ラインフォルトの見習い使用人   作:まぎょっぺ

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焦りすぎかもしれませんが一話の場面転換がなかなか抑えれない……雑に見えたら申し訳ないです。


大市の騒動

 体内に七耀石を取り込み生態を変化、凶暴化した野生生物を総称し魔獣と呼び表し、元となった種族や七耀石を取り込んだ経緯などによりその種類は多岐に渡るが基本的にどの種も一部の例外を除き高い凶暴性を秘めている。

 その中においても多量の七耀石を摂取し異常変化を遂げたもの、あるいは元となった生物自体が強靭な種族であった場合そんな魔獣が人に対してどれだけの脅威となるかは言うまでも無く、生活圏で発見されたならば即座に手配魔獣として指定され駆除依頼が出されることになる。

 魔獣駆除は《遊撃士(ブレイサー)協会》と呼ばれる民間の団体が請け負うことが多かったのだが、二年前に起こったとある事件がもととなって政府が進めた政策によって遊撃士協会は帝国におけるその規模を縮小されてしまっており、一部の地方を除き今では国内でめったにその姿を見ることは無い。

 その為現在では国の治安維持組織である正規軍、そして四大名門が収める四つの州では準正規軍と言える役割を担う領邦軍がその任に当たっていた。

 士官学院生への課題として今日既にこなした二つの依頼に比べればまっとうなものと言えたが、それだけ危険な仕事ということでもある。

 依頼者である東街道の農家から詳細を聞きルドルフ達が向かった街道から少し外れた高台には目標となる魔獣の姿があった。

 つるりとした外皮の爬虫類のような風貌をしておりながら二本の足で立ち、何より人の倍近く、全長にして三アージュ以上にまでまで膨らんだ巨大な体躯には並の人間なら圧倒されてしまうだろう。

 かすめただけでも手痛いどころでは済みそうにない、振りつけられた尾による一撃を跳び下がり回避したリィンは着地と同時に膝を曲げ溜めをつくると手配魔獣、《スケイリーダイナ》へと踏み込んでいた。

 すれ違い様、鞘に納めていた太刀を抜刀しながら斬りつけ次の瞬間には呻かせた蜥獣の背後へと離脱していたが、得られた手応えの硬さにリィンは表情を固くする。

 分厚い外皮に加えその下の見た目相応に異常発達していた筋肉に阻まれ思うように刃を立たせることができなかったのだ。

 とはいえ浅くは無い傷を刻まれたスケイリーダイナは怒りを表すように鋸のような歯が並んだ顎を開きけたたましく鳴き散らすとリィンへ振り返り襲いかからんとする。

 だが横合いから飛来した矢がその横腹へ突き刺さり、矢の纏っていた炎に焼き焦がされる苦しみに呻きを漏らした大蜥蜴はその矢を放ったアリサへと狙いを変え駆け出す。

 しかしその疾走が十分に加速しきらない内にすぐさま間へと割って入ったルドルフが導力盾を振るい、鼻先へ叩き付けたことによって勢いを削がれた蜥獣の足が地を削りながら止まる。

 攻撃本能のままに目の前の敵へ食らいつこうとしたスケイリーダイナだったが、一撃を浴びせかけたルドルフはすぐさま後方へ低く跳躍し離れており空を切る。

 体格こそ屈強だが、知性まではたいして発達していないらしい視野の狭いこの手配魔獣が気づくことの無かったARCUSの駆動を終えたエリオットがアーツを解き放った。

 フロストエッジ、ガーゴイルとの戦いでルドルフも使用した対象を取り巻くように現れる三つの白い靄から放たれた氷刃が蜥獣へと突き刺さり、氷刃から放出される冷気が魔獣の動きを鈍らせる。

 

「今よラウラ!」

 

「――うむ」

 

 両手剣を構えたラウラが応じる。

 クラスを問わず新入生の中で最強と目されている彼女の剣ならば目の前の魔獣に対してでも十分に通用するだろうと皆が考えていたが次の瞬間、彼女が見せた技はそんな予想を超えていた。

 深い呼吸を挟み、キッと目を見開き馴染みのないアリサやエリオットをして肌に感じさせるほどの気を迸らせるラウラ。

 剣へと流し込んだその気を白く輝く、刀身を越えて伸びる刃へと変じさせると、大気を揺るがすような気の奔流に怯む姿を見せていた蜥獣の懐へラウラは飛び込んだ。

 袈裟懸けに振るわれた剣は魔獣の剛皮を容易く斬り裂き、その身を深々と抉る。

 一撃に止まらず足を踏み込みながら即座に切り返された光刃が更に深い傷を刻み込み、流れるような足捌きで身を回転させたラウラの剣は更に勢いを増し――

 

「はぁぁっ!」

 

 二撃目の傷へ気勢と共に繰り出された横薙ぎの一閃は威力のあまりスケイリーダイナの厚い筋肉に守られた胴をも両断し、息の根ごと完全に断ち切った。

 高台に一瞬の静寂が訪れ、吹き飛ばされた手配魔獣の上半身が地に落ちる音にラウラ以外のメンバーがようやくハッとして我に返る。

 

「……すごいわね、まさかこんなにあっさり倒しちゃうなんて」

 

「うーん……リィンも一年最強はラウラだろうなんて言ってたけど、これは納得しちゃうね」

 

 見せつけられた実力をあらためて認識したアリサやエリオットが興奮交じりに言葉を交わす中、圧倒的な戦技を披露したラウラは静かに血を拭った剣を剣帯に収めていた。

 

「流石ラウラだな、すごい技だったよ」

 

「……そなたにでも、この程度なら出来たのではないか?」

 

「え?」

 

 ラウラを労おうとしたリィンだったが、思いがけない反応を返されてしまいその目をしばたかせてしまう。

 少しの間そんなリィンの顔を見つめていたラウラだったが、やがて目を反らしたその顔にはどこか浮かない表情があった。

 

「すまぬ、勝手な事を言った、忘れてくれ」

 

「ラウラ……」

 

 風見亭で休憩をとった時から何か思うところがあるような素振りを見せているラウラの事はリィンだけでなく他のメンバーも気にしていたが、その理由が分からず密かに戸惑っているのだった。

 

「とにかく、退治できたことを報告に行きましょ。きっと喜んでもらえるわ」

 

「はい、ですがアリサ、少々お時間を下さい。他の魔獣を呼び寄せてしまう可能性もありますので七耀石を回収しておきます」

 

「そうね……任せてもいい?」

 

「勿論です、なるべく手短に済ませますので皆さん少しばかりお待ちください」

 

 魔獣の死骸から七耀石を取り出すの慣れていないアリサに微笑みながら応えたルドルフはスケイリーダイナの死骸へと歩み寄る。

 その死骸に残る導力の反応を探りながら、ルドルフは斬り刻まれ凄惨な様相を呈した有様に『彼女らしくない』という思いを抱いていた。

 ラウラは卓越した剣の腕の持ち主だが、相手が魔獣であったとしても敵をいたぶるような気性は持ち合わせていない。

 そんな彼女にしては今回やり過ぎとも思える程の技を見舞ったのにはどういう思惑があるのか、意図が掴めずともそれが誰に対して向けられているのかはルドルフにも分かっている。

 

 出来ればリィンの手助けをしたいところですが……手の打ちようが見つかりませんね。

 

 入学から何かと助けられているとリィンのことを意識しているルドルフはどうやらまた厄介事を抱え込んでしまいそうになっているらしい彼のことを気にかけながらも、その場で有効な手立てを思いつくことはできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 手配魔獣の討伐を終えたことで初日の依頼を全て完了させた五人はこの日の残り時間をどうするか相談しながらケルディックへと戻ってきていた。

 

「今日のレポートをまとめないといけませんからあまり遅くならないようにした方がいいでしょう」

 

「そうだね、なんだかんだ大分疲れちゃったし、僕なんてベッドに倒れ込んだらそのまま寝ちゃいそうだよ」

 

「よく考えたら一日で相当歩き回らされたものね。……でもあなた達、くれぐれも不埒な真似はするんじゃないわよ、特にリィン――?」

 

 この日宿泊する予定の部屋に男女同室をあてがわれてしまったことを気にしていたアリサは男子三名へ、特にオリエンテーリングのトラブルは解決したはずだがリィンに名指しで釘を刺す。

 しかしリィンはその声に応えず、真剣な顔色を浮かべ視線を前方、町の中央広場の方へと向けていた。

 大市と駅とに挟まれている広場は元より人通りの多い場所ではあるが、集まった人達がざわつきながら大市の方を見ているのにリィン以外のメンバーも何かが起こっている気配を感じとる。

 

「大市で何かあったみたいだな」

 

「行ってみましょう」

 

 頷き交わしルドルフ達は足早に広場へと向かう。

 注目を集めているのはやはり大市であるらしく、皆で入場口から市場を見やると問題の中心らしきものがすぐに視界に入った。

 大声で怒鳴り合う二人の男、一方は薄手のシャツに皮のベストを羽織った地元民らしい身なりだったがもう一方は仕立ての良いスーツに身を包んでおり都会の出身者らしい出で立ちだ。

 

「ふざけるな! ちゃんとショバ代だって払ってるんだ、ここは俺の店の場所だぞ!」

 

「それはこちらの台詞だ! 許可証だって持っている、そちらが嘘を吐いているに決まっているだろう!」

 

 どちらからともなく相手の襟首にまで掴みかかり、互いに商人であるらしい二人は今にも殴り合いに及びかねない一触即発の雰囲気を醸し出していた。

 野放しには出来ずリィンとラウラが駆け走り二人の男を引き剥がしにかかる。

 

「な……何だ君達は!?」

 

 あっさりと腕を押さえ込まれてしまい泡を食う男達。

 

「自分達はトールズ士官学院の者達です」

 

「正式な軍属ではないといえ公共の場での乱闘騒ぎを見過ごすわけにはいかぬな」

 

「士官学院って……軍人のタマゴかよ……」

 

 二人の商人は年若いリィン達に取り押さえられはじめはむきになったような態度を見せていたが、身分を明かされると流石に抵抗しなくなる。

 しかしそれで男達の気が収まるわけではなく、険悪そうな視線を応酬させ続けている二人にルドルフ達が事情を聞こうとしていた矢先。

 

「やれやれ、何をやっておるんじゃ」

 

 その声に道を開けるように野次馬の人垣が割れ、姿を見せた礼服に身を包んでいる品の良さそうな老人に周囲の人々が注目していた。

 

「元締め……」

 

 言い争っていた二人の内、地元の商人らしい青年が呟いた言葉から老人がこの大市の責任者であるらしいことを察したルドルフ達は視線を交わし周囲の反応に納得する。

 騒ぎを聞きつけ場を収めるためにやってきたのだろう、止めこそしたものの部外者の自分達には難しそうな商人達の問題をとりなすことが出来そうな人物が現れたことに皆安堵していた。

 元締めの老人はそんなルドルフ達に目を留めると得心が行ったように頷く仕草を見せる。

 

「どうやらお前さん達に助けられてしまったようじゃの、彼らには儂の方から事情を聞いておくが礼を言わせてほしい」

 

「いえ、自分達はただ止めただけです、お気になさらないで下さい」

 

 そんなリィンの返事に元締めは相好を崩し、威厳を感じさせていたその眼差しが柔らかく緩む。

 

「若いのに謙虚なことじゃの、しかし別にお前さんたちからも話を聞いておきたい、どうかこの後時間を取らせてもらえんか? ついでにお茶の一杯でもご馳走させてもらおう」

 

 丁寧な物腰で持ち掛けられた提案にリィンが確認を取るように他のメンバーへ顔を向けるが、断る理由も無いため皆揃って頷きを返し、Ⅶ組の面々はこの日の夕方、ケルディック大市の元締め――オットー氏の家に招かれることになった。

 

 

 

 

 

 

 

 大市での揉め事、その発端となったのはあの二人の商人が出店しようとしていた場所が重なってしまったことらしい。

 通りから市場へ入ってすぐ正面の最も目立つ集客の見込めそうな位置であっただけに彼らが頑なに譲らないのも無理はなく、そもそも同じ場所の出店許可が下りていたこと自体がおかしいことだったのだが二人が持っていた許可証はどちらも正式な本物だったのだ。

 加えてケルディックではこの二月程の間、売上税が大幅に上昇し少しでも利益を上げたい商人達の気が立っていたことも暴力沙汰に発展しかけたことに拍車をかけていたという。

 増税による商人達の苛立ちと出店管理の不手際が重なり起こった災難――にも思えたがオットー元締めの話によればそうとばかりも思えない事情がこの町にはあった。

 

「あまり他家のやり方に口を挟むような真似はしたくないが、此度の件についてはいささか問題があると言わざるを得ないな」

 

「ええ、いくら四大名門といってもやっていい事と悪い事がある、はずなのにね……」

 

 その夜、風見亭の客室でレポートをまとめ終えたルドルフ達の話題に上がるのもやはりその事についてだった。

 

「うん……ユーシスの実家の話って考えるとちょっと気が咎めるけど、やっぱりおかしいよね」

 

 クラスメイトであるユーシスの実家であるアルバレア公爵家を悪し様に言うのは皆にとって憚られることだったが、それをおしてもかの家の振る舞いは度が過ぎると言えるものだった。

 そもそも出店許可は領から出されるものであり、今回不手際があったのはクロイツェン州を治めるアルバレア家ということになるのだが、その不手際にも不審な点が多い。

 商人達に過剰な負担を強いる増税にはオットー元締めも懸念を抱いており度々陳情に赴いてはいるが成果は芳しくない、どころか陳情を続けるならば大市の治安維持活動について保証しかねる、との内容をこの地方を任されている領邦軍隊長から仄めかされたという。

 実際今回起こったような騒動は本来なら領邦軍が仲裁するのが定石であるはずだったが、ケルディック内に詰所が存在しながら兵士の一人も駆けつける気配は無かったことから疑いの余地はないものと思われる。

 杜撰な出店手続きの処理も相まり、それは陳情を取り消さなければ問題が起こると知らしめるためにあえて見過ごしていたようにすら思えてくる。

 公爵家がそこまでして税収を上げようとする理由は定かでなかったが、いずれにしても横暴と表現して差し支えない。

 

「この町の方々に気の毒ではありますが、ユーシスさんがこのようなやり方を肯定されるとも思えませんね」

 

「そうだ、ユーシスにこの事を教えたらなんとかしてもらえないかな?」

 

「難しいだろうな、貴族の家柄なら当主の決定は絶対だ」

 

 リィンが首を振って示すと閃いたとばかりに瞳を輝かせていたエリオットもしゅんとうなだれてしまう。

 

「無理かぁ……どうにかしたいって思っちゃうけどね」

 

「……なら明日は実習の合間になるべく大市の様子を見ておくようにするか? 今回みたいにトラブルが起こりそうな時役に立てるかもしれない」

 

「そうか、それぐらいなら僕達にでも出来るよね。せめて、それぐらいなら――」

 

「うむ、問題は無いだろう」

 

「いいと思うわ、女将さんにもお世話になってることだし少しでも手助けしたいもの」

 

 一日しか滞在していないもののこのケルディックに対して好意的な印象を抱いているA班の皆異論は無く、明日の方針が定まっていく。

 ――それが明日の実習内容に大きな影響を与えるとはこの時誰も予想すらしていなかったが。


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