Knife Master《完結》   作:ひわたり

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混沌

火花が散る。

放たれた鎖が天井を滑り、頭上にあった電灯を割っていく。光源が消えると同時に割れた電灯が雨のように降る。

その中で光の槍は槍を振るい、獣の爪の刃とぶつかり合った。一瞬の火花が二人を照らし、互いの青い瞳を映し出す。鎖が生き物のように蠢き、光の槍の動きを封じようと動いた。

槍を回転させ、鎖を弾きつつその場から軽やかに身を泳がせる。踊るような動きは、まるで舞っているように美しい。

全員の動きが止まるとのと、電灯が廊下に落ちてけたたましい音を奏でるのは同時だった。

上の照明が無くなったことにより、足元の非常灯のみが光源となる。薄暗い中、ぼんやりとした光がそれぞれの形を浮かび上がらせた。

「相変わらず素早いな」

「それが取り柄だもの」

今度は光の槍から動いた。

無数の円を描くように槍を振るい、鉄の鎖へと迫る。鉄の鎖は四方へ鎖を放ち、軌道上の刃を全て防いだ。その隙にと獣の爪が背中へ向かう。彼女は振り返ることなく脇から槍を突き出し、獣の爪の突撃を凌いだ。リーチの差で獣の爪の手は届かない。一瞬の差で攻撃を逃れ、また距離を開ける。

「随分と忙しないな、ライトスピア。何を焦ってる?」

「下手な時間稼ぎは止めろ」

挑発するような獣の爪の物言いに、光の槍はピシャリと遮る。

光の槍は自分の体が、僅かではあるが鈍いのに気付いていた。思ったように動かない、という程ではないが、ふとした拍子に一瞬の反応に対応出来ない。何かしら遅効性の毒とも思えたが、神化人間に効くのかと内心疑問を抱く。

赤い銃も光の槍も知らないし、気付けない。

神川凪という人間がいたことを。

彼女の存在は普通の人間には死を与え、神化人間を弱らさせられた事実を、彼女達は知らない。

それでも、光の槍がやることに変わりはない。

「一刻も早く貴方達を潰して、彼を助けに行く」

赤い銃を。

闇に落とされた彼を救う為に。

だから、光の槍は戦う。

戦い続ける彼の為に。

「成程、愛故にか」

鉄の鎖が己の武器である鎖をジャラリと鳴らす。

「俺には理解出来ないことだね」

「そうね」

光の槍は小さく呟く。

「貴方達には、分からないでしょうね」

戦いに生きた者。

システムに依存した者。

復讐を糧とした者。

皆、口では色々というが、結局行き着くところはナイフ使いなのだ。

光の槍は、自分が1度死んだのだと考えている。生き残ったのは偶然であり、儲け物だ。だから、彼女は無闇にナイフ使いに手を出そうとは思っていなかった。本音を言ってしまえば、彼とは最早関わりたくないとも思っていた。

自分の生を達観し、一歩引いた光の槍だからこそ、今の神化人間達がよく見えた。

彼らは、ナイフ使いに依存しているのだ。

強い者だけが生き残る施設のシステム。その教育で生きてきた神化人間達は、強さだけを求めて生きてきた。言われた通りに惰性に生きてきた。そう教育されてきた。

足場が突然に消えたことにより、自分たちの足で立つことは不可能だった。だから、ナイフ使いに代わりを求めた。自分達を追い詰めたナイフ使いに、システムの代替を求めた。

崩壊してなお、教育されてきた彼らには、その生き方しか出来なかった。

神の杖のように精神が発達していれば、神殺しのように夢があれば、神の眼のように異常であれば、シロのように自分があれば。

それならば、きっとまた違えたのだろう。

でも現実は違う。

神化人間でも青の欠片は青の欠片でしかなく、神の欠片になれはしない。

『いつかお前を殺してやる』

ナイフ使いの殺人だけが生きている目的だった。

神殺しのように、目的の為にナイフ使いの殺害を考えているわけではなく、ナイフ使いの殺害自体が目的なのだ。

それは施設の教育の根幹から抜け出せていないことであり、ナイフ使いを殺した先など、考えていないのだろう。目的を達成した後、その後、何もない自分達に気付いていない。それが青の欠片達の限界だった。

それが、憐れだった。

「そう考えたら、私もただの依存かしらね」

赤い銃と共に生き残った。

最初はナイフ使いを殺すと息巻いていた彼を冷めた目で見ていたのだが、何もなかった自分には、例え仮初めの目的でもそれが羨ましく思えた。

仮にナイフ使いを殺せたとしても、その後が何もない彼では、このままでは壊れてしまうだろう。

そう考えた光の槍は、赤い銃を支えることにした。彼を支えることを、生きる糧とした。

そうして、いつの間にか彼に惹かれていて。

きっとそれも、どうしようもなくて。

「さぁ」

光の槍が構える。

「私を、彼の所まで行かせて」

自分が五体満足でいられるとは思っていない。自分に来た戦略を考えれば、恐らく青の欠片が全員で殺しに来ている。

例え生き残ろうとも、無事では済まないし、死ぬ確率の方が高いだろう。

だとしても、赤い銃が助かるのなら。

彼が生きて、違う生き方を見つけてくれて、それで幸せになれるのなら。

きっと、それで良い。

「……ああ」

成程、と心の中で呟いた。

光の槍は初めて、シロの心理を理解した。

 

 

 

銃声が鳴る。

酷く重々しい轟音と硝煙が同時に上がった。大口径の改造銃が激しく唸る。常人なら腕が壊れる反動も、赤い銃には関係ない。

着弾した銃弾は爆発し、岩の拳と死神の鎌の動きを鈍らせる。本来、真っ直ぐな軌跡しか残せない銃は神化人間には脅威に成り得ない。しかし、赤い銃の先読みは神化人間の中でも飛び抜けており、主に殺傷ではなく行動を制限を目的で使用される。無論、油断をすれば特殊な銃弾は遠慮なく体に叩き込まれる。その銃弾でも死には至れないが、ダメージは必須である。

近付けば近付いたらで、彼の本領である銃の格闘術との戦いとなる。接近戦では岩の拳に部が有る。それが分かっているからこそ、赤い銃は彼から常に距離を離す。隙を突くように攻撃してくる死神の鎌にも気を配りながら、赤い銃は器用に戦闘を捌いていた。

「……ちっ」

押してもいないが、押されてもいない。2対1だというのに、均衡が崩せないことに岩の拳は舌打ちをした。

死神の鎌は銃弾を避けつつも冷静に考える。片腕がない自分は神化人間の中からすれば戦力的に低い。だから、こうして隙をついての攻撃に徹底している。その分、岩の拳が積極的に攻撃を放つが、上手く赤い銃に逃げられている。

「…………」

……これは、赤い銃の戦い方が上手なのか。

赤い銃は思考をフル回転せながら動き続ける。当然、普段の戦闘よりも過激な戦闘ではあるが、そこに油断はない。

ずっとナイフ使いの側にいて、ずっと殺し方を考え続け、どう殺せるかと体を鍛え続けてきた。

他の神化人間と違い、ナイフ使いの戦い方を最も見てきたのは赤い銃だ。だから、こんな事で負けはしない。ナイフ使いを殺す為には、これでは足りないのだから。

「っ!」

一瞬の隙を突かれ、岩の拳の接近を許す。同時に背後からも死神の鎌が迫る。赤い銃は回転するように攻撃を受け流し、間髪入れずに銃を放つ。

爆発に紛れて距離を取り、回避行動中に新たな銃弾を込めた。

「…………」

自身の体が段々鈍くなっていくのを強く感じる。今の所は互角だが、これ以上時間をかける訳にもいかない。

……それに、アイツも心配だ。

脳裏に過るのは金髪の少女。

未だ突破口は見えないが、彼女の元へ一刻も早く行く為に、赤い銃は攻撃を再開した。

 

 

 

「……任務だと?」

「は、はい」

ナイフ使いの言葉に、事務員は背中に冷や汗をかきながら答えた。

ナイフ使いは白の部屋を出た後、動かない神殺しの気配を無視して自室に戻ろうとした。そこで、ビル内に赤い銃と光の槍の気配がないことに気付いた。

普段なら無視をしている所だが、なんと無しに不吉な予感がした。一瞬だけ思考にシロの死体が過ったが、敢えて無視をする。

自室に向けていた足を事務室へと変更した。ナイフ使いの出現に、事務室を氷のような痛さと冷たさが支配するが、ナイフ使いは関係無いと、近くに居た事務員に話掛けた。2人はどうしたのかと聞けば、任務に出かけていることを聞かされる。

「…………」

……シロが死んだ後で、この時期に任務だと?

裏世界が混乱している最中、裏政府の貴重な神化人間である2人を、同時に同じ任務を任せるだろうか。

「……罠か」

ナイフ使いに怯える事務員は、その呟きは聞き取れなかった。

ナイフ使いは2人の向かった場所を確認する。最悪、これも改竄済みの可能性がある。ナイフ使いは黙ったまま書類を返却し、事務室を出た。

あからさまな緩んだ空気を背中に感じつつ、どうするかと思考する。

ナイフ使いはてっきり、自分を殺す為に神化人間全員が協力するものと考えていた。だが、どうも勘と雰囲気からそれは異なるようだ。

赤い銃と光の槍を助けるべきか、否か。

自身を殺そうとしなければ助ける意味はないが、自分が死んでもいない間に神化人間という戦力を失うのは惜しい。

「…………」

また一瞬、シロの死体が思考の邪魔をする。

ナイフ使いは、足を進めた。

 


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