【完結済】インフィニット・ストラトス 〜狼は誰が為に吼える〜   作:ラグ0109

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『F』

遂に迎えたキャノンボール・ファスト当日。

俺は建前上学園から出るわけにもいかないので、致し方なくお留守番だ。

何も起きなければ、楽しいレースで一日が終わるだけだ。

どうか、そうであって欲しいと願いながら俺は校舎の屋上から会場のある方角を眺めている。

時折、花火の音が響いてくる…向こうはお祭り騒ぎの真っ只中だろう。

誰も居ないことは分かっているので、車椅子から立ち上がりゆっくりとウォーミングアップを行う。

何も無ければ問題ない…だが、そんな希望的観測に甘んじて何も準備しないのは愚の骨頂と言える。

Si Vis Pacem, Para Bellum(汝平和を欲さば、戦への備えをせよ)』…悲しいかな、結局何時の世も何処の世界も武力を持ったものが平和を甘んじることが出来るわけだ。

全てが全てお話で終わるのであれば、元より武力なんて存在しない。

…極論を言えば争うことでしか自身をアピールすることができないのだ。

必ず、そこかしこに争いの種は落ちている…だからといって殴り合いで全て解決するわけにはいかないがな。

 

「へっへ~…ろーくんにしては隙だらけじゃ~ん」

 

不意にそんな声が響いたと思ったら後ろから思い切り誰かに抱き締められ首筋に顔を埋められる。

軽く溜息を吐き出し、胸に回された腕を優しく撫でる。

 

「たーさん…何用かな?」

「べっつに~…ローガニウム補給?」

「なんだその怪しげな物質」

 

いつも唐突に現れるな…本当は俺の影に潜んでいるのではなかろうか?

屋上に吹く風に女性特有の甘い香りが漂う。

丁重に引き剥がしてから振り返り、不法侵入の常連である篠ノ之 束を見つめる。

頭のメカニカルなウサ耳はそのままだが、見た目はグリム童話に出てくる赤頭巾の様な格好だ…。

…豊満な胸部装甲を持っている束さんが少女然とした格好をすると…その、目に毒だ。

ツボを心得ているのか、ミニスカ、ニーソ、ガーターの三種の神器完備である。

完備である…大事なことなので二回言わせて貰った。

束さんは引き剥がしたのにも関わらず果敢に俺の胸に飛び込み、頬擦りをしながら抱きついてくる。

引き剥がすだけ無駄なので、このまま放置することにする。

 

「ねぇ、ろーくん…織斑 マドカに会ったんでしょ?」

「問答無用で銃弾をプレゼントしてくれたがな」

 

束さんの頭を優しく撫でながら、思案する。

織斑 マドカはクローン人間である。

恐らく白でさえ裏取りできなかったこの情報は真実だろう。

ドッペルゲンガーでもなければ、あそこまで容姿が同じ、若いとは言え声も似かよる事は無いだろう。

そして…恐らく織斑姉弟は…。

 

「はーちゃんから話を聞いたときさー…思ったんだよね」

「何をだ?」

 

俺に抱きつく束さんの腕の力が強まる。

抱き締めるというよりは鯖折りに近い状態だ…どうやらご立腹のようだ。

 

「なんで人間は、こんなにも狭い世界でしか生きようとしないのかってね」

「束さん…人の世界と言うのは、元より見えているものだけが全てなんだ。見えないものへ夢を馳せても、裏切られることを恐れて閉じこもることしか出来ない…全員が全員そうではないが、大多数がそうだろうさ」

 

皆、今ある生活を守ることに精一杯だ…束さんが宇宙を目指して開発したISも、他の人からしたら今ある世界をより良くする為の道具でしかない。

もちろん…武力としても。

約束事で兵器として扱わないと言っておきながら、研究に熱心なのは軍部だろう。

競技用と銘打っておきながら人を殺傷できる物を作っているのだから。

世界は歪だ…だが、だからこその可能性もあるのかもしれない。

同じことを繰り返すだけが能ではないのだから。

 

「だがな、だからといって全てに絶望するには早計と言うものでな。世界は人々の心で動く…たった一人では駄目だ、どれだけ声高に叫んでも世界は変わらない。大合唱でも無ければな」

「ねぇ、ろーくん…私は間違っていたと言いたいのかな?」

「物事に正解も間違いもない…正義の敵がまた別の正義であるように。世界を変えるために行動を起こした束さんは素直に凄いと思うがな…手段はどうあれ」

 

いや、本当に…もう少し手段は選んで欲しかったが。

一々やることが派手すぎるのだ…この大きい娘は。

 

「ねね、ろーくん…何でろーくんは私にふつーに接してくれるのかな?」

「なんだ、畏まった方がいいのか?悪いが上っ面だけで相対しても無駄だと思っていたからな」

「へっへっへ~…そっか~…へへへ…」

 

束さんは嬉しそうに笑いながら抱き締める力を更に強めてくる。

何か…ミシミシと音がしているんだが…。

 

「束さん…いい加減離してもらえんだろうか…背骨が逝きそうなんだが…」

「大丈夫、ろーくん頑丈だから!」

「勘弁しろ…」

 

本当は俺を殺すつもりで此処に来たのではなかろうか…相変わらず人外染みた身体能力である。

人外が人外と言うのもアレだが。

 

「ろーくんにお願いがあるんだよね~」

「はぁ…漸く本題に入ったか…それで?」

 

大体予想は出来ているがな…。

無茶を仰るつもりだろう…やれんことはないだろうが…。

 

「織斑 マドカを攫って来てほしいんだよね~。はーちゃんみたいに」

「…聞いたのか」

「色々とね~。良いなぁ、やっぱり宇宙は広い世界(フロンティア)だよ!」

「ISあっても消し炭にされそうな世界もあるがな…」

 

白め…おしゃべりが過ぎるな…まったく。

因みに肝心の白には立体映像で会場に向かってもらっている。

会場に居る楯無の補佐役…と言うのは建前で、少し一人になりたかっただけだが。

触れられないとは言えダミーコアには色々な機材が積んである…何か起こったときのフォローもできるだろう。

 

「報酬は~…う~ん、そだ!束さんを食い散らかしても良い権利をあげよう!」

「正直…いりません…」

「お~、乙女に恥をかかせるのか~?」

「普通の男ではないんでな」

 

かなり魅力的な女性だ…フリーならば喜んで喰い付いていただろうが。

出るところは出て、引っ込むところは引っ込んでいる…おまけに美人だしな。

だが、悲しいかな…最早あいつ等以外に欲情できん身体になってしまっているのだ。

 

「ぶー、玉無しめ!」

「不名誉極まりないんでやめてもらえんか?」

「や~だ~!」

 

束さんはまるで駄々っ子のように胸をボカボカと殴りつけてくる。

痛い…とっても。

気が済むまで殴らせてやろうと放置していると、ナターシャさんから連絡が入ってくる。

 

『ハロー、狼さん。海上から三つの反応がでてきたわ』

「面倒な…何れかが陽動と見て間違いなさそうだな」

『選り取り見取りってね。狼さんから選ばせてあげる』

「では目標Cを頂こう…無駄に速い動きなのも気になる」

 

どうやらお仕事の時間のようだ…起きてほしくなかったんだがな…。

束さんの頬を優しく撫でて見つめると、気が済んだのか暴力が止まる。

 

「仮にマドカを生け捕りにして…どうする気だ?」

「べっつに~…少し興味があるだけだよ」

「そうか…まぁ、別に構わんがな…期待するなよ?」

「あっはっは~…やだね!」

 

束さんは俺から離れるとクルリと回って前かがみになり、此方を見上げて凄く良い笑顔を浮かべる。

極端にしか手を抜けんからな…。

今回は手を抜くつもりは無いが…やれるだけやってみせよう。

 

「ではな、たーさん」

「んっふふ~、いってらっしゃ~い」

 

俺は車椅子を置き去りにして地下施設へと向かう。

降りかかる火の粉を払うために。

 

 

 

 

地下特別区画整備所。

天狼白曜は展開状態でハンガーに架けられ矮星にエネルギーを蓄え続けている。

貪欲になればいくらでもエネルギーを蓄えられるこれは、今の俺にとってもありがたい外付けバッテリーにもなっている。

普段はゼロの状態から蓄え始めるこれも、最初から蓄えさせておけば臨機応変に事態に対応できる。

 

「やぁ、銀君。こっちは出撃準備できてるよ」

「すまない、アランさん…助かる」

「ははは、メカニックは裏方だからね…お安い御用さ」

 

本当は娘の勇姿をみたいのだろうが、今回は状況が状況なので天狼白曜のチェックと準備をお願いさせてもらった。

二つ返事で応えてくれて本当に頭が下がる思いだ。

俺は天狼白曜に身体を預けるようにして装着し、各部の最終チェックを行う。

 

「そうそう、銀君…少し時間があったから玩具を作ってみたんだが、使ってみてくれないかな?」

「玩具?」

 

首を傾げるとクレーンで棒状の物体が目の前に運ばれてくる。

槍…か?

穂先の刃は水晶状の物体で出来上がっている…ISの解析に依ると矮星だとのことだが…予備パーツから作ったのか?

 

「第二形態移行前のパーツが残っていたのを見つけてね。楯無君のラスティー・ネイルを参考に作ってみたんだ。使い潰して構わないから使ってくれないか?」

「構わんが…どうして槍を?」

「本音君が、君はポールウェポンと相性が良いと言っていてね。持たせるのならば手に馴染む武器の方が良いだろう?」

 

なるほど…更識邸での簪との手合わせを見ていたか…。

機体のハンガーとの接続を切り立ち上がれば、クレーンにかけられたポールウェポン…ヴェント・ルーを手に持ち軽く振り回す。

柄の部分に幾つかの切れ込みが入っているな…ふむ?

アランさんから詳細なデータが送信されてくる…仕込み武器か…なるほどな。

 

「良い感想を待っているよ」

「壊さんことを祈っていてくれ…では、出るぞ」

 

整備所隣にあるカタパルトへと向かいながらウィング・スラスターを展開する。

外部からのPIC操作で機体が宙に浮き上がると目の前の隔壁が一斉に開いていく。

ゆっくりと息を吐き出すと、視界にゴーサインが送られ、はじき出されるように射出される。

瞬時加速と同等の速度で海の底から海面へと飛び出ると、スラスターに火を入れてマップ上に表示される目標とのランデブーポイントへと向かう。

狩りの時間だ…悉くを仕留めるとしよう。

沖から街へと大分近付いてしまってはいるが、目標Cを見つけた俺は怪訝な顔になる。

…全身装甲…それにあの形状は…。

だが、今は疑念を挟む余裕は無い…一夏達の邪魔させるわけにもいかないからな。

展開装甲はまだ発生させず、しかしそれでも可能な限りの最高速度で空を切り裂くような速度で灰色の未確認ISへと手に持った槍を突き出す。

向こうも既に察知していたようで、急速反転すれば槍を腕についたブレードトンファーで受け止め逸らす。

こいつは…

 

『あはっあはははっあははははは!!!』

「模造品とはな!」

 

けたたましい女の笑い声が響き渡る。

背面のウィング・スラスターはジェット機のエンジンを二基背負い込んだ様な形状にこそなっているが、機体のデザインと構造が天狼そのものなのだ…。

腕と脚のブレードは矮星では無いようだ…言ってしまえばデッド・コピーと言われる類のものだろう。

 

『みぃつけた…』

「それは此方の台詞だ…潰させてもらう」

 

逸らされた槍をそのまま押し出すように横薙ぎに振り払い、紛い物を弾き飛ばす。

向こうは流れに逆らわず押されるままに押されれば距離を開けた後に背面のスラスターにエネルギーを集中させる。

 

『いただきまぁ~すっあはははは!!!』

「シィッ!!」

 

人が耐えられる様な速度ではない瞬時加速で愚直なまでに突っ込んでくる紛い物に、俺はタイミングを合わせて槍の柄を半回転させてもう一つの姿…鋸状の蛇腹剣と変化させたヴェント・ルーを横薙ぎにして紛い物に巻き付かせる。

PICを操作して現座標に機体を固定、瞬時加速を闘牛士さながらに紙一重で避ければ紛い物は刃を絡ませたまま、エネルギーワイヤーの張力限界まで通り過ぎていく。

蛇腹剣を手放さないように全力で『踏みとどまり』、ジャイアントスイングの要領で振り回し始める。

 

『あははは!やばいやばい!あははは!!』

「沈め…!!」

 

回転が最高潮に達した瞬間に俺は拘束を緩ませて海面目掛けて紛い物を投げ飛ばす。

ヴェント・ルーの刃が元の位置まで戻れば、再び槍状に戻し構えなおす。

あの程度で気絶はせんだろう…ISの生体維持機能は無駄に優秀だからな。

案の定、バカの一つ覚えのように水柱を上げながら紛い物は瞬時加速で突っ込んでくる。

タイミングを合わせて二連瞬時加速で一気に距離を詰めカウンター気味に回し蹴りを入れると、向こうも『全く同じ軌道』で回し蹴りを叩き込み衝撃で互いが弾き飛ばされる。

…初見じゃないな…こいつは。

にぃっと口角を上げれば手早くPICを操作し、機体制御を正して瞬時加速でフェイントを混ぜながら一気に肉薄する。

 

『ちょうだい!ちょうだい!ハラワタちょうだい!あははは!!』

「マゾヒストでもないんでな!とっととご退場願おうか!」

 

神速とも言える速度の三段突きを行うがそれらを紛い物は装甲に掠らせる様にして避けていく。

最小限の動きではあるが、どうやら槍の穂先に意識を集中しているようだ。

更に踏み込み、背中からの体当たり…鉄山靠で体勢を崩させ、そこから肘打ちで頭部に一撃入れて上体を仰け反らせ、左拳で寸剄を流れるように叩き込む。

紛い物は、全身に駆け巡る衝撃にくの字に折れ曲がる。

動きの止まった今を逃さず手早く後退し、瞬間的に展開装甲を発生させ槍を構えて瞬時加速。

 

「散華しろ…紛い物!!」

 

誰もが反応できない速度での突きは、しかし紛い物の突き出した右掌から腕を貫通して肩に抜けるに留まる。

こいつ…。

 

『あはははは!…はぁ、っはっは…もうおわり?もうおわり?しかたないなぁ、あははは!!』

 

何事も無く右腕から槍を引き抜いた紛い物は、まるで興味を失したかのように笑い声をとめて背中を向ける。

 

『ばいばい、狗』

「逃がすと思うか…?」

 

再び槍を構え突撃しようとした瞬間、紛い物の背面の巨大なスラスターのパネルがスライドし無数のレンズ状の物体が現れる。

天狼白曜から警告音が鳴り響く。

エネルギー反応が急上昇したかと思えば無数のレンズから四方八方にレーザーが発射され、その悉くが俺目掛けて曲がり追いかけてくる。

 

「ちぃっ!!」

『またあったらたべてあげるね…生きてたらだけど。あははははは!!!』

 

偏向制御射撃により追いかけてくるレーザーを避けるのに手一杯になり、俺はただ紛い物が沖の方へと退却するのを眺めるしかない。

あの機体の加速性能は天狼白曜に迫る物がある。

あっという間に索敵範囲外へと逃してしまう…面倒な輩が現れたな…。

血の付いてないヴェント・ルーを上空へと投げ飛ばして、海面へと急降下。

素早く両の掌から銀閃咆哮を海面へと撃ち込み大量の水蒸気を発生させる。

レーザー…収束された光であるならば、その収束率を下げてやれば無効化する事が出来る。

海の水を蒸発させ霧を作り出せば、レーザーは俺に届く前に霧散していく。

全てのレーザーを無効化すると同時に、落ちてきたヴェント・ルーを目もくれずに掴み取り溜息をつく。

 

『狼さん、手古摺っていたみたいだけど大丈夫かしら?』

「あぁ、問題ない。そちらは?」

『こちらは二機目を頂いているわ。お粗末な無人機みたいだけど…』

「鹵獲を頼む」

『OK、狼さん。そちらは会場に向かってちょうだい』

 

どうやらこちらの三機は陽動だったようだ…見透かされていたな。

ギリッと歯を食いしばり、展開装甲を発生させて単一仕様能力を起動。

一路会場へ針路を向け、弾かれるように空を翔けるのだった。


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