学校では大人しいキャラで通している――と本人は思っているが実は薄々クラスメイトには本性を感付かれているらしい。
ナイトメアイーグル急襲で慌ただしくなる神奈川駐屯地で敵とは真逆の方向に走り出す者達がいた。一見するとそれは逃走のように見えたかもしれない。
駐屯地にいる面々の中で彼らはおそらく最弱の部類でナイトメアイーグルはカタログスペックの時点でまともに戦える相手ではなかった。蛮勇を抱いて立ち向かっても瞬殺されるだろう。故に彼らは弱者でも出来ることを考え、動いた。
目の前の敵を倒すことではなく、敵の目的を阻止するために――
しかし、バイクで高機動車を追い駐屯地のゲートを突破するエールを見て、全てが手遅れだったと察した。追いかけようにも今からでは追いつけない。今飛び出した高機動車とバイク以上に速い車輛がヘリや戦闘機を除いて自衛隊には無いのだ。
「クソッ!!」と珍しく彼は声を荒げる。何か手はないかと必死に思考を巡らせる。
その時、彼は思い出した。本来、自衛隊の駐屯地には無い移動手段がここにあると――
*
≪そうか。ならもう用はない≫
ナイトメアイーグルはウェポンラックから引き抜いた高周波ブレードを両手で握る。新人類創造計画から引き継いだ超バラニウム合金製のアクチュエーターによる駆動と疑似神経回路による制御でその所作は人体のように有機的で感情的だった。
黒鴉の巨人が儀式のようにブレードの切っ先を天に掲げる中、エールは状況を脱する策を考える――が、何も思いつかない。抵抗しようにも自分は丸腰な上、仮に武器があってもどうにかなるレベルの相手ではない。一か八かの逃げ道はあるが、逃がしてくれる隙は無さそうだ。そもそも路面に肉を削がれて片足がまともに動かない。
――潮時か。
ずっと昔から分かっていた。外周区に、赤目ギャングに未来はない。採算が釣り合わないから見逃されているだけで、この国がその気になれば潰される虫けらだ。
スズネに「生き返ったままでいて」と言われた。ミキに「私達を守る為に命を使って」と言われた。けど、お姫様の涙じゃ何も救えないのが現実だ。
あーあ、一度くらいあいつらと普通に遊びたかったな
銃とか爆弾とか殺し合いとか、そういうのが無い場所で
突如ナイトメアイーグルが斥力フィールドを展開、空中に展開する無色透明の膜に何発もの12.7mm弾が囚われる。絶え間なく続く銃撃に気を取られ、黒鴉の視線が外れた。
夕日に照らされた地平線の向こうから銀色のポルシェ992 カブリオレが駆ける。近未来的な流線形のフォルムが風を切り、不釣り合いに武骨な
エールはその車に見覚えがあった。スカーフェイスとの激戦の後、警察から逃げるために未織から(盗難という体で)貰ったものだ。警察の追っ手を振りまき、西外周区に着いた後はバンタウの地下駐車場に保管したところまでは覚えているが、自分達が保護された後、山根が灰色の盾の装備をどう処理したのかは把握していなかった。
――馬鹿野郎。
ポルシェのハンドルを握るのは小星常弘だった。彼は駐屯地に移送された後、我堂民警会社の代理人として山根達と情報を交換していた際、灰色の盾の武器や車両が押収され、駐屯地に運ばれていることを知っていたのだ。
速度は自衛隊の高機動車やバイクの数倍、音速の一歩手前まで加速する暴れ馬であれば多少の遅れをカバーできる。重機関銃とその他装備はナイトメアイーグルと会敵した場合の保険として積んでいたものだ。
「ブローニングを積んでこの速度――さては魔改造したな? 司馬重工」
善宗の送り迎えでスポーツカーに乗り慣れているとはいえ、オーバーヒート必至のトップギア、積載重量を越えた重機関銃の搭載と射撃の反動、昨日のバラニウム徹甲弾の雨で凹凸だらけになった路面で車体がひっくり返りそうになる。
隣で朱理が重機関銃のトリガーを引き、常弘も気休め程度に左手で拳銃を発砲する。
――ツネヒロの読み通りだ。あいつ防御と攻撃を同時に出来ない。
斥力フィールドは
高速道路が湾曲し且つ防音壁で車体が隠れていたこと、ナイトメアイーグルのレーダーが地上では役に立たないこと、エールを殺すことに気を向けていたこと、それらが繋がり、残り200mの地点まで捕捉されずに近づくことが出来た。常弘が駆るポルシェならナイトメアイーグルに衝突するまで
常弘はひび割れたフロントガラス越しに黒鴉の巨人を見据える。ブレーキは踏まない。アクセルも緩めない。今更そうしたところで1.5トンの鉄の塊は止められない。ナイトメアイーグルがカタログ通りのスペックで操縦者がマニュアルに忠実な人間なら、
新たな敵の脅威評価、意思決定、行動のプロセスを短時間で迫られたナイトメアイーグルは咄嗟にマニュアルで最も推奨された対応を取る。人体のように脚部を跳ね上げて初動をつけ、背部のスラスターを噴かせて回避する。
その判断が間違いだったとナイトメアイーグルは気付いた。
最優先事項である日向美樹の回収はまだ済んでいない。その状況で数倍の速度で走る追手を素通りさせてしまったことは大きな失態だ。今、小星常弘の駆るポルシェが最大の脅威となった。
≪行かせるか≫
8門の斥力加速砲を横一列に展開、バラニウムフレシェット弾を地上に向けて放つ。
銃身内部で凝縮させた斥力点の解放によって生まれた莫大な運動エネルギーは弾頭そのものの質量以上の破壊をもたらした。路面のアスファルトを割り、内部の鉄筋・コンクリートを貫き、支柱を砕き、高速道路を数十メートル崩落させる。
小星ペアのポルシェは頭から崩落に突っ込んでいった。瓦礫と共に地上へとなだれ込み、立ち込める煙に埋もれて見えなくなった。
真下にカメラを向ける。置き土産にエールを死体に変えておこう。自分が
展開した斥力加速砲の一門を真下で足を引きずる虫けらに向けた。
≪何を遊んでいる。イーグル。回収が最優先だ≫
痺れを切らしたネストから通信が入る。クイーンビーの命令を無視してまで実行した作戦だ。手ぶらで終わる訳にはいかない。その声には珍しく焦りが見えた。
神奈川駐屯地と内地を繋ぐ直通道路を潰したが、脅威は完全に排除されたわけではない。自衛隊の車輛であれば瓦礫とガストレアの死骸まみれの地上を走破することが出来る。駐屯地から連絡を受けて内地の部隊や警察が動けば待ち伏せを食らうことになる。
HUDにレーザー照射の警告が表示――直後に激震。
「斥力フィールド崩壊」「高度低下」「高周波ブレード2振損失」「斥力加速砲3門喪失」「左腕部の疑似神経伝達エラー」「斥力フィールド再展開」「L4スラスター出力85%まで低下」衝撃で揺れる視界の中で脳にナイトメアイーグルの異常を知らせる警報が一気になだれ込む。
高度計が急速に0へと向かっていく中、機体各部のサブカメラが新たな敵の姿を捉えた。
F-35AライトニングⅡ――ステルス性を高める凹凸を排除したフォルムとダークグレーの装甲、空戦における機能を追求した純粋な戦闘機だ。東京エリア航空自衛隊が保有する最新のステルス戦闘機が2機編成で接近する。
墜落寸前でナイトメアイーグルは斥力フィールドを展開。背部のターボジェットエンジンを燃焼させ、レーダーで捕捉されないよう超低高度で地上を
≪撤退だ。イーグル。戦闘機では分が悪い≫
≪回収はどうする?≫
≪問題ない。別の手を打ってある≫
≪了解……≫
外周区の廃ビル群、内地と駐屯地を繋ぐ高速道路の下を潜り、黒鴉の巨人は鉄筋コンクリートの森へと消えていった。
≪ダガー1より
*
ナイトメアイーグルが飛び去った神奈川駐屯地では自衛官達が慌ただしく、しかし整然に走り抜けた。墜落した攻撃ヘリの消火活動、引火の危険性があるヘリの残弾処理、攻撃を受けた医療区画からの退避、殉職したパイロットや医師・看護師たちの遺体収容etc……と敵が去っても彼らの戦いは続いている。
襲撃を受けた医療棟には簡易ベッドが並べられ、そこへ負傷者が運ばれていく。
ティナとミカンは運ばれる担架の邪魔にならないよう廊下の端に立つ。呪われた子供の治癒が作用したため、彼女達の
昨日の治療の影響で2人は一時的に浸食率が上がりやすい体質になっている。今日、ナイトメアイーグルに負わされた傷の治癒でどれほど上がったのか、自分が人間として生きられる時間はあとどれほどあるのか、この数年で抑制剤の効果が上がってもその恐怖が拭われることは無い。
また一人、二人、三人と担架で運ばれていく。それが美樹を追って駐屯地を飛び出したエールと小星ペアだと分かりティナとミカンは愕然とする。
エールは左腕・左足の肉が半分ほど抉られていた。骨まで見える様は傷を通り越して欠損に近く、呪われた子供の治癒力でも治るかどうかは保有因子次第だ。
常弘と朱理は人工呼吸器をつけられ、医師たちの慌ただしさから生死の境を彷徨っているような状態だと伺える。高速道路の崩落に巻き込まれた後、ポルシェごと亜音速で川に突っ込んだ中で一命を取り留めたのは奇跡に近い。
圧倒的な力の差を見せつけられ、敵を倒すことも美樹を守ることも、自分も仲間も守ることが出来なかった。IP序列38位「
「酷い有様だねえ」
まるで他人事のように山根が歩み寄る。自衛官であり同じ迷彩服を着ている彼だが、地位の違いか部署の違いか、隊員たちが事後処理に奔る中悠々としている。
「ミキは見つかったのか?」「美樹さんは見つかりましたか?」
二人から同時に問いかけられるが、山根は首を横に振る。
「車と裏切者は見つけたけど、美樹ちゃんはまだ捜索中だ」
「その裏切者、拷問して吐かせたらどうだ?」
「もう死んでるよ。検死はこれからだけど、あの死に様からしてドールメーカーだろう」
「また……ですか」
捨て駒を使い事が終われば殺害して口封じ、非人道的だが情報管理の面で言えば合理的かもしれない五翔会残党の手段にティナは吐き気がする。ミカンも舌打ちし「外道が」と吐き捨てた。
*
東京エリア・アクアライン空港 国際線ターミナル
バカンスに出かけるカップルや家族、出張に向かうサラリーマン、パイロット、CA、その他従業員が往来し、コーティングされた到着ロビーの床は靴底で叩く音が絶えない。人々の和気藹々とした話し声と共に手荷物検査場や搭乗口に向かうことを促す場内アナウンスが響き、ロビーは静寂とは無縁の盛況ぶりだった。
半年前、ここはテロリスト里見蓮太郎が放ったガストレア群が占拠し、自衛隊と激戦を繰り広げたのだが、今の活気を見るとそれが嘘のように思える。里見事件を覚えている人がどれだけいるのか怪しいくらいだ。
『おかけになった電話は電波の届かない場所にあるか、電源が入っていないためかかりません』
「あー!! もう!! ティナ全然出ないじゃん!!」
弓月は国際線ロビーでスマホに怒鳴りつけた。往来の注目を集め、空港のガードマンの視線が集まる。別に恥ずかしいとは思わないが、居心地は悪い。
「行くぞ。弓月」
「あ、うん……」
玉樹に促され空港の出口へと向かうとスーツ姿の男が堅苦しい所作で兄妹を出迎えた。空港の出入口がいくつもある中、自分達がここを通ると最初から分かっていたかのように。
「お待ちしておりました。片桐様」
彼の顔は見覚えがあった。聖居情報調査室の調査員であり、聖居と兄妹の連絡役を務めている男だ。端正な顔つきだが、彼が持ってくる話はいずれも国家の存亡をかけた厄介なクソ仕事ばかりであり、弓月は基本的に彼のことが嫌いだった。見たくない顔№1と言っても良い。
「自分の足で帰れって話じゃなかったの?」
「状況が変わりました。至急、聖居までお越しください」
弓月は大きく溜息を吐き、肩を落とした。
「要は『今からお仕事』ってことね」
オマケ 前回のアンケート結果
美樹「これは夢オチなんだ……ぜんぶ悪い夢なんだ……」
回答
(3) 父さんと母さんが死んだのも夢
(0) ルリコ姉ちゃんが死んだのも夢
(1) 西外周区が滅んだのも夢
→(7) 義塔の兄ちゃんと付き合ってないのも夢
(2) 詩乃ちゃんが私の妹じゃないのも夢
(3) 夏休みの宿題がまだ終わっていないのも夢
(6) 部活やめて体重がちょっと増えたのも夢
美樹「自分で言うのもあれなんだけどさ。脈ありだと思うんだよね。おっぱいチラチラ見てたし」
壮助「 」
壮助「え……? マジで……? バレてた?」
美樹「うん。けっこうバレバレ」
壮助「もうやだ……誰か殺して……」
美樹「死ぬぐらいだったら、私を幸せにする為にその命を使ってよ」
↑ここまで夢
美樹(――って言えたら良いなぁ……)
常弘「未織さんのポルシェ、魔改造しすぎ……」
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ロケットエンジン内蔵
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バンパーが開いてEP加速砲が出てくる
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ニンジンで動くしPUIPUIしてる
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実はト●ンスフォーマーだった
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カーナビが梶●貴ボイス