大胆に大通りを走り、時には抜け道・裏道を使い、エールが運転するトラックは警察の包囲網を抜けた。ティナから教えて貰った地図を見ながら、大規模な工場や物流センターが左右に並ぶ埋立地の幹線道路を走る。
「あれか」
エールは目的地だった司馬重工第三技術開発局が持つ拠点の一つイクステトラを見つけた。ティナが「巨大なアルミニウムの箱」と形容した通り、そこには白銀に輝く建物が見える。無駄を排除して機能性を追及したのだろうか、銀色の箱に建物の側面に「司馬重工」と青色のロゴが表記されただけの質素なつくりになっており、東京エリアで一二を争う大企業の最新拠点と考えると外観は物足りなさを感じる。
ゲートに近付くと警備員が出て来た。とりあえずワークセル運輸と名乗ったところ、彼にはエール達のことが伝わっており、従業員用の屋内駐車場に誘導された。
屋内駐車場には100台ほどの車が並べられている。比較的に高級車が多く見られ、イクステトラの従業員がいかに多くの給与を与えられているのか窺える。
どこか停められる場所がないか探していると奥の自動扉から華やかな和装の女性――司馬重工第三技術開発局・局長 司馬未織が出て来た。エールはトラックを端に寄せ、2人の数メートル手前で停車する。無線でティナ達に出る様に伝えた後、トラックから降りた。
コンテナの横扉を開けて日向姉妹が、続いてティナも出て来た。彼女の肩にはピアノケースが提げられており、中には自宅から持って来た銃器が入っている。
「あらまぁ、えろう別嬪さんが揃うて華があるわ。ようこそイクステトラへ」
「未織さん。ありがとうございます」
ティナに続いて鈴音と美樹も「ありがとうございます」と言って頭を下げる。
未織は下駄の音を鳴らして近づき、鈴音に目を向ける。
「日向鈴音ちゃんやね。テレビで活躍はよう見とるわ」
「あ、ありがとうございます」
鈴音は素直に喜べなかった。昔だったら歌手としての活躍のことだと思えたが、京都弁のバイアスもあり、今だと形象崩壊目前の騒動で有名だと皮肉のように聞こえる。未織にその意図が無いのは分かっていても今はテレビと言われるとそっちのことを考えてしまう。
「美樹ちゃんも。大変やったやろう。ゆっくりしてってや」
「……はい」
美樹には“ゆっくり”という言葉が引っ掛かった。親友の詩乃の命が危うく1分1秒が惜しい状況の中、自分達はそれで良いのだろうか、何か出来る事は無いのだろうかと不安になる。
未織は笑顔で目を細めた顔をエールに向ける。
「それと、貴方が灰色の盾のエールちゃんやね。ウチの民警部門でもよう名前が出とるわ。どう? ギャング辞めてウチに入らへん? 給料弾むで」
「悪いけど、プロモーターの飼い犬なんか御免だね」
「あら残念やわ。エールちゃんなら即戦力になれたのに」
エールの辛辣な返答にかかわらず、未織は終始、微笑みを崩さなかった。
「未織さん。侵食率検査機の準備はどうですか? 」
「ようやく、系列会社のSBメディテックと話がついたところや。鈴音ちゃんと美樹ちゃんの血を抜いて向こうに届ければ、検査してくれるよう準備を進めとる。まぁ、ここで立ち話もあれやから、続きは奥で」
未織に連れられて一行はイクステトラのエントランスに向かい足を進めようとした。しかし、エールの胸元からけたたましいロックが鳴り響き、全員が思わず足を止める。
エールはズボンのポケットからスマホを取り出す。画面で発信元を確認すると「ナオ」と表示されていた。
『エール! ! スズネとミキを連れてそこから離れて! ! スカーフェイスに位置がバレてる! ! 』
襲来を知らせるかのように轟音が響き、空間が振動する。砲弾でも撃ち込まれたのか、イクステトラのゲートには大穴が空き、真夏の陽光をバックに2台のランドクルーザーがエール達を轢き殺す勢いで突っ込む。
「奥へ逃げろ! ! スカーフェイスだ! ! 」
エールの呼号を皮切りに未織は鈴音と美樹の手を引き、イクステトラ内部へと連れて行く。
エールは下がらず、ベルトに掛けていた拳銃を抜く。陸上自衛隊仕様の9mm拳銃だ。第三次関東会戦で自衛隊が疲弊した際、裏市場に流れたものだろう。照準を合わせた瞬間、ランドクルーザーに運転手がいないことに気付いた。
「エールさん! ! 下! ! 」
ティナが叫ぶ。彼女の意図が分からないままエールは下に目を向ける。黄色と黒のテープが地面に貼られており、「衝突防止ポール」と書かれていた。銃口を向けたまま半歩下がった瞬間、目の前にポールがせり上がる。
2台のランドクルーザーが衝突して変形した。フレームが曲がり、フロントガラスやバンパーの一部が飛び散る。中に人間がいたら後部座席であっても無事では済まないだろう。
エールは自警戒しつつも車の中を覗く。だが、やはりと言ったところか、車の中に人間はいない。ランドクルーザーは遠隔操作で動いていたのだろう。
衝撃でひしゃげた助手席から、金属の筒が転がり落ちた。
「スタングレネード! ! 」
180デシベルの爆音と100万カンデラの閃光が屋内駐車場で炸裂する。鋭敏な感覚器官を持つ呪われた子供に有効な手段だが、鉄火場で何度も同じ手を使われたエールとティナは咄嗟に目を瞑り、両耳を手で塞いだ。彼女達は爆音と閃光が一瞬であること、その一瞬を凌げれば問題ないことを知っていた。
2人はすぐさま手を耳から離し、目を開く。耳が音を受容し始めた直後にモーター音が鼓膜を震わせる。エールは条件反射で身を翻し、何も無い天井に向かってトリガーを引く。
数発の9×19mm弾は天井に到達する前に見えない何かに弾かれ潰れて地面に落ちる。
エールの行動を察したティナがピアノケースからバレットM82を出し、同じ虚空に向けてトリガーを引く。対物ライフルから放たれた大口径弾が金属装甲を穿つ轟音が響く。
何も無い空間にバラニウム装甲の凹みが浮かび上がる。現実の風景を侵食するようにバラニウム装甲に覆われた尾が姿を現した。
2人は視線を動かし、根元を追う。ランドクルーザーを挟んで向こう側、通路の中心で尾の持ち主――
エールは9mm拳銃を、ティナはバレットM82の銃口を向ける。
「昨日の今日で襲撃とはご苦労さんだな。過労死するぜ? 」
「誰かさんが邪魔をしなければ、今頃優雅な休日を過ごしていた」
「これが最後通告だ。日向姉妹を渡せ。そうすれば、我々はこのまま退き下がる」
エールはため息を吐いた。
「あのなぁ……。死龍。私らもう3年の付き合いだぜ。『はい。分かりました』って言って、あいつらを差し出す人間だと思うか? 」
「思っていないさ。試しに訊いてみただけだ。部下には当初の予定通り手荒な真似に出て貰おう」
死龍の言葉に呼応するかのように屋外から銃声が聞こえ始めた。自動小銃の絶え間ない発砲、手榴弾が爆発する音が聞こえる。その場に居た警備員たちが応戦しているのだろう。戦闘の音は止まる気配が無い。
『第3ゲートを武装した赤目ギャングが襲撃。警備部は至急出動せよ。
襲撃を知らせる警報がけたたましく響き、館内放送も同時に流れる。
ここを襲撃した赤目ギャングがスカーフェイスであることは状況的に明らかだ。しかし、エールは腑に落ちなかった。敷地内をトラックで移動していた時、司馬重工製の最新装備を抱えた警備員や民警ペアを10人ほど見かけた。自分が通ったごく一部の区画でこの人数だ。イクステトラ全体となると少なく見積もっても50人はいると見ていいだろう。対してスカーフェイスは10人弱。武装も死龍以外は他のギャングと変わらない。イクステトラ側にイニシエーターがいる以上、呪われた子供の身体能力というアドバンテージもない。
――イクステトラを制圧する算段があるってことか……。
確証は無かった。しかし、今までの勝てる戦いしかしてこなかったスカーフェイスの実績、機械化兵士という異形の存在が「もしかすると……」と常識から外れた事態を想起させる。
「ティナさん。ここは私に任せて、アンタはスズネとミキを守ってくれ」
「どういう了見ですか? 」
ティナが語気を強める。視線も死龍に向いているが、彼女の目は一瞬エールを睨んだ。死龍を倒し解毒剤を手に入れることが最優先とされている中、ここで戦力を分散させるエールの判断が分からなかった。多少の狂いはあったが、姉妹を未織に預けて安全を確保することが出来た。当初の予定通り、護衛は司馬重工に任せて自分達は死龍との戦いに集中すれば問題はない筈だ。
エールもティナの意図は理解していた。ここに義搭壮助がいれば、「テメェ! ! ふざけんな! ! 」と憤慨していただろうとも考える。しかし、それ以上に彼女の勘が警鐘を鳴らす。
「ここの警備がどれほど厳重なのかは分かってる。だけど、あいつらも破れかぶれの特攻や玉砕攻撃をするような連中じゃない。ここを落とすか、スズネとミキを攫う算段があって動いている筈だ。嫌な予感がするんだよ」
「第三ゲートの攻撃は陽動で
「だったら、私達が陽動に引っ掛かるのを待てばいい。義塔と森高は陽動とタイミングを合わせられない馬鹿に負けるような奴らか? 」
蓮太郎を単独で倒した詩乃、手塩にかけて鍛え上げた壮助の実力を知るティナだからこそ、エールの問いかけにYESと答えることは出来なかった。加えて、エールの言う“嫌な予感”というのをティナも感じていた。言語化することが出来ない。論理的な説明も出来ない。野生動物の勘に似たような感覚があった。
「………分かりました。ここは貴方に任せます。取り逃がしたら、承知しませんからね」
「任せてくれ。伊達に西外周区最強を名乗ってる訳じゃねえんだ。増援が来るまでの足止めぐらいはするさ」
「ご武運を」
ティナは死龍に狙撃銃の照準を向けながらも後ろに下がる。センサーが反応して防弾ガラスの自動扉が開いた。イクステトラの内部に入り、扉が閉じられた瞬間、奥に振り返り、エールに背中を任せて走って行った。
――ティナさん。アンタの名前と序列が義塔のハッタリじゃないことを祈るぜ。
一対一の状況になり、エールは9mm拳銃を、死龍は電磁加速砲を互いに向け合う。呼吸を整え、相手を見据える。
最初に動いたのは死龍だった。拡張義腕の先端マニピュレーターが開く。尾に電流が走り、バチバチと稲妻が先端に収束していく。
瞬間、音速を越えたフレシェット弾が飛ぶ。エールに向けて放たれたそれはソニックブームで半密閉空間の空気を轟かせ、ランドクルーザーのエンジンを貫通、弾丸が擦れて生じた火花とオイルが接触して爆発を引き起こす。
尾の動きから弾道を予測していたエールは回避し、柱の裏に身を隠す。ランドクルーザーのタイヤが炎上し、黒煙が天井を伝って広がっていく。
エールは最初に身を隠した柱からすぐさま移動する。電磁加速砲の威力を前にすればコンクリートの柱も車も盾にはならない。足を止めれば餌食になる。
――さて、まずは得物をどうにかしないとな。
エールは走りながらジーンズのポケットからキーホルダーを取り出した。輪っかに繋げられた自分の部屋の鍵やバイクの鍵、トラックの鍵の中に親指サイズのリモコンが含まれていた。
彼女がリモコンのスイッチを入れた瞬間、ワークセル運輸のトラックから黒煙が噴き上がった。逃走用の装備として付けていたスモークディスチャージャーだ。ランドクルーザーから上がる黒煙と一緒にそれは屋内駐車場を埋め尽くしていく。
2人とも目は黒煙で使えず、耳も警報とアナウンスが邪魔をする。敵の位置や動きに関する情報が読み取れず、迂闊に手が出せない状況が出来上がる。
スプリンクラーが作動し室内の雨が降る中、エールは一目散にトラックに向かって走った。足音に気付いた死龍が放ったベネリM3の散弾が手足を掠るが止まらず、コンテナに辿り着いた彼女は自分の得物に手を伸ばす。
警報とアナウンスが五月蠅い中で電気の走る音が聞こえた。
咄嗟にコンテナを蹴って距離を取る。目の前を黒いフレシェット弾が通り過ぎた。音速の数倍で動いた弾はソニックブームを生み出し、黒煙と共にエールを吹き飛ばす。
地面を転がり、壁に叩きつけられそうになるが身を転がしながら瞬時に立ち上がる。
あの一瞬で辛うじて手に取ったバラニウム単槍を握りしめ、地を蹴って死龍に接近。日頃のトレーニングで培った筋力と赤目の力の重なり、並のイニシエーターでは比較にならない加速度を出す。
死龍は真正面から再びエールにショットガンを向ける。トリガーが引かれ、拡散した散弾が迫る。しかし、エールは短槍を地面に突き立て、棒高跳びの要領で身体を持ち上げた。散弾を回避すると同時に空中で姿勢を制御、腹筋を収縮させて上体を持ち上げ、前方宙返りの勢いで死龍にバラニウム単槍を振り下ろした。
しかし、槍は尾に阻まれ、空中でバラニウム同士が打ち合い、衝撃が腕に伝わる。
鍔迫り合いした一瞬の隙に死龍がショットガンの銃口を向けた。エールは咄嗟に左手で死龍の尾を掴み、足先に遠心力をかけてショットガンを蹴り上げる。
死龍の右手が蹴り上げられたショットガンと共に上を向く。その隙を突かれないように尾を振り回しエールを車のボンネットに叩きつけた。
「痛ってえなぁ! ! 」
エールはまだ尾を掴んでいた。血管が浮き上がるほど腕に力を入れ、尾を引っ張って死龍を投げ飛ばした。腕力と遠心力が相乗し、壁に叩きつけられた死龍はその身でコンクリートをかち割る。
立ち上がったエールは自分に刺さった車のガラスを抜き、血を拭う。
死龍もロングコートに付いたコンクリートの砂礫を手で払う。
互いの力を確かめ合ったかのように2人は再び向き合った。
「丁度良いや。3年越しの決着ここで付けようぜ。
「奇遇だな。エール。私も目障りなデカ女をここで潰したいと思っていた」
久々のオマケ
呪われた子供の能力表(fate風)
エール
筋力:A 敏捷:A 耐久:A 知力:D 幸運:D 特殊能力(なし):E
戦闘の傾向
パワー・スピード・テクニック、全てにおいて優れた能力を持つバランス型。あらゆる局面に対応できるマルチロールファイターだが、とりわけ長身とバラニウム短槍を活かした格闘戦を得意とする。保有因子に由来する特殊能力が無いことと、教育を受けていないが故の頭の弱さが欠点。
次回「戦乙女の血戦 ②」