【完結済】インフィニット・ストラトス 〜狼は誰が為に吼える〜   作:ラグ0109

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アナグラと狼

痛々しいほどの気まずい沈黙の中、車でIS学園へと向かった俺と千冬さんは、IS学園の隠された区画…地下特別区画へと向かう。

校舎内に隠されたエレベーターに乗り込み、俺は壁に背を預け腕を組む。

何と言えばいいのやら…素直に言ってもぼかして言っても千冬さんの機嫌は良くなるまい。

黙っていた俺も悪いのだが。

友人が知らないうちに改造してましたなんて与太話、酒の席でも失笑モノだろうよ。

エレベーターが停止し、扉が開けば千冬さんは肩で風を切るように歩いていく。

かけるべき言葉を考えながら、ただただ黙って着いていくだけだ。

ある扉の前に立ち千冬さんがカードキーでロックを解除する。

 

「狼牙、入れ」

 

指で部屋の中を指し示され、頷いて中へと入る。

どうやら会議室の様だ…。

今時珍しい通常スクリーンの大型モニターまで置いてある。

場違いな感情ではあるが、こう…秘密基地みたいでワクワクしてしまうな。

促されるままに席へと着き、対面に千冬さんが座る。

変わらず仏頂面である。

 

「話してもらおうか、お前のことを」

「言い逃れもできんしな…だが、千冬さんも気付いているのだろう?」

 

態々こんな所に連れてきた。

つまり、聞かれると不味い状態になっているのを理解した上での行動と言うわけだ。

恐らく、千冬さんは心当たりがあるのだろう。

束さんと一緒に行動していたこの人の事だ…生体同期型ISの事を知っていても不思議ではあるまい。

一度深く溜息を吐き出し、千冬さんを真っ直ぐに見つめる。

本当に何と言ったら良いものか…。

 

「……」

「どうした、言えないのか?」

「いや、言うさ…有り体に言えば、銀 狼牙は人間を辞めました…と言うことだ。銀の福音襲撃事件の時に心臓が持ってかれたそうでな」

 

ポーカーフェイスを取り繕っているが、内心戦々恐々としている。

今までと態度を変えられたらどうしよう、と言う気持ちが頭の中を占めているのだ。

…脆くなった物だな、俺は。

 

「…そう、か…」

 

千冬さんは片手で頭を抱え俯いてしまう。

この人の事だから、恐らくあの時の指揮を後悔しているのだろう。

責任感の強い女性だ…気にするなと言った所でさっぱりと切り替えられるわけでもない。

 

「何も頭を抱えることでもなかろう…俺は抱えたいが」

「あの時、上層部の暴走さえ許さなければこんな事にはならなかっただろう!?」

「もしもの話をして今が変わるならばそれで構わんがな…」

 

反省はしても後悔はしてはならない。

後悔は何も生みはしない…いや、暗い感情は生むか。

じっと千冬さんを見つめ首を横に振る。

 

「変わらんだろう?で、あればだ…これからどうするかを考えるべきだ。向こうは俺が死んだと思っているだろうからな」

「本当に、お前は十六なのか…?」

「濃い人生を歩んでいればこんなものだ」

 

自分でも驚くくらいには撃たれたことに関して思うことは無かった。

自分の身体が死ににくくなった弊害と思うべきか…良くない事だと思う。

無理無茶無謀は専売特許、しかしそれを見ていい思いをしない人間がいる。

 

「…まったく、これでは心配をかけるばかりだな」

「本当にね、狼牙君?」

「どうどう、楯無さん!俺を助けた所為なんだから!」

 

ぼそりと呟くようにぼやくと、会議室の扉が開き楯無がコメカミに青筋を立てて仁王立ちしている。

後ろで一夏が必死に宥めようとしているが、聞く耳持たずだ。

あまりの迫力に俺は背中に嫌な汗が流れてくる。

 

「どうして黙ってたのかしら…?」

「落ち着け、更識…痴話喧嘩なら後でもできるだろう?」

「いいえ、織斑先生…これ以上隠し立てされていてはフォローのしようがありませんから」

 

眉間を指でほぐしながらどうした物かと思案する。

楯無は、つかつかと会議室に入り千冬さんの隣に座り、一夏は最早宥めることを諦めて俺の隣に座る。

いやはや、すまんな親友よ…。

 

「一夏、家の連中はどうした?」

「専用機持ち組にだけ事情を話して、物騒だから皆で家に泊まってもらってる」

「そうか…」

 

ひとまず、弾たちの安全は問題は無さそうだ。

専用機が密集している家に喧嘩を売る莫迦もそうそういないだろうしな。

 

「安心できたでしょ?じゃ、狼牙君洗いざらい吐いてしまいましょうね?」

「楯無さん、喧嘩腰、喧嘩腰!」

 

一夏はだらだらと冷や汗を流しながら必死に俺のフォローをしようとしてくれている。

ありがたいものだが、これは俺の落ち度…甘んじて敵意を受けるしかあるまい。

 

「はぁ…狼牙、喋ってもらっても構わないな?」

「喋らんと石を抱く羽目になりそうだからな」

 

小さく頷き、今一度溜息を吐く。

思えば癖のようになってしまったな…溜息。

 

「銀の福音襲撃事件の際に、どうやら一度死んでいたようでな…今、俺の胸の中には天狼白曜のISコアが心臓代わりに機能している。束さんが言うには『生体同期型IS』だそうだ」

「は…?どういうことだよ、狼牙?」

 

一夏は上手く理解できず、千冬さんは顔を俯かせ、楯無はワナワナと震えている。

あまりにも淡々としていたからだろうか?

自分でも声にあまり抑揚が無いのが分かる。

 

「つまりだ…俺は人間じゃなくてISと言うことになるわけだ」

「嘘だろ?俺達と何も変わらないじゃないか」

「心臓目掛けて銃弾撃ちこまれてピンピンしている時点でおかしいだろう?」

 

ハハハ、と乾いた笑いを上げると楯無が机を叩いて立ち上がる。

仕方のないことだが、顔は怒り一色に染まりきっている。

俺のために怒ってくれているのは分かるが…。

 

「笑い事じゃないわよ、下手したら人権なんてあってない様な物なのよ!?」

「そうだな…ISとして扱われてしまえばそれまでだろう…世論も味方につけにくい」

 

女性権利団体様が喜んで俺をIS扱いするように促してくるだろう。

あの団体も今の地位の本質は理解しているはずだ。

『女性しか動かせないIS』あってこその地位だと。

男性操縦者を排除できるのならばそれに越したことは無かろう。

だが…。

 

「いずれバレるにせよ、俺の身柄は早々移せんよ」

「あら、どういうことなのか説明してくれるかしら?」

 

ふぅ、と一息つき頭の中を整理する。

粗が目立つ上にごり押しもいい所だが…。

 

「一つ、特記事項第二一による学園の保護だ。俺は立場上生徒会の副会長だからな…関係者ではないとは言わせんよ」

「だが、もし上からの圧力で退学…と言うことが起きた場合どうする?いや、私は全力で阻止するが」

 

千冬さんの申し出は非常にありがたい…進退に関わる物ならば止めるが。

俺は軽く肩を竦め、笑みを浮かべる。

 

「あくまでも俺を『備品』として扱うと言う事になっても動かせんよ…」

「天狼白曜のコアは倉持の…あ…」

 

楯無があることに気付いたのか得心言ったように頷く。

千冬さんも片手で顔を覆い忍び笑いを漏らす。

 

「生憎と俺のコアは学園に登録されたものだからな…その所有権は学園が一番に握ってしまっている。仮にコアを交換しようにも生体同期型に詳しい束さんでも無ければ俺のコアは交換できまいよ」

 

白の宿っていたコア…これは元々学園の試験用の打鉄に組み込まれていたコアだ。

IS委員会が厳正な審査の上で振り分けたコアをどうして剥奪できようか。

学園はその特性上運営を日本に依存しているとは言えあらゆる国家と機関の干渉を受けない仕組みが出来上がっている。

つまり、こじつけてしまえばIS委員会ですら黙らせる事もできるのだ。

 

「そうだな、轡木さん?」

「おや、バレていましたか」

「あれ、用務員のおじさんじゃ…」

 

何時の間にか会議室の奥の席に座っていたスーツ姿の男性…轡木 十蔵が柔和な笑みを浮かべて此方を見守っていた。

 

「一夏、その用務員のおじさんがこの学園の実質的な運営をしているんだぞ」

「はぁぁぁ!?」

 

まぁ、そうよな…俺とて自身の記憶と目を疑った物だ。

とは言え、事実は事実…最終的に守ってくれるかどうかは轡木さんの胸先三寸となる。

面倒ごとを押し付ける側としては、不安でいっぱいいっぱいになるが…。

 

「一夏、少し黙っていろ。それで理事長…銀 狼牙の処遇はどうするのです?」

「おじ様…まさか此処で面倒だからポイッなんて言わないわよね?」

 

千冬さんと楯無は噛み付かん勢いで轡木さんに食ってかかる。

対する轡木さんは柔和な笑みを浮かべて柳のように二人の気迫を受け流すだけだ。

やはり…狸か何かだな。

 

「まさか、私もそこまで薄情ではありませんよ。銀君の立ち位置と言うのは旨味がないわけではありませんから…ただ…」

「普段はバレないように過ごせ…そういうことだな?」

「えぇ、切れるカードを増やす必要もありますからね」

 

できることなら自身を質に出す事をしたくは無いが四の五の言っていられんからな…許容できる点は許容するしかあるまい。

なくなく頷き、一先ずの身柄の安全は確保できたと言える。

 

「一先ず銀君…君は重傷を負ったと言う事にして、しばらく授業を表向き休んでもらいます。辻褄を合わせておかないと情報が漏れたとき露見するのが早まりますからね」

「承知…しばらくはボッチで勉強か…」

「織斑先生、彼の授業はナターシャ・ファイルスに任せると言う事でどうでしょうか?」

 

あの人とマンツーマンか…余計に疲れそうで嫌だな…。

だが、表向き現在『暇』を持て余している彼女ならば特に目立つことも無く教鞭をとる事ができるだろう。

 

「えぇ、それしかないでしょう。私や山田君が姿を消したら怪しまれますから」

「壁に耳あり障子に目あり、人の口には戸を立てられぬ…学園内からの噂が出たら事よね」

「なんとも面倒をかける…」

 

故意にしろそうでないにしろ大部分に迷惑をかける状況になっている。

申し訳なくなり、頭を下げると千冬さんが首を横に振る。

 

「子供の尻拭いは大人の役目だ…そうだろう、狼牙?」

「だがな…」

「千冬姉もああ言ってるんだし…今は甘えておけよ」

 

一夏は、俺の背中を叩き人のいい笑みを浮かべる。

素直に甘えるのには抵抗があるが状況が状況…今は好意を素直に受け取るべきだろうな…。

後、確認すべきことは…

 

「千冬さん…貴女の肉親は両親と一夏だけ、で良いんだな?」

「あぁ…今更どうしたんだ?」

「千冬姉…狼牙を撃った奴は『織斑 マドカ』って名乗ってた…千冬姉にそっくりなやつだったんだよ!」

「俺が交戦したサイレント・ゼフィルスの操縦者でもあったみたいだ。千冬さん…何か知らないのか?」

 

千冬さんは険しい表情になり思案するが、静かに首を横に振る。

表情から見るに本当に心当たりは無いようだが…。

…まさか、な。

 

「一先ず今夜はこれまでにしましょう…銀君も疲れたでしょうし。ただ、今晩からこの地下施設の仮眠室を使ってください…理由はお分かりですね?」

「あぁ、細心の注意を払う…そういうことだな?」

 

俺の言葉に轡木さんは満足したように頷く。

暫くは窮屈な生活を強いられることになるのか…そう長くない生活に辟易としつつゆっくりと席を立つのだった。

 

 

 

学園の地下深くに広がるこの広大なエリアは避難所も兼ねているようで、シェルターのように頑丈な作りをしている。

また、職員用の仮眠室は機能性重視の為寮程ではないにしろ快適に暮らせるだけの設備が整っている。

IS学園恐るべし…。

俺はマドカに撃たれて穴だらけにされた服を捨て、シャワーを浴びる。

着替えは現在楯無が寮まで取りに行ってくれている。

 

「傷跡は流石に残るか…」

 

ゆっくりと胸にできた銃痕に触れ溜息をつく。

その内まともな地肌は残らなくなってしまうんじゃなかろうか…?

や、俺の心がけしだいだろうが。

現在白には織斑 マドカの情報の洗い出しをお願いしている…千冬さんも一夏も知らない織斑性の少女。

無論たまたま織斑性だったとか、偽名だったとか可能性はあることにはあるが…。

 

「自身の姿に他人の影を追い求めていたな…」

 

シャワーを浴び終え浴室から出るとばったり楯無と鉢合わせる。

いかんな、考え事ばかりで周囲に目が回ってなかったか。

 

「狼牙君…本当に大丈夫なの?」

「見ての通りだ…傷もないだろう?」

 

軽く両腕を広げた後、タオルを受け取って身体を拭っていく。

身体から出て行った血までは再生できないようで、若干の倦怠感が身体を襲っている。

楯無はその場から離れるような事はせず、じっと俺のことを観察している。

 

「どこにも行かんよ…不安か?」

「見てないところで倒れられたら嫌だもの」

 

頬を膨らませ、楯無は俺の身体に抱きついてくる。

優しく頭を撫でてやる…それくらいしかしてやれることが無い。

 

「濡れるぞ」

「構わないわよ…暖めてくれるんでしょ?」

「否定はせんが」

 

楯無に少しだけ離れてもらい、寝巻きの作務衣に袖を通して備え付けられたベッドに腰掛ける。

楯無は向かい合うように俺の脚に座り再び抱きついてくる。

 

「狼牙君…貴方がISだと言うのならどうして絶対防御が発動しなかったの?」

 

もっともな疑問だな…ご存知の通りISには絶対防御と言うエネルギーを使用してあらゆるダメージを無効化するシールドを張ることができる。

今回、俺の身体にはそれが発生しなかった…否…。

 

「俺のコアが心臓の役割を果たしているのは聞いたな?」

「えぇ…」

「緊急時とは言え、発動しなかったのはな…再生させるほうがエネルギーを使わんで済むからだ」

 

コアのエネルギーが切れるイコール俺の死だ。

省エネルギーで済むのであれば痛い思いをしても再生させた方が…まだ、生き残れる。

ISバトルにおいてはエネルギーがゼロになると言う事はまず起こり得ないので、その点は問題視していないが…。

ルール無用のデスマッチが繰り広げられる場合、いつも以上にエネルギー残量に気を配る必要がある。

ましてや心臓として機能している今のコアは、白によると再生に特化し過ぎた所為で天狼白曜のエネルギーバイパスを通さない状態だと余計に消耗が激しくなる傾向にあるそうだ。

 

「でも、無茶しすぎよ!」

「すまなかった…死なん自信はあったのでな」

 

俺は素直に謝り申し訳無さそうに頭を垂れる。

当面は許してもらえそうにはないし、此処から出られたらセシリア達が朝から晩まで常時張り付いて離れないだろう。

ラウラもおまけでついてくるかもしれない。

…本当に、騒がしくなったな…俺の周囲は。

 

「絶対に…許してあげないんだから…っ…」

「…すまんな」

 

気が気ではなかったのだろうな…楯無は俺にしがみ付いて静かに泣きはじめる。

泣かせるなと言われたのにこのザマだ…。

 

「っく…何処にも行かないで…っ…」

「行かんよ…お前達の所以外は…」

 

楯無の背中をあやすように撫で、俺は微笑む。

強張っていたかもしれない…だが、それでも彼女の前では笑っているべきだろう。

 

「絶対よ…狼牙君」

「あぁ、絶対だ…」

 

楯無が泣き疲れて眠りに落ちるまで、俺は優しく楯無を撫で続けた…せめて悪夢を見ないようにと。


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