【完結済】インフィニット・ストラトス 〜狼は誰が為に吼える〜   作:ラグ0109

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歪み

「……」

「なぁ、ラウラよ…」

「なんだ、父様?」

 

一夏との決闘騒ぎから明けて翌日。

朝の鍛錬をキチンとこなした。

…どうも、鍛錬の時の組み手で皆が集まって賭け事をするのが朝の風物詩になってしまっている気がせんでもない。

シャワーを浴びて身だしなみを整えて食堂へ皆と向かう。

ここも、まぁまぁいつも通りだ。

最近加速Gにすっかり慣れてしまった俺は、軽く朝食を摂るようにしている。

もちろん消化の良い物だけだが。

今日は中華粥を選択。

鶏がら出汁の香りが口いっぱいに広がって非常に美味だ。

食堂のおば様たちには感謝だ。

そして…。

 

「ラウラさん…流石にお行儀と言うものがですね…」

「そ、そうだよラウラ…うらや…じゃなくって、ご飯の時くらいは」

「いいや、駄目だ。昨日構ってくれなかったから今日は一日甘えるんだ!」

「流石に食いにくいんだが…」

 

皆で席についてさぁ、食べようと言うタイミングで何を考えたのかラウラが俺の脚に座ったのだ。

最初は必死に説得したのだが、上目遣い、涙目のコンボに俺は為すすべなく轟沈。

全てを諦めた。

…誰なんだろうなぁ、こんな入れ知恵をしたのは…と恨みがましい視線を楯無へと送るが、本人は何処吹く風だ。

非常に楽しそうな笑みを浮かべて俺とラウラを見つめている。

 

「ラウラちゃんもすっかり娘よねぇ…軍人辞めて狼牙君に養子縁組してもらったらどう?」

「魅力的な提案だがな…私とて祖国を愛する軍人だ。だが…そうだな…退役した時にでも考えてみようか」

「立派な志なんだが、座っている場所の所為で全然格好良くないからな?」

 

ラウラはキリッとした顔で楯無と話しながらベーグルサンドに噛り付いている。

これで年齢十五歳である…年齢詐称ではあるまいな?

湯飲みに入ったお茶をズズッと音を立てながら飲む。

朝は熱く渋めの緑茶を飲むと頭がスッキリするな…うむ。

 

「むー…ところで、さ…昨日聞きそびれたんだけど…狼牙、どうして織斑君にあんなに苛烈な攻撃をしかけたの?」

「襲撃犯相手に使った手まで使っていましたわね…BT兵器を瞬時加速させるなんて…」

「狼牙君の専売特許だけど心配しちゃうわよ」

 

静かに湯飲みをテーブルに置き、自身の気を落ち着かせるようにラウラの頭を優しく撫でていく。

 

「言ってしまえばアレが俺本来の戦り方だ。完膚なきまでに叩きのめす、完膚なきまでに心をへし折る…そうして潰すのが俺のやり方だからな…ラウラも一度味わっているだろう?」

 

ラウラに問いかけると、あの一度のやり取りを思い出したのかブルっと体を震わせる。

未だにトラウマらしいな…頑張れ軍人よ。

 

「あ、あぁ…あの時は本当に恐ろしかった…何処まで逃げても、停止結界で動きを止めても首に刃物が当てられているような感覚がしていた、しな…」

 

ラウラは自分の首を撫でながら首を横に振る。

殺すつもりで仕掛けていたからな…殺気を一身に受ければそうもなる。

一夏とやりあったあの時も、一夏にしか殺気をぶつけていない。

だから見ている側には、激しい攻めの様にしか見えてなかったのだろう。

 

「でも…何だか怒ってるみたいに見えたわよ?」

「…別に怒ってなどはいないさ」

「ふぅん…」

 

楯無は、どこか値踏みするような視線で俺を見つめてくる。

どうにも楯無にはお見通しのようだ…流石に一緒に暮らしてると分かってしまうものだろうか?

 

「いや、父様は怒っていたのだろう…一夏の焦りに」

「…そうだな、確かに怒った。あいつの気持ちも分からんでもないが、ああ言う焦りは悲劇しか生まん」

「経験値、と言う意味では狼牙さんは織斑先生よりも遥かに高みにいますものね」

「でも、いつも織斑先生に負けてるのはなんで…?」

 

確かに前世での経験値込みで考えれば、この学園において俺の右に出る人間なんぞ居ないと断言できる…できるんだが…。

俺は何とも気恥ずかしくなってしまって頭をかく。

 

「どうにも一夏と同じで普通の組み手だと緊張感に欠けてしまっているようでなぁ…何時も通りとはいかんようだ」

「要は本当の意味でのやる気の差、意識の差ってことよね…」

 

いや、真面目に取り組んではいるのだが…な。

極端にしか手を抜けないのも悪影響を及ぼしてしまっている。

反省すべき点なのだが、一向に改善できず苦しんでいたりする。

 

「さて、のんびりしすぎたし…そろそろ教室に向かわんとペナルティ飛んでくるぞ」

「朝のトレーニングで鍛えられてるとは言え、グラウンド十周は死んでしまいますわ…」

「セシリア達は織斑先生が担任だから大変、だね」

 

ラウラも千冬さんの体罰は恐ろしいのか、キリッとした顔で俺から降りて素早く食器を片付けに行く。

ううむ中々現金なやつだな…そんなラウラの様子を見て、俺たちはクスリと笑ってしまう。

 

「父様!早くしないと置いていくぞ!」

「わかったわかった…そう急かさんでくれ」

「じゃ、狼牙君…悪いけどお昼は生徒会室によろしくね?」

「アイ・マム、そっちもサボるなよ?」

 

食器を片付け、楯無の額を軽く小突くと楯無はクスリと笑って颯爽と立ち去っていく。

最近はキチンと書類仕事をやってくれているので、いらん心配かもしれんな…。

ラウラと合流すると、ラウラは手を繋いでくる。

特に抵抗する理由も無いので好きなようにさせておくとご満悦なのか非常に機嫌がよろしい。

手を繋ぐことで独占しているような気持ちになっているのかもしれんな。

 

「今日のラウラさんは、すっかり甘えん坊ですわね…」

「一応キチンと父親と言う人が居るが、あくまで事務的なものだからな…父様のように心を許せる人間じゃない」

「それは…なんだか悲しいね…」

 

その義理の父親…恐らく軍人なのだろうな。

遺伝子強化試験体の情報は極秘に部類されるからな…白が得てきた資料をザッと見てきたが、中々にえげつない実験も行っていたようだ。

極限状態に追い詰めてからの尋問耐性のテスト…とかな。

恐らくマトモな感情を持ち合わせてはなかろうな。

そう言った経緯を考えると、父親と言う存在に嫌悪感を覚えるものだろうが…恐らくラウラは仕事の一環としてしか認識してなかったのだろう。

ファザコンになるのも止むなしか…。

ラウラを中心にセシリア、簪と雑談を交えながら歩き、教室の前で別れて各々の席につく。

隣には、悩める少年と化した一夏が腕を組んで難しそうに唸っている。

 

「おはよう、一夏…何を悩んでいる?」

「いや…このままじゃ何時もと変わらないなって思ってさ…狼牙の言ってた事も分かるんだけどさ…でも、今は矢鱈と事件が続いているだろ?…俺は足手纏いなんてゴメンなんだ」

「人一人で出来ることなどタカが知れている…何故、一人で抱え込もうとするのだ?お前は、一人じゃない」

「…そうだけど…狼牙は…」

「俺を見本にするな、決して…」

 

パタパタと廊下を走る足音が聞こえてきたので、俺はここで会話を切り上げる。

姉への負い目、憧れ…そう言った物が強すぎる。

さながら今の一夏はイカロスだ…憧れに向かって飛翔できるが、その恐ろしさをしっかりと認識できていない。

…俺は恐ろしいよ、一夏…お前が泣いてしまうことになるのではないかと。

 

「お、お待たせしました!SHR始めm…きゃう!?」

 

慌てて走って入ってきた山田先生は、教壇に足を引っ掛けて派手に転んでしまう。

相変わらず、こう…締まらんな。怪我をされていても困るので、立ち上がって山田先生に声をかける。

 

「先生、怪我は無いか?」

「あ、はっはい!先生ですからね!」

「いや、先生は関係なかろうに…時間もおしてるしSHRを」

 

山田先生は声をかけられると慌てて体を起こし、アヒルさん座りでえっへんと胸を張る。

本当にこの人大丈夫なのだろうか…威厳を得る日が遠のいていくばかりの様な気がする。

手を差し出し、山田先生を立たせれば俺は静かに席へと戻る。

…あぁ、背後から棘のある視線が感じられるな…甲斐性だと思って諦める。

 

「えーっとですね!今週末に行われるはずだった専用機持ち限定タッグマッチトーナメントなのですが、先日の襲撃事件を踏まえて学園の警備体制を見直すこととなりました。よってタッグマッチトーナメント開催期日は来月の中旬頃となります。詳しい日程が決まり次第連絡しますね」

 

今学期のイベントスケジュールは非常にタイトなものだった。

学園祭から始まってほぼ間髪居れずにイベントが叩き込まれていたのだ。

恐らく今までは大きな問題にはならなかったのだろう。

だからこそのタイトなスケジュールだったのだろうが、今は違う。

思えば銀の福音事件…そこからケチがつきはじめていたのかもしれん。

『亡国機業』による立て続けの襲撃事件で、学園の施設とキャノンボール・ファスト会場及び周辺市街に被害が及んでいる。

あまつさえ英国代表候補生が怪我をしているのだ…事態を重く見たのだろう。

しかし、男性操縦者の戦闘データの催促は止むことがない…タッグマッチトーナメントを中止ではなく、延期としたのはこの辺りが原因と考えられるな。

 

「あと、銀君なのですが…織斑先生のツルの一声でタッグマッチトーナメント唯一の一人チームとなりますので…」

「ば、馬鹿な!いくら父様が強いからと言って!!」

「そ、そうですわ!横暴ですわ!!」

「ほう、私に意見するか?」

「「ヒッ!!」」

 

いつの間にか千冬さんは教室に入って来ていたようだ…後ろでSHRの様子を見守っている。

千冬さんは教壇に向かいこちらへと体を向ける。

 

「今回の措置は、日頃の実戦授業において銀の実力が頭二つ抜きんでているためだ。オルコット、ボーデヴィッヒ…為すすべなく銀一人にあしらわれていたのを忘れたとは言わせんぞ?」

「うっ…そうですが…」

「教官!」

 

ラウラはそれでも納得できないのか声を上げて立ち上がる。

中々ガッツがあるな…父さんは嬉しいよ。

しかし、この事態…俺は予想はしていたのだが。

 

「織斑先生、だ。で、なんだボーデヴィッヒ?」

「タッグマッチトーナメントは、本来個人の実力を見るほかに協調性の有無や戦術の取り方を見るためのものだったのではないでしょうか?もし、そうであるならば今回の措置は納得が行くものではありません!」

「そうだ、確かにボーデヴィッヒの意見は尤もだ。だが、銀のポテンシャルであれば生半可な連携では逆に倒されるだけだ。今回、銀には参加者全員に対する壁になってもらう」

「俺の意思がまるで反映されてないんだが?」

「必要ない」

 

ぴしゃりと言われてしまって俺は机に思い切り倒れこむ。

これは…あれだ…試練だ…逆境なのだ…逆境のときこそ…笑わなければ…クスン。

…しかし、ある意味でチャンスか?

もし、一夏が協力することの大切さを思い出す切欠となるのならば、そう悪い話でもないか。

 

「ぐぅ…」

「言いたいことは言ったか、ボーデヴィッヒ?理解できたのならば座れ」

「はい…失礼しました」

 

ラウラは渋々と言った感じで座り、小さく溜息を漏らす。

すまんな…折角約束していたのに父はお前と組んでやることができんのだ…。

 

「ちふ…織斑先生、自分も狼牙と同じ措置にはできないのですか?」

 

一夏が挙手して千冬さんに真っ直ぐに意見を申し立てる。

それは良い…良いんだがな…。

俺の責任なのかもしれんな…。

 

「その銀に手も足も出なかった奴が言う台詞ではない。それにお前の白式はサシでは何とかなるが対複数戦が苦手なのは使っている自分がよく分かっているだろう?」

「だけど!」

「自惚れるなよ織斑…お前は、自分が見えてないうちは殻すら取れないヒヨコだ」

「ぐっ…!」

 

一夏は悔しそうに口を堅く結び静かに手を下げる。

強さの本質、意味を表面でしか感じ取れていない。

皆を、姉を守る強さと言うのは、言い換えれば外敵を排除する、外敵の『命を奪う』強さだと言う事だ。

一夏はきっと、まだ気付いていない…。

粛々と進むSHR…俺は隣の親友のことが気がかりで、話が何一つ頭に入ってこない。

頼む…どうか、見誤らないでくれと…強く祈ることしかできない自分を愚かしく思うのだった。




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次話で100話到達!


それもこれも読んでくれて、応援してくださる皆さんのおかげです。
本当にありがとうございます。
本編スケジュールに余裕が生まれてますので、ここらで何かやって欲しいネタがあったら気兼ねなくメッセージで教えてください。
可能な限り拾っていこうと思います。



本編終わらせてからだと言っていたのですが、千冬ヒロインで狼牙の前世の友人がコニチワーするお話書き始めました。
そちらもよろしくお願いします。
タグの『申し訳程度のファンタジー要素』ですぐ見つかりますよ(ダイレクトマーケティング)

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