ブラック・ブレット 贖罪の仮面   作:ジェイソン13

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小星常弘のウワサ

よく芸能事務所にスカウトされるらしい。


那沢朱理のウワサ

常弘には自分だけのアイドルでいて欲しいらしい。


我堂の異端児

 ひび割れたレンガ道、パーツが抜かれボディだけが残った廃車、スプレーで乱雑に描かれたストリートアート――それらに囲まれたバンタウ1階の中庭で常弘と朱理は外周区ブレックファーストと洒落こんでいた。

 どこかの家具屋から盗んだ傷だらけのマボガニーチェアに座り、2人は賞味期限切れのコンビニ弁当を平らげる。

 食事をする小星ペアを組み込む形で、義搭ペア、日向姉妹、エールが円陣となって向かい合って座っていた。

 

「とりあえず、これが俺達の現状だ」

 

 食事の間、壮助からこれまでの経緯を説明された。空になった器をテーブルに置き、常弘は「ふぅ」と一息つく。

 

「なるほど……。それなら君達が警察から逃げて外周区に籠る事情も分かる」

 

 常弘はすんなりと壮助の話を受け入れた。壮助がつまらない嘘を吐くような人間でないことを知っていたからだ。また話の内容が調査を進めていたスカーフェイスと呪われた子供の集団失踪事件と符合する点もあった。

 

「うぅ……えっぐ……なにそれ……しんどい。鈴音ちゃんと美樹ちゃんが何をしたって言うのぉ……」

 

 親の死に想うところがあったのか、朱理は我が身の出来事のように泣いていた。涙声と鼻を啜る音が止まる気配がなく、彼氏らしく常弘が肩を抱き、胸を貸す。

 

「あー……話の続きしてもOK? 」

 

「うん。僕が聞きたいからお願い」

 

 壮助は話を仕切り直すため、一呼吸する。

 

「昨日の話なんだけど、『我堂は警察と厚労省の発表を信用していない。協力するフリだけをしている』これは本当か? 」

 

「我堂全体って訳じゃないけどね。こっちも確証がある訳じゃないし、警察や省庁とも取引がある手前、大々的に動くことも出来ない。現状、君達に協力することがテロ幇助になるからね」

 

「だから動かせる駒が限られているって訳か」

 

「ウチも一枚岩じゃないからね。下手に増やすと社長を貶めようとする裏切り者が出る可能性が出て来る」

 

「裏切り者? 」

 

 その状況に日頃から悩まされている常弘はため息を吐く。そして、エール、鈴音、美樹がいる方へと目を向ける。

 

「本格的な説明をする前に一つ。君達は我堂長正(ガドウ ナガマサ)という人物を知っているかな? 」

 

「いや、知らねえな」とエールは即答。

「ごめんなさい」と鈴音も困り顔で答える。

「えーっと、戦国武将? 」と美樹は頓珍漢な答えを出す。

 

「義塔くん。答えを」

 

「はいよ」と言って、壮助は不正解者3名に優越感に浸った笑みを見せる。

 

「我堂長正は我堂民間警備会社の創設者にして、第三次関東会戦に結成された民警軍団の初代団長だ。IP序列275位。“知勇兼備の英傑”と讃えられていた。我堂流剣術と武者鎧型の強化外骨格(エクサスケルトン)で接近戦は高位序列のイニシエーターに匹敵する強さを誇り、スタンドプレーヤーだらけの民警軍団を纏め上げる知性とカリスマも持っていた。だが、第三次関東会戦で大ボスのアルデバランと直接対決の末、戦死した」

 

 壮助の模範解答に常弘は軽い拍手を送る。意外に真面目な解答で鈴音と美樹は目を丸くした。

 

「義塔の兄ちゃん、変なところで物知りだね」

 

「まぁ、東京エリア民警の義務教育みたいなもんだしな」

 

 壮助は“変なところで”という部分を無視し、ふふんと誇らしげに腕を組んだ。

 

「それじゃあ、話の続きに入ろう。第三次関東会戦で長正さんが戦死した後の話だ」

 

「後継者問題だね。我堂民間警備会社は社長である長正がブレインとなり、一芸に特化した部下を動かす強固なトップダウン型の指示系統を取っていた。それがトップを失ったことで麻痺してしまい、関東会戦最後の作戦『レイピアスラスト』で彼らは組織として上手く機能出来なかった。それは関東会戦後も続いて、一時期は民警会社としての存続すら危ぶまれた。その時に新社長として指名されたのが長正の弟、我堂善宗であり、彼の選出が起死回生の一手となった」

 

 常弘は、これから言おうとしていたことを詩乃に全て言われた。一瞬、何を喋っていいのか分からなくなり、硬直する。

 

「……森高さん。僕が言う前に全部喋らないでくれるかな」

 

「ごめん」

 

 常弘は仕切り直すために咳払いする。

 

「善宗さんが我堂民警会社を再興させたのは事実だ。彼は我堂民間警備会社を立て直すだけでなく、倒産しかけていた我堂グループの企業も取り込み、純粋な戦闘集団だった我堂を東京エリア全体の民警業をカバーする多角経営の総合企業に発展させたんだ」

 

「良いこと尽くしじゃねえか」

 

「そうでも無いんだよ。厳格な武人そのものだった兄に対して、善宗さんは自由奔放で型破りな人だからね。やり手ではあるんだけど同時にとんでもない問題児で、その点で善宗さんを快く思わない人は多いんだ。閑職に追いやられたり、降格させられたりした人もいるしね」

 

 壮助は意外だと感嘆する。小星ペアをはじめ、我堂の民警とは何度か現場で顔を合わせているが、全員が真面目かつ職務に忠実な人柄だった。大企業ながらスタッフの意思統一がなされていると思っていたが、実態はそうでもなかったらしい。

 

「なるほど。そっちの事情は分かった。それなら良い提案がある」

 

 笑みを浮かべる壮助を見て、常弘はぎょっとした。悪辣だった。今、()()()()()()()()()()()()と尋ねられると「義搭壮助だ」と即答してしまうくらいには酷かった。

 

「小星。お前の仕事を灰色の盾に委託しないか? 」

 

「どういう意味だ? 」

 

「日向姉妹はこのまま外周区に残し、灰色の盾に守らせるんだよ。我堂にとっても悪い話じゃない筈だ。姉妹の護衛に割く人員を削減できるし、我堂が姉妹を匿うリスクも避けることが出来る。ちょっとばかし、金と武器弾薬を恵んで貰うけどな」

 

「いや、駄目だ。いくら外周区に警察の手が届かないとはいえ、治安が悪すぎる。このマンションの周囲は全部、敵対するギャングチームのナワバリなんだろ? 」

 

「灰色の盾ならそこは問題ない。この辺りのチームは灰色の盾に手を出さないのを見ただろ。車にマーク書いただけで素通りだったじゃねぇか。そんなに心配なら、お目付け役として我堂の民警を何人かこっちに派遣すればいい」

 

 ふと常弘はエールに目を向ける。勝手に組織の方針を決められた彼女がご立腹ではないかと心配したからだ。しかし、彼女は腕を組んで静かに2人の話を聞いていた。おそらく壮助の提案も事前に聞かされていたのだろう。彼女は納得している様子だった。

 壮助が突き付ける我堂にとってのメリットにも反論の余地はなく、常弘は押し黙った。それだけではない。日向姉妹にとってどっちに守って貰える方が良いのかを考えた時、彼の中でも灰色の盾という答えが出てしまったからだ。

 

 安全という面では我堂に保護されるのが良いのだろう。設備は揃っており、生活環境も外周区とは比べ物にならない。死龍のような機械化兵士が来たとしても我堂のセキリュティやIP序列1000番台のペアが対応。いざとなれば、朝霞が出れば問題ない。

 だが、安心という面ではどうだろうか。両親を目の前でガストレア化され、偽装された侵食率で警察に追われる身となった彼女達に今一番必要なのは心のケアであり、一度、落ち着くための時間と場所だ。灰色の盾はリーダーと幹部が幼馴染であり、何度も姉妹の命を救って信頼を獲得している。昨晩、軟禁されている時にドアの隙間から外を覗いたが、灰色の盾に打ち解ける光景も見えた。

 

 ――そうなると、後は本人の意志か。

 

「鈴音さん。美樹さん。君達はどちらが良い? このまま灰色の盾に匿われるか、我堂家の別荘に匿われるか」

 

 2人に悩む時間は無かったのだろう。彼が質問している時点で2人は覚悟を決めていた。

 

「ごめんなさい。出来れば、もう少しみんなと一緒にいたいです」

 

「せっかく会えたし、もっと色んな話とかしたいしね」

 

「分かった。身勝手な質問をしてすまない」

 

 常弘も2人がそう答えるのは想定済みだった。むしろ、そう言ってくれたことで灰色の盾と我堂民間警備会社の間にわだかまりを作らなかった彼女達に感謝すらしていた。

 

「じゃあ、俺の提案はOKってことで――「いや、まだだね」

 

「は? 」

 

 壮助の表情が途端に不機嫌になる。ようやく終わったと思った交渉をひっくり返されたからだ。これ以上の何を要求するのかと言いたげに常弘を睨む。

 

「この件は、僕が返答できる権限を越えている」

 

「お前、なにサラリーマンみたいなこと言ってるんだよ」

 

「みたいじゃなくて、サラリーマンだよ。企業に勤めて給与を得ているからね」

 

「じゃあ誰と交渉すれば良いんだ? 」

 

「ウチの社長だよ」

 

 常弘はニヤリと笑みを浮かべた。それは壮助を挑発するようで、試しているようだった。普段の清楚で爽やかな雰囲気とは打って変わり、彼も腹に一物抱えているのが窺えた。

 

「義塔くん。君をウチの本社に連れて行く。そこで東京エリア最大の民警会社を口説いてみないか? 」

 

壮助は鼻で笑い飛ばす。

 

「なにその安い挑発。サイコーじゃん。

 

 

 

 

 

  ――――――乗ってやるよ」

 

 

 

 *

 

 

 

 常弘は灰色の盾から返して貰ったスマホで連絡を入れる。相手はおそらく我堂社長だろう。彼の返答や表情を一同が見守る。通話は5分ほどで終了し、常弘は「失礼します」と言って切電した。

 

「社長には話を通した。警察に見つからない移動手段も提供するそうだ」

 

「とりあえず、会う価値はあるって思ってくれたか」

 

 壮助は一安心し、だらしなく姿勢を崩す。

 

「条件を付けられたけどね」

 

「条件? 」

 

「来るのは義搭壮助、日向鈴音、エールの3名のみ」

 

 人数の制限は密会の秘匿と移動手段の都合で仕方ないと常弘は語った。メンバーも計画の立案者、顧客、現場の責任者と意思決定権を持つ者が揃っている。

 不安な点があるとすれば、我堂との交渉が決裂し武力行使された時だ。人数もさることながら、壮助は朝霞との戦いで左腕が使えず、エールも死龍戦の傷がまだ治っていない。我堂の優秀な民警達と朝霞を相手にしながら逃げられる可能性は限りなく低かった。

 しかし、駄々をこねても仕方ないと3人はそれを了承した。

 

「話は決まったようだな」

 

 しばらく席から離れていた勝典が戻って来た。彼は両腕を挙げて力こぶを作り、その下には双子の少女がぶら下がって遊んでいた。バンタウに来た時から、彼は双子に気に入られたようで、今朝からずっと遊園地のアトラクションのように遊ばれている。

 傍らにはヌイが「ケガ人のくせに……」と言わんばかりに腕を組んでプロモーターの様子を見守っている。こうしてみると3児の父親のように見える。

 

「もし会えたら、松崎さんと千奈流によろしく伝えておいてくれ」

 

「え? 」

 

 勝典の言っていることがよく分からなかった。

 

「そういえば、言ってなかったな。2人の護衛、()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 その部屋は美術館のようだった。壁は絵画で埋め尽くされ、デスク回りも壺や彫像が置かれ、部屋の至る所に仏像やギリシャの彫刻、日本刀、ネイティブアメリカンの仮面、etc……が雑多に置かれている。ガストレア大戦では多くの美術品が失われ、残ったものの価格は高騰している。この部屋にあるものだけで一体いくらになるか想像も出来ない。

 贅の限りを尽くし、絢爛豪華なここは我堂民間警備会社の社長室であり、最奥の社長席で善宗はスマートフォンを耳に当てていた。

 通話が終わると善宗は中央にある応接用のソファーに目を向けた。そこには老人と20代の女性――松崎民間警備会社の社長である松崎と事務員の空子が座っていた。

 

「今、ウチのプロモーターから連絡がありましてね。義搭ペア、日向姉妹とのコンタクトに成功したそうです。4人とも無事で姉妹の侵食率も偽装されている可能性があるとか」

 

 それを聞いた瞬間、空子から安堵の声が漏れる。

 

「良かったぁ……」

 

「お心遣い感謝します」

 

 松崎が立ち上がり、善宗に向けて上で頭を下げる。

 

 「お気になさらないでください。同業者の(よしみ)ですから」

 

 善宗は松崎の肩を押して座るよう促した後、自身も近くの革ソファーに腰を下ろした。

 

 

 

 

 

 「それに個人的な興味があるんですよ。里見蓮太郎へ最も近づいた民警に」

 




前回のアンケート結果

“おたのしみ”しないと出られない部屋に閉じ込められた!!
一番最初に出て来るのはどのペア?

回答
(10) 壮助と詩乃
(15) 蓮太郎とティナ
(10) 常弘と朱理

男性陣は法律とか、貞操とか、覚悟とか云々で最初は躊躇うので、
「女子がいかに早く男子をベッドに押さえつけて、既成事実を成立させるか」
のスピードで勝敗がつきそう。

その点で言えば、現在、戦闘力皆無の蓮太郎が真っ先に敗北する。


次回「蟻のひと噛み」

PS6新作ソフト「長正の野望」発売決定。誰を家臣にする?

  • 自由奔放な傾奇者「善宗」
  • 忠義に生きる女武者「朝霞」
  • 美貌にして乗馬の名手「常弘」
  • 農民上がりの奇策士「壮助」
  • 南蛮から来た山賊王「エール」

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