ラインフォルトの見習い使用人   作:まぎょっぺ

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お読み頂いていた皆さま申し訳ありませんでした……
ほとんどエタっておりましたが諦めきれず更新を再開します。


旧校舎の異変

 ギムナジウムを後にし学院の裏手、林の中にそびえ立つ旧校舎へ向かうルドルフだったが裏門を抜けたところでその背中に声が掛かる。

 

「あ、ルドルフ!」

 

 ルドルフが振り返ってみると魔導杖のケースを背にしたエリオットが駆けてくる姿。

 彼もまたリィンの旧校舎調査の助力を引き受けていたのだった。

 

「エリオット、丁度良かったですね、僕も今来たところです」

 

「うん、すぐ合流できて良かったよ。あ、お昼用意してくれてありがとう、美味しかったよ」

 

 寮に残っていたメンバー、と言っても二人だけだが昼食をつくり置いていたことに礼を言うエリオット。

 並んで歩き始めながらそのほがらかな笑みにつられるようにルドルフも微笑み返す。

 

「お口に合ったのなら幸いです」

 

「またそんなこと言って謙遜しなくてもいいのに、そういえばルドルフは料理部とかには興味無かったの? クラブに入ってないみたいだけど」

 

「――ええ、僕は支度に少し時間をかけ過ぎてしまうものですから、ああいった活動には向かないと思いまして」

 

 ふと気になった様子で問い掛けたエリオットの言葉にほんの僅か、ルドルフは言いよどむような間を空けていた。

 それにエリオットは少し首を傾げながらも追及するようなことはしなかった。

 

「ふーん? あ、そういえばガイウスも来てくれるみたいだよ、美術部に入ったらしいんだけど午後から合流してくれるんだって」

 

「それは心強いですね、間違いなく戦闘になることでしょうから」

 

 ガイウスの巧みな槍捌きはこの日までの戦技教練でⅦ組の皆が知っている。

 続いたエリオットの言葉によれば他のクラスメイト達はクラブ活動や個人の予定があるということで来られないらしく、魔獣が多く徘徊する旧校舎の探索にガイウスが加わってくれるということは彼らにとって朗報だった。

 

「それにしても旧校舎かあ……あの石の魔獣みたいなのと出くわさないといいけど」

 

「そうですね、あの時は皆が居ましたが今回は僕たちだけですから、一層気を付けておくべきでしょう――?」

 

 先日のオリエンテーリングを思い出しながら待ち合わせ場所へ向けて歩いていた二人だが、その道中で不意に小さな息遣いのような音を耳にして足を止める。

 

「この声……もしかして」

 

 それが最近聞き慣れたものであることに気づきエリオットが耳を頼りに木立の方へ目を向けた先、木々の間隔が空き僅かに開けた空間に予想通り。

 赤い制服の上着を傍の木に掛け左手を腰に佩いた太刀の鞘に、右手で柄を握り込んで構えを取っているリィンの姿がそこにはあった。

 声を掛けようと口を開きかけるエリオットだったが、普段柔和な印象を周りに与えているリィンの表情が神経を研ぎ澄ませているように引き締まり、その張り詰めた雰囲気に声が出せなくなる。

 瞬間、リィンが小さく息を吐いたかと思うやその姿が霞む。

 

「――!」

 

 少なくとも二人にはそのように見えていた。

 気づけばリィンは数歩分、前方まで踏み込んでおり鞘に納められていたはずの刃が抜きざまに振り抜かれている。

 刹那の一閃、その鋭さのあまりエリオットはゴクリと生唾を呑み込んでいた。

 

「……エリオットにルドルフか、もう来てくれたんだな」

 

 その気配に気づいたらしくリィンは表情を緩めて太刀を鞘へと納めると、木に掛けていた上着を手に取り二人の方へ足を向ける。

 

「悪いな、折角の自由行動日にこんなこと頼んじゃって」

 

「いえ特に予定もありませんでしたから、どうかお気になさらず」

 

「僕も実家からの荷物整理ぐらいしかすることもなかったしこれぐらいお安い御用だよ、リィンの方は今の……ウォーミングアップしてたの?」

 

「ああ、そんなところかな」

 

 屈託なく笑うエリオットに着直した上着のボタンを留めながらリィンが返す。

 戦闘が予想されるダンジョン区画の調査ということもあり体を温めていたところらしい。

 

「そうだよね、急に激しく動いて肉離れでも起こしたら大変だし、僕も少し走るぐらいしておいた方がいいかな」

 

「エリオットにはオリエンテーリングのときみたいに後ろから支援してもらうことになるだろうけど、柔軟ぐらいはやっておいた方がいいかもしれないな」

 

 オリエンテーリング時に共に行動していたリィン達はお互いの戦い方を心得ているせいか勝手を知った様子でそんな言葉を交わす。

 

「それにしても今の、リィンの剣もすごいですね、東方由来の剣と聞いていますが剣術もそちらの方の流派を嗜まれているのですか?」

 

 帝国二大剣術の一つ、アルゼイド流のラウラとはまるで異質な剣技に興味を引かれルドルフが尋ねると、リィンはどこか気まずそうな苦笑を浮かべた。

 

「ユミル、俺の故郷に昔この剣術、八葉一刀流っていう流派を創設した人が滞在したことがあってさ、この太刀と剣術はその人から学んだんだ。……初伝を授かりこそしたけど腕の方はあまり上達しなくて修行は途中で打ち切られちゃったんだけどな」

 

「創設って、自分で剣術をつくっちゃったってこと? そんなすごい人が居るんだ……でも打ち切られるなんて、僕からしたらリィンの剣の腕も十分すごいんだけどなぁ」

 

「ハハハ、老師は俺なんかと比べ物にならないぐらいすごい人だったよ、今の技だって実戦ではあんな理想的な形で放てるわけじゃない、だからこそ日々型の鍛錬を重ねてるわけでもあるけど……きっとあの人の教えを受けるには俺の方の器が小さすぎたってことだろうな」

 

「リィン……」

 

 自嘲気味にそんなことを言うリィンにエリオットは釈然としない様子だが剣術という理解の及ばない領域の話であるせいかそれ以上の事が言えずに眉根を寄せるだけに留まる。

 Ⅶ組の中でも人柄の良い部類に属するリィンだが時折そんな自分を卑下するような態度を見せるところがあった。

 

「旧校舎の鍵は俺が預かってきてるけどガイウスもそろそろ来るかもしれないな、門の前まで行っておかないか?」

 

「――そうしましょうか、そちらの方がすぐ合流できるでしょうし」

 

 気になるとはいえまだ付き合いも浅いルドルフとエリオットは胸の内にわだかまりを残しながらもこの時、リィンに何故そのような態度を取るのかと踏み込めずに言葉を濁してしまうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 足を踏み入れた旧校舎は異常有りと報告するに十分過ぎる変貌を遂げており、オリエンテーリングの際に探索した迷宮区画は構造から一変している上に徘徊する魔獣にも見覚えの無い種が見られていた。

 建物の内部構造が変化していたという異常事態に加え、詳細な報告の為調査に踏み込んだルドルフら四人は最奥と思われるフロアで突如何もない空間から姿を現した大型魔獣と遭遇し交戦、幸いにしてあのガーゴイルのような再生能力は有しておらず四人は大きな負傷も無く撃退に成功し調査開始から数刻の後、旧校舎の正門まで帰り着くことができていた。

 

「はぁぁ……なんとか無事に戻ってこれたね」

 

 陽が沈み始め赤らんだ空の下で魔導杖にもたれかかりながら大きく息を吐くエリオット。

 四人の中で最も疲労の色が濃いのは彼がⅦ組男子の中でも線の細いせいだけでなく戦闘経験の無さからくる緊張によるものが大きく、そんなエリオットの肩をリィンが労るように叩く。

 

「お疲れ様だったな、ありがとうエリオット、それにガイウス、ルドルフ、皆のお陰で学院長にちゃんとした報告ができそうだ」

 

「役に立てたのなら幸いだ、それに俺達にとっても戦術リンクの感覚を掴むいい訓練になったようだ」

 

 十字槍を包みながらガイウスが答えたように、ARCUSの機能を意識して戦闘に望むことで四人はそれなりに戦術リンクによる連携、その感覚を掴めるようになっていた。

 出現した大型魔獣を撃退できたのもその効果が大きい、あのオリエンテーリングの時のようにその場の全員で感覚を共有――リンクを繋げることは叶わなかったものの、二人程度であれば十分な連携が可能なまでに至っている。

 たった二人と言えどその恩恵は絶大だ、リィンとガイウス、前衛の二人がリンクを組めば攻めにおいても守りにおいても即座にお互いを援護できる緻密な連携が可能になり、前衛の二人が戦闘領域を広く見渡すことが出来る後衛のルドルフ、エリオットと組めばアーツ行使に息を合わせるのみならず死角からの接敵を察知することができ不意を打たれることがまず無くなる。

 試験中ということもあってかその機能は常に十全というわけではなく、時折動揺や意識の散漫までもARCUSが拾い上げてしまったかのように伝わる感覚に歪みが出てはいたがそれでも戦術リンクの機能は出会って一月に満たない仲だとは思えないほど四人の連携力を高めていた。

 

「ARCUSを通じて呼吸を合わせる、って感じみたいだったな」

 

「ああ、悪くない感覚だった」

 

「ごめんねリィン、僕はもっと上手くサポートできれば良かったんだけど……」

 

 手応えを感じたらしいリィン、ガイウスと比べエリオットの表情は浮かない。

 今回魔導杖とアーツによる後方支援に回っていたエリオットだが直接魔獣と交戦する前衛を二人に任せ、殿にはルドルフがつくという比較的安全な立ち位置に居たことを気にしていたのだった。

 

「十分エリオットには助けられてるよ、アーツにも大分慣れて来たみたいだし、気にする必要はないと思うぞ?」

 

「ええ、それに戦術オーブメントも完全な状態ではありませんから、無理をするべきではありませんよ。――戦術オーブメントといえばですが」

 

 ふと思い出したようにルドルフは懐から小ぶりな袋を取り出すと紐で閉じられた口をリィン達へ開いて見せ、袋の中身を覗き込んだ三人が僅かに目を瞠る。

 そこには紅、蒼、琥、翠、色とりどりの輝きを放つ七耀石の欠片が詰められていた。

 

「道中交戦した魔獣の死骸からセピスを回収しておきました、これだけの量ならオーブメント工房に持ち込めば四人分でもそれなりのクオーツが作れるでしょう」

 

 戦術オーブメントの要となるクオーツは世代ごとに規格が異なる上にⅦ組に支給されたARCUSは特注品とも呼べるもの、適合するクオーツが一般に流通している筈もなく用意するのなら工房に製作依頼を出すしかない。

 貴重な資源であるセピスを使用するクオーツの製作には通常なら安くは無い料金を請求されることになるが、素材となるセピスさえ持ち込めば支払うのは僅かな加工費だけで済む。

 資金に余裕のある貴族生徒なら入学からすぐに用意してしまえるのだろうが、そうではないルドルフやエリオットにとっては今日のような形で多量のセピスを得られたのは僥倖でもあった。

 

「こんなに……あんな短時間ですごいよルドルフ、僕なんか回収することもすっかり忘れちゃってた」

 

「セピスの溜まっている場所を探すのは得意ですので、リィンとガイウスも必要な種類を教えていただければ……?」

 

 分配の仕方を相談しようとしていたルドルフだったが、リィンとガイウスが顔を見合わせ言葉も交わさずに頷き交わしているのに気づく。

 何をと尋ねるより早く、リィンの方からその意味は語られた。

 

「俺達はいいよ、そのセピスは二人のクオーツを作るのに使ってくれ」

 

「えっ?」

 

 その発言にエリオットが目を丸くして固まり、ルドルフにしてもあっさりと頷くことは出来なかった。

 

「ダメだよそんなの、リィン達ばっかりに損させるような真似」

 

「いいんだ、今後も二人と組むことはきっとあるだろう、その時に助けてもらえれば損なんかじゃないさ。俺もガイウスもアーツはそんなに得意じゃないみたいだしな」

 

「ああ、教本は読んだが俺も槍を振る方が性にあっている、それは二人の方が使いこなしてくれるだろう」

 

 そんなことを言いながら二人が分配を辞退しようとするものの、ミラ通貨に換金することも可能なセピスをそんなに気安く扱って良いわけがない。

 そう断ろうとする寸前で、以前ラウラからクオーツを借り受けた時のことが脳裏をよぎったルドルフは思いとどまる。

 リィン達のやり方は極端ではあったがアーツを得手とする者のクオーツを充実させておいた方がいいというのは確かに事実。

 ARCUSの特性からして評価に連携行動が重視されるⅦ組の方針上、リィンらのように実戦経験者が豊富で前衛を担当できるメンバーが揃っている現状なら逆にエリオットなどの経験の浅い者が多い後衛の装備を整えておくのはむしろ望ましい。

 

 ――成程、そこまで考えてのこととは、流石ですね。

 

 自分の視野の狭さを恥じながらルドルフは申し出を受けることを心に決める。

 実際のところその提案をした彼らの気持ちは二人の助けになればいいという程度の単純なものだったが。

 

「エリオット、ここは二人のお言葉に甘えておきましょう」

 

「でも……」

 

「実技テストも控えていることですし、きっと報いる機会はありますよ。エリオットならすぐに新しいアーツも使いこなせるようになると思います」

 

「そ、そうかな? うーん……やっぱり気が引けるんだけど、ルドルフまでそう言うんだったら……」

 

 ようやくエリオットが折れはしたものの、一つの問題にルドルフは気づいてしまった。

 

「そうえばトリスタにはオーブメント工房が無いのでした、流石に明日の実技テストには間に合いませんね」

 

 クオーツの作成には当然専門技術を修得した技師と機具が必要になるのだが民間にも多くの導力製品が普及しているこの時代には珍しく、トリスタの街にはそれらを備えたオーブメント工房が存在していなかった。

 今日中の加工を諦めようとしていたルドルフだったが、その解決策が意外なところから示される。

 

「それなら問題無い」

 

「リィン?」

 

「学院の裏門から入ってすぐ左手に技術棟があるんだ、そこでオーブメント関係の仕事は一通り技術部の人が請け負ってくれるらしい。俺達のARCUSのメンテナンスもやってくれるみたいだ」

 

 この日の午前中、生徒会の手伝いをしていたリィンだがその依頼の中に技術部からのものがあったのだという。

 その時にトールズ士官学院の技術部が代々この街での動力器の整備役を担当していることを聞かされたらしい。

 

「街にオーブメント工房が無いのはそういうことでしたか、それにしても学生の方で戦術オーブメントの整備までできる技術を修得されている方がいるとは驚きですね」

 

「クオーツの加工もやってくれるって話だ。学院長への報告はこっちでやっておくから、二人はこの後行って来たらどうだ?」

 

「それなら俺も付き合おう」

 

 またしても気を遣われてしまう形となりルドルフとエリオットは一瞬躊躇ってしまうがすぐに先程と同じやり取りを繰り返すことになってしまうことを悟り、顔を見合わせ苦笑する。

 

「分かった、ありがとうリィン」

 

「この借りはいずれお返しします」

 

「はは、そんなに気にする必要無いさ、それじゃあ二人ともまた後で」

 

 手を振りルドルフはエリオットと共にその場から離れ学院へと向うのだったが離れる間際――

 

「――?」

 

何故か旧校舎を振り返りじっと見つめているリィンの姿が頭に残った。




2017.8/7 文章を一部添削。

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