ブラック・ブレット 贖罪の仮面   作:ジェイソン13

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これから忙しくなるので、更新が不定期になります。


贖罪の怪物

義塔壮助は目を覚ました。懐かしい白い天井に白いベッド。仄かに鼻を突く消毒液の匂い。嫌な記憶と共に懐かしさを感じる。

――ああ、また病院か。

壮助は肘をついて上体を起こす。胸元に痛みが走るが、我慢できないほどではない。それよりも状況を把握したかった。寝たままでは天井しか見えない。ベッドの周囲も仕切りで囲まれている。

ふと腹部に重さを感じた。ずっしりと、しかし心地のいい重さだ。

目をやると詩乃が壮助の腹部に頭を乗せて寝ていた。ずっと傍に居てくれたのだろうか、疲れ切って爆睡しており、口から涎を垂らしてシーツを濡らしていた。

股間をピンポイントで濡らすのは勘弁してほしかったが……。

「入るわよ~」と、彼の返事を待つ前に空子が仕切りのカーテンを開けて入って来た。

 

「あ、なんだ。起きてたんだ」

「なんか反応軽くない?こういう時って、感極まって涙流して、慌ててナースコールするもんじゃねえの?」

「いや、だってアンタ。6時間しか寝てないし――」

 

空子が舐めるように壮助の顔から足先まで見た。ベッドに片腕をついて、壮助の額に手を当てる。

前屈みになったことで彼女の開いた胸元が嫌でも壮助の視界に入る。松崎民間警備会社の男性陣(壮助と勝典)の間ではエベレストだとかチョモランマだとか例えられている彼女の爆乳が目の前にある。思わず手を突っ込みたくなる谷間、服と胸のわずかな隙間。これから目を反らすことは男の性に対する抵抗であり、16歳という多感な年頃の壮助は男の性に抵抗できなかった。

 

(よくもまぁ白衣の天使の神殿でそのドスケベエロボディの晒せるなぁ!畜生!危うく俺の下半身のエクスカリバーが――――駄目だ!反応するな!反応したら社会的に終わっちまうぞ!俺!)

 

「まぁ、脳震盪とか聞いてたけど、全然大丈夫みたいだしね」

 

空子が身を引き、壮助もほっと一息をつく。

空子は詩乃を一瞥すると、手元に持っていたコートを彼女の肩にかけた。

 

「本当に詩乃ちゃんはアンタにゾッコンね。どんな口説き文句を使ったか、教えて欲しいわ」

「別に口説いちゃいねえよ。ただ――」

「ただ?」

「IISOから聞いた話だけど、こいつ前のプロモーターとはあまり上手くいってなかったみたい。戦いのどさくさに紛れてそいつを殺そうとしたらしいし」

「うわぁ…。13歳の女の子が考えることじゃないわね」

「当時はまだ12歳だし、そんなに珍しい話じゃない。10歳のイニシエーターがプロモーターをバラバラ死体にしたって話も聞いたことがある。――まぁ、前の奴と比較したら、気の合う俺は聖人にでも見えたのかもしれないな。俺が惚れさせたんじゃなくて、ただタイミングが良かっただけだ」

「アンタ。それ本気で言ってる?」

 

空子は真剣な物言いで壮助を蔑むような目で見つめた。

 

「義塔くん。具合はどうですか?」

 

カーテンの仕切りを開けて、松崎と勝典が入って来た。壮助は空子への返答が有耶無耶になったことに胸をなでおろし、空子は少しばつの悪そうな顔をした。

ぞろぞろと人が入ったことに気づいたのか、詩乃が目を覚ました。目を擦り、壮助が目を覚ましたと知るや否や彼に飛びかかり、熱い抱擁をお見舞いする。

 

「おやおや。邪魔者は退散しますね」

「あ、いえ。そういうわけでは……」

「○×△□◎☆!!?」

 

詩乃も言葉になっていない小さな叫び声を挙げると、ぱっと壮助から離れてベッド脇のパイプ椅子に腰を掛ける。赤面して俯き、壁の方に顔を向けた。

勝典がパイプ椅子をセットし、そこに松崎が腰を掛けた。

 

「医者が言うには軽い脳震盪だそうだ。経過が良ければ、明日の昼には退院できる」

「大角さん。あの後、どうなったんですか?」

「おいおい。いきなりだな。端的に言うと、里見蓮太郎と蛭子小比奈は逃亡。未だに音沙汰なし。あと、報酬の金額が倍になったぐらいだな」

「そ、そうか」

 

壮助は安堵した。里見蓮太郎が誰の手にもかけられていないことに。

民警で蓮太郎を捕らえることを依頼されておきながら、彼が逃亡したことを安堵する矛盾。それは壮助以外の全員が気付いていた。

 

「義塔くん」

「は、はい!」

 

松崎の鶴の一声で壮助が背筋を伸ばす。

 

「もし体に無理が無いようであれば、話していただけますか?君が、里見蓮太郎さんを呼び止めた理由を――」

 

壮助は全て話した。勾田小学校でのこと、藍原延珠が同じクラスだったこと、自分のせいで彼女が呪われた子供として学校を追われたこと、後日、自分が反発して暴力沙汰を起こしたこと。

誰も途中で質問を入れようとはせず、ただ黙って話を聞いていた。

 

「だから、君は里見さんを呼び止めたんですね」

「はい……。あいつ――いや、彼なら藍原が今どこで何をしているか知っているはずなので」

「なるほど、お前が序列に拘っていた理由も説明がつく。藍原延珠の現在と彼女のプロモーターに関する情報を得たかったのか」

「はい……」

「義塔くん。藍原さんに会って、君はどうするつもりですか?」

 

壮助はぎゅっとシーツを掴んだ。その手は震えていたが、詩乃がそっと手を乗せたことで震えが止まった。壮助は「ありがとう」と言うと、俯いていた面を上げた。

 

「謝り……たいです。謝って済む問題じゃないってのは分かっているんです。偶然とはいえ、藍原の思い出を壊したこと、群集心理に負けて何も行動を起こさなかったこと――俺は、決着をつけたいんです。罰でも、償いでも、どんな形でもいい。でもせめて、『ごめんなさい』と伝えたい……です」

「そうですか」

 

松崎はパイプ椅子から重い腰を上げた。

 

「起きたばかりなのに、重い話をさせて申し訳ない。千奈流さん。大角さん。私達はそろそろお暇しましょうか。彼も起きたばかりですし」

 

松崎が病室の外へ出て行き、後を追うように空子が出て行った。勝典も一緒に出て行こうとするが、壮助の脇にあるパイプ椅子に座る詩乃の肩を叩いた。

 

「森高。ちょっと話したいことがある。少し付き合ってくれ」

「は、はい」

 

詩乃は名残惜しそうに壮助を見て、勝典に連れられて病室から出た。

 

 

 

 

「あれで自分を責められるって……何か納得いかないのよね」

 

皆で1階ロビーにある休憩室でコーヒーを飲む中、空子が口を開いた。あとの3人も彼女の言葉に耳を傾ける。

 

「真っ先に迫害し始めたガキや教師を嫌悪するのは分かるけどさ。あいつ自身が迫害したわけじゃないじゃん。どうして、あいつが贖罪に身を投じるか理解できないわ。クラスメイトや教師をボコボコにして、その呪われた子供の前で土下座させるならまだ理解できるわ」

 

「だから、“義塔壮助”なんだよ」と口を挟み、詩乃がシロップたっぷりのコーヒーをテーブルに置いた。

 

「会って1年しか経ってない私が言えるかどうか分からないけど、壮助は見えない敵に怯えているんだと思う。多分、壮助があのまま黙って普通に中学に行って、高校に行ったとしても誰も文句は言わないし、裁かなかった。けど、彼の“罪”は彼自身が決めたことだから。罰を受けるか償うか、納得のいく決着を見つけるまで、ずっと背負うことになると思う」

「森高。それは違うぞ」

 

勝典の一言に詩乃と空子は彼の方を向く。

 

「罪は消せない。せいぜい軽くなるだけだ。もしあいつの納得のいく罰や償いが出来たとしても、罪人の本質は常に、死ぬまで――いや、死んでも纏わりつく。罪は事実なんだ。どれだけ被害者が許そうとも消えることはない。二度と取り返せないものなら尚更の話だ」

 

勝典は一息つきくと、今まで以上に真剣な面持ちで詩乃を見つめる。鋭い眼光は揺らぐことなく真っ直ぐと詩乃を突き刺した。

 

「自分を許せない気持ちも、罪を償う気持ちも、それは悪いことじゃない。誰かに強要されず己の意志だけでそれが出来るのはむしろ結構なことだと思う。だが、行き過ぎた罪の意識は魂を飲み込む。単一の思想が個人を支配し、その思想以外のすべてを排除する。思想を否定することも、幸福が思想の達成に邪魔なら迷わず否定する。そうなった時、“怪物”が生まれる」

「怪物……」

「ああ。怪物だ。だから森高。義塔から目を離すな。あれはいずれ“贖罪の怪物”になる。止められるのは、おそらくお前だけだ」

 

詩乃は口を閉ざし、俯いた。

壮助の心の中に潜む“怪物”。それは壮助を動かす原動力であり、壮助を飲み込む存在だ。義塔壮助は藍原延珠に償うことしか考えていない。今はそうでなくともいずれそうなるかもしれない。詩乃にとっては腹立たしく、悲しいものだった。愛する人は自分以外の女、生きているのか死んでいるのかもわからないクラスメイトのことばかり考えていると知ってしまったのだ。彼女は延珠が羨ましく、そして妬ましかった。

 

(じゃあ……。壮助にとっての私って何?相棒?それとも……償いのための道具?)

 

 

 

 

午後8時 聖居 聖天子執務室

東京エリアの政治中枢である聖居。その奥深くに聖天子執務室がある。

執務室は、聖居の白い外観、聖天子のイメージである清廉潔白という概念を部屋と言う形で表現している。

部屋の奥、高級感溢れるマボガニーの机に向かい、聖天子はその日の執務を終えようとしていた。

東京エリアの抱えている問題は未だに多い。第三次関東会戦で大幅に減少した民警・自衛隊の戦力、未だに国内で燻る反赤目組織、強奪された『賢者の盾』とそれによる次世代のエリア防衛システム開発の停滞、etc…。

彼女が最後の書類に判を押すと、終わるのを待っていたかのように入口からノックの音が響く。

 

「聖天子様。例の民警に関して、情報が集まりました」

「どうぞ。入ってください」

「はい。失礼いたします」

 

入って来たのは痩身の中年男性。薄い頭髪に垂れた眼差し。とても威厳というものは感じられない。

男の名は小笠光雄(おがさ みつお)。現在の聖天子補佐官である。政治的な知識と手腕に長ける男と評判だが、気弱な性格のせいで決断力に欠ける。そのため、前の補佐官である菊之丞とは違い、真に“補佐官”として聖天子の治世を補佐している。

彼が歩いて聖天子の下まで向い、脇に抱えていた茶封筒を差し出した。

 

「例の民警に関する経歴です」

 

聖天子が茶封筒を受け取り、封を開けて一通り中の書類を見通した。

 

「小笠さん。彼女と連絡を取ってください」

「彼女……と言いますと?」

 

 

 

 

 

 

殲滅の嵐(ワンマンネービー)。ティナ・スプラウトです」




次回は大角勝典のイニシエーターが登場!(ロリですよ!ロリ!)

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