Knife Master《完結》   作:ひわたり

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決裂

都内で一番高いビル。

最上階の部屋はガラス張りとなっており、景色を一望することが出来た。夜も更けた時間ではあるが、道路や他のビルからは眩いばかりの人口の光が走っている。人口的に作り出された幻想的な光景と、それを作り出すほどのエネルギーが消費されているのを思い知る。

部屋の中は高価な家具が幾つも取り揃えられ、それでもなお開放的な空間となっている。

「…………」

その部屋に神殺しは居た。

暫く黙ってその光景を見続けていたが、ドアのノックの音に振り返る。

ドアを開けたのは初老の男性だった。執事服に身を包んだ彼は、神殺しに優雅に一礼すると、隣に居た少年を中へと導いた。

杖を歩いてきた少年。

盲目の神化人間。

「よう、神の杖」

神の杖が、そこに居た。

「久し振り、神殺し」

二人の再開はそんな言葉から始まった。

紅茶を淹れた執事は部屋を出た。

無駄に広い机の上には豪華な茶菓子が広げられており、神殺しはそれに目を奪われつつ紅茶に砂糖をドバドバ入れた。

「入れ過ぎじゃないかい?」

音を聴いた神の杖がそう言うが、神殺しはいつも通りの表情で答えた。

「俺にとっては適量さ」

一口飲んで満足気に頷く。

「しかし、良い所に住んでるな。こんなに景色が良くても、お前は見えないだろうに」

変わって欲しいくらいだと言う神殺しを、神の杖は笑う。

「住む場所を気にする質じゃないだろう?どれだけの場所に隠れ家を作っているんだい」

「さてな」

しれっと答える神殺し。神の杖は肩を竦ませて見せた。

「良い所だろうが、確かに私には勿体無いね。だけど、盲目の私がこんな所に居るとは誰も思わないだろ?」

「ああ、現にこうしてお前が会いたがるまで見つけられなかったわけだしな」

ナイフ使いの半覚醒事件。神の杖から連絡が来たのは三日後のことだった。唐突にやってきた神の眼から神の杖の居場所を知らされ、会いたがっているとの旨を告げられた。

「神の眼を使いっ走りにするには吃驚したぞ」

「それは偏見だ。彼は情報に関してうるさいだけで、頼み事なんかは普通に引き受けてくれる」

「へぇ、そうなのか」

神殺しは返答をしながら茶菓子に手を出した。毒など一切気にしていないが、神化人間は生半可な毒では殺せない。

「それで、何で俺を呼んだ?」

「コレばっかりは他人越しの情報を聞くより、本人に聞きたかったからな」

神の杖が閉じられた瞳に触れ、問い掛ける。

「破壊神は、どうだった?」

神殺しはクッキーを摘み、口に放り込んで噛み砕いた。

「半覚醒だ。完全じゃない」

だが、と続ける。

「強かった。肉体が成長して、更に攻撃力が上がっていた」

あの時の一撃も、神殺しが衝撃波を操ることが出来なければ死んでいた。そして、下手をすればシロも死んでいただろう。そうなれば、確実にナイフ使いは二重人格に乗っ取られていた。危険な橋を渡っていたのだと、今更ながら思い知らされる。

「奴が動かなかったから、まだ良かった。動いていたらどうなっていたか分からない」

神殺しすら恐る機敏性。

成長した今では更に早くなっていることだろう。どうなるかは予想がつかない。

「だけど、君は二重人格の攻撃に対抗できたわけだ。例え動かなかったとしても、攻撃そのものを防げた」

神殺しが目だけを動かし、睨むように上目で神の杖を見る。当然、彼に見えている筈もないが、気配には敏感だ。その視線を理解しているだろう。

「何が言いたい?神の杖」

「なに、簡単な事さ」

何でもないように言い放つ。

「破壊神に対抗出来るのは、君だけだという事さ」

 

 

 

下水道の中、銃声が響き渡る。

必死に銃を撃っていた男の首が吹き飛び、下水道の中へと落ちた。

血飛沫が吹き上がる。

首を無くした胴体が力無く地面へと倒れこんだ。更に心臓へ一撃振り降ろすと、血の付いた鎌を振り払う。死神の鎌は大きく息を吐いた。

「無駄動作が多い。八つ当たりか」

向こうから姿を見せた毒の斧の発言に、死神の鎌は眉を寄せた。

「八つ当たり?」

「破壊神が半覚醒したと聞いて、恐ろしくなったのだろう」

死神の鎌は舌打ちをして、無くした右腕を抱き締めた。恐ろしくなったことに否定はしない。かつての恐怖はトラウマとして根強く残っている。

「ま、俺も人の事は言えんがね」

そしてそれは、毒の斧も同じだった。

「ここ最近、あんたは外にでしゃばりすぎじゃないか?ポイズンアックス」

毒の斧小型の斧と薬品や暗器を使う。基本的に防御思考が強く、建物内で向かってくる者を始末するのが専らの仕事だった。

「焦ってるのかもな」

今以上に力を手に入れて技術を身につけなければ生き残れない。普段から死に対しては別に何ら意識もしていないが、ナイフ使いの二重人格と聞けば、否応無しに死を通常よりも強く意識させられるのだ。

「しかし、目標物は居なかったな」

「そもそもデマかもしれないじゃない。レベルの低い情報だったもの」

「ああ、そうかも。……!」

一発の凶弾が襲って来た。

死神の鎌と毒の斧は、反射的に受けるのではなく避ける選択を取る。

避けられた銃弾は壁に激突し、爆発した。

爆発に照らされ、2人の姿がくっきりと浮かび上がる。

意識が発信源に向かった瞬間、二人の上の天井に線が入り、一人の少女が姿を見せる。

「ライトスピア!」

不意打ち気味の連続の槍の攻撃に、死神の鎌は受けきれずに頰に傷が走る。一瞬で割って入った毒の斧が、小型の斧で光の槍を弾き飛ばした。

そのまま後方に跳躍した光の槍の下を、無音と共に弾丸が飛翔する。

死神の鎌が地面を破壊し壁を作る。

銃弾が爆発し粉々に破壊した。

「……赤い銃と光の槍か」

遠くに降り立った光の槍。その横に赤い銃が並び立つ。

赤い銃の両手には、ハンドガンでありながら大きくも無骨な銃が握られていた。

「罠かな、これは」

毒の斧は呟いた後、少しだけ考える。

「赤い銃、光の槍、交渉しないか」

唐突な発言に、赤い銃だけでなく死神の鎌も眉を潜める。

「交渉?命乞いか?」

「そうじゃない。ナイフ使いを殺す協力の話だ」

全員の視線が毒の斧に集まった。

「……拒否する」

赤い銃が即座に答えた。

「うん?話の内容を言ってすらいないぞ」

「ああ。だが、話を聞こうと乗る気は無い」

「こうして人気の無い場所でお前達にも会えたから話を振ったわけだが……。理由を聞いてもいいかな」

「まず第一に、俺達が集まっても殺せる気がしない。お前らはたまにしか奴と会わないだろうが、俺達は毎日会っている。奴の隙の無さも、強さも、お前らより理解している」

「私達では勝てないというのか」

「そうだ」

露骨に怒りの表情を見せる死神の鎌に、赤い銃は冷静に返す。

「俺達は裏政府で常にナイフマスターを殺せないか、殺せるタイミングがないか探っていた。この数年間、ずっとそうしてきた。だが、無駄だった」

肉体の性能と才能。

絶対に越えられない壁。

それを感じさせられるだけの期間。

「断言しよう。俺たちでは勝てない」

どれだけ数を集めようとも手の届かない存在。

「怯えた弱者の戯言なんて聞きたくないわ」

死神の鎌は無くなった右腕を強く、強く握り締める。

「右腕を奪い、お父さんを殺したアイツを、私は絶対に許さない……!」

殺気立つ死神の鎌を警戒し、光の槍が静かに構えた。空気が張り詰めるのをお互いに感じた。

「お前らはお前らで、そうするが良いさ。下手な刺激をするくらいなら、ナイフマスターとシロの現状維持をさせ続けると決めた」

それに、と続ける。

「俺達のような存在を作り出した、裏組織側につくつもりはない」

「……そうか」

毒の斧は深い溜息を吐き

「知ってたよ」

笑った。

「!」

光の槍の横の壁が壊れ、鋭い爪が伸びる。槍で弾くが、もう片方の爪が更に迫る。数瞬だけ反応が早かった赤い銃が身を前に出し、銃身を手に持ち銃底で殴り付けた。

毒の斧と死神の鎌が戦闘態勢に入ると同時に、光の槍が天井に穴を開けた。光の槍はそのまま天井から逃げ、爪を弾いた赤い銃もそれに続いた。

「あー、持ち直し早えな」

獣の爪が手をブラブラさせながら完全に姿を見せた。

「追うか?」

「罠の可能性もある。止めておこう」

獣の爪の提案に、毒の斧が首を振った。三人は戻る為に下水道を進む。獣の爪も結局目標は見つからなかったようで、今回の事は情報を使った裏政府の罠であったと判断した。

「それで、赤い銃と光の槍の説得に失敗したわけか」

「知ってたと言っただろう。アイツらが協力する気がないのは分かってたさ。協力する気ならとっくの昔に話に来ている」

アレはただの時間稼ぎ。本心などではない。

「何を日和っているんだ。レッドガンも、ライトスピアも」

死神の鎌は悔しげに言うが、獣の爪は肩を竦めて答える。

「あいつらの方がナイフマスターと付き合い長いんだ。見えてる物が違うんだろうよ」

勝てないのも真実だろう。

その言葉は口にしなかった。

 

 

 

赤い銃と光の槍は上で待機していた。罠を張り巡らせてはいたが、追撃がないのを確認し、相手は逃げたと判断した。神化人間3人の相手は2人だけでは流石に厳しい。故に追いかけることはしなかった。

「……悪いな、ライトスピア」

「何を謝ってるの?」

急な謝罪に首を傾げる。

「いや、勝手に俺達って言っちまったからさ。ライトスピアの言い分を無視しちまった。もちろん、俺はお前が向こうに行きたいなら止めないし……」

「はい、ストップ」

赤い銃の言葉を、光の槍は彼の鼻を摘んで止めさせた。

「変な気を使わないの。私は貴方の考えと一緒よ」

「…………」

「何で意外そうな顔してるのよ、失礼ね」

やっぱり貴方には当分私がいないと駄目ね、と言いながら鼻を離す。

楽しそうに笑いながら離れていく光の槍を見て、赤い銃は何となく敗北感を感じた。

 


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