったメンバーは他にも居るが、帝国では珍しい得物を扱っていることも相まってリィンの剣術の冴えぶりは皆が知っている。

 あくまでこの場の三人のように武術の薫陶を受けていない者の視点からすればの話であるのかもしれないが、彼の腕前が非凡なものであることには違いなかった。

 

「朝食までは少し時間もありますし、食堂から飲み物でも頂いてきましょうか。コーヒー、いえ水かミルクがいいでしょうか。二人ともいかがなさいますか?」

 

「ん……そうね、ここはミルクも新鮮みたいだしそっちでお願いしようかしら」

 

「僕もミルクがいいかな……ここでもルドルフにこんなことお願いするのはちょっと申し訳ないんだけど」

 

「お気になさらないで下さい、好きでやらせて頂いていることですから」

 

 椅子から立つといつもの笑みを浮かべルドルフは部屋を出る。

 客室のある二階の廊下から見渡せる吹き抜けになった一回の喫食スペースには早朝なこともあり人気が無かったせいか――その話し声はルドルフの耳にまでよく届いた。

 

「リィン、そなた……何故本気を出さない?」

 

 ――この声は、ラウラさん?

 

 聞き間違えようもないその声が含んでいた緊張感にルドルフはつい足を止めてしまう。

 素振りから戻って来たリィンと鉢合わせたのだろう、階下から聞こえた話し声に廊下の手すりから顔を覗かせると、階段傍で向き合った二人の姿が見える。

 

「本気って、どういうことだ?」

 

「あまり人の事情を詮索するような真似は好まぬ故、尋ねるか悩んでいたのだが……そなたの剣、八葉一刀流に間違いないな?」

 

 以前にリィンからも聞いた流派の名がラウラの口から語られ、微かに驚いているような気配がリィンの背からは伝わって来た。

 

「《剣仙》ユン・カーファイが興した東方剣術の集大成とも言うべき流派。皆伝に至った者は(ことわり)に通ずる達人として《剣聖》と呼ばれるという」

 

 リィンは大したことのように語らなかったが、ラウラの話しぶりからするとその流派は特別視されるだけの理由がある謂れを持つらしい。

 彼女がリィンのことを気にかけていたのはどうやらその事に端を発しているようだ。

 

「……父に言われていたのだ、そなたが剣の道を志すならばいずれ八葉の者と出会うだろう、と」

 

「《光の剣匠》が? はは……それは光栄というか、恐れ多いというか」

 

 帝国最強と呼ばれる父からそんな言葉を授かっていたこともあり、彼女はリィンが本来の実力を隠しているのではないかと勘繰っていたのだろう。

 苦笑を浮かべるリィンだったが真っ直ぐに見つめてくるラウラの強い眼差し、そこに込められた訴えを感じ取り顔つきを神妙なものにする。

 

「俺は……ただの初伝どまりさ、確かに一時期ユン老師に師事したことはあるけど――剣の道に限界を感じてその老師からも修行を打ち切られた身だ」

 

「……え?」

 

 そんな答えが返ってくるとは予想もしていなかったのか、ラウラは目を丸くして絶句していた。

 

「だから手を抜いているってわけじゃないんだ。八葉の名を汚しているのは重々承知しているけど……これが俺の限界だ、誤解させてしまったならすまない」

 

 申し訳なさそうにリィンが謝りの言葉を口にすると、ラウラは目を伏せると暫くの間瞑目するように瞳を閉じる。

 いかなる思案を巡らせたのか、やがて顔を上げたラウラの瞳には責めるような色は浮かんでいないものの、それまでと比べどこか精彩に欠けていた。

 

「いや、私に謝る必要は無い。それはそなた自身の――」

 

「大変だ! 女将さん!」

 

 その時、風見亭の入り口扉が大きな音と共に開かれ息を切らせた町の男性が駆け込んできた。

 只事ではないその様子にリィン達の意識が逸れ、大声で呼ばれた朝の仕込みにかかっていた女将マゴットが店の奥から姿を見せる。

 

「どうしたんだいこんな朝から」

 

「大市で事件だ、昨日一悶着あった二人の屋台が滅茶苦茶に壊されちまってたらしい、おかげで今広場はひどい騒ぎになってるよ、あれじゃあ今日は大市が開けるかどうかも分からんね」

 

 男性の口から語られた内容はマゴット婦人だけでなく、居合わせたリィン、ラウラ、ルドルフでさえも無視できない、Ⅶ組A班二日目となる特別実習に波乱の予感をもたらすものだった。

 

 

 

 

 

 

 

「よくも私の屋台を滅茶苦茶にしてくれたなこの田舎商人め!」

 

「何を言ってやがる帝都の成金が! そっちこそ場所を独り占めにしようとしたんだろうが!」

 

 大市に響き渡る男達の怒鳴り声、間に入ったオットー元締めの仲裁空しく、二人の商人は怒りは鎮まるどころか怒声の応酬につれ高まっていく一方。

 駆けつけたルドルフ達が一目見て分かるほどに惨状は明らかだった。

 昨日の出店場所を巡る騒動は二人の商人が週毎に店の位置を交代するということで落ち着いたものの、代わりとなる空いていた場所は大市でも奥まった位置にあり、本来の大市へ入ってすぐ正面という好条件の出店位置からすれば不満を抱かざるを得ない場所だった。

 それでも元締めの説得により二人は条件を承諾したのだったが、今目の前にある帝都出身の商人の屋台は見るも無残に破壊され、用意されていた商品に至っては影も形も残っていない。

 一夜の内に屋台を破壊された上商品までもが盗まれてしまっていたのだという、それも二人の口ぶりから分かるように被害は一方だけでなく、二人の商人の屋台で同時に発生していた。

 仕入れた商品までもが盗まれたとあっては商人らの被害は計り知れず、怒りの程は昨日の比ではないことを理解しながらも、言い争いが暴力沙汰に発展してしまうのただ見過ごすわけにもいかず仲裁に入ろうとしたルドルフ達だったが。

 

「そこまでだ」

 

 語気鋭いその声と共に現れた青い制服に身を包む一団に集まった野次馬達が慌てて道を開ける。

 

「え? あれって……」

 

「領邦軍、だな」

 

 整然と並び歩みを進めてくる集団、領邦軍の威圧感には言い争っていた商人達も流石に萎縮し動きを止めていた。

 集団の戦闘に立つ、隊長格であることを示す長衣を羽織った壮年の男は商人達をじろりと見回すと間に入っていたオットー元締めに視線を移す。

 

「老人、あなたはこの大市の元締めであったはずだな。この騒ぎはどういうことか、説明願おうか」

 

「う、うむ……それがですな……」

 

 戸惑う様子を見せながらもオットー元締めは領邦軍隊長へ騒動の詳細を昨日あった出来事も含めて説明していく。

 その光景を見ていたルドルフ達は争いが一応収まったことに安堵しながらも、違和感を感じ取ったのは皆同じであるらしく顔を見合わせていた。

 

「この町の領邦軍って、大市の問題に不干渉を貫いてるって話だったわよね?」

 

「それなのに今朝に限ってどうしたんだろ?」

 

 アリサとエリオットが皆の認識を確認していると、聴取を終えた領邦軍の隊長は納得が行ったとばかりに頷いて見せ背後の部下達へ向けて指示を告げる。

 

「なるほどな、ならば話は簡単だ。二人とも引っ立てろ」

 

「ハッ!」

 

 商人達を捕えるよう命じた隊長とその命令に応える兵士達の淀みない様に呆気にとられた商人達が一歩遅れて事態を呑み込み驚愕する。

 

「ど、どういうことですかそれは!?」

 

「どういうこともなかろう、いがみあう二人が同時に同じ事件を起こした――そう考えれば辻褄は合う」

 

 つまりは商人達が互いに屋台を壊し、商品を盗み合ったのだろうという。

 動機こそ有り得たとしても彼らが同時にそんな事件を起こし、しかも互いに今朝まで気づかなかったなどあまりにも破綻した論理と言えるが、隊長は冷徹な面持ちを微塵も揺らがさずそう断定してしまった。

 

「お、お待ち下さい。調査もしない内からそれはあまりにも決めつけが過ぎるのでは!?」

 

「往来で連日喧嘩を始めようとするような者達だ、その程度しでかしてもおかしくは無かろう。いずれにしても領邦軍にはこのような些事に手間を割く余裕など無い。

 ――このまま騒ぎを続けるのならばそのように処理させてもらうまでだ」

 

 言いすがるオットー元締めに領邦軍隊長がそう告げたことで言外に言わんとしていることに元締め達だけでなくルドルフ達もまた気付きハッとさせられる。

 『騒ぎを続けるのならば』、要するところ逮捕されたくなければ事件を無かったことにしろと隊長は言っているのだ。

 商人二人はその表情にはっきりと苦渋を浮かべていたが、やがて全てを諦めたようにがっくりとうなだれてしまう。

 それを承諾と取った隊長は尊大な態度を隠そうともせず鼻を鳴らした。

 

「フン、それでいい。我々も余計な仕事を増やしたくはない。それではこれで失礼させてもらう、今後はあまりトラブルを起こさないよう気をつけたまえ」

 

 話は終わったとばかりに隊長は踵を返すとやってきた時同様乱れなく行進する兵達を引き連れ大市から去っていってしまった。

 何の解決にもなっていない領邦軍の対応に気落ちした様子を見せていたオットー元締めだが、いち早く気を入れ替えると打ちひしがれた様子の商人達に呼びかける。

 

「色々と腑に落ちんじゃろうが、お前さん達も一度頭を冷やすべきじゃ、辛い気持ちは分かるが……殴り合ったところで店は戻らん。その前にやるべきことはいくらでもあろう」

 

 元締めの言葉に争う気力を失くしてしまったらしい商人二人は悄然としながらも同意する姿勢を見せ、それ以上事を構える意思は無いようだった。

 

「大市を開くためにまず壊れた屋台を片付けねばならん、すまぬが皆も手伝ってくれ」

 

 集まった町人や他の商人達へオットー元締めが呼び掛け、破壊された屋台の片付けが始まる。

 普段通り――とまではいかないものの大市には落ち着きが戻り始めていたが、ルドルフ達は目にした領邦軍の対応の杜撰さを嘆かずにはいられなかった。

 

「あれが領邦軍のやり方というわけか」

 

「いくらなんでも、こんなのあんまりだよ」

 

 非難を口にこそしてこそいないが、険しい顔つきで領邦軍の去った方を見つめていたラウラが彼らにどんな感情を抱いたのかは聞かずとも分かるだろう。

 エリオットの素直な感想は領邦軍以外の誰しも思うところだっただろうが、州を治める公爵家からこの町の犯罪を取り締まる権利を与えられている彼らに表立って反抗できる者も居なかった。

 

「いいのかしら、このまま見過ごしちゃって」

 

「アリサ?」

 

 ぽつりとアリサが漏らした言葉に、他のメンバーの目が集まる。

 一刻も早い大市再開の為片付け作業に追われる町の人々や気力を失くしている当事者の商人を見ながら、じっと考え込むようにしていた彼女だったがやがて皆に振り返ったその目には強い意思が込められていた。

 

「何か私達に出来ることはないかしら?」

 

「それは……私達でこの事件の真犯人を見つけようということか?」

 

「そこまでのことが出来るか、分からないわ……でも、こんな理不尽なことが目の前であってるのに、黙って見てるなんて出来ない」

 

 言い出したアリサ自身どうしたいのか、具体的に思い描けているわけではないらしい。

 

「で、でも、士官学院生といっても素人の僕らにそんなことが出来るのかな?」

 

 エリオットが口にしたように、軍人のタマゴと言える彼らではあったが今はまだ犯罪捜査の訓練を受けているわけでもない。

 そんな自分達に果たしてどれだけのことができるのか、懸念が湧くのは当然だったが。

 

「いや――アリサの言う通りかもしれない」

 

 リィンが発した言葉は彼女の意思を肯定するものだった。

 

「リィン?」

 

「サラ教官は言っていた。せいぜい悩んで自分達でどうすべきか考えてみろ、ってさ」

 

 皆がハッとしてサラがケルディックを離れる間際に残して行った言葉を思い出す。

 

「課題だけじゃなく、()()も特別実習の一環なのかもしれない」

 

「そう、か……うん、そうだよね」

 

「義を見てせざるは勇無きなり、との言葉もある。確かに我々がこの町の手助けをしない理由も無いな」

 

 元から彼らにはケルディックの町の人々の力になりたいという意識が根付いている。

 アリサ、そしてリィンの言葉を切っ掛けにその感情を抑える必要も無いのだと気づいたことでこの日のA班の行動方針は決まったも同然だった。

 

「リィン――ありがとう」

 

「礼を言われるようなことはしてないよ、切っ掛けをつくってくれたのはアリサだ」

 

「もう、あなたって人は……こんなことになっちゃったけどルディも構わないかしら?」

 

 無言を貫いていたルドルフにアリサが確認すると、彼女にとってほぼ予想されていた返事が恭しい頷きと共に返る。

 

「勿論、異論などございません。全力でアリサのお手伝いをさせて頂きます」

 

「お手伝い、じゃないでしょう。まったく……あなただって今は皆と同じ、仲間なのよ」

 

「……?」

 

 アリサの言わんとするところが上手く理解できなかったらしく、人前でなければ小首を傾げそうな顔になったルドルフにはリィンまでつい苦笑してしまう。

 

「さ、俺達も片付けを手伝おう、調査するにしてもまずはそこからだ。オットーさんに何の相談もせずに調べて回るわけにもいかないだろうしな」

 

 リィンによってその場を締めくくられA班のメンバーは気持ちを新たにしつつ、破壊された屋台の片付け作業に加わるのだった。


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