Neverwinter Nights - Deekin in Halkeginia 作:ローレンシウ
タバサはディーキンの小さな体にしっかりと腕を回し、包み込むようにして自分の体を押し付けた。
二度と離さないといわんばかりに、その華奢な腕で出せる精一杯に、強く。
それと同時に、普段は決して手放そうとしない長い杖が彼女の手から離れ、カランと乾いた音を立てて地面に転がった。
(彼の体が、私の腕の中にある)
そう実感すると、たとえようもない幸福感に包まれて、歓喜の涙がとめどなく流れてくる。
普段の彼女ならば、衝動よりも自制心の方を重んじただろう。
しかし、今のタバサは忌まわしい誘惑と戦うのにあまりにも精力を傾け過ぎて、堕落につながるとは思わない欲望にまで逆らう気にはならなかった。
呪わしく甘美な堕落の道への誘惑を振り切ることができ、当面の不安からも解放された今、タバサはそれにためらうことなく身を委ねた。
ディーキンの体に顔を押し付けて、どこか懐かしく優しげな彼の匂いを胸いっぱいに吸い込み、多幸感にどっぷりと浸る。
陰惨だった過去も、将来への不安も、もうどこにもない。
温かく大きな喜びが、この一時だけは彼女のすべてを塗り潰してしまったのだ。
やわな素肌が硬い鱗に強く押し当てられ、擦り付けられて痛みを訴えていたが、今はそれさえも甘美なものに感じられた。
(もしも、彼の方から抱きしめ返してもらうことが出来たなら、私はどれほど満たされるだろう)
タバサは、そのために体がどんなに傷つくことになろうとも、ディーキンともっと体を密着させたかった。
もどかしさに突き動かされるように、彼女はディーキンの首筋に柔らかい唇を押し当てた。
鱗の端でやわらかい唇が傷ついても気にも留めずに、そのまま幾度となく、情熱的な接吻を繰り返す……。
「……? ??」
ディーキンはタバサに突然抱きしめられ、体を擦り寄せられて、目を白黒させていた。
彼には人間の女性に対する嫌悪感などはないので、生理的に受け付けないと言うことはないが……さりとて、もちろん性的に惹かれるということもなかった。
正直なところ、すっかり混乱してしまって、何がどうなっているのかいまだによくわからない。
しかし、いきなり何をするのだと質問したり、腕を振り払ったりしたら、彼女をひどく悲しませてしまうのではないだろうかと思った。
理由はどうあれ、今のタバサがとても感傷的になっていることは明らかだ。
さすがに異種族の恋愛感情にかかわることとなると、正確に反応を推し量れる自信などはないのだが……。
(ウーン……?)
ディーキンはひとまず何も言わずに、自分にしがみつくタバサの背を、しばらくの間優しくなだめるように撫で続けた。
そうすることで、感情を昂ぶらせている彼女を落ち着かせようとするだけでなく、自分自身の考えをまとめる時間も稼ぎたかった。
もし仮に、相手がシエスタだったなら、ディーキンはここまで驚きはしなかっただろう。
なぜなら彼女は、セレスチャルの血を引いているからだ。
セレスチャルは、ほとんどどんな種族に対してでも愛情を抱きうる。
彼らは肉体などという魂の入れ物の外見に左右されることなく、魂そのものの美しさを真っ直ぐに見つめることができるのだ。
そして、とても魔法的な種族なので、様々な次元界に存在するほとんどすべての種族との間に子を成すことができる。
物質界の数多くの種族の中にハーフセレスチャルが、そしてその末裔であるシエスタのようなアアシマールが存在することが、そうした事実の何よりの証である。
では、人間であるタバサの場合はどうだろう。
人間は赤子を胎で育てる哺乳類であり、コボルドは卵を産む爬虫類だ。
交配は魔法の助けを借りでもしない限り成立せず、姿形もまるで違うので、互いに性的に惹き付けられることがあるとは思えない。
とはいえ、彼女が以前から自分に対して親しみと好意とを示してくれていたことは疑いない。
その好意の中に今彼女が見せているような深い愛情が隠れていたということも、考えてみれば確かにありえなくはないのかも知れない。
人間のような種族がコボルドに対してというのは想像したこともなかったが、愛のあり方は人それぞれなのだし……。
だが、いくらなんでも変化が急激過ぎるような気がした。
今日の昼間、一緒に行動していたときには、そんな気配はまるで感じなかったのだ。
それがどうしてほんの数時間の間に、寝ている相手を起こしてでも今すぐに伝えずにはいられないと思うほど激しい感情になったのか。
今、タバサが見せているのは、果たして本当に彼女自身の自然な感情なのだろうか?
もしかして目の前の女性はタバサではなく、彼女に化けた偽者なのではないかという考えも、一瞬頭をよぎった。
相手を問わず誘惑して絡み付き堕落と破滅に追い込もうとする、サキュバスとか、リリトゥとか、エリニュスとか、ブラキナとか言った種類のフィーンドが化けているのでは?
その他にも、ドッペルゲンガーやその亜種族とか、マローグリムとか、変身能力をもつクリーチャーはいくらでもいるのだし……。
とはいえ今の状況から考えると、それはあまりありそうにもない。
寝ていたとはいえ、自分はずっと彼女の傍にいたのだ。
様子が妙なのは確かだが、かといって目の前のタバサが偽者だとは思えないし、自分の気付かぬ間に入れ替わったとも考えにくかった。
(……ンー、……)
ディーキンは結局、もしかしたら彼女は何らかの心術の影響を受けているのではないだろうか、という考えに至った。
少なくとも、偽者に入れ換わられたというよりはまだありえそうな話に思える。
だがそうだとしたら、いったいいつの間にどこで、そして誰からそんなものを受けたのか。
まさか、デヴィルの仕業ではあるまい。
彼女を自分に惚れさせたりしても、連中に何か得があるとは思えない。
とはいえ、それ以外に思い当たることもないし……。
(……イヤ、考えるのは後回しだよ!)
自分の首に柔らかな唇がしきりに押し付けられるのを感じて、ディーキンは今は悠長に考え込んでいる場合ではないと思い至った。
もしもこれがタバサの本当の意思によるものでないのなら、すぐにやめさせるべきだろう。
自分の知る限りでは、一般的に人間にとってこういった行為をすることは、コボルドが同じような行為をすることよりもはるかに重大な意味を持っているはずだ。
友人として、彼女が後になってから深く傷つくような事態は、なんとしても避けなくてはならない。
だから……。
「タバサ、ちょっと待って!」
ディーキンはタバサの腕からするりと脱け出すと、彼女の体を乱暴にならないように気をつけながらも、しっかりと地面に押さえつけた。
常に《移動の自由(フリーダム・オヴ・ムーヴメント)》の効果を与えてくれる装備品を身に着けているので、いかにタバサが一心にしがみついてこようともすり抜けるのは容易いことだ。
もちろん腕力にものを言わせて力任せに振り解くことも造作なくできただろうが、それでは彼女の腕を痛めてしまう。
「あ……」
しっかりと抱き締めていたはずの相手が突然腕をすり抜けて、次の瞬間には自分の方が押し倒されていたことに、タバサは小さな驚きの声を上げた。
次いで、その後に続く行為を想像して、タバサの頬が紅色に染まった。
心臓が激しく脈打ち、薄い胸は普段の彼女なら一顧だにしないであろう愚かしい期待で膨らんで、せわしく上下する。
しかしディーキンは、すぐにタバサの上から降りると、そんな彼女の様子をじっと見つめながら真面目な調子で話し始めた。
「急に、ごめんなの。でも、ディーキンはどうしても、タバサに言っておきたいことと、確かめておきたいことがあったから……」
「……何?」
タバサは体を起こして、ディーキンと向かい合って座った。
彼の真剣な様子を感じ取って、タバサもいくらかは普段の平静さを取り戻したようだ。
胸の高鳴りも徐々に収まり、代わりに不安な気持ちがじわじわとその胸中に湧き上がってきて、嫌な想像が次々と頭に浮かびだした。
やっぱり、こんなことは嫌だったのだろうか?
彼は優しい人だから、私を傷つけないように努めて不快さを態度に表すまいとしていただけだったのではないか。
だとしたら、これから穏やかに私を説得して、諦めさせようというのだろうか。
でも、それは無理だ。
この人は他人を説き伏せるのが上手だけれど、私のこの気持ちは、説得などで変わるものじゃない。
私自身が何度もそうしようとして、そんな試みは無益だと思い知ったのだから。
では、言葉では無理だとわかったら、そのときこの人はどうするのだろう?
きっぱりと私を拒絶して、今後は距離を置いて近づかないようにしようとするだろうか。
それとも、フーケを捕まえるときに使ったような魔法をかけて、私を操って心を変えさせてしまうつもりなのか……。
(……っ!)
その恐ろしい想像に、恐れを知らないはずだった『雪風』のタバサは、心の底から怯えた。
彼に拒絶されて、目も合わせないような態度を取られることは、考えるだけでも身を切られるように辛い。
けれど、その原因であるこの感情を取り除かれてしまうことが、それ以上に恐ろしかった。
この気持ちは何があっても……たとえ彼に拒絶されても変わることはないと、自信を持って言える。
けれど……、魔法を使われたら、変わってしまうのかもしれない。
今までの経験からすると、この人はここぞというときには想像もしないようなやり方を使ってこちらを驚かせて、大抵のことは思い通りにしてしまう。
そんな彼の手腕を見ることは、いつも楽しみだった。
だけど、今回だけは……。
そんなタバサの内心はさておき、彼女が不安な気持ちでいることはディーキンにも伝わった。
それゆえに、彼は慎重に言葉を選びながら話を進めることにした。
「ええと……、ディーキンはね、タバサみたいな素敵な人に好きだって言ってもらえて、本当にすごく嬉しいよ。そんなことを言ってもらえるとはぜんぜん思ってなくて、驚いたけど、感謝してる。それを、まず言いたかったの」
まずは笑顔でそういって、軽くタバサを抱きしめる。
そうすると、一度は曇った彼女の顔がぱっと輝いて、熱心に抱きしめ返してきた。
ディーキンはしばらくそうしてから体を離すと、また真面目な目で真っ直ぐにタバサの顔を見つめた。
「……それでね。嬉しいんだけど、タバサが本当に後悔しないのか、向こう見ずなことをしてないのか、それが気になってるの」
「後悔は、絶対にしない」
タバサはそれには自信があるようで、目をそらさずにはっきりとそう答えた。
ディーキンは、それを見て小さく頷く。
「うん、タバサが本当にそう思ってるのはわかるの。でも、間違いないのかどうか、確かめさせてくれる?」
「確かめる……?」
タバサはディーキンの意図がつかめずに、鸚鵡返しに呟いた。
(確かめるって、何を、どうやって?)
もしかして、彼は普段は優しいけれど、ベッドの中ではとんでもなく意地悪になったりするのだろうか?
そんな男が出てくる小説を、以前に読んだ覚えがある。
愛し合うときに、相手をいじめたり痛めつけたりする趣味でもあって、私がそれを受け入れられるか確かめたいとでも言うのだろうか。
(それとも、その逆……)
すっかり恋の熱で頭が沸き立った彼女は、馬鹿馬鹿しいほど色惚けした発想をしていた。
「うん。ええと、タバサの気持ちを疑うみたいで、失礼だと思われるかもしれないんだけど……。ディーキンは、タバサが何か魔法とかにかかったりしてないかってことだけ、確かめておきたいんだよ」
それを聞くと、タバサはきょとんとして、不思議そうに目をしばたたかせた。
それから、すっかり判断力の鈍った頭でぼんやりと考えてみる。
魔法って、私が魔法にかかっているというの?
あなたは、私のこの気持ちはそのせいだろうと考えているの?
まさか。
だって、何も心当たりなんかない。
あなたも知っているでしょう、私はあなたとずっと一緒にいたのだから。
そんな魔法をかけられたりした、覚えは……。
「……あ……」
タバサは、はっとした。
(悪魔と戦ったときに浴びせられた、あの液体……)
あれがたとえば水魔法の惚れ薬か、でなければ彼のいた世界にあるそれに類似した魔法薬だったとすれば?
精霊の体の一部を触媒にして水魔法で作られた惚れ薬は効力がとても強く、盲目的な愛情を抱かせることができると聞く。
普通は経口摂取するものらしいが、血管への注入とか、体表や粘膜からの吸収とか、気化させての吸引などで効果を発揮するような変種も、もしかしたら作れるかもしれない。
浴びた直後には何も効果がなかったので、ただの目潰しだと判断して水分を飛ばしただけで済ませたが、それだと成分は残ったままのはず……。
「……」
タバサは、呆然とした。
ありえる。
でも、まさか。
いまさら、そんなことって……。
「何か、心当たりがあるの?」
ディーキンはタバサの様子の変化を目ざとく見咎めて、そう尋ねた。
タバサは彼から目をそらし、一瞬、このことは言わずにおこうかとも考えた。
だが、そんな見え透いた嘘が彼に通用するとも思えない。
結局、小さく頷いて、ぽつぽつと答えた。
「……ある。アジトで悪魔が投げてきた、あの液体。……本当にそうかは、わからない、けど……」
「ア……」
ディーキンも、はっとした顔になった。
そうだった、何も起きていないように見えたので、それで安心してあのことはすっかり忘れてしまっていた。
だが既に、《英雄達の饗宴(ヒーローズ・フィースト)》の効果は切れているのだ。
あれが毒だったとすれば、効果があるうちに体に吸収された分は無効化されたはずだが、もしも薬品の成分がまだタバサの体の表面に残っていたとしたら……。
それがじわじわと効果を表し始め、今になって影響が目に見え出したということは、ありえない話ではない。
目の前で見ていたにもかかわらず、自分はなんと迂闊だったのだろう。
「……そうだね、そうかもしれない。ごめんなさい、ディーキンはもっと注意深くするべきだったよ」
「あなたは悪くない」
謝るディーキンに、タバサがそう言って首を振る。
「ありがとうなの。……じゃあ、とにかく、呪文をかけるよ。ええと、毒の効果を消すのと、毒のせいで起きた被害を治すのと、それから」
「いい」
さっそく呪文の準備にかかろうかとしたディーキンに、タバサはぽつりとそう言った。
「……へっ?」
「私は……このままでいい」
顔を伏せながらも、しかしきっぱりとそう言ったタバサを、ディーキンはきょとんとした目で見つめた。
「イヤ、そんなわけにはいかないでしょ?」
「……どうして?」
「どうして、って……」
ディーキンは、困ったように頭を掻いた。
タバサは俯いたまま、ぽつぽつと言葉を紡いだ。
「私は、今の自分が好き。たとえそれが薬のせいでも。でも……」
彼女はそこでいったん言葉を切ると、顔を上げてディーキンの姿をじっと見つめた。
「あなたは……、私に好かれるのは、迷惑?」
その顔は辛そうに歪み、目はひどく潤んでいて、今にも泣きだしそうに見えた。
そんな彼女の様子を見て、ディーキンはおろおろする。
「ご、ごめんなの。もしかしてディーキンは、タバサに考えなしに、ひどいことを言ったかな……」
タバサは目の端に涙をためて、黙って首を横に振った。
「いい。受け入れてもらえなくて、当然だと思う。ただ……」
自分の今の感情が、事実あの時浴びた薬の影響なのかどうかは、よくわからない。
けれど、彼が真っ先にその可能性を疑ったということは……。
やっぱり、私みたいな異種族の女を色恋沙汰の相手にするだなんて、彼にとってはありえないことなのだろう。
そんなのは、最初からわかりきっていたことじゃないか。
なのに、どうしようもなく辛くて、悲しくて……。
絶望のあまり、胸が潰れそうになった。
「……ただ、あなたが……。本気にしても、くれない、のが……、悲しく、て……」
タバサの顔がくしゃくしゃに歪んで、潤んだ目からぽろぽろと涙がこぼれ落ちた。
それを隠すように両手で顔を覆って、嗚咽混じりの声を漏らす。
「お願い……、もう、迷惑は、かけないから。だから、私から、この気持ちだけは、奪わない、で……、っ……、うぅぅ……!」
タバサは、まるで幼い子どもの頃のように泣きながら、そうせがんだ。
今の彼女は、ごく平凡な同年代の少女と同じかそれ以上にも、感情を素直に表に出している。
それは胸を焦がす恋の炎のためでもあり、また体を蝕み続ける毒素によって判断力が著しく弱まっていたせいでもあった。
ディーキンはしばし言葉を失って、まじまじとそんなタバサの姿を見つめた。
やっぱり、彼女は明らかにおかしくなっている。
単に恋の熱に浮かされたというだけで、彼女のような女性がこんなにも感情的に不安定になったりはしないだろう。
なら、彼女がなんと言おうとも無視して治療してしまえば、それでいいのかもしれない。
今は泣いていても、元に戻ればきっとすぐに落ち着いてくれる。
しかし……、本当に、それでよいのだろうか。
たとえ今のタバサが心に変調をきたしていようとも、そのおかしくなった範囲の中で真剣に訴えているのは間違いないのだ。
このままでいたいという彼女の訴えを無視して、自分の選んだ解決法を一方的に押し付けることが、果たしてよい行いだと言えるのか。
自分たちは、もっと時間をかけて話し合うべきなんじゃないだろうか?
「……ありがとう。ディーキンは、もっと真剣にタバサの気持ちを受け止めなきゃいけなかったね。どんなに本気で言ってくれてるのか、すごくよくわかったよ」
ディーキンは心をこめてそういうと、ちょっと背伸びをして、タバサの頬に口を触れさせた。
それから、彼女の手をそっと、両手で包み込むようにして握る。
「本当はね、ディーキンもこんなことを言わなきゃよかったのにって、ちょっと思ってるんだよ。タバサが差し出してくれてるものに、飛びついたらよかったのにって……」
「え……?」
タバサは顔を上げて、問いかけるように、ディーキンをぼうっと見つめた。
ディーキンはにっこりと微笑んで、そんな彼女の顔を見つめ返す。
「でも……、ディーキンは、タバサの前でいやしい男にはなりたくないの。もしも今のタバサの気持ちが薬のせいだったら、薬の効き目は、いつかなくなっちゃうでしょ? そのときになって、お互いに後悔の残るような終わり方はしたくない」
「……それは……」
タバサの瞳が揺れた。
確かに、仮にあれがハルケギニアの惚れ薬と同じような種類のものだったとしたら、その効果は永続的なものではない。
摂取量や個人の体質の違いなどにもよるが、長くてもせいぜい一年かそのくらいだと言われている。
そうなると、あくまで解除を拒んで、今のこの夢にすがりついたとしても……。
やはり、夢はいつかは醒めねばならないのだろう。
「……だけど、薬のせいなんかじゃない可能性もあるよね? その時は、ディーキンはタバサの気持ちにちゃんと応えるって約束する。ディーキンも、そうだったら本当に嬉しいな」
ディーキンは決して、タバサを丸め込むために口からでまかせを言っているというわけではない。
身体的には、もちろん人間の女性に惹きつけられることはないが、精神的なものはそれとはまた別なのだ。
異性からこんなにも純粋な愛情をぶつけられた経験はこれまでになかったし、それを嬉しいと思う気持ち、相手を愛おしく思う気持ち、このまま黙って彼女を受け入れてしまいたいという気持ちは、大なり小なりある。
今のタバサは間違いなくおかしくなっていると判断しながらも、これが彼女の本心であってくれないだろうかと心のどこかで願う気持ちも、本当にある。
ただ、そのような正しくない行為から得た利益を心から喜んで受け入れることはできないし、ボスや仲間たちにも顔向けができない、という気持ちのほうがより強いだけだ。
「……本当? 本当にあなたは、そう思ってくれるの?」
すがるような目で自分を見つめてくるタバサの手を、ディーキンはもう一度、力強く握り直した。
「もちろん。ディーキンは、こんな時に嘘をついたり、冗談を言ったりはしないよ」
タバサの目を真っ直ぐに見つめながら、ディーキンは言葉を続けた。
「それで、もし……、今のタバサの気持ちが、薬のせいだったら。その時は、ディーキンはがんばって、もっといい男になるよ。いつか、薬の力なんかなくても、タバサの心をつかめるくらいにね」
「……!」
「ディーキンは約束する。だから、タバサにも約束して欲しいの。その時はもう一度、今度こそ本当に好きだって、言ってくれる?」
タバサは、夢を見ているようなぼうっとした心持ちのまま、ディーキンの姿を見つめた。
いつも真っ直ぐで曇りがなく、情熱と希望に満ちて遥か遠くを見ている瞳が、今は自分の方に向けられている。
自分を言いくるめるためにその場限りのでまかせを言っているのだと疑うには、綺麗すぎる目だった。
タバサはまたぽろぽろと涙をこぼしたが、今度はその目も顔も、歓喜に輝いていた。
「うん……。約束、する」
彼女は最後にもう一度ディーキンを腕に抱いて、そっと口付けをした。
彼は照れてもじもじしながらも、嬉しそうに頬を緩めて、自分の方からも軽くお返しをしてくれた。
その様子には、芝居がかったところも、嫌がる様子も、まったく感じられない。
それを確かめることができれば、もう十分だった。
タバサは薬の影響を取り除く治療を受けることに、心から同意した。
……もちろん、薬の影響から解放された彼女はそれまでの行動や妄想の数々を思い出してしばらく悶絶することになるのだが、それはまた後ほどの話である。
フリーダム・オヴ・ムーヴメント
Freedom of Movement /移動の自由
系統:防御術; 4レベル呪文
構成要素:音声、動作、物質(革紐。腕、またはそれに相当する付属肢の周りに結ぶ)
距離:自身あるいは接触
持続時間:術者レベル毎に10分
この呪文の恩恵を受けたものは、持続時間中、普通なら移動を阻害するような呪文や効果の影響下にあっても、通常通り移動し攻撃することができるようになる。
そうした呪文や効果にはウェブ、スロー、ソリッド・フォッグ、麻痺などが含まれる。
持続時間中、対象への組みつきの判定は全て自動的に失敗する。
また、対象は組みつきや押さえ込みから逃れるための<脱出術>判定に自動的に成功する。
この呪文はまた、対象に水中でも通常通り移動し、攻撃することができる能力も与えてくれる。
アックスやソードのような斬撃武器、フレイルやハンマーやメイスのような殴打武器でも、投擲するのではなく手に持って振るう限りは通常通りに攻撃できるようにしてくれる。
ただし、この呪文だけでは水中での呼吸能力までは得られない。