Knife Master《完結》   作:ひわたり

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原因

ナイフ使いが大きな扉の前までやってきた。

そのまま案内した男の腕を掴み、扉を開けると同時に中へと放り投げた。

「ぐあっ!」

部屋の中で銃を構えていた男達は反射的に引鉄を引こうとしたが、飛び込んできたのが仲間だと知り、思わず身を固めた。

「待て!撃つな撃つな!」

判断の早かったリーダーと思しき男が制止の声を上げる。中央に投げ出された男は痛みに呻いている。ナイフ使いに掴まれた腕は、防護服の上からでも半分程引き千切られていた。

防護服の強度を知る男達は、思わず生唾を飲み込む。嫌な汗が背中にじんわりと浮かんだ。

「…………」

ナイフ使いが悠々と部屋の中へと足を踏み入れた。

大きな部屋には壁に張り付くように防護服に身を固めた男達が立っており、一番奥にはシロと神殺しの姿が確認出来た。

「……シロを返してもらおうか」

ナイフ使いは歩みを止めずに言い放つ。

男達が一斉に銃を構える。その目標は、ナイフ使いではなくシロに向けられていた。

「動くな!動けば彼女を殺す」

大勢の人数に加え、攻撃地点を散らした方法。もしかしたらナイフ使いが動く前に、銃弾が一発でもシロに当たるかもしれない。

銃は全て改造されており、普通の人間なら当たれば粉々に吹き飛ぶ威力を持つ。反動も勿論半端ではないが、これもまた、賭けであった。

「…………」

ナイフ使いは足を止めた。

「……こんな方法が、お前らの手段か?」

言外にこの程度の手段なのかと責めるような発言に、リーダーの男は口調を固くしたまま答える。

「例えそれが1%でも可能性があるのなら、それに縋るさ」

そして、リーダーはある確信を得ていた。

無意識か意識的かは分からないが、ナイフ使いは足を止めた。

そう、足を止めたのだ。

シロを人質に取られ、撃つと脅されて、進めていた足を確かに止めた。これは非常に重要な事だ。シロは使える。彼女を盾にし、うまく立ち回ることが出来れば、彼を殺し得ることが出来る。

問題はシロがどこまで有効なのかということ。

武器を離せというのは、恐らく聞かないだろう。それに離したところで、一般人からすれば、武器の有無など、ナイフ使いの脅威に差は殆どない。武器の事は無意味な事だ。

ならば、どうするか。

「動くなよ、ナイフ使い。動けば、彼女を殺す」

巨大な一丁の銃を構える。

連射式ではなく、単純に巨大な銃弾と威力を発揮する銃。無骨で大きい銃身を二人で構えて安定させていた。二人掛かりで構える銃を前に、ナイフ使いは動かない。

動くな。

既に効いた脅しを繰り返し、銃口はナイフ使いに向けられる。爆弾はあくまで最終手段。他に被害なく殺せるのならば、それに越したことはない。

「……ナイフ使い」

神殺しは僅かに目を細めた。

本当に動かないつもりなのか。それで死ぬ可能性に賭けているのか。しかし、それは死を受け入れることにはならないのだろうか。死や殺しの基準はナイフ使いの判断であり、大丈夫な可能性もある。

死にたいから、動かないのか。

……それとも、お前は。

「…………」

逆に、シロは戸惑っていた。

ナイフ使いが死ぬかもしれない状況を前に、自分でも驚くほど戸惑いを見せていた。

自分の生死に関してさえも特に何の感情も抱かなかったのに。それなのに、何故にこれ程心が乱されるのか。

……死ぬ?ビャクが?こんなことで?

「……ビャク」

……動いてよ。当たる直前で動くよね?お願いだから、逃げてよ。

ナイフ使いは動かない。

「逃げてよ……」

シロがポツリと言葉を零す。

近くで聞いていた神殺しが眉を寄せる。

「シロ?」

「逃げてよ」

シロは顔を上げて、懇願した。

「逃げてよ!」

その叫び声は、虚しく部屋に響き渡る。

……私の為に死なないで。

何も意味を成さなかった私の為に、どうして貴方が犠牲になる必要があるのか。

私なんか、いらないのに。

「ビャク……!」

……ああ、違う、そうじゃない。

貴方に死んで欲しくない。

私は、ただ、貴方に。

貴方を。

貴方のことが。

「…………」

ナイフ使いは、そこで初めて、白の顔を見た。

いつも笑顔だったシロ。

笑ってと言っては、泣いてもいいと促して。

無闇に感情を動かそうとばかりで。

ずっと、笑っていた。

「……シロ」

そのシロがあんなにも悲しそうに。

悲痛な顔で。

その頰に。

一筋の、涙が。

「死ね、ナイフ使い」

引鉄が引かれる。

「ビャク!」

シロの引き裂かれるような声は、巨大な銃声に掻き消された。

 

銃弾は真っ直ぐに飛び、ナイフ使いの額に直撃した。

 

一瞬の静寂。

「…………」

シロが息を飲み

「…………」

神殺しが目を見開き

「…………」

男達が、戦慄した。

「…………」

銃弾は直撃した。

直撃をした、だけだった。

ごとりと、重く潰れた銃弾が地面へと落ちる。

「…………」

ナイフ使いは、動かない。

額から血を流してなお、その姿勢は不動であった。文字通り、彼は動かなかったのだ。銃弾を食らって、その衝撃を全て耐え、身動き一つすることなくその場にいた。

 

片方の瞳を、白く染め上げて。

 

「撃……!」

瞬間、左右の男達が一斉に壁に埋まった。壁一面に亀裂が入る。線ではなく、面で放った衝撃波が彼らを穿った。

更に、シロの両側面の壁も同じように亀裂が入り、当然男達もそこに埋められた。

「なんだ……」

シロの近くにいたリーダーだけが取り残された。

数瞬の間に、1人になった。

「なんなんだこいつは!」

人間ではないと本能が叫んだ。

「チッ」

神殺しが反射的に双剣を取り出し、正面を引き裂く。

自分達の真正面に襲ってきた衝撃波が切り裂かれ、三角上に残される形で生き残った。

それで我に返ったリーダーは、慌てて爆弾のスイッチを押そうとする。その腕を神殺しが掴んだ。

「やめろ!」

「馬鹿な!何故止める!」

「今やっても無駄だ!奴の白眼を見ただろ!既に肉体のリミッターは解けてる!逃げられるだけだ!」

その間にも神殺しは衝撃波を切り裂き続けた。

「こんな狭い中逃げられるものか!」

「天井を壊して上空へ行けば、衝撃波と爆風で上に跳ぶだけだ!今の奴には壁など紙に等しい!ナイフ使いならまだ何とかなったかもしれんが、破壊神の状態じゃ無駄だ!」

「熱で死ぬ筈だ!」

「貴様は衝撃波を操る意味が分かってるのか⁉︎自由な方向に真空を作れるということだぞ!ましてや、成長した奴は衝撃を線ではなく面で放ちやがった!熱も爆風も無意味だ!」

「ならどうしろと言うんだ!」

左右で喚く神殺しとリーダーのやり取りを他所に、シロが静かに動いた。

車椅子を前に進め、彼へと近付いて行く。

「おい!シロ!」

神殺しが焦った声を出すが、自身は衝撃波を相殺できるギリギリの位置にいる。一歩でも進むわけにはいかない。

「大丈夫」

シロの車椅子がヒビ割れた床に引っかかった。バランスが取れなかったシロは倒れるように地面に体をぶつけた。それでも身を起こし、這いずりながら、彼の方へ進む。

「大丈夫」

腕の力だけで匍匐前進のように進む。お世辞にも綺麗な進み方とも言えない行進を、神殺しは息を飲んで見守った。

「大丈夫」

シロは、彼の足元に辿り着いた。

服の裾を掴み、無理矢理体を起こして、彼の腰へと抱き着いた。

「大丈夫だよ、ビャク」

彼の表情は変わらない。

無表情で。

無感情で。

それでも。

彼はまだ生きている。

「…………」

ナイフ使いは、双剣を手放した。

落ちた双剣は床へと音もなく突き刺さる。

「……シロ」

ナイフ使いの瞳は、赤く染まっていた。

「帰るぞ」

「……うん」

シロはギュッとナイフ使いを抱き締めた。

ナイフ使いは抱き締め返さない。その手は動かない。武器を離しても、彼女を抱き締めることはできなかった。

「……っ」

リーダーの男が懐から爆弾のスイッチを取り出す。

今なら可能だ。ナイフ使いに戻った今なら、彼を殺せる可能性が見出せる。この命も部下の命も惜しくはない。

そして、そのスイッチを押そうとした瞬間

「!」

ナイフ使いと目が合った。

目が合ってしまった。

途端、体が動かなくなる。

押せない、このスイッチが。

たった一押し。親指を動かすだけで終わるそれが、押せなくなっている。

「何故……!」

指が動かない。動けといくら念じても、何かが邪魔をする。

押せ。押すな。押せ。押すな。押せ。押すな。押せ。押すな。押すな。押すな。

貴様に、そのスイッチは押せない。

「何故、何故……!」

自分には二度とナイフ使いを殺せないと、確信してしまっていた。

「あぁ……!」

無残で、無益で、無様で。

どうしようもない負の感情がリーダーの頭を駆け巡り

「あああああああ!」

精神と心を壊した。

「…………」

神殺しは地べたに座り込み、放心したリーダーを横目で見ながら、ぽつりと呟いた。

「……洗脳か」

ナイフ使いには正確な能力の使い方が分からなかった。だから、相手の感情を、恐怖を利用した。

恐怖により、相手の行動を操った。

ザッと周りの男達を確認してみれば、辛うじて生きているのが分かる。片目だったことから、僅かにナイフ使いの意思は残っていたのだろう。それでも、心を壊したリーダー同様、まともな生活を送ることは出来なくなった。

「……御愁傷様」

神殺しはスイッチを押すつもりもないし、今ここでナイフ使いに手を出すつもりもなかった。

ナイフ使いが白眼になったということは、感情を動かした証拠だ。感情を動かしたのも、あの時足を止めたのも、やはりシロが原因なのだろう。

それ程、無意識に、ナイフ使いはシロを想っていた。

シロがナイフ使いを抱き締め、ナイフ使いは動かない。

歪で真っ直ぐな関係の彼らを、神殺しは何も言わずに見ていた。

 




休み無く体調崩してますが、頑張って続けます

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