ブラック・ブレット 贖罪の仮面   作:ジェイソン13

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本作はブラック・ブレットの後日談を書いた二次創作です。
設定は原作7巻に沿っています。


第一章 黒の仮面
黒い仮面


 男は道を誤った。

 どこで選択を間違えたのか分からない。

 相棒を介錯したことが間違いだったのか。

 復讐に焦がれた初恋の人を殺めたことが間違いだったのか。

 そもそも民警になったのが間違いだったのか。

 あの家に預けられたことが間違いだったのか。

 あの時、命を助けられたことが間違いだったのではないか。

 

 「同じ存在」だと言っていた仮面の男は、死に際に笑っていた。

 

 

 

 そして男は、正義の怪物に成り果てた。

 

 

 *

 

 

 少年は道を踏み外した。

 そのまま黙っていれば、普通に学校に通っていただろう。

 普通に友達が出来て、放課後は一緒に遊んだり寄り道したりしただろう。

 普通に受験で苦しんで机にしがみ付いていただろう。

 普通に高校に行い、新しい生活に胸を躍らせただろう。

 でも今の少年の手に握られているのは学生鞄ではない。

 重く武骨な銃器と赤い目の少女の手だった。

 

 でも少年は後悔していない。これは罰なのだ。

 自分の正義に嘘を吐いた罰なのだ。

 彼女を裏切った罰なのだ。

 

 

 

 

 

 

 もし彼女が生きていれば、「ごめんなさい」と伝えたい。

 

 

 *

 

 

 2037年 東京エリア

 閑散とした住宅街、その一角に古い木造一階建ての家屋があった。周囲をコンクリートブロックの塀で囲まれ、焦げ茶色の板と黒い屋根瓦が昭和の匂いを醸し出す。

 人類とガストレアと呼ばれるウィルスにより変異した生物の戦争――ガストレア大戦――より前から残り続けた数少ない家屋の一つだったが、その歴史は今日終止符を撃たれた。突如、空からガストレアが落ちてきたのだ。その巨体は屋根瓦を突き破り、家屋を半壊させた。今でもばたつく翼竜の翼が屋根から突き出していた。

 家屋から距離を取りつつ周囲を警察と機動隊が取り囲む。周辺住民を避難させたため、今この場にいるのは彼らだけだ。機動隊員たちはシールドを構えながら、サブマシンガンの照準を屋内のガストレアに合わせる。

 ガストレアの討伐は本来、民間警備会社、略して“民警”に任されており、警察は住民の避難と戦闘区域の確保といったサポートに留まる。しかしガストレアによる警官の死亡報告が後を絶たないことから対ガストレア兵器、バラニウム金属を使用した銃器の保有が許可され、防衛においての使用が許可されている。

 機動隊員の背後から一台の自転車が近づく。ママチャリに10代前半の少女が跨っているが、その速度はロードバイク、それどころかアクセルを全開にしたオートバイにも匹敵する。設計段階で想定されなかった速度とペダルの回転に部品が悲鳴を上げる。一気にブレーキをかけ、道路にタイヤ痕を作りながら自転車が静止する。

 機動隊員たちは自転車に目もくれずガストレアがいる家屋に注視する。

 

「やっと来たか。民警さん」

 

 自転車の少女の対応をしたのは通報を受けて駆け付けた遠藤弘忠(えんどう ひろただ)警部だった。白髪交じりの頭髪に小太りな体格。しかし眼光は鋭く、ベテランの風格を漂わせる。

 自転車の少女は自転車を放り投げて遠藤警部に駆け寄る。

 中学生ぐらいであろう少女、黒髪のショートカット、ヘアピンで髪型を調整することで視界を確保している。紺色のパーカーに水色のミニスカート、その下から黒いスパッツを覗かせる。背中には布で包まれた棒状のものを背負っていた。

 そして、生まれながらにして体内にガストレア因子を持つ子供――呪われた子供たち――特有の赤く光る眼が遠藤を見つめていた。

 

「松崎民間警備会社のイニシエーター。森高詩乃(もりたか しの)です」

「一人みたいだな。相棒(プロモーター)は?」

「先に狙撃ポイントに付きました」

 詩乃はポケットから小型のインカムを取り出した。イヤホン型のデバイスともう一つのデバイスがコードで繋がれている。詩乃はイヤホンを耳に付け、もう一方のデバイスをフックで襟元に装着する。

「情報はこれで共有します。被害の状況は?」

 

 とても中学生とは思えない冷静な対応に遠藤は舌を巻いた。自分にも同じ年頃の娘がいるが、やはり経験した修羅場の差というものは人格や態度に大きく出るようだ。

 

「昼頃、大きな物音がしたと通報があった。俺たちが駆け付けた頃には見ての通りだ。ガストレアが空から落っこちて来た」

「中に人は?」

「婆さんの息子夫婦の2人暮らし。運良く3人とも外出していたから死傷者ゼロだ。出動してからずっと監視しているが、ガストレアは羽根をばたつかせるだけで動く気配がない」

「だってさ。聞こえた?壮助(そうすけ)

『ああ。多分、そいつは翼の骨が折れている。飛ばれる前に片付けるぞ』

 

 詩乃の襟元のデバイスから少年の声が聞こえる。声からして高校生ぐらいだろう。声や言葉の発し方から彼の荒っぽさが窺える。元犯罪者や喧嘩に明け暮れたヤクザが武器欲しさに資格を取ろうとする。ならず者くずれが民警にいてもおかしくはない。

 

「周辺住民の避難は済ませてある。我々は下がって、後は君たちに任せよう」

 

 遠藤は詩乃に背を向けると、家を囲む機動隊員たちに撤退の指示を出す。

 民警が来たからにはガストレア討伐の管轄は現地の民警に移る。もしここに警察が残っていてガストレア討伐に関わってしまえば、ガストレア討伐の利益、討伐中に出た被害の責任問題が関わって、法律的にややこしくなってしまう。

 

「くれぐれも、他の家屋の被害は出さないように頼むぞ。民警くん」

 

 

 

 

 

 

 ガストレアが墜落した家屋から5ブロック離れたマンション。その非常階段で義塔壮助(よしとう そうすけ)は狙撃銃を構えてスコープを覗いていた。

 生来持った黒髪に全体的な金髪のメッシュを施した頭髪、左耳にはピアスを付けており、いかにもヤンキーといった感じの見た目だ。スコープを覗いているせいもあってか、目つきが悪く、非常に不機嫌で全方位に怒りという名の弾丸をばら撒く性格を窺わせる。迷彩柄のカーゴパンツに黒いTシャツ、その上にタクティカルベストを着ている。住宅街ではなく戦場が似合う格好だが、街中のファッションとしても通せるスマートさも併せ持つ。

 壮助はスコープ越しにガストレアが墜落した家屋を見つめる。ガストレアが出て行く気配はなく屋根から突き出した翼竜の翼だけが見える。骨が不自然な方向に曲がっているのが何度か確認できる。

 件のガストレアは未踏査領域から飛んで東京エリア内に侵入を図ったが、侵入した際にガストレアを衰弱させるバラニウムの磁場――モノリスの結界に触れてしまい、衰弱。飛行高度を保つことが出来ず、現在の家屋に墜落した。墜落の衝撃で翼の骨が折れたことで飛び立てなくなり、立ち往生していると考えられる。通常のガストレアなら瞬時に翼の骨折から再生していただろうが、モノリスの磁場の影響で再生能力が非常に弱まっていると推測できる。

 早く倒したいとは言ったが、骨の折れ具合と経過時間からして、翼の完全再生まで、まだまだ時間に余裕があるようだ。

 

「詩乃。準備はいいか?」

『大丈夫だよ。壮助は……まぁ大丈夫だよね。そんなに離れていたら』

「俺が狙撃して奴を牽制する。それが突入の合図だ」

『了解』

「タイミングを合わせるぞ」

 

 壮助はスコープサイトに表示された風速や弾道予測に合わせて照準をガストレアに合わせる。引き金に指をかけた。

 

「5……4……3……2……1……」

 

 引き金の指に力を入れた途端、家屋で粉塵が舞い上がる。ガストレアが動き出した。羽根を大きくばたつかせ、風圧で家の壁を周囲にまき散らす。

 壮助は一瞬驚いたもののすぐに銃を構え直す。

 巻き上がる粉塵の中からガストレアが姿を現した。

 翡翠色の鱗に覆われた蛇、同じ鱗に乳白色の翼膜だ。アステカの農耕神ケツァルコアトルが現界したような姿だった。体長は家屋と比較して10m前後と推測できる。明らかに複数の種類の生物が融合しており、壮助はそのガストレアが少なくともステージⅡ、高く見積もってステージⅢだと推測する。それ以上のステージなんて考えたくもない。もし奴がステージⅣだとしたら今日が東京エリア最後の日だ。

 壮助は引き金を引いた。弾丸は弾道予測計算の通りの軌道で弧を描き、ガストレアの胴体を撃ち抜いた。

 ガストレアの再生能力を阻害するバラニウム弾、既に磁場を受けて弱っていた個体には強力な一撃だ。ガストレアは一瞬怯むが、瞬時に体勢を立て直し、翼を羽ばたかせて大空に飛び立とうとする。

 壮助は焦った。再生能力が完全に機能しないことを前提にしていたため、翼が再生しかかっていることに驚いてしまった。ガストレアに飛ばれると追いかける手段はなくなる。

 

「逃がすかよ!今日の報酬!!」

 

 壮助は2発目、3発目を撃ち込む。焦っていたせいか2発目は頭部を掠め、3発目は尾部に直撃する。更に4発、5発と撃ち込んでいく。

 

「くそっ!さっさと落ちろ!」

 

 6発目の照準を頭部に合わせた途端だった。一本の槍がガストレアの頭部に突き刺さった。先端の刃が下顎を貫いて頭頂部を貫通する。ガストレアの蓄積されたダメージで再び地に落ち、その巨体と衝撃でさきほどの家屋を完全に破壊した。糸の切れた操り人形のように。

 

「天童式神槍術に投擲技なんて聞いてねえぞ」

 

 そう冗談を口にする余裕が出来た。ガストレアが落ちたことで壮助は安堵する。照準器から目を離し、銃口を下ろして安全装置をかける。あの槍は詩乃が持つバラニウム製の武器だ。「一角」と呼ばれるもので、壮助とペアを組む前から使い続けている。バラニウム製の槍で脳を貫かれたらガストレアと言えど、死は免れない。

 

(一瞬焦ったけど、何とかなったな)

 

 狙撃用のロングバレルと照準器を本体から取り外し、二つを腰のホルダーに入れる。オプションを外された本体の銃はスナイパーライフルからアサルトライフルに早変わりする。

 壮助は一息つきながら、非常階段をゆっくりと下りながら今日の夕食のメニューを考える。帰ったら何を食べようか、相手はステージⅡ。報酬もそれなりに高いはずだ。奮発して焼肉でも行こうかと夢想する。

 

『壮助!こいつまだ生きてる!』

 

 インカム越しに聞こえた詩乃の声、それと同時に家屋から再び粉塵が舞い上がった。

 まだガストレアが生きていたことに驚き、手でインカムを耳に強く押し当てる。

 

「詩乃!大丈夫か!?」

『私は大丈夫。あいつの目玉に一発蹴りをかましてやったわ』

「そうか。警察は?」

『もうとっくに下がったから、大丈夫だよ』

 

 被害者が出ていないことにとりあえず安心する。自分たちの油断で犠牲者が出てしまえば、たとえ仕事を完遂できたとしても気分が悪い。

 

 

 

『そんなことより、ガストレアそっちに飛んでったよ』

 

「え?」

 

 

 壮助が家屋の方に目を向けた。そこには青空と静かな住宅街、煙を上げる一見の家屋が見える――――はずだった。

 見えたのは大きく開かれたガストレアの巨大な口、今まさに壮助を非常階段ごと食おうとしていた。渾身の力で飛び上がり、翼を羽ばたかせてここまで飛来したようだ。

 壮助は慌てて非常階段から飛び降りた。マンション3階からのダイブは地上でタイミング良く受け身を取ることで骨折せずに済んだ。中学の頃に選択授業で習った柔道がまさか民警の仕事で役に立つとは壮助自身今まで思わなかった。

 ガストレアの巨大な口が非常階段の鉄柵に齧り付く。非常階段がガストレアに食われ、ミシミシと音を立てながら餌になっていく。口にある牙から分泌される毒が鉄を溶かしているようだ。

 地上に落ちた壮助はアサルトライフルを非常階段に齧りつくガストレアに向けた。スイッチ一つで射撃モードをフルオート射撃に設定し、引き金を引いた。数秒でマガジン内の全ての弾丸がガストレアの腹を撃ち抜いた。皮膚を穿ち、銃創から紫色の体液を吹きだす。

 ガストレアが胴体をうねらせて飛び上がり、マンションの外の道路へと飛び出す。もう翼を使って飛ぶ余力は残っていないようだ。

 壮助はガストレアの後を追いかける。住宅街に隠れながら動いたつもりだろうが、道路にズルズルと引きずった血痕が残っていたため、追いかけるのは容易だった。

 

(あともう少しだ!別の民警に横取りされなければ!)

 

 血痕を追って角を曲がろうとした時だった。

 

 

 

 

 

 バァン!

 

 突如、何かが破裂する音が聞こえた。その直後にビチャビチャと生々しい不快な音が聞こえる。銃声ではない。だが追っていたガストレアに何かが起きたことは事実だ。

 壮助は角を曲がり、そこに銃口を向けたが、そこにガストレアの姿は無かった。しかし逃げられたとは感じない。ガストレアはここで確実に死んだ。そう思うだけの根拠が曲がり角の先で広がっていた。

 道路一面や壁面にガストレアの紫色の血液が飛び散っていた。肉片やブロックも散乱し、嗚咽を誘う異臭が漂う。壮助に撃たれた銃創によるものではない。まるで爆弾を食べて内部から爆破されたかのような、ガストレアはそんな死に方をしていた。

 壮助は落胆した。ここまで追い詰めておきながら、その手柄を別の民警に奪われたのだと。その民警は爆心地に立ち、壮助を見つめていた。

 喪服のような黒いスーツを来た青年だ。黒髪に線の細い体型、年齢は20代前半といったところか。その身のこなしに無駄は感じられず、目元を隠す黒い仮面からオペラ座の怪人のファントムを彷彿させる。

 それと同時にどこか懐かしさを感じる。どこかで会ったことがあるのではないか、そう思わせるほど壮助はこの男に覚えがあったが、いつ、どこで、どのように会ったのかは思い出せない。分かることは一つ、“初対面ではない”ということだけだ。

 

「おい。これはあんたがやったのか?」

 

 壮助は黒い仮面の男に尋ねる。男が壮助に目を向けた。無意識のうちに警戒して銃口を向けてしまうが、すぐに下ろす。相手は人間だ。

 

「ああ。このガストレアは俺が殺した」

 

 抑揚のない淡々とした声で仮面の男は答えた。

 答えを聞いた途端、壮助は歯ぎしりした。肩が震え、怒りが込み上げてきた。仮面の男に対してではない。手柄を横取りされた不甲斐ない自分に対してだ。

 

「せっかく追い詰めたのに手柄取られたぁ!!」

 

 頭を抱えて天に向けて叫ぶ。今晩の焼肉どころの話ではない。次の仕事までの深刻な食事の問題だ。自分の飯はともかく健啖家の詩乃の食い扶持となると頭を抱えるしかない。

 

「安心しろ。俺は民警じゃない」

 

 その言葉を端に壮助がピタリと止まる。

 

「だから、これはお前の手柄だ」

 

 黒い仮面の男がそういうと、ガストレアの頭部に刺さっていた槍を壮助に投げ返す。詩乃が投擲したバラニウムの槍「一角」だ。

 天国から地獄へ、そこからまた天国へ引っ張られて壮助は頭の整理がつかず混乱していたが、とりあえず今は天国だ。報酬を求めず、ガストレア討伐に協力してくれた仮面の男に「ありがとう」と言おうとした。

 しかし、そこに男の姿は無かった。残されたのは肉片になったガストレアと詩乃の一角だけだった。

 

「民警じゃないなら、あんたは何者なんだ?」

 

 仮面の男が立ち去った後、ふと壮助の頭に疑問が浮かんだ。いや、疑問しか残らなかった。

 




妄想が止められず、ついに書いてしまいました。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

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