【完結済】インフィニット・ストラトス 〜狼は誰が為に吼える〜 作:ラグ0109
決闘者達
キャノンボール・ファスト襲撃事件の翌日。
今日は日曜日なのだが事件のこともあって生徒の大半は外出をせず、学園内で気儘に過ごしている。
事件の渦中に居た専用機持ち組みも例外ではなく全員学園内にてそれぞれがやるべきことをこなしている。
で、俺は何をしているのかと言うと…。
「浅いぞ、猪武者なら猪武者らしく突っ込んで来い」
「ちっ!まだまだぁっ!」
第一アリーナ…そのアリーナを貸し切っての一夏とのサシの決闘である。
戦闘開始から既に三十分…一夏は有効打を俺に当てられず表情に苛立ちが隠しきれて居ない。
ウィング・スラスターを小刻みに動かし、緻密な動きで俺は一夏を翻弄し続ける。
まだ、コイツは本当の意味で戦士にはなっていない…そんな相手に同等の機体で遅れを取るわけにも行かない。
「はぁぁぁっ!」
「むんっ!!」
一夏の斬撃に合わせ蹴りで受け止めて片肺のみの瞬時加速で回転を加えて弾き飛ばす。
視界の端に観客席でセシリア達が心配そうに見ているのが分かる。
さて…どうしてこうなったのかと言うと…時間は今より一時間ほど前、丁度俺が朝の鍛錬を行っていた時間にまで遡る。
――――――
「思い切り身体を動かせるというのは実に気分が晴れるな!」
「車椅子生活から開放されて子供みたいにはしゃいじゃって…」
「むぅ…もっと私達に看病気分を味わわせてくれたって…」
「まぁまぁ、簪さん…こうして元気なのはよい事なのですし、ね?」
俺は自分でも気持ち悪いと思えるくらい良い笑顔を浮かべながら、ラウラと組み手を行っている。
セシリアは怪我が完治したとは言え時間が空いていないので組み手には不参加。
楯無と簪がじゃれ合う猫のように組み手をしながら雑談をしている。
「全然身体が鈍ってないではないか!」
「どうだかな!」
ラウラは木製のダガーを逆手に持って得意の軍隊格闘術で俺に果敢に攻めていくが、俺はそれらを難なく受け、あるいは逸らしていく。
難なく、とは言うものの手は抜いていない…娘の成長を感じられて俺としては嬉しい限りだ。
一先ず距離を開けて仕切りなおすために回し蹴りを放てば、ラウラは小柄な体躯を活かしてしゃがみ込んで、俺の軸足に向かって回し蹴りを叩き込む。
足払いによって俺はバランスを崩して背中から倒れこんでしまう。
「もらったぞ、父様!」
「と、思うだろう?」
ラウラはマウントを取るために飛び掛ってくるが、俺は身体のバネを総動員して倒立しながら素早く蹴り飛ばして立ち上がる。
油断していたのか、ラウラは強かに蹴られてしまい地面を転がっていくが素早く体勢を整えて、まるで獣の様に低い姿勢で此方を睨みつけてくる。
「どうした、まだ始まったばかりだろう?」
「当然だ…今日こそ父様に勝たせてもらうぞ!」
「さぁ、はったはった!副会長とドイツ特殊部隊隊長の一騎打ちだよ~!」
「ラウラに500!」
「パパに200!!」
何時の間にか野次馬が俺とラウラを囲んで賭けを始めている。
だから気が滅入ると何度言えば…まぁ、娯楽の少ない学園生活…多少の刺激が必要なのかもしれんが。
「賭け事…やらせてていいのお姉ちゃん?」
「いい、簪ちゃん…世の中見て見ぬフリもまた大事なのよ?」
「嫌過ぎですわ…」
生徒会長公認とかどうなのだろうな…なんとなく気が殺がれてしまってやり辛く思う。
ラウラはそんな周りの野次馬が気にならないのか、ジリジリと間合いを詰めてこちらの様子を伺っている。
左腕を前に、右拳を引き絞り最短で打ち抜く構えを取る。
防御一徹の左に攻撃専門の右…重装歩兵と例えられた構えだ。
ラウラは俺の構えを見てちろりと乾いた唇を舐めて湿らせる。
ゆっくりと呼吸を整え、駆け出してくれば打ち込まれる俺の拳に向かって木製ダガーを叩き付けてくる。
俺は構わず拳で木製ダガーを打ち抜きラウラの手から弾き飛ばすが、突進が緩まない。
「とったぞ!!」
「チィッ!!」
ラウラは、まるで鈴のように俺の身体を這い上がり腰につけていたナイフを鞘ごと外して首筋に添えてくる。
耳元で勝ち誇ったかのように笑い声がする。
う~む…気が緩みすぎだな…反省せねば…。
「やった!父様に勝ったぞ!」
「まぁ…武器の指定はしていなかったしな…」
木剣だけで制圧しろとは一言も言っていない…つまり最初からナイフを使って挑んでも問題は無かったのだ。
使えるものは何でも使う…それこそが戦場で勝つために必要な条件の一つだ。
「では、父様…今日は私に付き合ってもらうぞ」
「「「「は?」」」」
いきなり突拍子も無いことを言われて目を丸くしてしまう。
何も賭けていない普通の組み手だったはずなんだが…?
「セシリア達ばかりズルイ!私も構って欲しいぞ!」
「ず、ずるくありませんわ!」
「ズルイ…かなぁ…?」
「まぁ、ラウラちゃんの言い分は分からないでもないわね」
ラウラはセシリア達に食って掛かる勢いで不満を口にする。
まぁ、確かに此処のところキチンと構ってやれては居なかったのだが…。
ラウラは俺の首に添えていたナイフを腰に戻し、しがみついたままセシリア達を威嚇する。
「ラウラちゃんべったりねぇ…」
「完全にファザコンだな…いや、嫌われるよりは良いが…」
楯無と二人して乾いた笑いを浮かべ、セシリアは不満そうに頬を膨らませる。
昨夜交わした執事の件がまだ生きているからな…扱き使おうとしている最中のラウラの発言だ。
セシリアとしては納得がいかない話なのだろう。
ラウラとセシリアが火花を散らし、更識姉妹は困ったように顔を見合わせていると一夏が珍しく真剣な表情でこちらへとやってくる。
助け舟…と言うわけではなさそうだ。
「狼牙…ちょっといいか?」
「ラウラ、一夏と話してくるんで離してもらっていいか?」
「む…一夏、その用事は後では駄目なのか?」
ラウラは不満そうに口を尖らせて一夏を見つめる。
甘えたい盛りなのは良いんだがな…。
「あぁ、ラウラには悪いけどな」
何時に無く真剣な表情で一夏は頷き、ラウラも何か察したのか渋々と言った感じで俺から離れる。
周囲の野次馬からは腐った声が響き渡る。
「も、もしかして禁断の愛?」
「パパはどっちもイケるってこと…?」
「冬はドロドロの三角関係もいいわね…ハァハァ」
「あ、夏に発行したのと合わせてサンプルを生徒会に提出するように」
「はぁ~い」
腐れた会話は余所でやってもらえんだろうか…頭痛と眩暈に眉間を押さえながら溜息をつきつつ、一夏へと向き直る。
俺に用事、か…いつになく真剣な表情だな。
「狼牙、お前に決闘を申し込みたい」
「…する理由が無いな」
実戦訓練ならまだしも、本気のISバトルともなると話は変わってくる。
安全に配慮した形ではあるが万が一もあるし、機体の破損も充分にありうる。
ましてや昨日の今日でそんな事をすれば教師陣も黙ってはいないと思うのだが…特に千冬さん。
「一夏さん…どうして、狼牙さんに決闘を?訓練でも構わないのでは…」
「それじゃ駄目なんだ…俺は、本気の狼牙と相対してみたい。今の俺がどれだけ食いついていられるのか確かめなきゃならないんだ」
少し、危険だな。
一夏は力を求めている。
誰も彼もを救える力を。
それはあのモンド・グロッソにおける誘拐事件が原因だろう。
何もできずに誘拐され、助けられるだけだった自分を不甲斐無く感じている。
姉に迷惑をかけてしまったという負い目もあるのだろう。
同時に、この学園にい一緒に入学した俺に対する多少の嫉妬もあるかもしれん。
俺は九月初めの授業でセシリアとラウラを軽くあしらい、邪魔が入って引き分けたとは言えマドカを追い詰めている。
同期の人間が先に進んでいると言う状況は、一夏の心に焦りを生ませてしまったか…そんな素振りは感じられなかったが、な。
「いいんじゃない、狼牙君。所謂負けられないんだよ、男の子は!ってやつでしょ?」
「お姉ちゃん、煽らないの!」
「簪ちゃ、耳ちぎれちゃう!!」
楯無は扇子を広げて口元を隠して笑みを浮かべるものの、簪が頬を膨らませて耳を引っ張り諌める。
扇子には『青春』二文字が描かれている。
気乗りせんな…勝っても負けてもあまりいい方向に進みそうにないのだが…。
「頼む、狼牙…!」
「…アリーナは押さえてあるのか?」
深く頭を下げる一夏に折れてしまい、俺は首を縦に振ってしまう。
…面倒なことになったな…。
禍根にならなければ良いのだがな…。
――――――
一夏は俺と違って、圧倒的なまでに経験が少ない…命のやり取りの経験が。
ISと言う存在は基本的に安全だ。
シールドエネルギー…特に絶対防御の存在は、痛みこそ伝えるがエネルギーの続く限り怪我を負う事は先ず無い。
例外として絞め技等で首を絞めた時は危険ではある。
呼吸が出来なくなるからな。
だが、それでも死ぬ恐怖を味わうだけで死ぬわけではない。
ISは生体機能の補助を行う…血中酸素量も調整するのだ。
よって窒息死と言う事はないのだが…。
「俺が…俺が遅いって言うのかよ!?」
「いいや、充分に速いだろう…だが、俺には届かんよ…決して」
一夏は零落白夜による攻撃は行っていない。
高燃費の白式雪羅では、避けられるだけでジリ貧になる…確実に当てられる場面でのみ使えという教えは一応守っているようだ。
以前に比べ幾分か鋭くなった剣筋にはキチンと成長の跡が見られる…しかし…。
「一夏、お前に問うが…人を殺したことはあるか?」
「はぁ?あるわけないだろ!!」
唐竹割り、横薙ぎ、突き、手刀…それらのコンビネーションを避け、あるいは腕の一式王牙で弾き往なして行く。
決定打を与えることが出来ないために一夏は次第に焦りを隠せなくなっていく。
…減点だな、例え首の皮一枚で繋がっている命であろうと焦りは禁物だ。
少ない寿命を一気に無にしかねない。
一瞬だ…一瞬の勝機に価値を見出さなければならない。
ましてや格上が相手なのならば。
「だろうな…普通の人間は殺さない。人を殺す者は大抵が人の皮を被った化け物だ」
「何が言いたいんだよ!?」
喉元を狙った鋭い突きを半身をずらして避け、刃を裏拳で弾き飛ばし踏み込む。
ソレを読んでいたかのように一夏は『雪羅』をクローモードで展開して突き出してくるが『遅い』。
俺は、雪羅の手首を掴んで力の流れるままに受け流し投げ飛ばせば追撃に踵落としを叩き込み地上に叩き付ける。
思っていたよりも身体が強張っていたのか、力が入りすぎてクレーターが出来上がり砂埃が舞う。
「ぐっ…!まだまだぁっ!!」
一夏が身体を起こし再び舞い上がろうと踏ん張った瞬間に、瞬時加速で接近して頭を掴み地面に瞬時加速も用いて擦り付けていく。
アリーナの地面に生々しく擦り付けた跡が刻まれていく。
「ぐあああああ!!!」
「怖いか、一夏?だが、知るといい…恐怖こそがお前を強くする。だからな…」
―お前を殺すよ、織斑 一夏―
俺がお前に教えるのは死を感じる恐怖だ。
恐怖、絶望に打ち勝つために勇気が必要だ。
それを持つために心を鍛えなければならない…その為に鬼にもなろう。
大切な
ウィング・スラスターから展開装甲を発生させて、『天狼』を起動しつつ上空へと思い切り放り投げると同時に『群狼』を展開する。
「はっ!はっ!はっ!…おおおおおお!!!」
一夏は俺に何を見たのか驚愕の表情を浮かべ、それでも負けられないという意地を奮い立たせ咆哮のように声を上げ突撃してくる。
破れかぶれの様にも見える…だが、足を竦ませなかったことは褒められるだろう。
群狼を瞬時加速で突撃させ、一夏の腹に体当たりさせて動きを止めた後に背中から二基同時に突撃させて叩き落させる。
「吐いてくれるなよ…これが手を汚したことのあるモノの殺気と言うものだ」
かつて発していたどす黒い殺気を身体から放つ。
何度も何度も何度も何度も血を浴びていたあの頃の殺気を。
地面に直撃する瞬間、思い切り踏み込んで無防備な頭に寸剄を叩き込み横方向に弾き飛ばした直後に群狼が再び突撃して此方に弾き飛ばす。
まるでキャッチボールか何かのようだな。
「あああああああっ!!!」
「終わりだよ、一夏」
此方に弾き飛ばされた一夏に瞬時加速を用いて踏み込んで掌底を叩き込みインパクトの瞬間に銀閃咆哮を放つ。
しかし、一夏とて黙ってやられる訳でもなかったらしい…雪片弐型から零落白夜を展開し、掌底が直撃した瞬間に俺の身体を袈裟切りで叩き切る。
たった一撃…たった一撃でシールドエネルギーがレッドゾーンになるまで減らされる。
…威力が上がっている…?
一夏は無様にアリーナの地面を転がり、壁にぶつかって停止。
アリーナ内に俺の勝利を告げるアナウンスが響き渡る。
「…らしくない」
ぼそりと呟いて気絶したまま動かない一夏を見ると、その顔には不敵な笑みを浮かべている。
ぞくり、と背中に悪寒が走る。
どうやら俺が思っていた以上の逸材のようだ…必ず追いつくと言わんばかりのその顔に俺も凄惨な笑みを浮かべてしまう。
『し、し、銀!やりすぎだ!!』
「箒か…男の子なんてこんなものだ。…箒、コイツは将来いい男になるぞ」
『なっ…い、いきなり何を言う!?』
「さて、な…医務室の手配をしておいてくれ」
少しだけ面倒になってしまって、一方的に通信を切り一夏の身体を担ぐ。
俺は思う…好敵手と言えるほどに成長してほしいと。
一夏を医務室に運んだあと、日が沈む頃になって漸く一夏は目を覚ました。
「っつ…あれ…アリーナに居たんじゃ…」
「最後の一撃で気絶したんで、医務室に運んだんだ」
寝ぼけ眼で目覚めた一夏に椅子に座っていた俺が経緯を説明する。
うー、とかあー、とか声を上げた後、漸く意識がハッキリしたのか一夏は頭を振り一息つく。
「負けたのか…」
「僅差でな」
「そっか…負けたか…」
一夏は拳を強く握り締め、悔しそうに歯軋りをする。
俺は声をかけず、ただ黙って見るだけだ。
声をかけたところで慰めになりもしない。
「…なぁ、狼牙…なんであんなことを聞いたんだ?」
「…一夏よ、俺はな…所謂鼻つまみ者なんだ。本当であればこんな平和な世界には居ない化け物なんだよ」
「どういうことだよ?」
一夏は訝しがるように此方を見つめる。
まぁ、確かに意味不明で支離滅裂だ…俺も何であんな事を口走ったのやら?
「まぁ、聞け…老人の戯言程度にで良いからな」
「お、おう…」
俺が真剣な面持ちで一夏を見つめると、気圧されたかのように一夏はコクコクと頷いてくれる。
軽く一息つき、口を開く。
「力と言うのは際限の無い代物だ…追い求めようと思えば幾らでも追い求められる。だが、もっともっとと貪欲に追い求めた力は暴力に成り果てる場合がある。力は無色だ…行使するものが好きに染める事が出来るのだ」
「……」
一夏はただ、黙したまま静かに聞いてくれている。
すこし、俺自身情けない顔をしているかもしれないな…。
かつて、貪欲なまでに力を追い求めたことがあった。
守るために、護るために…彼女を悲しませないように。
その果てにあったものは、屍山血河のみだったが。
「一夏よ…どうか、見誤らないでほしい。お前が強くなることは嬉しい…だが、その果てに後悔をしてほしくはない」
一夏へと歩み寄り、ぐしゃぐしゃと頭を撫でる。
「すまんな…八つ当たりのようになってしまって」
「おう…」
一度頭を下げた後に医務室を出ると、扉のすぐ横に千冬さんが立っていた。
「随分とご立腹だったな、狼牙」
「どうかしている…本当に」
千冬さんは茶化すでもなく、怒るでもなく静かに声を掛けてくる。
俺は軽く肩を竦めるだけだ…それしかできん。
「…狼牙、その顔は子供のする顔ではない」
「は…?」
千冬さんの言葉の意味が分からず、思わず首を傾げてしまう。
一体なんだと言うのやら…?
「そんな怖い顔をするな…能面みたいになっているぞ」
「っ…」
どうやら、思っていたよりも余裕が無いようだ…心当たりがあるとすれば、セシリアの怪我くらいか…マドカを取り逃し相当にストレスが溜まっていたようだ。
本当に…らしくない。
ふ、と甘い香りがしたと思うと千冬さんに抱き締められ頭を優しく撫でられる。
「そこまで子供でもないんだが…?」
「子供だからこうしてやっているんだ…背負い込むな、なんでもかんでもと。貴様はそんな余裕のある人間でもないだろう?」
「どう、だろうな…?」
思っていたよりもがっちりホールドされていたので、諦めて頭を撫でられ続ける。
…釈然としないが…。
「お前は大人に甘えんからな…相談一つせず、しても全体に関わることで貴様自身は蔑ろだ」
「止めてくれ…それ以上は」
「…分かった」
千冬さんは漸く俺を解放し、離れてくれる。
どこか自棄っぱちになってる部分があるのかもしれんな…情けない限りだ。
「もう行っていいぞ」
「承知…ではまた明日」
俺は静かに頷いて、その場を後にする。
早く逃げ出してしまおうと言う心のままに。
これ書く直前にフェイト見てた所為で狼牙さんの声が諏訪部ボイスに固定されてしまった…