Knife Master《完結》   作:ひわたり

8 / 58
理解

何で褒めてくれないの。

こんなにも頑張ってるのに。

凄く強くなったのに。

沢山ころしたのに。

まだ足りないの?

あとどれだけ必要なの?

し。

しを。

もっと多くの、しを。

ドクンと、自らの生命の鼓動を聞いた。

 

 

 

僕は、もう限界だった。

「今日は一番上手くころせたよ!」

「……そう」

ああ、まただ。

また、その顔だ。

悲しそうな表情で無理矢理笑ってる。お母さんが笑ってる。お母さんが泣いている。

僕のことを嘆いている。

どうしようもなく悲しんでいる。

どうして?どうしてなの?

何が、いけないの?

「…………」

不満が限界だった。

どれだけやっても、どんなにやっても、お母さんは僕を褒めてはくれない。僕が嫌いなわけじゃないのは分かってる。それでも、その笑顔はどうしようもなく悲しみに包まれている。そして、それを作り出しているのは僕なのだ。何が間違っているんだ。何が正解なんだ。

正しさとは、なんだ。

「お母さん」

ただ一言で良いのに。

「褒めてよ」

「神の刃」

「僕、上手くころせたよ。相手をしなせたよ。強くなったよ。これからも、もっと頑張るよ」

「神の刃」

「これから、沢山のしを」

「神の刃」

お母さんが、僕を抱く。

暖かい温もりに包まれて。それでも、頰に当たるお母さんの涙の冷たさが、嫌に現実的で。

「殺しは、いけないことなの」

褒めてよ。周りの人達みたいに褒めてよ。

お願いだから……!

「本当の死を、貴方は知らないから」

僕を……!

「褒めてよ」

「我儘を言わないで」

ただ、それだけで良いのに……!

「もういい!」

お母さんを突き放す。お母さんの温かさを突き放した。冷たい空気を肌に感じた。

「お願い」

お母さんは、涙を溜めた目で僕を見ていた。

「それは良くないことなのよ。きっと、いつの日か後悔する。だから……」

「……っ!」

最早、正しさなんて分からなかった。

「もういい!」

僕は怒りに任せて叫んだ。

「何でお母さんだけ褒めてくれないの!褒めて欲しいのに!お母さんに!なのに!お母さんだけが!何で!」

支離滅裂だと自分でも分かっていたけど、止められなかった。割れたコップのように、僕の我慢は決壊してしまっていた。

「私は……」

「もういい!」

何か言おうとするお母さんの言葉を遮って、僕は叫んだ。

叫んでしまった。

「お母さんなんて……」

こんなこと、言いたくもなかったのに。

言う気も無かったのに。

「しんじゃえ!」

致命傷の言葉を、僕は放った。

そのまま部屋から飛び出した僕は、廊下を走る。頭の中がぐちゃぐちゃで何も考えられなかった。

ただ、お母さんの悲しそうな顔だけが脳裏に鮮明に焼き付いていた。

曲がり角で一人の研究員とぶつかる。

直前で気付いた僕は、ブレーキをかけて、衝撃を流して研究員を吹き飛ばさないようにした。

「おや、どうかしたのかね?」

驚く研究員に、僕はそのまま言葉を吐き出した。

「お母さんが褒めてくれない!お母さんがころしはいけないっていうの!」

「何だと?」

研究員の目が鋭くなる。当たり前だ。此処では、殺しをいけないなどと教えてはいけない。そういう場所なのだ。僕は、それに薄々気付いていた筈なのに。

なのに。

「お母さんをころして!」

どうして、僕は。

「ああ、殺してあげるよ……」

もう、何もかも手遅れだった。

 

 

僕は夜までフリースペースの隅で一人で座っていた。

お母さんの喜ぶ顔が見たかった。その為に今まで頑張ってきた筈なのに。

それが、今日の僕はどうだ。感情に流されて酷い言葉をぶつけてしまった。あれでは悲しんで当然じゃないな。お母さんは泣いていた。僕の言葉だけが原因じゃない。しやころしを嘆いていた。

「…………」

今更だけど、分かった。

お母さんは、しところしが嫌いなんだ。だから、喜ばないんだ。

いや、分かっていたんだ。でも、僕はそれで周りに褒められてきた。誰かに褒められる方法はそれしか知らなかったから。そして、そうやってきた僕の努力を全て否定されるようで、それが嫌だったのだ。だから、意地になってころしを続けて報告した。

「……全部、僕の我儘じゃないか」

僕は、バカだ。

…………。

何がお母さんを喜ばせることかは分からないけれど、それでも、それを探そう。寧ろ、それを聞いてもいいかもしれない。

もっと素直になろう。本心でない言葉を出してしまった。酷い嘘を吐いてしまった。

帰ったら謝ろう。

そして、お母さんが喜ぶ事を聞いて、それをしよう。

もう我儘なんて言わずに。

二度と嘘も吐かないと誓って。

「……ああ、でも、その前にころし合いの時間か」

僕は立ち上がり、一度背筋を伸ばした。そして、覚悟を決め、決心する。

戦いが終わったら、帰って謝らなければ。

一先ず、戦いの場所へと足を向けた。

 

 

いつもと同じ戦闘。

もう、ただの作業のように相手をころして、僕は部屋へと戻る。少しだけ緊張しているが、真剣に謝ればお母さんは分かってくれる。

僕はお母さんを悲しませたいんじゃない。

笑顔が見たいんだ。

「ただいま」

そうして入った部屋には

「おかえり」

見知らぬ女性が居た。

僕は一瞬、部屋を間違えたのかと思った。でも、それはあり得ない。何年も住んでた部屋だし、僕の私物もある。

「……え?」

いや、僕の私物しかない。

お母さんの物が、一切ない。

「どうしたの?」

「お母さんは?」

その質問に、女性が呆れたように笑う。

貴方が言ったのだろうと、笑う。

「殺したわよ」

ドクンと、鼓動が不自然に鳴る。

「ころした……?」

生まれてから今まで、散々聞いた言葉。

ずっと、行ってきた行為。

それが今、僕の体を蝕み始める。

何かがおかしい。

おかしい?

いや、違う。

これは、正常だ。

正しいから、僕を、僕が、お母さんを。

「ええ、死んだの」

し。

し。

し。

し……?

ころして、しを。

「しんだ?」

し。

聞いてきた言葉。

そして、それは、僕が。

他ならぬ、僕が。

「だから、今日から私が新しいお母さんよ」

何を言っている。馬鹿を言うな。代わりなどいるものか。お母さんはお母さんだけだ。お前がお母さんを名乗るな。

「今日も上手に殺せたんだって?偉いわね」

やめろ。何だその笑顔は。何だその言葉は。

お前に褒められたくなどない。

僕は、ただお母さんに笑って欲しいだけだ。

そうだ。

笑って欲しかったんだ。

それだけだったんだ。

別に褒めてくれなくても良かったんだ。

お母さんが、笑ってさてくれれば、それで。

それだけで。

だから、お前じゃないんだ。

「違う……」

僕は

「違う!」

部屋を飛び出した。

向かったのは廃棄場。今まで沢山ころしてきた。沢山しなせてきた。

だから、きっとそこにいる。

お母さんはそこに居る。自分の呼吸が乱れ、鼓動が不自然に早くなるのを感じた。

周りの光景など知らない。ただ前を見て、真っ直ぐに廃棄場へ来る。躊躇いもなくドアのスイッチを押して、中へと足を踏み入れた。

沢山の人間の山がある。血みどろの山が積み重なっている。その中から、お母さんの姿を探した。嗅ぎ慣れた鉄の匂いと肉の匂い。重なり合う異臭を鼻に吸わせながら、人間の山の中へと潜り込む。柔らかな肉の感触と重さが僕を包み込む。中には僕がころした子もいた。それに構わずにお母さんを探した。暗闇の中で、手を伸ばした。

そして、見つけた。

「…………お母さん?」

お母さんの、首を、見つけた。

山から這い出して、お母さんの首を持つ。まだ少しだけ温かい頭は、徐々に、そして確実に、冷たくなっていく。

「お母さん」

話し掛ける。

返事はない。

返事がない。

それでも、僕は謝罪した。自身の誤りを認めた。

「ごめんなさい」

虚しく、虚空へ消える。

決して、届きはしない言葉。

「謝るから」

だから

「戻ってきて」

もう、言葉は届かない。

もう、何も話せない。

謝罪も、我儘も、何も伝えられない。

感謝の一言すら、お母さんに、言ったことが無かったのに。

流れる血は温かくて。

首は冷たくなっていて。

「お母さん……」

理解した。

理解してしまった。

これが、これこそが。

この生暖かさが。

この冷たさが。

この喪失感が。

全部、無くなって、無意味になって、消えて、届かなくて。

どうしようもなく、絶対で。

「嘘だ」

じゃあ、僕のしてきた事は何だ。

僕が今までずっと。

ずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっと。

行ってきた行為。

人生の行為。

褒められてきた行為。

お母さんを、悲しませてきた、行為。

「嘘だ嘘だ嘘だ」

だって褒められてきたんだ。

教えられてきたんだ。

言われてきたんだ。

なのに、何だこれは。

何だこれは!

何なんだこれは!

何で!何で!何で!何で!何で!

「嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ」

理解した。

否定は許さない。

これが、殺し。

僕は、お母さんを、殺した。

好きだったお母さんを。

笑って欲しかったお母さんが。

手を伸ばして、触れたら、冷たくなっていた。

これが

 

 

鼓動が鳴り響いた。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。