Knife Master《完結》   作:ひわたり

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無知

恵が目を覚ます。

自分の部屋ではない天井を見て落胆した。

「ああ、夢じゃなかったんだ……」

その呟きは部屋の空虚の中へと消える。身を起こして周りを見回すが、光景は変わらずに何もない部屋である。

ドアが数度ノックされる。

恵は数秒迷った後に、どうぞと声を掛けた。

「おはようございます」

昨晩の白い少女がやってきた。

車椅子を回してベッドへと近寄ってくる。

「よく眠れましたか?」

いきなりこんな場所に連れて来られて安眠も何もない。この子はズレているのだろうかと、恵は内心で首を傾げた。

「あの……ここは何処ですか?」

「説明が難しいですが……」

少女が少しだけ困ったように微笑む。

「先ずは此方からの質問に答えてもらっていいですか?その方が説明する事が分かるので」

「はあ……」

生返事を返す恵に、白い少女は笑顔を崩さずに問い掛けた。

「神化人間をご存知ですか?」

 

神化人間。

かつて裏世界で造られていた人造人間の名称。

人間の姿をしていながらも、その力は人間のそれを逸脱している。ありえない身体能力を持ち、その体の頑丈さも計り知れない。既にその機関は1人の神化人間の暴走により破壊されている。裏世界では大きな企業であった組織が潰れたことにより、裏世界全体で人造人間に関わるモノは滞りを見せている。同じ轍を踏みたくはないと手を引くのが殆どであった。

神化人間の生き残りも極僅か。

故に、その存在は貴重であり、強力な兵器と同等である。

 

「だから、貴方は狙われたのです」

裏の世界で、神化人間と勘違いされて攫われてくる人間は珍しくない。

神化人間は人間と変わらない。その見極めは困難である。

特徴で挙げられるのは先程の身体能力や体の頑丈さ。

「そして、眼の色です」

神化人間の特徴は青い瞳。

そして、稀に遺伝子の操作により変質する髪の色。

神化人間としての実力を持てた者は『青の欠片』に分類され、力を持てなかった失敗作は『失敗者』という扱いになる。

「それとは別に、赤い瞳を持つ者もいます」

赤い瞳の少女は語る。

赤い瞳は神化人間の成功作としての証。

青の欠片以上の力を持つ存在。

赤い瞳を持つ『神の欠片』。

「私はご覧の通りの有様ですし、赤い目を持つ者が成功作なのかは、推測に過ぎませんけれど」

車椅子に乗った少女が、笑う。

邪気のない笑みだった。

「私が……造られた?」

「そうですね」

少なくとも、と少女は言う。

「貴方が造られた事は、神化人間はであることは確実です」

恵はただ呆然とした。

裏世界とは何となく想像出来る。

麻薬とか拳銃とか、そんな単語が頭の中に駆け巡った。しかし、自分が人造人間と言われ、一気に思考回路がショートした。

普通に生きてきた。

本当に何もなく、生きてきた。

確かに髪と目の色が変わっていると思ったことはある。

それだとしても

「嘘……」

「貴様がどう思おうと事実だ」

そこへ、男の声が降ってくる。

ハッとドアへ顔を向けると、ナイフ使いがそこに立っていた。

「シロ。もう暫くそれの相手を任せる」

恵をそれ扱いするナイフ使いを、シロは特に反応を見せない。

「うん、分かった。おかえり、ビャク」

少女、シロが笑顔で返す。

ビャクと呼ばれたナイフ使いは、無表情のままだった。

「今帰ってきたの?遅かったね」

「神殺しに会っていたからな」

シロの言葉に、ナイフ使いが軽く返す。ナイフ使いは恵を一瞥することもなく、そのまま去って行った。

わけの分からぬ恵は、どうすることも出来ない。僅かに動く頭でシロに質問をした。

「あの……今の人は、何ですか?」

「何、ですか」

シロが少しだけ顔を俯かせた。長い睫毛が目を隠し、まるで泣いているかのように見える。

「何者、ではないのですね……」

その呟きが恵の耳に届くことはなかった。

「彼は神化人間の神の欠片。今はナイフ使いと呼ばれてます」

少し、息を吐く。

「葉山さん。貴方に一つお聞きします。素直に答えてください」

ナイフ使いが人間に思えたかどうかは聞かない。それは先程の言葉で理解している。

だから、彼女が聞くのはただ一つ。

「彼は、生きているように思えますか?」

恵は返事をする事が出来なかった。

それが答えだった。

ナイフ使いを、人間とは思えない。

あまりにも無機質で。

あまりにも感情が無くて。

あまりにも正気が感じられない。

まるで人形のように。

生きているとは、思えないほどに。

 

 

 

ナイフ使いが歩く。

偶に出会す職員の人間は、彼の姿を見ると通路を譲った。その顔には何の表情も浮かんでいない。ナイフ使いもそれが当たり前のように反応を見せず、真っ直ぐに歩いていく。

裏世界の裏政府。

裏世界に蔓延る数多の裏組織を淘汰する為に造られている裏の管理者。

その本拠地が此処である。

日本のビルに紛れている此処は、世界各国の裏世界のトップに立つ。

そして、裏政府に属している神化人間は四人。

赤の銃。

光の槍。

非戦闘員のシロ。

そして、ナイフ使い。

その中でも、ナイフ使いは誰しもに恐れられていた。

ナイフ使いが会議室をノックして入る。中には赤の銃と光の槍がいた。

「報告書は出来たか?」

「ああ」

ほれ、と手渡される報告書をザッと確認する。

「随分遅かったわね?」

先程のシロと同じ質問を受け、ナイフ使いが答える。

「神殺しに会っていたからな」

神殺し。

一人の進化人間の名前に、赤の銃と光の槍の体が僅かに強張る。

「殺り合ったのか?」

「いや、軽く話しただけだ」

ナイフ使いの言葉に、光の槍が首を傾げる。

「……神殺しは私達が到着する前にあの場にいたということ?なら、何故、葉山恵を連れ攫わなかったの?」

「使わないからな」

使わない。その言葉の意味が分からず、2人は顔を見合わせた。ナイフ使いは彼らの事を気にする様子もなく、報告書を持ったまま会議室を出て行った。

「…………」

赤い銃が黙ったままその背を見送る。光の槍が横目で赤い銃を見て、静かに問い掛けた。

「殺せそう?」

「いや、無理だな」

俺が動く前に攻撃されるのは目に見えてる、と赤い銃は天井を仰いだ。

「ああ、何年経っても無理だな。光の槍はどうだ?」

「私じゃ無理よ」

「俺達じゃ、無理な話か」

ナイフ使いを殺す。

その話を平然とする彼らを咎める者はいない。

ナイフ使い本人でも、それを止めようとはしない。

 

 

それが、彼らの日常なのだから。


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