「確かに預かったよ、君達そろそろ実技テストなんだろう? なら明日の朝までには仕上げて届けさせてもらうよ」
リィンから聞いた技術棟を訪ねた二人を迎えたのは入学式の日、小柄な生徒会長と共にⅦ組新入生を校門で迎えた黄色ツナギの二年男子だった。
今日中の仕上がりを約束してくれた彼の名はジョルジュ・ノーム。
加工依頼をあっさり快諾したことからも窺い知れるが、オーブメント技師として一線級の技術を修得しているらしい非凡な学生といえる。
「いいんですか? 技術部って結構忙しいみたいですけど……」
「気にしないでくれ、君達のサポートは学院の教官方からも言付かってるし、最新鋭の戦術オーブメントの調整に関わるのは僕にとってもいい経験になるんだ」
笑顔でそう返すジョルジュの表情はふくよかな体形もあって温和な印象が強く滲み、人柄の良さを感じさせる。
そんな彼が迷惑そうな素振りを全く見せなかったこともあり何かと他人に遠慮しがちな二人も厚意に甘えることができた。
「そうだ、聞いた話だとルドルフ君は珍しい導力器を扱ってるそうじゃないか。良ければ後学の為に見せてもらっても構わないかな?」
「僕の……ああ、このキャパシターのことでしょうか?」
ケースを持ち上げて見せるルドルフにうんうんとジョルジュが頷きを返す。
個人の兵装としてそんな代物が扱われていることに興味を引かれたのだろうか。
「もちろん無理にとは言わないよ、分解させて中身を見せてくれとは言わないし。見たことの無い導力器っていうとつい調べたくなっちゃうというか……ハハ、技術畑の人間の病気みたいなものでね。加工の件だって気にしないで欲しい」
そう付け加えたジョルジュだったが、僅かの間考え込む様子を見せたルドルフの答えは承諾の意を示すものだった。
「いえ、その程度でしたら構いません。簡単な整備なら僕も出来ますが導力工学の専門知識を修めているわけではありませんから、先輩には今後お世話になってしまうかもしれませんし」
ジョルジュとの間のカウンターにルドルフはキャパシターのケースを置きロックを解いてから差し出す。
「ありがとう、失礼させてもらうよ」
薄い目を嬉しそうに細めながらジョルジュはケースの蓋を開くと収められたキャパシターを取り出した。
ためつすがめつ導力器の外観を眺め備わった盾の裏側、キャパシターの本体と戦術オーブメントのセットされる基台をつぶさに観察していく。
「ふんふん……本当にARCUSに対応しているんだね。となるとやっぱり……んん?」
時折呟きを漏らしながら首を傾げ、頷き、目の前の二人の存在を忘れたかのように集中し顔に浮かぶ疑問と得心がころころと移り変わる様にクスりと微笑んだエリオットがこっそりとルドルフに囁きかける。
「すごい真剣になってるね」
「ええ、流石こんな施設を任されているお方のようです」
「でも分かっちゃうなこういうの、僕も新しい楽譜を練習するときなんかつい――」
楽しそうに話しかけていたエリオットだったがその中途、後ろで技術棟の正面玄関が開かれたことで途切れる。
「よーうジョルジュ、邪魔するぜ。ちょっと頼みが――お?」
扉を開きながら現れるなりルドルフ達の姿を見取り動きを止めた白い髪の青年は平民クラスの学生であることを示す緑の制服を着ていた。
額に巻かれたバンダナが特徴的で、緩んだネクタイやボタンの外れた上着からはどことなくだらしない印象が漂う。
「なんだなんだ、サラんとこの連中じゃねぇか。どうした? ARCUSの整備にでも来たのか?」
リィンやジョルジュが浮かべるようなものとは印象が異なる、悪戯めいた薄い笑いを浮かべながらその平民生徒は二人へ歩み寄ってきた。
Ⅶ組、そしてARCUSのことを知った様子の彼にルドルフとエリオットは顔を見合わせる。
「おっと、悪い自己紹介がまだだったな。俺はクロウ・アームブラスト、二年のⅤ組に所属してる。見りゃあ分かるだろうが平民生徒だ、よろしくな」
「失礼しました、僕はルドルフ・シュヴァルベと申します、どうかよろしくお願いしますアームブラスト先輩」
「エリオット・クレイグです、よろしくお願いします」
唐突に現れたもののその生徒、クロウと名乗った青年の気安さにほだされルドルフ達も名乗りを返す。
「んなかしこまらなくたっていいぜ? 名前もクロウって呼んでくれていいからよ。つーかお前、ルドルフってもしかして……昼に修練場でゼリカの奴を押し倒したって一年か?」
「ええっ!?」
驚愕の声を上げるエリオットの視線を受けながらその内容、ゼリカという名前が示す人物をすぐに察したルドルフは小さく頷く。
「ゼリカ、というのがアンゼリカ先輩のことでしたらおそらくその通りかと思います。実技指導を受けている最中のことでしたので押し倒した、というのにはいささか語弊がありますが」
事もなげに答えたルドルフの反応が期待通りのものでなかったのか、クロウはじっと目を細めるとため息と共に天を仰いだ。
「……かてーなー、想像以上だぜおい」
「クロウ、人をからかうのもほどほどにしておきなよ。ルドルフ君、ありがとう、もう十分に見せてもらったよ」
差し出されたキャパシターを収めたケースを会釈しながらルドルフが受け取る。
「はぁ、ルドルフがそんなことするわけないとは思ったけど、びっくりしちゃったよ」
「悪い悪い、そんな話をちょっと小耳に挟んだんでついな。けど大したもんじゃねえか、ゼリカの奴とまともにやり合える奴なんて二年にもそうそう居ねえんだぜ?」
「大分手心を加えて頂きましたから、それほどのことはありません。それにしてもARCUSのことまでご存知とは先輩ももしや――?」
「おう」
親指を立てた握り拳で自らを示しながらルドルフの予測を肯定するクロウ。
「去年はまだ特別にクラス分けなんてしてなかったけどな、ゼリカにそっちのジョルジュ、あとは我らが生徒会長のトワ――入学式の日に会っただろ? あの小さいの。Ⅶ組の試験運用は俺ら四人がやらされてたんだよ」
入学式の日、校門でジョルジュと共にⅦ組生徒達を歓迎したあの小柄な少女は次の日になり知った皆を驚かせることに名をトワ・ハーシェルというトールズ士官学院の今年度生徒会長を務める人物だったのだ。
試験運用の件は初耳だったのかエリオットが目を丸くしてその話に聞き入る。
「まあそんなわけで他の連中よりかはちっとだけお前らのことに詳しいぜ、トワなんかは随分気合入ってたしな、お前らの寮の清掃もバッチリしてあったろ?」
「あれは生徒会長のお気遣いでしたか、後日お礼に伺わせて頂かなければいけませんね」
「よせよせ、あいつなら礼なんて期待してねえよ。まあとにかく、これからよろしく頼むぜお前ら?」
そう言うとクロウは握手の形にした手を差し出した。
「はい、よろしくお願いします、アーム――クロウ先輩」
「ははっ、先輩もいらねえよ、気楽に頼むぜ。ルドルフだったか? お堅いお前さんは特にな」
エリオットと握手を終えた手をルドルフへとニヤリと笑いながらクロウが向ける。
不思議と上級生であることを微塵も鼻にかける素振りの無いその気性は不快さを感じないもので、ルドルフは少し躊躇うような間を挟みながらも差し出されたその手を握り返す。
「そういうことでしたら……よろしくお願いします、クロウ」
「――おう、よろしくな」
技術棟を後にした後輩である二人を見送るとカウンターへ肘をつきジョルジュと向き直った。
「まだ上手くいってねえとこもあるらしいけどいい奴らじゃねえか、あのサラの教え子とは思えねえな」
「クロウやアンと一緒にしないであげようか、聞いたよ? 昨日はリィン君から五十ミラ巻き上げたそうじゃないか」
「ちょっとしたゲームの余禄だよ、そんな目くじら立てるなって」
好人物ではあるものの学生としてはいささか素行に問題のある生徒であるクロウは苦言にもこたえた様子も見せなかった。
そんな友人にため息を漏らしつつもジョルジュが強く諌めないのも、彼がそういった手段をコミュニケーションの一環にしながら越えてはいけないラインを見極めることができる人間であることをよく知っているが故だった。
「そういや珍しく職人面になってたじゃねえか、どうだったんだ例のキャパシターとかいうのは、何か珍しいもんだったのか?」
「ん? 確かに個人の装備としては珍しいかもしれないけど、機構としては既存の導力技術の範疇にあるものだからね。目新しい発見があるわけじゃないよ」
そう前置いてから作業用のゴーグルを巻いた頭を掻きながらジョルジュは言葉を続けた。
「まず一般に流通してないARCUSに対応している時点で予想はしてたけど純正のラインフォルト産だね、ただその割にあのサイズってことは戦術オーブメントの畜力補助装置にしては随分容量が大きいんじゃないかな」
ARCUSはラインフォルト社とエプスタイン財団が秘密裏に共同開発したものだ。
その情報は当然機密事項であるしそんな代物に適応した装置となれば出処は絞られ、その分野に詳しい人間が調べれば特定も難しくは無い。
「ふうん? まあゼリカの話通りならラインフォルト云々は気にならねえけどな、上位アーツも扱えるって話だろ?」
「クオーツが足りない内は出力が満たせないだろうけどね、充填が済んでいればそうそう導力切れなんてことにはならない筈だよ。というより――いや、下手に勘繰るのは止めておこう」
「なんだよ、もったいぶるじゃねえか」
「人の、ましてや後輩のことを必要以上に詮索するものじゃないと思ったのさ。クロウだって、彼と握手したとき、何か気になってたみたいじゃないか」
首を振りながらジョルジュにそう言い返されると今度は身を乗り出して興味深そうにしていたクロウが言葉を濁す。
「あー……気付いたよな、あいつもだろうし、あれは悪いことしたな、失敗だったぜ」
本当に気まずそうなその言葉には指摘したジョルジュの方が驚きを見せていた。
「……クロウ?」
「聞くなよ? それこそ下手に詮索するようなことじゃねーってやつだ。まあその内分かんだろ、俺達にも、あのクラスの連中にも。――そうずっと隠しておけるようなことでもねーだろうからな」
そう口にしたクロウの瞳にはそれまでの飄々とした態度が嘘のように、真剣な色合いがくっきりと浮かんでいた。
2017.7/26 文章を一部添削。