ブラック・ブレット 贖罪の仮面   作:ジェイソン13

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天の梯子暴走、アクアライン空港のガストレアテロ。
二重の国家危機に立ち向かう聖居の選択とは――


流星落とし

天の梯子の暴走、アクアライン空港のガストレアテロ、そして里見蓮太郎の要求という国家危機の積み重ねは聖居の政治的処理能力の限界を試すかのようだった。しかし、テレビ画面を見つめる中で聖天子は冷静になっていた。むしろ、蓮太郎の要求のおかげで“世界への復讐”という抽象的だったテロの目的が明らかになり、自ら撒いた“言葉(ヒント)”によって彼の計画の一端が見えて来た気がした。

 

「豊橋国交大臣。人質の数、どれほどだと思われますか?」

「は、はい。アクアライン空港の利用者数は1日で2万人から3万人。今はガストレアテロの影響で東京エリアから出ようとしている人や芹沢遊馬の出国の情報に合わせて詰めかけた報道陣がいるという情報もあります。従業員も含めれば、約3万5000人は下らないかと……」

「そうですか……」

 

「聖天子様」と一言おいて、小笠聖天子補佐官が割って入る。

 

「お言葉ですが、返答した時点で我々の負けになります。空港にいる人質たちには申し訳ありませんが、奴が与えた12時間の“猶予”を最大限利用させていただきましょう。聖天子様。お心苦しいのは理解致しますが、どうかご決断を――」

 

小笠のプランに異議を唱える者はいなかった。五翔会も封印指定物も聖居はその存在を公式に認めていない。一般には都市伝説としてその名前だけが流れており、その実在を知る者は今、この会議室に集まった閣僚たち、そして蛭子影胤事件に関わったごく一部の民警だけである。故に「五翔会構成員リストも天童文書も存在しない」――それが国家の中枢として聖居が返答すべき返答だ。しかし、実際に戦った里見蓮太郎は五翔会が実在していることを知っており、蛭子影胤事件の英雄である彼が封印指定物の存在も知らないわけがない。故にその返答は人質立て籠もり事件の交渉において“絶対にしてはいけない返答”「犯人の要求に対する明確な拒否」となってしまう。

逆に五翔会と封印指定物の存在を公式に認め、それを引き渡す返答をすれば、人質は助かるのかもしれない。しかし、テロリストの要求に応じる返答は国家の対テロ戦略として最悪の手段となり、東京エリアは国家としての威信を失う。国内外からの信頼を失い、テロリストに負けたという実績は新たなテロの呼び水になる。

故に聖居は「返答しない」という手段に出た。蓮太郎が設けた12時間のタイムリミットは逆に捉えれば、聖居には返答しない限り12時間の猶予が与えられている。その12時間を活用し、五翔会と封印指定物の存在を明かさず、人質を助け出し、蓮太郎を拘束するプランを練るのが唯一残された道だった。

 

「テロリストと交渉するつもりはありません。自衛隊、警察、民警――東京エリアの総力を以て、この卑劣なガストレアテロに終止符を打ちます」

 

聖天子の決断に補佐官を含む会議室の閣僚たちは黙って頷いた。

国家の最高意思決定機関が決断を下したのであれば、後は下の人間の仕事だ。自衛隊の特別部隊編成状況の確認、アクアライン線や連絡通路およびそれに関連する幹線道路の交通規制、ガストレアウィルス拡散への対応と人質を受け入れる医療機関の選定。閣僚たちはそれぞれの領分で役目をこなすために職務に就いた。

 

「聖天子様。室戸菫から連絡が入っております」

「繋いでください」

 

聖天子は会議室のテーブルに備え付けられた電話を手に取り、耳に当てた。

 

『随分と電話に出るのが早いじゃないか。聖天子様。会議はもうお済みかな?』

「ええ。即決即断こそが独裁政権の利点ですから」

『独裁政権か……。22歳の乙女に国の全権を握らせる体制に疑問を感じない自分がいかに麻痺しているか痛感させられるよ。十数年前までこの国が民主主義だったことをうっかり忘れてしまう』

「それだけ、ガストレアに地上を支配され、生存圏を限定された現代は人類全体にとって“異常な時代”ということでしょう。貴方から電話をかけてきたということは、天の梯子の起動システムログの解析は終わったのですね」

 

天の梯子が暴走した直後に聖居は天の梯子が暴走した当時のシステムログを、国家機密が扱えるほどのセキリュティレベルを誇る東京エリア先進情報技術研究センターに転送、センターに到着した室戸菫とセンタースタッフによって天の梯子が暴走した当時のシステムログの解析に当たっていた。

 

『ああ。終わったさ。あんなぶっ飛んだ代物を見せつけられたのは久々だ』

「貴方が驚愕するような代物でしたか。」

『結果的に言うと、システムは“再構築”されている』

「再構築……ですか」

『そうだ。通常、ハッキングというのは、既存のシステムに裏口(バックドア)を設置することで正規の手段とは別の方法でシステムに入り込み、データの吸上げや改竄、プログラムの追加や加工といったことを行う。あくまで使うのは既存のシステムだ。しかし、今回は違う。天の梯子起動プログラムと聖居からの遠隔操作プログラム、人工衛星や気象庁の各種データを統合した射撃補正プログラムなど多数のプログラムによって構成された線形電磁投射装置運用システムが一度全て消去(デリート)され、彼らにとって都合の良い形に再構築(リビルド)されている。君たちが遠隔操作システムを強制終了(シャットダウン)させたことも含めて、君たちはハッカーの策に乗せられていたのさ。今現在も天の梯子は敵に掌握されていることになる。第二射を撃たれる前に手を打っておいた方が良い』

「その点は問題ありません。先ほど、陸上自衛隊が天の梯子を制圧。弾丸は全て押収し、エネルギーケーブルも切断しています」

 

天の梯子暴走直後に出撃した部隊は僅か15分後に「天の梯子の制圧完了」と報告してきた。天の梯子そのものが巨大なバラニウムの塊であるため、周辺にガストレアは寄り付かず、内部も無人だったため施設制圧に時間はかからなかった。そして、聖天子の言うように天の梯子が再び暴走しないように弾丸を全て押収し、装填部を分解、エネルギーケーブルも完全に切断する周到ぶりを見せた。

 

『なるほど。だが、敵としては痛くも痒くもないだろう。おそらく、奴らはあの一発のためだけに天の梯子を奪った。内部に抵抗勢力を置いていなかったのもあれが既に“用済み”だったからさ』

「どうして、そう言い切れるのですか?」

『天の梯子が暴走する前に私が言ったことを覚えているか?』

 

菫の言葉に促され、暴走直前に交わした菫との情報交換を思い出す。ガストレア洗脳装置の構造と賢者の盾の類似、賢者の盾を有効活用する唯一の方法、日本に近づくステージⅣガストレア、蓮太郎の目的――

 

「まさか。天の梯子でスピカを――?」

『ご名答だ。聖天子様。暴走当時の起動ログの中には射撃目標設定と気象データに基づく射撃補正プログラムのログも残されていた。天の梯子が射撃目標に設定した飛行物体の位置と私が提供したスピカの移動記録。それを照らし合わせた結果、彼らは天の梯子でスピカを撃ち落としたという結論に至った』

「しかし、それだと天の梯子でスピカを“撃ち殺してしまう”危険性があります。討伐を目的とするなら、それで構いませんが、洗脳して再利用するなら生け捕りが必須です」

『そう。だから彼らはシステムを“乗っ取り(ハック)”ではなく、システムの“再構築(リビルド)という手段を取った。天の梯子には、装填された弾丸が“バラニウム”であることをチェックする電磁投射センサーがある。センサーが弾丸をバラニウムだと認識することで、発射フェイズは次の段階に移行するようになっているが、再構築されたシステムでは、センサーの認識を無視して発射フェイズが次の段階に移行するように書き換えられている。大方、発射されたのはタングステンか劣化ウランの砲弾だろう。バラニウムではないが、あれほどの質量を持った物体が音速の数倍の速度でぶつかってくれば、スピカの甲殻ぐらいは破壊できる。甲殻の溝を通る空気の流れによって浮力を得ているスピカは一時的に飛行能力を失い、地上に落ちて再生を待つ身となる。その間なら賢者の盾を入れることが可能だろう』

 

菫の推測はほぼ事実と言っていいほど正確だった。何度か彼女の頭脳によって助けられた聖天子としては、彼女の言葉に嘘や偽り、違和感や疑問を覚えることはなかった。

敵の目的がスピカの掌握だとしたら、それは何としても防がなければならない。そして、今の状況は敵の作戦通りの進行でありながらも東京エリア、引いては人類にとってスピカを討ち取る好機でもあった。

幸いスピカは地上で身動きできない状態でおり、自慢の超音速飛行が出来ないのであればその脅威度は大きく下がる。バラニウム弾頭空対地ミサイルを搭載した戦闘機の編隊を派遣して爆撃すれば、それで片が付く。

 

「室戸先生。スピカの落下位置ですが、予測はできますか」

『さすがにそこまでは無理だ。スピカは後部の触手で空気抵抗を操作し、軌道を変えている。いくら甲殻を破壊されて飛行能力を失ったとはいえ、それなりの速度を持っていた奴は地上に落下するまで相当な時間があったはずだ。その間に後部の触手で軌道を変えているのだとしたら、予測ポイントは北陸・中部・近畿地方全体に広がる』

 

――あまりにも広すぎる。聖天子の率直な感想だった。今の東京エリアにそんな広いエリアを捜索する余裕はない。空港占拠事件も同時に起きている中でそこに割けるリソースなど無かった。それに空港を占拠しているガストレアの中には飛行能力を持っている個体が多数確認されている。彼らが暴走して東京湾を越えた場合を想定すれば、航空自衛隊の戦力を割くわけにもいかなかった。

 

『それともう一つ、ハッカーの特定なんだが、今、ハッキングに使用されたサーバーを経由して元を辿っているところだ。何せ元のデータが断片的すぎて、複合させるのに手一杯だ。こっちはまだまだ時間がかかる』

「そうですか。お疲れ様です。引き続き、解析の方をお願いします」

 

東京エリア単独で墜落したスピカを仕留めることはできない。そうなると、東京エリアに残された道は二つ。「スピカ討伐の機会は逃してしまうが、蓮太郎を空港で倒す」か、「敵の計画を成功させるリスクを背負うが、蓮太郎を泳がせて、一網打尽にする」か。

 

聖天子は思案に暮れた。国家元首として東京エリアを救う手段。

 

序列第50位“黒い弾丸(ブラック・ブレット)”の異名を持つ東京エリア最強のプロモーターに勝利するプランを――

 

 

 

 

 

 

遠藤との密会を終えた勝典は一度、松崎民間警備会社に戻り、すぐに武器弾薬をワゴン車に詰め込んだ。遠藤からもたらされた情報、蓮太郎と五翔会、その背後から浮かび上がった芹沢遊馬との2つの関係。どちらにせよ蓮太郎が次に動く時、それは芹沢絡みである可能性は高い。そして、遠藤から「芹沢遊馬が博多エリアに戻るためにアクアライン空港へ向かった」と情報を受け、会社の全火器を詰めたワゴン車をアクアライン空港に向けて走らせた。

 

「遅かったか……」

 

運転中、車を直接揺さぶるほどの轟音が響き、ラジオからは第二のガストレアテロが報道されていた。何もかもが後手に回っている。一度も優位な状態に立てないまま、決戦が始まってしまった。勝典は覚悟を決めて、ハンドルを強く握る。

助手席で彼のパートナー 飛燕園ヌイが両手でスマホを操作し、どこかに電話をかけていた。

 

「ほんっっっっと、肝心な時に使えないわね!!あのアホ金髪!!」

「まだ繋がらないのか?」

「無視よ!ガン無視よ!このヌイ様が珍しくあの金髪変態ロリコンヤンキーに何度もコールしてあげてるって言うのに!!」

「困ったものだな……。せめて、どの辺りにいるか分かれば良いんだが……。ところで、ヌイ。お前、本当にその格好でいくつもりか?」

 

勝典は信号待ちしている間に傍目でヌイの格好をもう一度見る。準備をしてから、今になるまで何度も見ているが、再度確認するために見ずにはいられなかった。

勝典は蓮太郎との決戦のために武器を用意し、戦うための格好で向かっていた。上下共にミリタリー調の服装だったが、そんな彼に対して、ヌイは「これから友達とショッピング♪」とでも言わんばかりにラフだった。短いデニムパンツに白とピンクを基調としたラメ入りのパーカー、女子小学生に人気のブランドで固めており、とても戦場に向かうような格好には見えなかった。

 

「何よ。文句あるの?」

「どうせ戦闘で破けたりするんだ。こういう時ぐらい安物で良いんじゃないか?」

 

それを聞いたヌイは「はぁ~っ」と呆れんばかりに大きなため息を吐いた。

 

「女の子はね。どんな時でも可愛くいたいのよ」

「そういうものか?森高とか、ジャージで仕事してたりするが……」

「詩乃様はいいの。あの人は何を着ても何をやってもカッコいいんだから」

 

ヌイのスマホに着信が入る。画面には発信者「金髪バカ」の名前が表示されている。

 

「あ。やっとかかって来た」

『ブーブーブーブーうっせえんだよ。何か用あんのか。鳥頭』

「誰が鳥頭よ。アンタが出ないから何度もかけてるんでしょうが。今どこにいんのよ」

『どこって、22区のファミレス。――って、おい。詩乃。それ俺の分なんだけど。待て。お前まで食うな』

 

謎の轟音と第二のガストレアテロが起きたにも関わらず、呑気にファミレスで過ごす壮助にヌイは呆然としていた。勝典のことも含めて、男ってのはどうしてこんなにも馬鹿なのだろうかと考えずにはいられない。そんな壮助に付き合う詩乃も同類だが、彼女のことは棚にあげて、ヌイは男の馬鹿さ加減に呆れていた。

 

「ねぇ……今、どんな状態か知ってる?」

 

『俺の昼飯がピンチ』

 

「アンタの個人的な事情なんて知るかあああああああああああああああ!!!!」

 

激昂するヌイの肩を勝典が指でつつく。

 

「ヌイ。後は俺が話す」

 

ヌイはスマホをスピーカーモードにすると、画面とマイク部分を運転中の勝典に向けた。

 

『大角さんっすか?』

「おう。壮助。お楽しみのところ悪いんだが、お待ちかねの里見廉太郎がご登場だ。ニュース見てみろ」

 

それからして、しばらく電話越しが静かになる。電話口の向こうではスマホで見ているニュース動画の音声が聞こえてくる。

 

『なんだよ……これ。マジかよ。あの野郎……。どこまで……』

「事態は分かってくれたと思う。今からお前達を拾って空港に向かう。安心しろ。お前たちの分の武器も持ってきた」

『大角さん。マジで行くんすね』

「ああ。おそらく、空港のガストレア掃討は他の会社の連中や自衛隊と共同になるが、このビッグウェーブ乗らないわけにはいかないだろう?今からお前達を向かいに行く」

『了解っす。後で地図送ります。そうだ。大角さん。車に乗せる奴、一人増えるんすけど、良いっすか?』

「悪いが、戦場への直行便だ。戦力にならない奴なら置いていくぞ」

 

 

『大丈夫ッスよ。めっちゃくちゃ戦力になる奴だから』

 

 

そう、義搭壮助は自信満々に答えた。

 

 

 

 

 

壮助たちのいるファミレスに到着した大角勝典と飛燕園ヌイは目の前の光景に絶句した。

目の前に広がるのは、東京エリア最悪の一日が始まったというのに、ファミレスで数人前の盛り合わせポテトを奪い合う義搭壮助と森高詩乃の姿

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――そして、“蛭子小比奈”の姿だった。

 


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