大食いチャレンジに挑戦し過ぎて出禁になった店がたくさんあるらしい。
8月11日 午前7時
バンタウの一室に一同が集う。マンションの一室、リビングだった場所にローテーブルが配置され、それを囲むボロボロの革製ソファーに壮助、日向姉妹、エールが座る。詩乃は壮助の傍らに立ち、灰色の盾の古参達は囲の椅子に座ったり、腕を組んで壁にもたれかかったりと思い思いの楽な姿勢で会議に臨む。昨日の酒が残っているのだろうか、二日酔いで頭を抱える者もいる。
玄関ドアがノックされる。エールの「入れ」という言葉と共に外周区コーデの少女が顔を覗かせる。
「ボス。連れてきました」
メンバーの少女が玄関ドアを大きく開くと、勝典とヌイが入って来た。勝典は深刻な面持ちであるのに対し、ヌイは「うぇぇぇ」と外周区の廃墟に対する嫌悪感をそのまま顔に出していた。
エールが手を差し伸べた先、壮助の隣には一人分のスペースが空いていた。
「座っていいわよ。アンタ、ケガ人なんだし」
「ああ。助かる」
一人分のスペースでは収まらない勝典の巨体が壮助を圧迫し、座った時の重みで壮助の座高はやや浮き上がる。
「大角さん。鍔三木、どうだった? 」
「眠ったままだった。俺の呼びかけにも応じなかった」
「そうか……」
イクステトラの戦いの後、灰色の盾は死龍こと鍔三木飛鳥を回収。バンタウに連れ帰った。彼女の容態は倉田が診たものの、ろくな設備がないここでは「形象崩壊する様子はない」「眠っていて、いつ起きるか分からない」の二点しか分からなかった。
彼女はまだ人間の形を保っている。形象崩壊する様子は無いが、意識が無いとバラニウムボックスを使った検査も出来ない。その為、彼女の侵食率がどうなっているのかは分からないままだ。
倉田は「死龍の毒が体内に漏れたことで毒のウィルス抑制効果が作用しているのかもしれない」と推測している。
勝典とヌイは到着した直後の昨晩と今朝、飛鳥に面会してきた。しかし、彼女が目を覚ますことは無く、スカーフェイスのことも、ドールメーカーのことも、何も分からず仕舞いだった。
「これでようやく揃ったな」
エールの一声で全員が口を閉ざし、彼女に視線を集める。
「状況については昨晩、説明した通りだ。死龍は眠ったまま、スカーフェイスは全員ガストレア化、連中の飼い主に繋がる手掛かりは、ドールメーカーと
エールが中央のローテーブルに置かれた物を顎で指す。死龍をバンタウに運んだあと、彼女から回収した所有物だ。防弾繊維のマント、破れ・解れが酷い衣服、ショットシェルハーネス、スマートフォン、その他諸々の雑品だ。
「スマートフォンはナオに調べさせたが、めぼしい情報は何も出て来なかった」
「そうなると、ドールメーカーか」――と壮助は呟く。
「ああ。スカーフェイスがいなくなった今、売人を守る番犬はいない。まだ手を出していない売人が2~3人いるから、そいつらを捕まえて吐かせようかと思ってる」
美樹は顔が強張り、緊張して固唾をのむ。エール達がどうやって情報を吐かせるか、最悪の手段を想像してしまったからだ。彼女達の拠点からして、資金が豊富には見えない。身体を売るという手もあるがプライドが許さないだろう。そうなると、手段は尋問か拷問に限られる。
「多分、売人は捨て駒だ。あいつらの価値はスカーフェイス以下だからな。大した情報は持っていないだろう」
エールがむっとした顔で睨む。
「無駄とは言わねえよ。ドールメーカーそのものを手に入れられれば、内地の伝手で成分分析をかけられる。ベースとなった薬品や植物を特定するだけでも飼い主はかなり絞れる筈だ」
「分かった。その方針で行こう」
エールは近くの壁に寄りかかるミカンに顔を向ける。
「ミカン。ドールメーカーの件はお前に任せた。薬の確保が最優先だ」
「了解。ボス」
ミカンは「ふっ」と鼻で笑うと、鈴之音の曲を口ずさみながら玄関から出て行った。
――ミカン姉ちゃん。カッコいいなぁ……。
美樹は部屋を去るミカンの背中を眺める。学校では「灰髪のイケメン王子」と女子たちにチヤホヤされていた自分が途端に恥ずかしくなった。本物のイケメンというのはエールやミカンのような人を言うんだと――。
美樹の足先に軽い何かが当たり、ガサリと音を立てた。屈んでテーブルの下に手を伸ばすと指先に一枚の紙が当たり、それをつまんで引っ張る。
紙には大きくマークのようなものがボールペンで描かれており、端には「by Sayaka」と書かれている。
「ねえ。エール姉ちゃん。これ落ちてたけど何? 」
「ああ。それか。それ死龍の脇腹にあったタトゥーだよ。サヤカにスケッチさせたんだ。外周区じゃタトゥーはチームメンバーの証だったり、身分証明書の代わりだったりするからな」
「へぇ~。何か凄い柄だね」
美樹がスケッチをテーブルの上に置いた。
その瞬間、目にも留まらない速さで勝典が立ち上がり、タトゥーのスケッチを取り上げた。震える両腕で紙を掴み、目を見開いてスケッチのタトゥーを凝視する。
「これ……本当なのか!? 」
「ああ。嘘じゃないさ。疑うなら、あいつの服を捲って確かめて来ればいい」
「いや……いい。お前達のことを信じる」
勝典は落ち着きを取り戻し、ソファーに腰を下ろす。深呼吸すると頭を抱えた。
「まさか……こんなところで繋がってくるとはな……」
「このマーク知ってるのか? どこのチームだ? 」
「チーム……というか、五翔会っていう秘密結社だ」
「秘密結社ぁ? 」
エールはキョトンとした顔で固まり、ニッキー、サヤカ、アキナは笑いを堪えていた。秘密結社“五翔会”の都市伝説は外周区の赤目ギャングにも伝わっているようだ。
「五翔会は確かに実在していましたよ」
ギャング達がティナに振り向く。
「6年前、里見蓮太郎は同じエンブレムを持つ機械化兵士と戦っています」
話の続きを乞うように全員がティナを凝視する。
「ごめんなさい。私も里見さんから詳しい話は聞いていないんです。分かっていることと言えば、『エイン・ランド博士が協力していたこと』『私を含むNEXTの機械化兵士は五翔会の駒だったこと』それだけなんです」
「じゃあ、ランドを調べれば良いんじゃねえのか? 」と壮助が提案する。
「ランド博士は数年前に暗殺されていて、彼の研究施設や資料は米軍が押収しています。かなり用心深い方でしたからね。五翔会に繋がる証拠は一切出てきませんでした」
「マジっすか」
「五翔会が今どこで何をしているのか、存続しているのか滅んだのかさえ、私には分かりません。――ただ、何にせよあれだけの力を持つ機械化兵士を捨て駒として運用できる組織です。都市伝説のように大きな権力を持っていても不思議では無いでしょう」
ティナの言葉には説得力があった。死龍の強さはここにいる全員が知っている。彼女の部下も警備システムを掌握したとはいえ、たった7人で司馬重工の民警を退け、イクステトラを制圧した優秀な兵士だった。
「とりあえず、当面の方針としてはドールメーカーと五翔会か……」
壮助はテーブルに広げられた死龍のマントを掴む。他に何か手掛かりになるようなものは無いか、目の前で広げて振るう。
マントに引っ掛かっていたのだろうか、十字架のアクセサリーがテーブルに落ちた。マントの下に隠した彼女の密かなオシャレ、そんな楽しみすら制限されていた彼女の状況を嘆かずにはいられなかった。
テーブルに落ちた十字架を詩乃が拾う。
「どうした? 」
彼女は十字架を耳元に近付けると、それを揺らした。
「壮助。これ何か入ってる」
「え? 」
詩乃に十字架を渡されると、壮助は揺らして、中に入っているものの位置やサイズを確認する。確かに中で紙のようなものが擦れる音が聞こえる。
壊してしまわないよう慎重になりながら、小さな斥力フィールドを作って十字架の端を切断。断面を下に向けて掌に中身を落とす。一見するとガムの包み紙だったが、それを解くと中身が露わになった。
「Micro SDカード?」
幅15mm、長さ11mm、厚さ1mm、重量0.4グラム、ガストレア大戦以前から使用されていた記録媒体だ。ガストレア大戦で技術開発が遅れたことから、2030年代後半でもデジカメやスマートフォンといった小型機器に使用されている。
「ニッキー。ナオはどうしてる? 」
「寝てるわよ。昨晩、泣きながら徹夜でスマホを解析してたから」
「叩き起こせ」
エールの冷徹な一言にニッキーとアキナは難色を示す。
「いや、さすがに今は……」
「お前のおっぱい揉ませてやるって言えば起きるかもな」
アキナは冗談めかしてケラケラと笑う。
「構わない。起こせ」
「「え? 」」
「好きなところをいくらでも揉ませてやるから、叩き起こせ! ! 」
数分後、一同が集まった部屋にナオが運び込まれた。頭はボサボサ、表情はまだ半分寝ており、寝間着姿のままだ。着の身着のまま連行された彼女はエールから事情を聞くと、自前のノートパソコンの用意し、互換機を経由してmicroSDカードを接続する。
全員が見守る中、キーボードを叩く音が淡々と続く。ナオの表情は次第に険しくなる。額から汗が流れ、終にはキーボードから指を離し、仰臥した。
「あー駄目だ。ガッチガチにロックが掛かってる」
「何とかならないか? 」
「時間かかるよ。最低でも3日は欲しい」
「大角さんかティナ先生の伝手で司馬重工に頼めないか? あそこはIT関連にも手を出しているだろ」
「あいつらじゃ無理無理。本社ですらセキリュティがガバガバだもん」
「ガバガバって……お前、侵入したのかよ」
「あそこで使っている財務処理ソフトにちょっとスパイウェアを仕込んだだけだよーん」
「ナオさん……」「ナオ姉ちゃん……」
彼女の犯罪行為に対して鈴音と美樹が冷たい視線を向ける。犯罪行為でしか生きられないエール達の事情は知っているものの、ナオのサイバー犯罪は彼女の口振りからして愉快犯のように思えた。被害者が昨日お世話になった司馬重工なのだから尚更の話である。
「仕方ないだろぉぉぉ! ! あの時は金欠が本当にヤバくて、インサイダー取引で一儲けしないとウチは経営破綻するところだったんだから! ! 」
壮助は溜め息を吐き、頭を抱えた。死にそうなところを助けられ、イニシエーターの命の危機も救ってもらい、昨晩は楽しく食べて飲んで騒ぎ、今こうして同じ卓で言葉を交わしている彼女達が、犯罪組織なのだと改めて認識させられる。
「そこまで言い切るなら、任せたぞ」
「了解。タイタニック号に乗ったつもりでいてよ」
ナオはピースサインを壮助に向けた。
「それ、沈んでるじゃねえか」
*
フローリングの硬さと夏の蒸し暑さに小星常弘は目を覚ました。コンクリートが剥き出しになりひび割れた壁、飛び交う蚊の羽音でここが灰色の盾の拠点で自分達は軟禁されていたことを思い出す。
常弘と朱理はジープで壮助を届けた直後、灰色の盾の少女達に銃口を向けられた。2人とも赤目ギャングが毛嫌いする民警で、灰色の盾とは初対面ということもあり、敵として扱われた。武器も車もスマートフォンも奪われ、こうして一室に軟禁されたのだ。
常弘は立ち上がり、キッチンの蛇口を捻る。昨晩もそうだったが、外周区の廃墟でありながら電気と水道が整備されていることに驚かされる。
お腹を壊さないことを祈りながら水を喉に流し終えると、朱理が目を覚ました。
「ツネヒロ~。私にも水ちょうだい~」
そう言いながら、朱理は背後から常弘に抱き付く。剥き出しの肌と肢体が絡みつき、身も心も余計に熱くなる。
ガチャリ――と玄関ドアを開く音がした。
玄関リビングを繋ぐ短い廊下に目を向けると、ズボンのポケットに手を突っ込んだ壮助が立っていた。昨日の瀕死っぷりが嘘だったようにその態度は生意気だ。
「よう。小星。那沢。
一瞬、常弘は彼の言っていることが分からなかったが、自分の上半身が肌着一枚であることを思い出した。昨晩、あまりの蒸し暑さに服を脱いだのだ。それは朱理も同じであり、彼女も夜の内にトップスとスカートを脱ぎ捨て、下着姿になっていた。
一応言っておくが、
常弘は前に出て壮助から朱理を隠すように立ち、その間に朱理は脱ぎ捨てた服を拾って着替える。常弘は服の擦れる音と共に背後から朱理の怒りに満ちた視線を感じていた。
「暑かったから脱いだだけだよ。今、真夏だし。ここクーラーないし。こっちは蒸焼きだよ」
監禁されている中で服を脱いで爆睡する自分と相棒の危機意識の欠如に飽きれ、頭を掻く。それともこういうのは胆力がついたと肯定的に捉えるべきかとも考える。
「悪かったな」
「傷、大丈夫なのかい? 森高さんは? 」
「どっちも問題ねえよ。無事だ」
「そうか。良かった」
常弘は安堵し、ほっと胸を撫でおろす。その優しそうな表情は彼の善人さを的確に表している。
「とりあえず、外周区ブレックファーストと洒落込みながら、仕事の話をしようぜ」
壮助の笑みを見て、自分達は彼の悪巧みに加担させられるのかと頭を抱えた。
・活動報告について
今までTwitterに載せていた次回予告(サザエさん風や台本形式のSS)を活動報告にも載せています(過去の分も含めて)。興味がありましたら是非。
・前回のアンケート結果
エール「お前、見込みあるな。灰色の盾に来いよ」
(14) どこまでも付いて行きますぜ!!ボス!!
(8) 給料と福利厚生次第じゃ考えなくもないかな
(0) 犯罪組織とか外周区生活とか無理
(10) お前が俺の女になれよ
意外と人気あるんだな……。灰色の盾。
募集要項がこんな感じなのに……
学歴不問!!未経験者歓迎!!能力次第では報酬UP!!
若手(10代)中心の勢いがあるチーム!!
依頼に応じてカッコいい武器と共にこなすやりがいのある仕事です。
可愛い女の子がたくさんいる明るくアットホームな職場で共に頑張りましょう。
給与■■■円
(コンビニバイトより安いし、最低賃金以下だし、支払いが滞ることもある)
福利厚生:なにそれ?雇用保険?おいしいの?
次回「我堂の異端児」
“おたのしみ”しないと出られない部屋に閉じ込められた!!一番最初に出て来るのはどのペア?
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壮助と詩乃
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蓮太郎とティナ
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常弘と朱理