Knife Master《完結》   作:ひわたり

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日々

神殺しは地面に寝そべっていた。

雑草の香りを嗅ぎつつ、空に向けて双剣の一振りを掲げている。幾度と上下に振り上げ、振り下ろしを繰り返しながら、淡々と同じ作業をしていた。速過ぎる動作は空気の音すらも聞き取れない。鳥の囀りが場違いに辺りに響いていた。

「何してるの?」

庭に降りてきた恵が、神殺しの姿を見て首を傾げた。

「練習」

「練習?」

「衝撃を操って、鎌鼬を出してるんだ」

神殺しは腕を止めて真上にある木を剣で示した。目を向けて見ると、葉っぱが不自然に平らになっていた。神殺しが放った鎌鼬が通った跡だろう。

「本当はこれを線じゃなくて面で放ちたいんだ」

「それって、ただの衝撃波と違うの?」

「打撃でなく、斬撃でやりたいんだ」

それはつまり、何本もの鎌鼬が重なり合った状態を一度に放ちたいということだろうか。

恵はそこまで考えて眉を寄せた。

「無理じゃない?」

「だよなぁ」

神殺しの腕がパタリと地面に倒れる。

神殺し自身無茶なのは分かっている。しかし、二重人格はそれを放っていたのだ。原理や現象は全く不明だが、実際起こっているのなら仕方がない。アレに少しでも対抗出来る力を手に入れなければと努力しているが、ここ数年ほぼ諦めが混じっている。

そもそも、二重人格は神化人間の身体に加え、肉体と脳のストッパーを外している状態だ。アレに追いつけという方が無茶な話である。かと言って何もしなければ殺されるだけなので、何とも言い難い葛藤が胸に渦巻いていた。

「……その練習って、ナイフ使いを殺す為だよね?」

「……ああ、そうだよ」

深い溜息を吐いて身体を起こす。髪についた葉っぱを落としながら、恵に振り返った。

「お前が泣く必要はないんだぞ」

「うん」

泣きそうな顔で立っている恵に、神殺しはそう言った。

「分かってるけど。でも、悲しいよ」

それは同情か。それとも一般人として当たり前の感情か。

聞くのは野暮かと、神殺しは黙ったまま頭を掻いた。

「それで、どうかしたか?」

話題を変えるには強引であったが、恵はそれに乗る。

「出掛けたいんだけど、ついてきてくれる?」

恵にとって久し振りの外出となるが、勿論簡単に出歩き出来る立場ではない。護衛として神殺しがつくのは当然であり、本人もそれを了承していた。

「ああ、良いぞ」

その後、恵は目立つ青髪をスプレーで一時的に黒く染めた。目はカラーコンタクトを入れて誤魔化す。彼女の基調とする色がなくなるだけで、恵の印象は大分変わった。

髪殺しは普段着ているコートではなく、別の服を用いた。戦闘になれば耐え切れる服ではないが、神化人間相手でなければ特殊な服も必要ない。少し長い髪は帽子で隠し、サングラスで赤目を隠す。

「なんか……ヤンキーみたい」

右目の傷が余計にそう思わせる。恵の言葉に神殺しは少し凹んだ。子供っぽい反応に、恵は少しだけ微笑んだ。

「で、どこ行きたいんだ?行きつけの店とか行くのはオススメしないぞ」

万が一の場合も考えて忠告するが、恵も分かっているので首を縦に降る。

「うん、単に気晴らしに散歩したいだけだから。あと、本が欲しいかな」

「本?」

一応外に出られるのに、室内の物を買うのかと首を傾げる。

「全然本を読む人じゃなかったんだけど、裏政府に居た時に本を読んでたら嵌っちゃって。頻繁に外に出られるわけじゃないし、今の内に買い溜めしておきたいなって」

「ああ、成程」

囚われている間の暇潰しが自分に合っていたのなら、それは不幸中の幸いであろう。本を読むこと自体変なことではないが、恵の様子を見る限り、少しだけ照れが混じっている。その様子から、少しだけ勘を働かせてみた。

「もしかして、自分でも書いてたりするのか?」

「か、書いてないよ」

恵は吃りながら目を逸らした。分かり易い反応である。

当たりかと、神殺しは内心微笑んだ。微妙に表情に漏れていた。

「今度読ませてくれよ」

「書いてないってば!」

態とらしく怒りながら先へ進む。神殺しはごめんと謝りながら彼女の後をついていった。

「まあ、他の人に自分の作品を見られるのは恥ずかしいよな」

「しつこいよ!?」

これ以上弄ると本気で怒らせそうである。

神殺しと恵は並んで街へと繰り出した。

早速本屋へと赴いた恵は、様々な本をじっくりと見て回った。

平日の昼間という事もあり、本屋にあまり人の賑わいはない。紙とインクの香りが漂う店内の中、静かなBGMだけが耳に心地良く響く。

ジャンルは特に拘りはないようで、雑食に手に取っていく。意外と真剣な表情で手に取る様を見ながら、彼女の新しい一面を見ている気分だった。

ふと、凪の事を思い出した。

室内に籠りきりだったが為に、テレビや本に依存していた彼女。長く初めて喋ったのは貴方が最初と、そう語っていた。思えば、凪が依存してい物を詳しく知らない。好きだった本も、好みの映画も、何もかも知らない。知らないまま、凪は死んでしまった。

「ねぇ、神殺し」

恵の言葉で我に帰る。

「貴方はどんな本が好き?」

「俺は本をそんなに読んだ事がない」

凪と出会う前は少しだけ読んだ事もあったが、凪が死んでからは手をつけた事はなかった。

「折角だし、おすすめの本があれば教えてくれ」

「うん、良いよ」

小さな事だけれど、これでまた一歩踏み出す事が出来ただろうか。

恵の楽しそうな後ろ姿を見ながら、神殺しはそう思った。

 

 

神の杖はソファに座っていた。

その手には、自身の武器である杖が握られている。

扉がノックされるのを聞くと、入って良いと了承をする。ドアを開けた執事は一礼すると、神の杖の前で報告を読み上げた。

「指定の政府、組織、人物に全て繋がりを持つ事ができました。中にはまだ繋がりが薄いモノもございますが、案件としては一応、成功の範囲であると思われます」

「ありがとう。この短期間でよくやってくれた」

繋がりが薄いものは仕方がない。どんなものでも信頼や絆を得るには時間が掛かる。寧ろ、この短期間でよく繋がりだけでも持たせられたものだと褒めて良い程だ。

「これで裏政府、裏組織の全てが壊滅しても、世界は壊れずに在り続けられるだろう」

物理的に破壊されない限りは。

二重人格の姿と最後の刃の攻撃を、見えない視界で幻視した。

自然と持つ杖に力が入る。

「主様……」

「今までありがとう。今日、明日中で新しく建築した本社に皆移動してくれ。絶対に最終決戦時に、このビルにはいないように。後は、君と玲奈に託す」

「畏まりました。ですが、そのような、最後のような言葉を言わないでください」

「……そうだな。すまなかった」

神の杖は静かに微笑むが、執事の顔が晴れることはなかった。

執事が部屋を出て暫く、神の杖はずっと動かずにいた。日が落ちてきた頃、扉をノックする音が部屋に鳴った。

「どうぞ」

「失礼します」

入ってきたのは玲奈だった。

「来ると思っていたよ、玲奈」

「……紅茶を用意致します」

「お願いしよう。ああ、二人分頼む。君も付き合ってくれ」

「畏まりました」

二人は会話することなく無言のままだ。玲奈がお茶を準備する音だけが部屋を木霊する。

出来上がった紅茶を神の杖と自分の前へ置く。失礼しますと、神の杖の対面に座った。神の杖はカップを持ち、静かに飲む。

「……やっぱり君の紅茶は美味しいね」

そう言って微笑んだ。

「……御主人様。何故、武器を手にしておられるのですか?」

一方で、硬い表情の玲奈は、神の杖へ問いた。戯けるように、または暗い空気を壊すように、神の杖は肩を大袈裟に竦めた。

「……戦うかもしれないから」

「……っ。何故ですか」

神の杖は正直叩かれるかもと思っていたが、玲奈は感情を抑えて向かい合ってくれた。内心で意外に思いながら、人間観察が足りないなと自虐した。

「神殺しにも言われたではないですか。貴方が戦う必要はありません。裏世界がなくなれば、世界の調整が出来るのは貴方だけなのですよ」

「ああ、そうだ」

だから、そうならない為に。

「その時の為に、君たちを育て上げた」

自分がいなくなっても良いように。

後を託せるように。

教えられるものは全て教えた。

「貴方様が必要です……!」

「必要ない」

断言する。

「もうこの世界に、神化人間なんていらない」

世界を混乱させ、冗長させ、停滞させ、破滅に向かわせた。たった数人の存在がそれほどの影響を与えた。

もう自分達などいらないのだ。

自分達の存在は、必要ない。

「……私が動くのは二重人格が出たらの話だ。万が一の保険だ」

それでも、二重人格を前にして、目の見えない自分が生き残るとは思えない。

「止めてくれるなよ、玲奈」

神の目の切なる願いに、玲奈は何も言えなかった。


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