Knife Master《完結》   作:ひわたり

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遅くなり申し訳ありません。
まだ風邪が治らない……。


別離

帰ったのは夕方の時刻だった。

凪は手洗いと歯磨きをすると、そのまま布団の上で寝てしまった。そんなに疲れていたのかとも思うが、ずっと室内で暮らしていたのならばと頷ける。体力的な問題だけでなく、彼女にとって様々なものが刺激的だったのだ。精神的にも疲れていたのだろう。

……夕食の時間に起こせば良いか。

神殺しは神化人間であるが故に食事をそこまで必要としないが、別にとっても問題はない。精々どこでエネルギーを使うか悩むだけだ。

「…………」

……しかし、裏政府は問題視していない、か。

裏組織が勝手にこいつを重要視し過ぎているだけなのかもしれない。ならば、それを裏組織に伝えれば、それで問題は解決するのか。

「言って聞くわけもないけどな……」

寝ている凪の顔を見ながら、小さく言葉を零す。強気な目も閉じられ、穏やかな表情で眠る彼女。

呑気な顔だと、神殺しは思った。

日が落ちるまで神殺しはずっと凪の顔を見ていた。自分が笑っていることは自覚しないまま。

夜になると、神殺しは夕飯の準備の為に立ち上がった。完成後、凪を起こす。

「おい、凪。起きろ」

「うーん……あと24時間」

「蹴るぞテメェ」

凪がなかなか起きずに割と手間取った。眠気眼の凪は目を擦りながら机の前に座った。

「その前に顔洗ってこい。そんなんじゃ食べてる途中に寝るぞ」

「神殺し、母親みたいだね……」

「誰のせいだ誰の」

覚束ない足取りで洗面所へ向かい、顔を洗って帰ってくる。あまり変わらないが、少しは思考がハッキリとしたようだ。

「いただきます……」

「召し上がれ」

神殺しが料理したハンバーグをもぐもぐと咀嚼しながら頰を緩める。

「美味しい……」

「そりゃ良かった」

……思えば、こうして誰かに料理を振る舞うこともなかったな。

料理などという技術は裏世界の、延いては神化人間にとっては無駄でしかない。神殺しが料理を学んだのは単なる好奇心からである。その技術がこうして一応役に立っているのだから、人生とは何があるか分からないと思えた。

まだ夜も早いが、凪はサッサと寝てしまった。

やたら強気な発言も無く寝てしまった彼女は大人しいものである。

……それとも、最初の印象が強すぎるだけで、本当はこんな人間なのかもな。

窓から月を見ていた神殺しは、何時の間にか寝てしまっていた。

 

 

 

翌朝。

早く起床した神殺しは自分に驚いていた。

「……寝ただと?」

眠ろうと思わなければ寝れない、睡眠欲の無い体だ。それが昨日は自然と寝てしまっていた。オマケに、凪という他人がいる側で。

「…………」

1日だけで平和ボケでもしたのかと自分の体を訝しみつつ、凪の為に朝食を作ることにした。

昼まで寝そうだった凪を昨夜同様叩き起こす。

「そんな眠いなら今日はやめとくか?」

外に出ることをやめようかと提案するが、凪は首を横に振った。

「ううん、行くわ」

「頭をカクンカクンさせながら言う台詞じゃねぇよ」

「行く」

それでも頑なに行くと聞かない凪に、神殺しが折れる。

「分かった分かった。どこに行きたい?」

昨日は此方が連れ回したから、今度は要望があるかと聞いてみた。凪はどうしようかと暫く悩んだ後、顔を上げて答えた。

「海が見たい」

「入らないのか?」

「泳げると思ってるの?」

「失敬、無理だわな」

当然、人生を室内で過ごした凪が泳げるわけがない。泳げないのに海なんて見たいものかとも思うが、登山なんかよりは体力を使わないだけマシであろう。

「分かった。遠出になるが、海に行くか」

「ごめんね」

「良いよ、俺だって気まぐれで付き合ってやってるんだしな」

凪に付き合っていて自分の求めているものが見つかるかは謎だが、悪くないとは感じている。ならば、別にこのままでも良いだろう。

……俺に依頼した裏組織が動きを見せないのが不安要素だが。

来た所でやる事は変わらない。全力で叩き潰すのみである。捕まえて凪の必要性を問いても良い。

「怖い顔」

凪の言葉に、彼女と目を合わせた。

「そうか?」

「顔というより、暗い目をしていたわね」

「人と触れ合ってなかったお前がそんな事分かるか?」

「少なくとも、あなたの事は多少なりとも分かったつもりだけど」

神殺しは鼻で笑う。

「俺の何が分かってるんだよ」

凪はジッと神殺しの赤い瞳を見つめた。

「貴方は私の我儘に付き合ってくれた」

「……だから?」

「動物園とか、自然公園とか、この小さな部屋とか、料理とか……。本当に何でもないことを、知っていて、身に付けていた」

表世界では当たり前のことを。

裏世界では無意味なことを。

「何で神殺しは、それを求めた?」

何で。

「何で拒否をせずに、時間を潰してまで、私に付き合ってくれたんだ?」

神殺しは答えを持ち合わせていなかった。

敢えて言うならば、好奇心、気まぐれ、何となくといった、漠然とした気持ち。

故にそれは致命的で。

 

「誰かと何かをしたいのは、神殺しの方なんじゃない?」

 

それは小さく、細く、そして鋭く、神殺しの心に刺さった。

恐らく本心を突かれたわけではない。ただ、自覚していなかった一面の部分を晒されたことは、衝撃的とまでは行かないまでも、ほんの僅かばかり思考を停止させる要因には成り得た。

「…………」

……俺が?誰かと?

そんな事はないと言い切れない。言い切れはしないが、そんな馬鹿なとも思える。

だが、今までそんのことを言われた事は一切なかった。

そもそも、こんな風に誰かと話す機会すらなかった。

当たり前だ。裏世界とはそんな場所なのだ。一瞬の油断や僅かな隙が命取りとなる。身体的にもそうだし、心など以ての外だろう。仲間であろうとも同じ。やるかやられるか。食うか食われるか。どう足掻こうとも、それが生きているこの世界で。

「……成程」

神殺しは一度頷いてから、凪に顔を合わせた。

「まあいいや。取り敢えず、海に行こうぜ」

凪の言葉が正しいかは分からない。

分からないが。

「うん」

……俺は、疲れたのかもしれない。

だから。

俺が求めたのは、きっと。

 

 

 

海に行くのに電車を使ったが、凪と神殺しは頻繁に途中下車をした。凪が降りたがり、色々と見て回りたがったからだ。

反動のせいか、ジッと出来ないらしい。

そんな風に寄り道ばかりしたせいで、既に時刻は夕方を過ぎ、夜になっていた。

電車を降りた二人は海へと向かう。

有名所でもなければ人影も無い海で、波の音が静寂を埋める。夜空に浮かび上がった月が淡く海を照らし出していた。砂浜の初めての感触を足の裏に感じながら、凪は海の前に立った。

「……綺麗」

生命の起源と呼ばれる海の広さを、その深さを感じる。

凪の足に波が浸り、足元の砂を攫っていく。

「凪、少し下がれ。濡れるぞ」

海に夢中なのか、神殺しの声にハッキリと反応を返さない。

そんなに夢中かと、潮風を浴びながら思った。

「ねぇ、神殺し」

「何だ」

凪は神殺しに振り返った。

広大な海を背に、月明かりの中で微笑む彼女。

小さな微笑みを浮かべ、綺麗に笑っている。

その光景はまるで幻想のようで。

儚くて。

「ありがとう」

そして、脆く崩れ去る。

凪の足元から出現した何かが、彼女を閉じ込めた。

「⁉︎」

神殺しが反射的に双剣を出そうとした瞬間、身体中に鎖が巻きつけられた。

その鎖は普通の鎖ではない。

神殺しの双剣と同じ、特別な鎖。

「鉄の鎖か……!」

神殺しの背後に鉄の鎖が降り立った。

「御名答」

両手で握る鎖に油断はない。捉えて離さないと、その隙を見せない。

凪を捉えた機械は地面へと潜り、そのまま姿を消した。恐らく海の中へと移動したのだろう。

神殺しは追い掛けようとするが、鎖が邪魔で上手く身体を動かせない。

「……何故だ」

ここにきて、神殺しは自分の異常に気付いた。

まず、凪を捉えた機械に反応できなかったこと。

次に鉄の鎖の気配を感じなかったこと。

そして、今こうして、鉄の鎖の力に勝てないこと。

「有り得ない……!」

それは自信でも慢心でもなく、単純な事実。故に神殺しは有り得ないと感じ、そして、鉄の鎖も同じ感想を持った。

「冗談でもなく、本当に動けないのか、ゴッドキラー。俄かには信じ難かったけど、どうやら事実だったらしいね」

その言葉に神殺しは背後の鉄の鎖を睨みつける。

「どういう意味だ」

「さて、答える必要があるかな」

鉄の鎖が力を更に込めた。万力の力の鎖の先で、刃が煌めく。

「殺す気か?」

「それが僕の契約だからね。殺せないまでも、時間稼ぎを頼まれてる。そして、それ相応の額は貰ってる」

鉄の鎖は微笑みながら言う。

「裏政府でも裏組織でも、仕事内容に見合う金額なら僕は引き受ける。君も同じだろう?」

同じ様に金次第で仕事を決める二人。

「金は裏世界でも表世界でも物の尺度を測るのに有効な手段だ。今の人間社会で金で全てを補うことは出来ないにしても、多くの事柄は可能となる。だから、僕は分かり易い価値として金を基準に動いている。人は金の価値により、物の価値を見出すから」

神殺しと鉄の鎖の仕事の価値観は似ていた。

だから不思議だと、鉄の鎖は思った。

「何で君は、こんな好条件の仕事を破棄した?」

それが鉄の鎖には理解出来なかった。

高が少女を攫って届けるだけ。見知らぬ、力のない少女だ。

ただそれだけの話。それで破格の金が貰えるのならば、そちらを選ぶ筈なのに。

「僕には理解出来ない」

「単純な答えだ」

……今貴様が言ったことの中に、答えがある。

「確かに金で多くの事は解決される」

だが。

「それ以外の所に、凪に、俺は価値を見出した」

ただ、それだけの話だ。

そう、と鉄の鎖は呟いた。自分には恐らく一生理解できないであろうと把握する。

「じゃあ、話はここまでだ」

聞きたいことは聞いたと、微笑みを消す。

「さようなら、ゴッドキラー」

鉄の鎖が刃を振り下ろした。

「……!」

……死ぬのか、ここで。

死ぬのか、こんな事で。

たったこれだけのことで、俺は死ぬのか。

無慈悲な刃が迫る。

記憶がフラッシュバックした。

二重人格に殺されかけたあの瞬間。

生きたいと願った。

自由を得たいと願った。

過去の二重人格の手と、現在の刃が重なって見える。

死にたくない。

死ねない。

脳裏に浮かんだのは、一人の少女の笑顔。

俺はまだ死ねない。

死ねない……!

死ねるか!

「俺は!!」

神殺しの叫びが海に木霊し

 

鉄の鎖の手が、宙に飛んだ。

 

「!?」

二人の驚愕が重なるのと、水面の一部が斬り裂かれたのは同時だった。

鉄の鎖は鎌鼬によりできた水面の残痕を見て、神殺しは斬撃が飛んできた方を見る。

遠く遠く、視界にも届かないその場所から、異質な雰囲気を感じ取る。

「ちっ!」

鉄の鎖は神殺しの鎖を解くと同時に海に向かい、力任せに海水を蹴り上げて遠くへと逃げた。

数秒後、鉄の鎖がいた場所に白い影が降り立った。

「ナイフ使い……」

ナイフ使いが、そこに居た。

「情けない体たらくだな、神殺し」

いつも通りの変わらぬ淡々とした口調でナイフ使いは言う。

「お前がそうなるということは、情報は確かなものだったということだな」

「どういう意味だ」

鉄の鎖も似たような事を言っていたと思い返しながら問い掛ける。

「神川凪」

ナイフ使いは答える。

「あの女の側に居ると、死ぬ」

まるで何でもないように、簡単に、そう言った。

「……死ぬ?」

……死ぬだと?

「理解出来ないか?頭まで鈍くなってるのか?」

言葉通りだと、ナイフ使いは語る。

「神の眼から聞き出せたのはそれだけだから詳しくは俺も知らん。神川凪の側にいる生物は死ぬ。個人差はあるが、数分から三十分程で体調が悪くなり、一時間も経てば死ぬそうだ」

死ぬ。

彼女の側にいた人間は死ぬ。

それは比喩でもなんでもなく、単純な事実として。

「……何故」

「詳しくは知らんと言っただろう。原因や範囲も知らん」

「だが、俺は生きてるぞ」

「お前は自分が何だかも忘れたのか?神化人間を簡単に殺せるものか」

神川凪で神化人間が殺せるのならば、それこそ裏政府は彼女をもっと有益に使っただろう。だが、神川凪が人を死なすには時間が掛かる。神化人間は殺せもしない。神殺しのように弱体化は出来ても、約二日間ほぼ近くに居た結果だ。あまりにも非効率過ぎる。

「普通は自分が弱っていることくらい分かりそうなものだがな」

ナイフ使いなら気付く。故に、仮に命令であろうとも凪の側にいる事は無かっただろう。

「…………」

何故気付かなかったのか。

……それ程、凪との生活を、俺は。

「何にせよ、裏政府が神川凪の研究を投げていたということは、応用も効かない技術なんだろ。今回、その裏組織が執拗に狙ったのはそれを知らないのか、あるいは応用の効く技術を発見したか」

神殺しは歯噛みする。

凪の事は分かった。彼女が動物を触らなかった理由も、一定の場所で大人しくしようとしない理由も理解出来た。

だから。

だからこそ。

「どこへ行く?」

神殺しが陸地に歩き始めた。

横を通り過ぎた彼に、視線を動かさないままナイフ使いは聞いた。

「凪を助けに行く」

「何故」

「俺の勝手だろう」

確かにそうだな、とナイフ使いは頷いた。

「だが、神川凪の影響が抜け切るには時間が掛かる。お前が2日間ずっと一緒に居たとなると、同じ時間を掛ければ治り切るだろう」

だけど、と言葉は続く。

「それももう無意味だ」

「無意味だと?」

「ああ」

ナイフ使いは無感情で、無表情に、現実を突きつけた。

 

「48時間後、神川凪は死ぬ」

 


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