Knife Master《完結》   作:ひわたり

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第3章 変革の兆し
生面


シロの誘拐事件から数年の月日が経った。

変わらず裏政府と裏組織の小競り合いが続くものの、神化人間の数が減ることもなく、世界は依然として停滞していた。動きが無い分、寧ろ表世界まで徐々に治安が悪くなる傾向が見られるようになる。

世界は動きを見せず、ただ拡大と侵食の一方を見せ始めていた。

 

 

 

「神殺し。依頼を頼みたい」

神殺しの下に裏組織から一つの依頼が降りてくる。

内容は裏政府管轄の組織から、1人の少女を攫ってくること。

丁重かつ迅速に攫ってこいとのことだった。

誘拐自体は珍しくも何とも無いが、神殺しは裏組織が使える最高戦力である。1人の少女に自分を使うことに違和感を感じる神殺しだったが、一先ずは気にしないことにした。

 

 

 

部屋に一人の少女が居た。

平均よりは低めの身長。腰まで長い黒髪は真っ直ぐにストンと落ちている。短めのスカートからは健康的な素足が伸びていた。スレンダーな体つきが彼女の女性らしさを表す。

部屋には異常なまでの本の山がいくつも積み重なり、テレビやベッドも侵食されつつある。

電気を消した暗い部屋の中で、少女は窓際に椅子に座って夜景を見ていた。その表情には何の感情も浮かんではいない。それは眺めてすらいない。ただ、風景を視界に入れているだけのようである。

そこにノックの音が響く。

「どうぞ」

少女は鈴の音のような声で、ほぼ投げやりに答えた。扉が開くと、スーツを着た若い男が姿を現す。

「……こ……ここです」

男の意味不明な言葉に、少女は形の良い眉を寄せ、視線だけを男に向ける。

「ご苦労さん」

すると、男の背後から別の声が聞こえた。少女が驚くと共に、男が呻き声を上げる。男は倒れて動かなくなり、後ろにいた声の主が姿を見せる。

黒いコートを羽織った神殺しが、そこにいた。

「こんばんは」

神殺しが少女へ挨拶した。

「あんたが神川凪か?」

少女は彼の登場に驚き、直ぐに不機嫌そうな顔つきに戻る。

「違うって言ったら信じるの?」

その表情と強い語調から、気が強そうだと神殺しは思った。

「いや、信じない」

「なら、聞かないで。時間の無駄でしょ」

そう言って、神川凪という名の少女は視線を外した。

「何しに来たの?どこかの誰かさん」

ツレない態度ではあるが、神殺しの正体と目的だけは気になるようだ。

「俺の名は神殺し」

「神……?」

「神殺し」

「偽名?」

む、と神殺しは僅かに眉を寄せる。

裏世界で神殺しの名を知らぬ者などいない。故に、凪の反応は不自然に思えた。

「偽名じゃない。俺の名だ」

「変わってるわね」

「神化人間だからな」

凪は首を傾げて、神殺しを真っ直ぐに見つめる。

「神化人間?何、それ?」

「は?」

その問いに神殺しは驚いた。

神殺しだけでなく、神化人間を知らない。それは、裏世界において異常である。

……なんだ、こいつは。もしかして表世界から迷い込んだ人間か?

「知らないのか?お前だって裏世界の住民だろうが」

試しにそう問いかけて見るが、凪は変わらず首を傾げるばかりだった。

「裏世界?……悪いけど、貴方の言うことはよく分からないわ」

「……そうか」

どうも本心からの言葉のようだ。

仮に表世界から紛れ込んだ人間だとしよう。しかし、ならばこの少女の何に価値があるというのか。自分を使ったことと言い、この少女と言い、どうも奇妙である。

「で、貴方は何しに来たの?」

「ああ、あんたを攫いに来た」

神殺しは、台詞だけ聞くとロマンチックに聞こえるな、と思いつつ言った。

「へ?私を?」

「ああ」

神殺しは悠長に構えながらも、どうするか考えていた。丁重に扱えと言われたが、どうも気の強そうな少女だ。この性格からして大人しく従うことは無いだろう。むしろ抵抗してくるかもしれない。

「……ということは、ここから出られるということね」

凪はぼそりと独り言を呟き、勢いよく立ち上がった。

「よし、行くわよ」

「は?」

予想外の反応に間抜けな声を出す。

凪はズンズンと歩き、神殺しを追い越して先に部屋を出た。

「何してるの?早くして」

「ああ……」

罠かとも一瞬思ったが、彼女を見る限り計算とか裏を読むとかいうは皆無のように思えた。おそらく、これが素だろう。

「貴方はここに侵入してるのよね?」

凪はスタスタと先に進んでいく。

「そうだが、ちょっと待て」

神殺しは凪の腕を掴んで引き留めた。

「何?」

「俺が先導する。あんたが付いて来い」

「……分かったわ」

凪は以外にも素直に頷いた。

「しっかりエスコートしなさいよ、神殺し」

どうも偉そうである。

神殺しはいちいち反応するのも億劫になり、手を離して進んでいく。

「……侵入している割には、かなり堂々としてるわね」

「まあな」

瞬間、神殺しに何かが衝突した。

凪は衝撃音に驚き、身を固まらせる。神殺しはいつもと変わらぬ様子で、寸前で受け止めたボウガンの矢を手で弄ぶ。

「え?」

何が起きたか理解出来ていない凪を無視し、矢を手の中で反転させる。振りかぶり、廊下の向こうに放った。それは通常の弓で放つよりも速く飛び、廊下の向こう側に消えた。微かに、何かが壊れるような音が聞こえた。

「今のは何?」

「罠だ。そろそろ動き始めるかと思っていた」

神殺しが言い終わらない内に警報が鳴り響く。ほぼ同時に、廊下の両側にシャッターが下りた。二人は細い廊下に閉じ込められる形となる。そこへ追い討ちを掛けるように天井の穴から煙が吹き出してきた。

「これが罠?なかなか巧妙ね」

「よく落ち着いていられるな」

普通なら取り乱してしまいそうな状況なのに、凪は寧ろ楽しそうに言う。

「貴方が何とかしてくれるでしょ?」

「他人任せか」

「いいから、さっさとしなさい」

凪の命令口調に、神殺しは大袈裟に肩を竦めた。

「はいよ、お姫様」

神殺しは双剣を懐から取り出し、衝撃波で四方を斬り裂いた。一瞬後、シャッターと天井が吹き飛ぶ。神殺しを中心に吹き抜けた空間が出来上がり、周りの壁は全て瓦礫と化す。

一瞬で作られた惨状に、凪は呆けることしかできなかった。

「行くか」

神殺しは言うや否や、凪の腰に手を回した。

「ちょっ!何すんのよ!」

凪はポカポカと神殺しを叩くが、ダメージを与えられている様子は全くない。

「馬鹿!エッチ!変態!その手を離しなさい!」

「少しぐらい我慢しろ」

神殺しはそのまま跳躍し、開いた天井の穴から上の階へと上がった。

「……っ!」

腕の中で凪が一瞬硬直するのが感じられた。着地すると同時に、凪が再び騒ぎ出す。

「跳ぶなら跳ぶって言いなさいよ!っていうか、何でこんな跳べるのよ⁉︎」

「何だ?ビビったか?」

「び……ビビるわけないでしょ!ただ心の準備が出来てなかっただけよ!貴方、本当に人間⁉︎」

「だから、神化人間だ」

神殺しがそう言った時、向こう側から数人の黒いスーツを着た男が走ってくるのが見えた。各々が銃を取り出し、ある程度まで近づいた所で神殺しに狙いを定める。

「ちょっ……!」

凪は銃を突きつけられることで焦りを覚えるが、神殺しは何の変化も見せなかった。

「やれやれ」

神殺しが呟くと同時に銃弾が吐き出される。

銃弾は全て神殺し達を避けた。

狙いがズレたことに、神殺し以外の全員が驚いた。

「あんたら、新人か?神化人間に銃が当たるとでも思ってんのか?神化人間を相手に銃を使うのなら、赤い銃の実力くらい手に入れろ」

神殺しは双剣を使い、銃弾の軌道を逸らしていた。言わずもがな、それは常人の目で追えるものではない。

「じゃあな」

神殺しの双剣は、人間達を無残に斬り裂いた。

人を殺す。

それは神殺しには当たり前で。

凪にとっては異常で。

そして、この出会いは必然だった。

 

 

数分後、遅れてやってきた裏政府の人々が来たが、そこは既に誰もいなかった。あるのは破壊された天井の瓦礫と、横たわっている死体だけだった。


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