【完結済】インフィニット・ストラトス 〜狼は誰が為に吼える〜   作:ラグ0109

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Sleepless Night

キャノンボール・ファストを翌日に控え、今日の授業は午前中で全て終わりとなる。

今日と言う日まで、特に目立った出来事は起きなかった。

普段と変わらない騒がしい毎日。

嵐の前の静けさと言ったところか…いつもと代わらない日常だからこそ、逆に不安を煽ってきている気がする。

まず、何も起こらないと言う事は無いだろう…確実にちょっかいをかけに来るはずだ。

事前にそれが阻止できるに越したことはないが、あくまでも水面下で動く組織であることを考えると一学園が察知できるようなものではないだろう。

そうなると確実に後手に回ることとなってしまう。

何かが起こってから動くと言うのはあまりにも拙い。

ともあれ…やれることをやっていくしかあるまいな。

 

[後手後手なのは今も昔も変わらず。貴方なら大丈夫よ、ロボ]

 

魔法みたいな瞬間移動が出来るわけでもないのだ…多少なりともネガティブになると言うものだ。

車椅子を一人で動かし、海辺の通りを眺めている。

セシリア達は最後の調整でおらず、楯無は何故か行方不明…つまり俺は暇人なのである。

…空しいな、やれることが『今は』無いと言うのは。

生徒会の書類仕事は俺がこの体たらくなので虚からやるなと言われてしまっている…。

俺…キャノンボール・ファストが終わったら目いっぱい動くんだ…。

 

[死亡フラグみたいになってるわよ?]

 

そういった死亡フラグは過去にも散々へし折ってきただろう?

…思えば昔と同じように、トラブルが向こうからやってくる状態になっているな。

なんとも悲しくなって、俺は眉間を軽く揉んで溜息を吐く。

 

「あまり溜息を吐くと幸せが逃げるとこの国では言うそうだけど…それは本当かしら?」

「誰だ…?」

 

どうやら知らん内に誰かに背後を取られていた様だ…隙を作りすぎたな、反省せねば。

車椅子を動かし体を声をかけられた方向に向けると、スーツをビシッと着こなしたブロンドの女性が立っていた。

プロポーションも鍛えているのか均整のとれた体つきで、女優もかくやと言ったところか。

言ってしまえば美しいと形容できる類だろう…少し、作り物の匂いも感じるが。

 

「知り合いを訪ねて来た所に、噂の男性操縦者を見つけて声をかけてみただけよ…銀 狼牙君?」

「気付けば俺も有名人か…気軽に出歩けない物だな」

 

軽く肩を竦めて苦笑する。

襲撃事件に関しては一応ニュースにはなっていた為、世間的な認知度と言うのは上がっている。

どうにも注目されるのは苦手だな…この学園に来て耐性がついたものだと思っていたが。

 

「名を聞いてもいいか、お嬢さん」

「あら、口説き文句かしら?」

「軽口でも叩いてないとやってられなくてな…なんせ、これがこれなもので」

 

俺は両手で脚と車椅子を指差す。

少し可笑しかったのか、ブロンド女性は口元を隠してクスクスと笑う。

 

「ふふっ、大怪我を負っていたと聞いていたのだけれど…?」

「最近の科学技術の発展のおかげで魔法じみているようでな…おかげさまで動き回れんがピンピンしている」

 

正確には魔法の玉っころのおかげだが。

本当に、何で出来ているのだろうな…ISコア…。

女性限定と言うことになるのだろうが、この技術を上手く使えば心臓の代替品として使えるような気がする。

 

「そう、それは良かったわ。自己紹介がまだだったわね…レイン・オラージュよ」

「よろしく、オラージュさん」

「レインで構わないわ、銀君」

 

手を差し出され素直に握手をする。

…うむ?

どうにも違和感が拭えんな…確かに人の感触ではあるのだが。

 

「どうかしたのかしら?」

「いや、なんでもない…ところでこんな所で道草を食っていても良いのか?」

「えぇ、知り合いにはもう会ったし…中々の男前も見れているしね」

「お褒めに預かり光栄だ…見た感じ、織斑先生かファイルス先生の知り合いと言ったところか?」

 

所作の一つ一つに無駄なところがない…やり手であるのは間違いないだろう。

オラージュさんは首を横に振り苦笑する。

 

「いいえ、あんな有名人とはパイプ無いわ、もっと普通の人。…銀君は一人でこんな所で何をしているのかしら?」

「けが人はボッチになりやすくてな…如何にも居心地が悪くて海を見に来たと、そう言う訳だ」

[まぁ、全部が全部嘘ではないわよね…ところで此方の女性…不法侵入よ?]

 

だろうな…生徒会のほうにも来客の連絡は来ていなかった…一体何が目的なのやら…。

カマかけてみるのも面白いが、それでは明日の奇襲作戦がパァになりかねん…。

この学園に来てから腹芸も板に付いた物だ。

 

「こんな良い男放っておくなんて見る目ないのかしらね?」

「生憎と女は間に合っていてな」

「あら、堅そうに見えて案外プレイボーイなのかしら?」

 

俺はただただ肩を竦めて笑うだけだ。

否定できるものではないし、覚悟も完了している。

誰にもやらんよ、あの三人は。

 

「人は見かけによらないと言った所かしらね。さ、私はそろそろ帰るとするわ。またお会いしましょうね…銀 狼牙君」

 

遠くから誰かがやってくる気配がするなり、踵を返しオラージュさんは立ち去っていく。

姿が見えなくなったのを見計らって俺は全身の力を緩める。

 

「っ…はぁ…お話だけで済んでよかったな…白、無駄だろうが追跡を頼む」

[アイ・サー]

 

IS学園の警備とてザルではない…そんな中に侵入してきたのだ。

恐らく取り逃がすだろう。

白に肉体があればそんな事はないのだろうがな…何ごとも上手くいかない物だ。

 

「こんな所にいましたのね…少しお付き合いいただけますか?」

「セシリアか…構わんよ、どうせ暇人だ」

 

セシリアは傍に近寄るなりゆっくりと車椅子を押し始める。

声色はやや沈んでいる…焦ってできるものでもあるまいにな…。

 

「セシリア…あまり自分を追い込まんでも良かろう?」

「追い込んでなんて!……いえ、その通りですわね…どうしても…悔しくて」

 

国で一番適正が高かった…それ故に任されていたブルー・ティアーズ一号機。

実際には自分と同じくらいの歳の人間が遥かな高みに居たのだ。

プライドの高いセシリアからすれば屈辱以外の何物でもなかろう。

 

「成果自体は上げていても、国はもっともっとと催促してくる…不毛、ですわ」

「そうだな…確かに不毛だ…」

 

以前サイレント・ゼフィルスの報告をしたとき、ISを奪われたことを棚に上げてこう言われたそうだ。

 

『かく言う貴女は偏向制御射撃を出来るのか?』、と。

 

その言葉に喉を詰まらせ後は一方的にまくし立てられ通信を切られたそうだ。

…どうにも、強奪されたと言う話は嘘の様な気がする。

強奪と見せかけての譲渡と言う可能性もある。

偏光制御射撃のデータを取るためだけに、コアを奪わせるのと言うのは甚だ疑問ではあるが。

 

「わたくしは、何のために頑張っているのでしょうか…?」

「…セシリア、それは他でもない自分自身の為なのではないか?」

「自分自身…」

 

セシリアは反芻するように呟く。

偏光制御射撃ができず、自身を苛め抜くがそれでも習得できず…自信を失くしてしまったのだろう。

自信が失くなれば、目標に対して疑問を持ってしまうのも当然だろう。

出来ないことをやっても『無駄』なのではないかと。

 

「家名を守りたいという自分自身。誇りを守りたいという自分自身。…お前は何を信じて、何のために国家代表を目指したのだ?」

「それは…亡くなった両親から継いだものを守るために…」

「で、あればそれだけを信じて直向になっていれば良いのではないだろうか?」

 

近くのベンチの前で止まってもらい、車椅子からベンチに移れば自身の脚をポンポンと叩き座るように促す。

セシリアはおずおずと座り、俺を見つめてくる。

 

「周囲の評価は大切だろう…もちろん一つ一つの結果もな。だが、セシリアはこの学園で立派な成績を修めているし、訓練を人一倍頑張っていることも知っている。そうやって今積み重ねていることに疑問を持つな…時に愚直さは力になる物だ」

「……」

 

セシリアは自信の胸に手をあて静かに考え込む。

まだまだ小娘と言って差し支えない年齢だ…周囲の大人たちの心無い言葉に傷付くことも多々あるだろう。

で、あれば…こうして慰めることをしてやらんとな。

伴侶なのだから。

 

 

「わたくしは…それでも不安なのです…いつか、今居る場所から退かされてしまうのではないかと。結果を出さなければ排除されてしまうのは当たり前のことでしょう?」

「一夏みたいな物言いで非常に不服なんだがな…させんよ、それは。セシリアこそがブルー・ティアーズに相応しい」

 

根拠も何も無い…それでもこの少女こそがブルー・ティアーズを身に纏うに相応しい。

少ない回数とは言え牙を交え、また肩を並べて戦っているからこそ俺はそう思うのだ。

 

「ふふ…狼牙さんにそう言っていただけると嬉しいですわ」

「それは良かった…セシリア、今は雑音なんて気にするな。皆が居る…俺も居るのだからな」

「…はい…」

 

セシリアは静かに頷けば、俺の身体に縋る様に抱きついてくる。

俺はそれを受け入れ優しく抱き返せば手で髪の毛を梳く様に撫でていく。

指の隙間をさらさらと金糸のような髪の毛が流れていく。

 

「愚直になれよ…お前ならきっと…求めることができるようになる」

 

信じられる道さえあれば…努力は無駄になるかもしれない…でも、それでもと求め続けるからこそ得る物もまた生まれるのだろうから。

 

 

 

 

陽が沈み、日付が変わる頃…部屋に控えめなノック音が響く。

結局今日は楯無は寮に帰ってくることは無かった。

一言だけ心配しないでと連絡があったのでそこまで心配はしていないが。

夜寝るときは二人で抱き合って寝ることが多かったので、少々寂しくはある。

中々寝付けなかったのでノック音にすぐ気付くことが出来たため、俺はベッドから立ち上がり扉を開く。

 

「狼牙さん…夜分遅くにすみません…よろしいですか?」

 

そこにはネグリジェ姿のセシリアが不安そうな顔で立っていた。

見逃してもらっているとは言え、巡回中の千冬さんに見つかっては事だ…俺は無言で部屋にセシリアを招きいれる。

セシリアは少しだけ表情を明るくすると素早く部屋に入り、ホッと一息つく。

 

「楯無さんは…?」

「今日は何やら実家のほうでやっているらしくてな…今夜は俺一人だ」

「そうでしたか…」

 

何処か嬉しそうな声色でセシリアは頷き、ベッドに腰掛ける。

 

「すみません…今宵…一緒に寝ていただけませんか?」

「それは構わんが…改まってどうした?」

 

二人きりでと言う事は殆ど無いが、セシリアとは良く一緒に眠る。

だからこそ、改まって言うセシリアに思わず首を傾げてしまう。

 

「その…柄にも無く緊張してしまって…」

「寝付けなくなったと…」

 

なんだか可愛らしく思えて微笑みながら見つめると、セシリアは恥ずかしそうに顔を赤くして俯く。

中々見れない姿だな。

夜も遅いのでベッドに横たわり、優しくセシリアの腕を引く。

 

「申し訳ありません…日付も変わった頃に押しかけて…」

「セシリアならば喜んで迎え入れよう…気にするな」

 

セシリアは俺にしがみ付くようにして横になる。

部屋の照明を落としているので、窓から差す月明かりだけがセシリアの美しい顔立ちを照らし出す。

そっと頬に手を添えて優しく撫でると嬉しそうに目を細めてくる。

 

「ふふ…やっぱり…安心できますわ…」

「男冥利に尽きるとな…愛する女から言われるのは最高の名誉だ」

 

互いにクスリと笑い見詰め合う。

どちらからでもなく自然に唇を重ね合わせて…。

目まぐるしい一日を前に、俺達は静かに愛を確かめ合った。

 


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