下着のエグさは灰色の盾随一らしい。
トオルのウワサ
美樹と連絡先を交換したいらしい。
多数の赤目ギャングが跋扈し爆発寸前の火薬庫と評された西外周区のスラムはその言葉通り、アキンドとマーケットの壊滅という火種によって大爆発を引き起こした。
この夏一番の大雨の中、西外周区では爆炎が上がり、砲弾が飛び交う。その様子をニッキーは89式5.56mm小銃に備え付けたスコープで静観していた。バンタウから少し離れた廃ビルの上階、そこに陣取った彼女は他のチームが襲撃して来ないか注視していた。
新参組のトオルもFN FAL自動小銃(レプリカ)を窓枠に置いて周囲を警戒する。――が、ただ見ているだけというのもつまらなかったので2人は「戦っているギャングのどちらが勝つか」賭けに興じていた。
「フリップスラップの勝利。賭けはウチの勝ちっすね」
トオルは勝ち誇り、ニッキーに向けて平手を出して賭け金を催促する。ニッキーはため息を吐きながら財布から1000円札を出し、トオルに手渡す。
「カナガワアンガーの子達には頑張って欲しかったわ。あ、キョウコちゃん見なかった? 」
「キョウコって、アンガーの無駄におっぱいデカいやつ? 」
「そう。その子」
「グレネードで吹っ飛びましたよ。ありゃ死体も残ってないですね」
「あら勿体ない……。けっこう好みのタイプだったんだけど」
「死体漁りにでも行きますか? ワンチャン胴体残ってるかもしれないっすよ」
「
二人の間で愛想笑いが流れるが、しばらくすると声は途切れ、再び雨がコンクリートやアスファルトを打つ音が場の空気を湿っぽく包む。それに交じりどこかからか銃声や爆裂音も聞こえるが、さほど気にならなかった。
「ニッキーさん……。ボスはどうするつもりなんすかね? 」
「どういう意味? 」
「なんか……ここ最近のボスは凄味が無いって言うか、覇気が無いって言うか、ミキ達が来てからなんか腑抜けたような気がするんすよね……。この戦いだって興味なさげで灰色の盾を勝たせるつもりが無いんじゃないかって思うんですよ」
語っている内にトオルはニッキーが美樹と昔馴染みであることをはっと思い出す。
「あ、いや、まぁ~その、えーっと何て言うか……」
「気にしなくて良いわよ。別に怒ってないから」
「あ、あざっす」
「……正直な話をするとね。エールは西外周区の覇権に興味なんて無いのよ。それどころかギャングも外周区暮らしも“終わり”にしたいって思っているんじゃない? 」
サラリと告げられたエールの本心にトオルは歯噛みする。あまり稼ぎが良いとは言えない傭兵稼業と武器密売で組織を運営する
「それは……ミキ達が来たからっすか? あいつらが悪いとかそういうことを言いたくないっすけど、あの2人がそうさせたんですか! ? 」
「半分正解ってとこかしら」とニッキーはサラリと軽く応える。
「エールとはもう8年の付き合いだけど、最近ようやく分かったことがあるの。あの子はね、私達が求めるからボスを演じているだけの女の子なのよ。内地の人間みたいに盗みも殺しもご法度だと思っているけど、それを我慢してギャングをやってるのよ。でもそれも我慢の限界ね。今まではバイクとかギターとか趣味を見つけて現実から目を逸らしていたけど、あの子達と再会した時に心の中でなんかこう……色々なものがプッツンしちゃったのよ」
最後の肝心なところをふんわりとさせたニッキーの物言いにトオルは苛立ちが頂点に達した。
「ふざけないで下さいよ。灰色の盾は金の為に人を殺しまくって西外周区最強のギャングになったんじゃないすか。
トオルは自分の敬語が崩れたこと、上であるニッキーに怒りの矛先を向け食ってかかったことにはっと気づく。荒げた息を落ち着かせる。
「すみません……」
「別にいいわよ。トオルの言っていることの方が正しいんだから」
雑然と続く大雨が地を打つ音が響く中、背後で複数の空き缶が転がる音が聞こえた。誰かがこの廃ビルに入った時作動するよう仕掛けていたトラップだ。2人はライフルのグリップを握り、ビルの内側へ振り向く。
ヒタヒタと小さな足音と雫の音が聞こえる。相手は1人だろう。自分達がこの部屋にいることに気付いており、刻々と音が大きくなる。ホラー映画のような異様な雰囲気に包まれ、2人の緊張は高まっていく。
扉が開き、2人の目に少女が映った。顔も体格も取り立てて特徴がある子ではなかったが、二人は異様な様子から警戒する。彼女は入院着姿だった。この大雨に当てられて服は肌に張り付き、簡素な下着が透けて見える。大雨の紛争地帯を出歩く格好ではなかった。
「ニッキーさん。あいつ知ってます? 」
「見たことないわね。それにあの様子……」
「ドールメーカーにやられた奴みたいっすね」
トオルがFN FALの銃口を下ろす。ドールメーカーを服用し廃人になった呪われた子供は立って歩く以外の行動が出来ない、警戒に値しないからだ。
「回収役のスカーフェイスがいなくなったから放置されたってところかしら」
「どうします? 縛ってバンタウにでも連れ帰りますか?」
「そうね。何か手掛かりになるかも――
突如、2人に向かって少女が走り出した。目を赤く輝かせ十数メートルあった距離を詰める。
ドールメーカーの廃人にこんなことが出来る子はいなかった。しかしニッキーとトオルは驚愕に怯むことなく、銃の照準を少女の足に合わせトリガーを引く。5.56mm弾と7.62mm弾が両膝を撃ち抜いた。
少女は文字通り膝から崩れ落ち、地面に突っ伏せる。苦痛に顔を歪ませることも悲鳴を上げることもなく倒れる姿は人形のようだった。
「クソッ。ビビらせやがって。やいテメェ。どこのどいつだ!? 」
トオルが少女に近付こうとするがニッキーが肩を掴んで制止する。
「待って。様子が変」
ニッキーが顎で少女の背中を指す。トオルも背中に目を凝らすと服の下で何かが蠢いているのが見えた。それが何か分かった瞬間、トオルは全身から冷や汗が噴き出た。
「ちょっと待って下さい。こいつ――」
少女の背中から深緑色の腕が飛び出す。器から溢れた水のように全身の細胞が変異し、血肉が膨れ上がり、フロアをその身で埋め尽くす異形の怪物――ガストレアに変異する。
出入口を肉で塞がれた2人には応戦以外の選択肢がない。小銃を構え、マガジンが空になるまでトリガーを引く。合計20発のバラニウム弾を叩き込まれたガストレアは沈黙する。
2人は弾倉を交換して目の前のガストレアを警戒する。
窓の外から蛇型ガストレアが飛び込んだ。2人は小銃を向けるがトリガーを引くよりもガストレアが速かった。ガストレアはトオルの胴を食らい付いた瞬間、その大顎で彼女を噛み砕く。同時に長い胴を振るってニッキーを窓の外に弾き飛ばした。
ニッキーはビル10階から地面へ自由落下。地面に背中を打ち付け一瞬意識が飛びそうになるが、何とか繋ぎ止める。
ガストレアに嚙み砕かれ口から零れたトオルの骨肉片が雨と共に落ちる中、ニッキーは起き上がる。――が、それを阻止するかのように彼女の身は打ち飛ばされた。
廃墟の壁に叩き付けられ、剥き出しの鉄骨が胸部を貫通した。心臓の鼓動と共に血が胸から流れ出る。決壊したダムのようだ。
体温が下がり、意識が朦朧とした中でニッキーは目を開き、その光景を網膜に焼き付ける。
ガストレアで溢れかえる西外周区スラムの光景だ。トオルを食った蛇型ガストレアが怪獣映画のようにビルに巻き付き、熊をそのまま大きくしたようなガストレアがこちらを見てニタニタと笑う。更にはワニ型のガストレアの群れが血の匂いに釣られてこちらに向かってきている。
この出血量ではまず助からない。万全の状態だとしてもガストレアの群れから逃れることは出来ないだろう。今の自分に出来るのはガストレアにならないようにするだけだ。
誰かの落とし物だろうか、手の届きそうな場所に拳銃が落ちていた。ガストレアの足音が刻々と近づく中、ニッキーは鉄骨が傷口を拡げる痛みに耐えながら、手を伸ばす。
「お願い……届いてよ……死に方ぐらい……選ばせて」
呪われた子供に神がいたとしたら、それはとても怠惰なのだろう。その願いが叶うことは無く、ニッキーは
*
第四次関東会戦の幕開けと言わんばかりに西外周区はガストレアで溢れかえっていた。それは西外周区で比較的高いバンタウの13階からハッキリ見えていた。地上も空もステージⅠ相当のガストレアが支配する。哺乳類、爬虫類、両生類、鳥類、昆虫類、etc……と多種多様なモデルのガストレアが混在していた。
同じものを見たティナと朝霞は第三次関東会戦のことを真っ先に思い出しただろう。
地上では近隣に勢力圏を持つ他のギャングチームや見張りをしていた灰色の盾が応戦するが、装甲車や戦車を持つ彼女達でも圧倒的な物量差で潰されていく。
その光景を目の当たりにした壮助達は驚愕する。外周区は確かに未踏領域に近く、ガストレアが貧民街に襲来するのもそう珍しい話ではない。しかしこれほど大量かつ多種多様なガストレアがここまで来ることは今まで無かった。これほどの軍勢の襲来にどうして誰も気づかなかったのか不思議で仕方がない。
『騒がしいようだが、何か起きたのか?』
「第四次関東会戦だよ。これも五翔会のシナリオか?」
『どういう意味だ?』
スマホから聞こえるネストのすっ呆けた質問に壮助は苛立つ。今にもスマホを床に投げつけたい気分だが、それを抑え窓の外の見渡し状況を把握する。
雷雨が轟く分厚い雲を突き抜け、ステージⅠモデル・
圧力反応装甲多重展開
壮助はベランダに向けて斥力フィールドを展開、何枚も重ねることで防御力を底上げする。ガストレアの大顎と斥力フィールドが衝突し燐光が瞬く。しかしガストレアの巨体とスピードが持つ運動エネルギーに負け、燐光の瞬きは一瞬、斥力フィールドを重ねた盾も数秒ともたなかった。
ベランダ柵と窓ガラスを突き破り大顎が突入。ガストレアの口が壮助に迫るが、詩乃が前に飛び出し大顎を掴んで制止する。
「朝霞!!」
すかさず朝霞が双刀を振るい、ガストレアの大顎を切断。返す刀で心臓を突き刺した。ガストレアが紫色血液を噴き出す前に彼女はガストレアを外に蹴り飛ばし階下に死骸を落とす。
今度は部屋が横向きに揺れた。地震か、それともまたガストレアがマンションに吶喊して来たのか、考えるまでもなく後者だろう。しかし、肝心のガストレアの姿が見えない。
「!!」
ティナが鈴音の、朱理が美樹の服を掴んでベランダ側に引く。
玄関扉をぶち破り、黄土色の細長い手が部屋の中に手を伸ばす。先端の鋭利な爪は一番近くにいた日向姉妹を切り裂こうとしたが、ティナと朱理の咄嗟の行動で間一髪届かなかった。
聞くに堪えない汚い咆哮と共に細い腕はキッチン・トイレ・バスルームを壁ごと抉り取る。その先の開けた視界に猿の顔――正確に言えば猿型ガストレアの顔があった。
人間という獲物を見つけたのか、猿のガストレアは笑みを浮かべると再び手を伸ばす。
常弘が居合の構えで姉妹の前に出て抜刀。神速のバラニウム刀がガストレアの腕を切断した。紫色血液が噴き出す中、彼はバラニウム刀を鞘に戻し、ホルスターからSIG SAUER P226を抜く。ガストレアの眉間に向けて照準を合わせて発砲。猿のガストレアの眉間に風穴を開ける。切り落とされた腕がゴトリと床に落ちた。
「お前ら、大丈夫か!?」
エールが玄関前の通路から飛び出した。右手には新調したバラニウム短槍、両腰にH&K MP5を携え、全身にガストレアの返り血を浴びた姿は正しく戦場真っただ中に立つ姿だった。戦いで興奮し、瞳孔が開いた赤い瞳と険しい顔つきに美樹が「ひっ」と小さな悲鳴を上げる。
「全員無事だ」
「何が遭ったんですか?」とティナが尋ねる。
「見たことねえチームが襲ってきたと思ったら、全員ガストレア化しやがった。あいつらスカーフェイスと同じだ」
――そうか。ガストレアは
自衛隊やギャング達に気付かれず、どうやってガストレア達はこの西外周区貧民街に来たのか、壮助が抱く疑問に答えが出た。ガストレアはその生態上、ほとんどが熊をも越える巨体だ。それが群れを成して動けば嫌でも目立つ。しかし、ガストレア爆弾付きの赤目であれば話は変わる。彼女達は小柄で人間と同じリソースで運搬することが出来るのだ。数十人を密かに運ぶことなど造作もない。
この状況を作り上げられるのは東京エリアで五翔会残党しか考えられなかった。ネストは最初から交渉する意図など無かったのだろう。これから死ぬ敵を嘲笑う趣味の悪い戯れなのかもしれない。
『おい。義搭壮助。何が起きている?』
「ネスト。悪いがアンタとの話は無しだ。テメェんとこの人形が襲って来たからな」
壮助は一方的に切電する。信用に値しない交渉人と話すことなどもう無いからだ。スマホを耳から離す一瞬『勝手な真似を――』と怒りを露わにするネストの声が聞こえた。
――さて、どうする?
壮助は冷静に情報収集する。ガストレアはどれだけいるのか、どの方角に多いのか、バンタウに籠って抗戦すべきか、それともここから逃げるべきか、その判断材料を収集する。
「エール。武器と弾薬、あとどれくらい残ってる?」
「籠城するには足りねえな。昨日の空飛ぶモノリス相手に撃ちまくったし、マーケットがぶっ飛んじまったから補充も出来てねえ。あと偵察に向かわせたメンバーとも連絡が取れない」
エールは何かを決意し、壮助をじっと見つめた。その真剣さに壮助は汗を流す。
「スズネとミキを連れてここから逃げろ。大戦前の地下鉄を走れば内地に行ける」
「お前らはどうするつもりだ?」
エールはふっと笑みを浮かべる。大雨が降り注ぎ、砲弾が飛び交う最悪の状況の中、彼女は真夏の青空のように爽やかな笑みを浮かべる。
「お前……まさか……」
「ここで死ぬまで戦う。
オマケ 前回のアンケート結果
壮助「5億円ゲットしたぜ。どこに移住する?」
(2) 札幌エリア
(2) 仙台エリア
→(4) 大阪エリア
(2) 博多エリア
壮助「みんなで大阪エリアに逃げるぞ」
それから数年後
鈴音「なんやねんこれ」
美樹「なんや?」
壮助「なんなんや?」
詩乃「これナンなんや」
エール「ナンってなんや」
鈴音「ナンはナンや」
美樹「なんやなんや」
全員「なんや」で会話が出来るようになった。
次回「西外周区感染爆発事変 前編」
ニッキー「死んで幽霊になっちゃったけど現世に留まっちゃった……」
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サヤカにセクハラしに行こう
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スズネにセクハラしに行こう
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ミキにセクハラしに行こう
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詩乃ちゃんにセクハラしに行こう
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ティナちゃんにセクハラしに行こう
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朱理ちゃんにセクハラしに行こう
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義塔くんにセクハラしに行こう
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