白いドレスを着ると「これ、聖天子様の影武者いけるんじゃね? 」と思うらしい。
賑う中庭の喧騒を俯瞰し、屋上でエールは酒を呷る。月明りが照らす彼女の傍らには中身が入ったビール瓶が置かれ、周囲には数本の空瓶と食器が転がっている。六法が適用されない外周区という環境で16歳の彼女は既に酒豪として目覚めていた。
「ルリコ……。お前、私を倒してニューリーダーになるんじゃなかったのか? 」
珍しく涼しい風が吹く中、彼女の目元から水滴が飛ぶ。鼻を啜る音が聞こえる。誰もいない屋上で誰にも顔を見られないように蹲って隠す。
「ちょっと良いか」
エールが涙を拭い振り向くと、既に開かれた扉を壮助がノックしていた。
「いいよ。座れ」
エールが自分の隣の床を手で叩き、促されるまま壮助が座る。座ると同時に中身の入ったビール瓶を彼の頬に当てる。
「ほら、飲めよ」
「いや、いいよ。俺に呑む資格は無え」
「ここは外周区、法律の外側だ。盗んでも殺しても
「そういう意味じゃねえよ。…………悪かった。肝心な時にいなくて」
灰色の盾を焚き付けておきながら、イクステトラの戦いに合流出来なかった。壮助はそこに負い目を感じていた。今日の自分は菫からバラニウム繊維を調達し、我堂の民警と鬼ごっこしただけで終わった。もし勝典と共に行動していれば、今日死んだ
「気にするな。お前はちゃんと役目を果たした。協力者を集めたし、そいつらのお陰で勝つことが出来た。それに仕留めたのはティナと大角だ。私だって時間稼ぎが精一杯だったよ」
壮助がふとエールに目を向けると、彼女の手足に包帯が巻かれていることに気付いた。人間より優れた治癒力を持つ呪われた子供は治療をあまり必要としない。大抵の傷は放っておいても勝手に治ってしまう。だからこそ
「お前こそ、その手はどうしたんだ? 」
「ああ。これ? 戦国時代からタイムスリップしてきたサムライガールにやられたよ。壬生朝霞って名前なんだけど」
朝霞の名前を出した途端、エールは驚きの表情を見せる。
「東京エリア№2のイニシエーターじゃねえか。よく生き残ったな」
「
「お前を運んできた民警たちもそんなこと言ってたな。警察向けの演技だとかどうとか」
「我堂は厚労省や警察の発表を信じていないらしい。あの2人も姉妹を保護し、俺を連れて来るように指示されている。まぁ、イニシエーターを扱っている身としちゃあ、いきなり侵食率が30%以上も上がるなんて信じられないだろうな」
壮助はエールから貰った串焼きを口に入れながら、中庭を見渡す。
「そういえば、俺を運んだ民警はどうした? まさか追い出していないよな」
「あそこだ」
エールがバンタウの端にある一室に指さす。そこは灯りが点いており、玄関前の廊下は武装した少女2名が巡回している。常弘が玄関の扉をゆっくり開けて外の少女に話しかけるが、銃口を向けられ部屋に押し戻される。
「今日来たばかりの奴に歩き回られたくないからな。今はあそこに軟禁してる」
「その癖、昨日会ったばかりの俺は自由にするんだな」
「言っただろ。お前達は命懸けでスズネとミキを助けてくれた。2人からもお前達が悪い奴じゃないことは聞いている。それで十分だ」
「別れて5年も経つのに信頼されてるなぁ。あの2人は」
ふと中庭を見下ろすと鈴音の周囲に人が集まっている。テレビで見たことのある芸能人の話に興味があるのだろう。周囲から質問攻めを受けており、どれから答えればいいのか、鈴音がおろおろしているのが遠めからでも分かる。
代わりに美樹とティナが話し、数人はそっちに耳を傾け、目を輝かせている。内地の生活や外国の話をしているのかもしれない。
――あいつら、けっこう馴染んでるな。
そう言おうとエールの顔を見る。
その優しそうな表情に言葉が詰まった。
西外周区最優の闘争代行人でもなく、男勝りなギャングのリーダーでもない。姉妹に向ける視線には、16歳の乙女としての彼女が凝縮されていた。
「なぁ。エール。何で5年も死人のままで居続けたんだ? 」
エールは壮助がこっちを向いていることにはっと気づく。今の表情を見られただろうか、それが気になるも質問すれば墓穴を掘る。黙ったまま恥ずかしそうに指で髪をいじる。
「昨晩、あいつらにも同じ質問をされたよ」
「なんて答えたんだ?」
「『まさか生きているとは思わなかった』って」
「はぐらかしたんだな」
「知った風な口を利くじゃねえか」
「なんとなく……察しはつく」
エールはしばらく壮助の顔を窺うと、大きく溜め息を吐いた。昨晩、初めて会った時からどこか
「2~3年前ぐらい前だったかな。駅のアーケードで路上演奏するスズネを見つけたんだ。その時はミキも一緒だったかな。髪の色と声ですぐに分かったよ」
「声をかけなかったのか? 」
「指名手配中の赤目ギャングに声をかけられたって迷惑だろ」
一瞬、エールの寂しげな表情が見えた。かつては同じ地下で過ごした彼女達だが、繋がることは許されなかった。エール自身がそれを許さなかった。彼女は警察から追われ、他のギャングからも命を狙われる身だ。彼女と姉妹の繋がりが発覚すれば、他のギャングが利用し、2人が危険に晒される。自分という存在のせいで2人の平和な世界を壊す訳にはいかなかった。
今、こうして一緒にいられるのは鈴音と美樹が
「5年前の炎の中、私は襲ってきた純血会の連中を殺した。私だけじゃない。ナオも、ミカンも、生き残った連中は全員そうだ。殺さなければ殺される状況の中で殺す側になることを選んだ。――あの日から私達は別の世界で生きる人間になったんだ」
絶対に関わらない。
姿も見せない。
私達は5年前の炎の中で死んだ。
今までもこれからも2人にとっての死人で居続ける。
鈴音と美樹を見つけたその日、古参たちを招集して全員で誓った時の言葉を思い出す。「結局、破っちまったけどな」と心の中で過去の自分を自嘲した。
「イニシエーターになるつもりは無かったのか? お前達ほどの実力者なら大企業が大金担いでスカウトしに来る。そうすれば、お前だって表の世界で生きることが出来る」
「かもな。けど、その為には一度、警察に捕まらなきゃいけないだろ。スリや強盗、売春、ドラッグの売人程度のショボい連中ならともかく、もう何人も殺している私をこの国の司法はどうすると思う? 」
壮助は押し黙った。その答えが「死刑」しか無いからだ。東京エリアの刑法はガストレア大戦前の日本国のものを踏襲している。殺人犯の死刑は人数を基準とする傾向があり、3人を越えれば死刑は確実とされている。灰色の盾の活躍ぶりを知れば、3人などとうに超えているだろう。犯罪者を民警として徴用するシステムがあるが、悪用された過去もあってか採用された件数は全体から見れば圧倒的に少ない。イニシエーターになるために警察に捕まるというのは、あまりにも分が悪い
「手足を失って外周区のドブ川にポイ捨てされた元イニシエーターを腐る程見て来た。違法風俗だって戦えない身体になった連中で溢れかえっている。ウチのメンバーも半分がそういったクチだ。そんなのを嫌と言うほど見せつけられて、『イニシエーターになろう』なんて誰が考える? 」
「抑制剤はどうしてるんだ? 」
「製薬会社からの横流しがある。それが無くてもボランティアが配ってくれる分がある」
壮助の口から乾いた笑いが零れる。それに釣られてエールもわざとらしく笑う。
「イニシエーターになるメリットほとんど潰されたな。そりゃ赤目不足にもなるわ」
「民警業界に未来はねーよ。お前と森高も失業になったらウチに来い。歓迎してやる」
「よっしゃ。再就職先ゲットだぜ」
2人で「はっはっは」と笑い合う中、エールの口が閉まる。彼女の視線は壮助から外れ、瓶に半分ほど残ったビールを喉に流す。
「まぁ、メリット・デメリット以上に――
男勝りでさっぱりとした性格の彼女の闇がそこに詰まっていた。
壮助はエールの視線の先にあるものを見る。遠く離れた内地だ。外周区にあまり電気が通っていないせいで、星空と共にビルの灯りがよく見えた。この数年、瓦礫の密林から眠らない都市を睨んできた彼女がどんな思いを抱いて来たのか、その片鱗を垣間見た。
壮助は思った。「これこそ、呪われた子供たちが本来持つべき感情ではないか」と。
賑やかだった中庭が静かになる。
鈴音はギターを試しに何度か弾いて調子を確認すると、弦に指をかけ、深呼吸した。
鈴音がギャング達に拍手喝さいを送られる中、壮助は静かにその光景を俯瞰していた。
――これ、里見とエールに向けた歌だったんだな。
*
陽が沈んだ頃、警察署から勝典とヌイが二人並んで出て来た。背後で刑事に「捜査へのご協力、ありがとうございました」と敬礼される中、勝典は腕を回して肩を鳴らし、ヌイは腕を上げて背筋を伸ばす。
「あー。取調室って狭いなぁ。肩が凝った」
「アンタが大きいせいで余計に狭く感じたわ」
イクステトラでエール達を見送った後、勝典とヌイは少ない時間の中、未織と打ち合わせを行った。日向姉妹と灰色の盾の関与を警察に知られると厄介なことになるからだ。
勝典は到着した警察に「新型武器のテストに来たところ、それを狙ったスカーフェイスがイクステトラを襲撃。自分と司馬重工の民警が協力して倒した」と真っ赤な嘘を説明、未織が監視カメラの映像を隠す時間を稼いだ。
警察署の敷地を出ると2人の進路を塞ぐように1台の車が止まる。
助手席の窓が開き、白髪混じりのオールバックの中年男性が、鋭い視線を勝典とヌイに向けた。勾田署の
「よう。大角。お務めご苦労さん。送っていくぞ」
「頼む。あと、別に務めてなどいない」
遠藤が運転するファミリーカーの後部座席に勝典が座り、「あいつの隣じゃ狭いだろう」という計らいでヌイは助手席に座っていた。
移動する車内で勝典は自分が知る日向姉妹の事件の情報を、遠藤は警察が得ている情報と今後の捜査方針について交換する。
「外周区に籠るとは、灰色の盾も考えたな。あそこは警察も民警も手が出せない治外法権だ。俺達も姉妹を捕まえられない言い訳に出来る」
「今現在、小娘2人を捕らえられない警察はメンツを潰されている。それなのにお前は嬉しそうだな」
「俺達だって人間だ。何の罪もない女の子を捕まえて殺すなんて真似はしたくない。だが、現状、それが仕事になってしまっている。何とか彼女たちの侵食率を証明できれば俺達も掌を返せるんだがな」
「そっちは司馬重工に任せてある。俺達は俺達にしか出来ない仕事をしよう」
「と言うと? 」
「義塔から聞いた話だと、昨晩、灰色の盾が日向姉妹を回収しようとした際、警察のヘリが飛んできて姉妹を狙撃したらしい」
「何だと! ? 」
「幸い姉妹の近くに着弾したが、それで彼女達は警察が姉妹を殺そうとしていると判断したらしい。
「お前が言わんとしていることは分かった。すぐに調べる。警察航空隊には顔が利くんだ」
しばらく走ると外周区と内地を区切る川沿いの道に出た。街灯はほとんど消えており、月明りと車のヘドライトだけを頼りに道を進む。川沿いには互いの往来を遮るためのバリケードが設置されている。遠藤はしばらく走ると路肩に寄せて車を止めた。
「遠藤。さっきの件、頼んだぞ」
「任せろ。
前回のアンケート結果
詩乃ちゃんの手をゲットした。
(9) あんなことやこんなことに使う ←
(4) 詩乃ちゃんの代わりとして肌身離さず持つ ←
(3) 捨てる
(15) とりあえず冷凍保管
ウチの読者、吉良吉影多すぎ。
次回「0.4グラムの手掛かり」
エール「お前、見込みあるな。灰色の盾に来いよ」
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どこまでも付いて行きますぜ!!ボス!!
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給料と福利厚生次第じゃ考えなくもないかな
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犯罪組織とか外周区生活とか無理
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お前が俺の女になれよ