色々と大変でしたが、これからはまた1週間に1話、もしくは2週間に1話を目指して頑張ろうと思います。
夜10時を過ぎた頃、壮助の見舞いを終えた大角勝典は東京エリアの一等地に位置する高級マンションへと帰って来た。住民を迎え入れるレッドカーペットと煌めくシャンデリア、ホテルと見紛う絢爛豪華な内装は、民警という血生臭く汗臭い仕事をする勝典には似合っていなかった。
勝典もそれは自覚していた。序列1000番台の報酬からすれば経済的に問題はないが、出来ればもう少し安くて地味なところに住みたいとも思っている。しかし、そうは出来ない理由があった。
エレベーターで10階まで昇り、自室のドアを開けた。
「おかえり。勝典」
扉を開いて玄関に入った。その目と鼻の先で一人の少女が勝典を迎え入れた。年齢は10歳ほどか、10歳らしい幼稚なスタイルだが、スレンダーで足がスラッとしている。毛先がウェーブしたセミロングの明るい茶髪を振り撒き、これ以上にないほどの満面の笑みを向ける。しかし、少女は花のマークが目立つ高級ブランドのカーディガンの前で腕を組み、仁王立ちで阻む。その立ち姿からは怒りを感じさせる。
「ご飯は抜く?お風呂はないよ?それともアタシからのオ・シ・オ・キ?」
彼女は新妻お決まり台詞の最悪バージョンを吐いた後、背に隠していた二本のバラニウム製レイピアの先端を勝典の首筋に向けた。黒剣の二刀流が蛭子小比奈を彷彿させるが、振り撒く可愛げも纏う狂気も何もかもが異なる。
「わ、分かった。帰りが遅くなったのは謝ろう」
「謝ろうじゃないわよ!こっちは待てども待てども帰って来ないし!お腹はすくし!仕方なくコンビニ弁当なんていう化学調味料の塊を口にしたのよ!この
「『自分で作る』っている選択肢は無かったのか?」
勝典が訪ねた途端、ヌイは目を反らした。
勝典がキッチンに目を向けた。黒こげのフライパン、野菜を切った何かが散乱するまな板、刃が折れた包丁、作動した形跡のある火災報知器など、彼女が自炊しようと努力した形跡は見られた。しかし、キッチンはマッドサイエンティストの実験台、絨毯爆撃跡地、そんな例えがぴったりな光景になっていた。
勝典が再びヌイに目を向けると、彼女は額から冷や汗を流していた。
「り、料理なんてものは給仕の仕事なのよ!」
勝典はため息を吐いた。今どき漫画でも見ないような典型的なお嬢様思想のヌイにではなく、これまで、コンビを組んで2年間もヌイに料理一つ教えなかった過去の自分の愚かさに頭を抱えた。
「今度、簡単な料理を教えてやるよ」
「だ、だからこの私が給仕の仕事なんて!」
「『料理は淑女の嗜み』って言えば、いいのか?」
その瞬間、ヌイの耳がピコンと動いた。彼女の感情の起伏を示す分かり易いアンテナだ。
「そ、そうね!淑女の嗜み!誰かに奉仕するわけではないのよ!淑女の嗜み!」
おほほほと笑うが、今晩の大失敗と料理に対する不安が頭を過ぎったのか、その顔はあまり笑っていなかった。
「あ。そういえば、こんなのが届いてたわよ」
ヌイが差し出したのはA4サイズの茶封筒だった。紐と留め具で閉じられた高級感のある装丁。表には「大角勝典 様」と大きく印字されていた。裏返して送り主を確認する。
“第三次関東会戦・戦友会”
かつて東京エリア滅亡の危機とまで言われた第三次関東会戦。32号モノリスの倒壊により押し寄せたステージⅣガストレア「アルデバラン」「プレヤデス」率いる2000体のガストレア軍勢と自衛隊・民警の戦いである。当初は自衛隊の快勝で終わると考えられていたが、プレヤデスの「光の槍」による航空戦力の無力化、アルデバランによるガストレア軍勢の統率により自衛隊が壊滅、民警も戦力の90%以上を損耗したが、里見蓮太郎を中心としたオペレーション――レイピア・スラスト――により勝利をおさめた。
戦友会は生き残った民警の集まりであり、会合や犠牲者の供養といった活動が行われる。勝典の下に戦友会のお知らせが来たのは、彼もまた第三次関東会戦を生き残った民警の一人であることに他ならなかった。
勝典は戦友会から来たものだと確認した途端、封を開けることなく封筒をクシャクシャに握り潰して捨てた。憎悪を込めた表情で、怒りをぶつけるように――
ヌイはその光景を黙って見るしか無かった。去年のように逆鱗には触れたくなかったからだ。
*
「え!?退院した!?」
防衛省の一件から一晩経った翌朝、森高詩乃は病院へと来ていた。今日の午前中には退院すると言われていた義塔壮助を迎えるため、そして勝典の忠告通りに壮助から目を離さないためだ。しかし、病室に行くと彼の姿は無く、ナースステーションに行くと、「異常は無かったので本人の希望もあって退院させた」という答えが返って来た。
「あのっ。それでどこに行ったか分かりませんか?」
「退院する際に、近くの駅にATMがあるかどうか聞いていましたね」
「その他には?」
「すみません。それ以外のことは……」
申し訳なさそうな顔をする看護師に詩乃は「ありがとう」と言うと、病院から出て行った。
詩乃は走って最寄りの駅に向かった。壮助に追いつけると思い、無我夢中に走り出す。信号無視など気にしなかった。途中、タクシーに轢かれそうになったが、赤目の力で華麗に回避して、謝ることもなく駅へと走り抜けた。
5分走った先に看護師の言っていた駅があった。構内に入り、案内板で位置を確認したATMへと向かった。
無論、そこに壮助の姿は無かった。詩乃はATMの前に立ち、自分が持っていたキャッシュカードで口座の残高を見る。壮助が「脱オンボロ廃墟!目指せ!2LDK!」と息巻いて溜めていた貯金用の口座だ。2人の共有財産ということで詩乃にもキャッシュカードが与えられていた。
案の定、お金は引かれていた。つい5分前に貯蓄の半分の20万円ほどだ。
――5分前ならまだ間に合う!
詩乃はATMからキャッシュカードを引き抜くとダッシュで改札へと向かった。電車の待ち時間も含めて考えれば、壮助はまだホームにいるかもしれない。その一心が詩乃の足を動かす。
『2番乗り場より、電車が発進致します』
駅内アナウンスが詩乃の心を更に焦らせる。今ここで壮助を自由にしてしまえば、勝典の言っていたように『贖罪の怪物』になってしまう。そんな気がしてならない。
赤目の力を発揮して階段を10段ずつ飛ばしながら駆け上がる。驚く周囲の視線など気に掛けず、一気にホームまで駆け上がった。
眩しい日差しに当てられながらホームを見渡す。そこに壮助の姿は無かった。そして、2番乗り場から発進し、既に遠くにいってしまった電車の姿があった。
*
病院の最寄り駅から電車で20分ほど行った先の駅で壮助は降りた。服装は昨日の防衛省の時と変わらず、司馬XM08AGを楽器ケースに入れてカモフラージュしている。
駅前の大通りから横道に逸れて、場末の居酒屋やキャバクラ、スナックが並ぶ細道を通る。そして、とあるドアの前に立った。
何の変哲もない鉄製のドア、普通の人が見れば何かの店の裏口だと思うだろう。周囲に溶け込むことに徹し、誰もドアのことを気に掛けないような工夫がなされている。
壮助は財布から民警のライセンス証を取り出すと、それをドアの郵便受けに入れた。ガチャと鍵の開く音がした。壮助はドアノブを力強く掴むと1秒待ってからドアノブを回して扉を開けた。
数メートル続く廊下を歩き、更にその奥の扉を開いた。
「久し振りだねぇ。随分と酷い面構えになったじゃないか」
所狭しに並べられた漆黒の武器弾薬、バラニウム弾に対応した銃器、バラニウム製の近接武器、バラニウム弾、バラニウム破片を含んだ爆弾。それらに囲まれて、一人の女性が壮助を迎えた。
擦れた目でキセルを加える30代の女性だ。豊満なスタイルを強調する黒のタンクトップに迷彩柄のカーゴパンツ、そして軍用ブーツ、キセルの煙のせいで傷んだセミロングの髪も相まって、戦場から帰って来たばかりの女性兵士のように思える。
彼女の名は三途麗香(さんず れいか)。東京エリアの民警の間では
壮助が民警になって初めて武器を買ったのもここだ。大角に紹介され、中古のM4カービンを買った。そのM4カービンは2ヶ月後にガストレアとの戦いで鉄くずになってしまったが……。
「そんなに酷い顔か?俺」
壮助の言葉に麗香は意表を突かれた。彼女の知る義塔壮助は、見た目ヤンキーで思慮に欠ける男だが、目上の人間に対して敬語は使う程度の社会に対する帰属意識は持っていた。彼なりに対人関係、集団の和を考えていた証だった。しかし、今の彼にはそれすら無い。
「ああ。酷いね。相棒を介錯した銃を売りに来たどこかの民警に雰囲気が似ているよ……いや、彼よりはまだマシかな。予備軍ではあるけど」
「詩乃を撃っちゃいねぇよ」
「当たり前だ。そんなことになったら予備軍じゃ済まなくなる」
雑談を終え、壮助は一呼吸おいて本題に入った。
「どうしてもアンタに調達して欲しい銃がある」
「私は廃品回収、死んだ民警から武器を貪るハイエナだよ。その銃の持ち主が死んだら、この店に並ぶ。それだけのことだ。それで、何が欲しいんだ?」
「タウルス・ジャッジ」
それを聞いた途端、麗香は吹き出した。咥えていたキセルを床に飛ばし、腹を抱えて笑い続ける。出入り口と換気扇だけが空気の逃げ道になっているこの狭い部屋で彼女の笑い声がけたたましく反響する。
「あはははははははは!!タウルス・ジャッジ!!あの散弾拳銃か!!馬鹿か!?お前は本当に馬鹿か!?」
タウルス・ジャッジ
ブラジルのタウルス社がカージャック対策用に開発したダブルアクションの散弾リボルバーだ。拳銃という形でありながら散弾「410ゲージ」を装填することが出来るという珍しい銃だ。
ショットガン(散弾銃)は面制圧に適した散弾、大型生物に対して有効なスラッグ弾を使うことが出来るが、民警の間ではあまり人気の銃ではない。後方支援がメインのプロモーターにとって射程距離の短さはネックであり、散弾を使えば前方のイニシエーターを誤射しかねない。スラッグ弾も初速の遅さと空気抵抗の問題から、効果を発揮する距離が限られている。イニシエーターのほとんどはその身体能力を活かすために近接武器を使うため、銃そのものを扱うことが少ない。
壮助が依頼したタウルス・ジャッジは携行性に優れるが、銃身が短いため威力と射程距離が他の散弾銃より劣る。更に口径が小さいため、近距離での鳥撃ちや小動物の狩猟ぐらいにしか使えない。対人ならともかく対ガストレアでは効果を発揮しないだろう。
麗香はラマーズ法で呼吸を整える。無論、彼女は妊娠などしていない。
「しかし、本当に無茶なことを頼むな。あんなのガストレア相手だと豆鉄砲だぞ。スラッグ弾を使うならまだしも――」
「いや、使うのは散弾だ。球形散弾はゴム弾、火薬の量もなるべく減らして殺傷性を極力減らした奴が欲しい」
その言葉を聞いて、麗香は黙り込んだ。壮助は民警で、民警が求める銃は対ガストレアを想定した大口径で殺傷能力の高いものだ。しかし、彼が今頼んでいるものは明らかに対人目的の銃だ。「殺す」「殺さない」の問題ではなく、人を撃つための銃を彼は所望している。もはや民警としての仕事を逸脱していた。
――まぁ、そんなことは私にとってどうでもいいことなんだけどね。
「今、リストにジャッジが無いか確認してみたが、お前は運が良いな。一つあったぞ。もう6年も前のものだ」
壮助が固唾をのんだ。
「6年前って……」
「ああ。第三次関東会戦で死んだ民警の持ち物だ」
次回は原作に登場したあの人やあんな人の懐かしいアイテムが登場!