【完結済】インフィニット・ストラトス 〜狼は誰が為に吼える〜 作:ラグ0109
ぴんぽーん、とお馴染みのインターホンのボタンを押すとバタバタとした足音が玄関前に響いてくる。
どうも、現在午後一時…漸く織斑宅に到着だ。
セシリア達も誕生日プレゼントをキチンと手にして俺の左右と背後をきっちりカバーしている。
護衛か何かか?
「キタナァ…ウラギリモノォ…」
「弾さん、やっておしまい!」
「変な漫才しとらんでさっさと入れてくれんか、弾、数馬…」
弾はドスの効いたこの世の物とは思えない低い声で玄関のドアの隙間から血涙を流しながら俺を睨み、俺のもう一人の友人御手洗 数馬は弾をたきつける様にオカマ口調で弾の背後から声をかけてくる。
「サンマタァ…ソンナヤツダトオモワナカッタゾォ…」
「まぁ、言い逃れはできんな…」
「俺としちゃ、普通の男だったんだって安心したけどな」
弾はずるずると玄関にへたり込み、めそめそと泣いている。
こら、簪…木の棒で弾をつつくのは止めなさい。
数馬は弾と打って変わって朗らかな笑みを浮かべて手を伸ばしてくる。
俺は再会の挨拶代わりに固く握手すると、数馬がニヤリと笑みを浮かべる。
「で、どの子が本妻なんだよ?」
「そういう地雷踏みが本当に好きだな、お前は」
数馬は、人が踏み込もうとしない部分を思い切り踏み込んでくる図太い神経の持ち主だ。
まぁ、遠まわしに突っつかれたくなければやるな…と言う警告の意味合いが強いのだろう。
セシリア達は以前の俺の宣言を忘れたのかワクワクと言った面持ちでこちらを見てくる。
もう一度言うのか…。
「彼女らに優劣はつけておらんよ…強いて言うなら全員本妻だ」
「懐がでかいって言うかなんて言うかな…あのラウラって子は?」
「そ、そうだ!なんなんだあの子!?お父さん!僕にあの子ください!」
「よし、弾…俺とボクシングでKO取れたら許してもいいぞ?」
「無理じゃねぇか!」
誰がやるか、誰が…最もそう言った色恋に疎い部分が多々あるので、娘が嫁に行くのは当分先の話になるだろうが。
…そう思ったところで若干いたたまれない気分になる…なんで父親面してるんだ、俺は…。
ラウラ公認ではあるのだが。
「完全にラウラさんのお父さんですわね…」
「戸籍上ラウラちゃんに育ての親はいるみたいだけど…この事知ったらどう思うのかしら?」
「少なくとも…微笑ましく思う、と思う」
外野の三人娘は、クスクスと笑いながら何とも気まずそうな顔をしている俺を見上げてくる。
玄関先の騒ぎを聞きつけたのかラウラと鈴がやってくる。
「ちょっと、弾に数馬!さっさと入れてやんなさいよ!」
「父様!漸く来たんだな!?」
ラウラは満面の笑みを浮かべて玄関から跳躍して俺の首に抱きついてくる。
全身の筋力を総動員して何とかラウラを受け止め、身体を片腕で支えてやる。
以前肩車してやったが、あの時からこういったスキンシップが増えたように思える。
甘えたい盛りにしては少々大きい気がするが…些細な問題だろう。
「ケッ、仲の良いこって…」
「腐るなよ、弾…親友がああして普通の狼だったって分かっただけ儲けもんだろ?後で中学のクラスメイト達に流布しておこうぜ!」
「おいまてばかやめろ…」
「だから早く上げろって言ってんでしょうが!」
しびれを切らした鈴が、思い切り弾と数馬の腰を蹴り飛ばし地に沈める。
小さくとも代表候補生…武力においても男に引けをとらない、か…。
「あんた、今変なこと考えたでしょ?」
「滅相も無い、助かったぞ鈴」
どうにも勘の良い娘である。
小さいなどと口が裂けても言ってはいけない。
セシリア達を先に上がらせ、後を追うように俺も皆が集まっているリビングへと向かう。
久方ぶりに来た織斑宅のリビングは、あまりの人数の多さにパンク寸前となっている。
専用機持ち組は言わずもがな、生徒会メンバーに新聞部の黛 薫子、五反田兄妹に姉上である千冬さんとまぁ、騒がしいことこの上ない。
こうして仲間が大勢集まると言うのは何とも良い事だと思うが。
ラウラは俺の腰に脚を回して離れようとしないので、コアラさん抱っこで皆にもみくちゃにされている一夏へと近寄る。
「誕生日おめでとう、大した物でもないが受け取ってくれ」
「さんきゅ、狼牙…なんて言うか、すっかり保護者が板についてきたな」
「否定はせんよ…まぁ、筋トレの一環と思えば屁でもないが」
一夏に包丁セットの包みを渡すと、俺からしがみ付いて離れないラウラを見てクスクスと笑う。
初めて会ったときの印象からすれば完全に真逆となるからな…転入初日のラウラしか知らない人間からすれば、我が目を疑う光景だろう。
「あぁ、やはり父様の傍が一番だ…」
「それは構わんが、そろそろ降りろ…言ってはなんだが暑い」
「む…わかった…」
「あからさまに落ち込まんでくれ…」
ラウラはしょぼんとした顔で俺から降りるとジィッと此方を見上げてくる。
止めろ…止めてくれ…そんな目で俺を見ないでくれ…。
半端無い罪悪感に苛まれていると、クックックと意地の悪い笑い声を上げながら千冬さんが此方を見てくる。
…懐いているの、根に持っているのだな…。
俺の姿を肴に美味そうにビールを飲んでいる。
いい大人が昼間っからビールか…。
「んん?どうした、ラウラ…こっちへ来い、膝に座らせてやろうかぁ?」
「はっ!教官!それはあまりにも恐れ多く…!」
「気にするな、無礼講だ無礼講」
気分が良いのか、千冬さんは完全に酔っ払っている。
気が緩んだ状態で酔っ払うとこんな具合で地味に親父臭くなる。
ファンには見せられない一面である。
ラウラは恐る恐るといった感じで千冬さんの膝に座るものの何とも居心地が悪そうだ。
親愛と敬愛の違い…と言ったところだろうか?
千冬さんはラウラが膝に座ったのを見てご満悦だ…微妙にドヤ顔で此方を見んでもらいたい。
流石に一夏から禁酒令が出ているので酒を飲むことはしない…意外とあれで怖いからな。
俺は千冬さんから離れて壁際に置いてあった椅子に座る。
バカ騒ぎは好きだが混ざるのは苦手なのだ。
[皆、楽しそうよね…ロボはこう言う平穏は苦手かしら?]
そう言う訳ではないが…こう、疎外感が少し、な。
俺が勝手に感じているだけなんだが。
ふと、視界の端に珍妙な…といっては失礼だが、組み合わせを見つけたのでそちらへと視線を移す。
五反田 弾と布仏 虚だ。
先日の学園祭において虚が入り口で受付していたときに出会ったらしい。
時折、どのような人物なのか俺と一夏が虚から質問されることがあった。
多少のマイナス面も込みで弾と言う人物の評価を伝えてある。
人間いい所だけではないのだ…悪いところも知っておかなければ、正当な見方はできまい。
初めてのお見合いのように何処か気まずそうな空気を醸し出す弾と虚を見て微笑ましく見ていると後ろから誰かが抱き着いてくる。
「ローロー、あの人がお姉ちゃんのいい人かな~?」
「ほう…のほほんにはその様に話していたのか…」
「ちょ、本音止めてって…!」
抱きついてきたのはミス着ぐるみこと本音だ。
今日は私服と言うこともあってか普通の服を着ているが。
背中に当たる感触を努めて無視していると、簪が頬を膨らませて俺の隣にやってくる。
「いつもの事だろうに…」
「それでも嫌なんだもん…私…ないし…」
簪は下を見ながらゴニョゴニョと何やら呟きながらジュースを飲む。
周囲の人間が分厚い装甲持ちだからな…コンプレックスに感じてしまうのも仕方がないと言いたい所だが…。
簪の頭を優しくなでながら笑みを浮かべる。
「まぁ、嫉妬も男の甲斐性とな…のほほん、お前のお嬢様は大変ご立腹だぞ?」
「それとこれとは別なんです~。ローローはあったかいからね~」
「む~…」
ぼすん、と簪が俺の太腿の上に座ってくる。
とても…暑いです…。
気付けば弾たちは携帯を取り出して互いの連絡先を交換している。
実りあるものとなれば良いが…。
「みんなー、チーム分けして桃○するわよ!」
「鈴、何も友情破壊ゲーと名高い○鉄で無くとも…」
「だからいいんじゃない」
鈴は、いそいそとリビングのテレビに繋がれたゲーム機にディスクを入れてゲームの準備を始める。
どこか浮かべてる笑みが邪悪な物に見える…鬱憤でも溜まっているんだろうか?
前に零していた愚痴に鈴の担当官の話があったが…何か言われたのかもしれんな。
「狼牙、私達で組むよ」
「承知…やれやれ…ボ○ビラス星送りにならんようにせんとな」
簪を抱きかかえ、のほほんを背中にぶら下げたまま立ち上がれば鈴達の元へと向かう。
これから始まるのは誰かを陥れ、蹴落とす経営ボードゲーム…カードの貯蔵がモノを言う友情破壊の局地…心して挑まねばな!
「九十九年ルールとか今日中に終わると思うか?」
「絶対途中で飽きると思うんだが…」
時刻は午後十時。
ジュースと酒が足りなくなったので誰かが買いだしに行こうと言う話になったのだが、流石に夜も遅いということで野郎共だけでジャンケンをした結果、俺と一夏が買出しに出る羽目になった。
今日のパーティの主役が買出しとは…。
「特訓の方は順調か?」
「おう…零落白夜の制御が中々できてないけどな…」
「思いつきで提案しただけなんだ、お前のやり易いやり方を模索するのが一番いいぞ?」
特訓の進捗状況は、楯無からも聞いてはいたが順調そのものではあるようだ。
楯無の見立てでは、箒のISは一夏の白式サポートを考えて組み立てられた物ではないか…との事だ。
開発者が開発者だから無いとは言い切れないな。
そういった事情を鑑みて、箒の特訓を楯無が付きっ切りで見ているようだ。
箒はスタートラインからして専用機持ち組から出遅れたところにいる。
最近の彼女は友人もできて心に余裕が生まれたのか向上心旺盛だ。
俺もうかうかとはしていられないだろう。
「狼牙は…どうなんだ?」
「どう、とは?」
不意に立ち止まり、一夏を見つめる。
まさか、一夏に何か察せられたか…?
「んにゃ、なんとなくだよ…いっつも忙しそうにしてるし、昼休みとか見かけると何処か心あらずって感じで空を見上げてるしな」
「あぁ…生徒会の仕事で何かと振り回されてもいたしな。疲れているくらいで大きな問題は無いさ」
「そっか…ならいいけどさ」
まさか、一夏の身内に人体改造されましたなんぞ言えるわけもなかろうに。
問題があるわけではないが、聞いて良い思いをする物でもないので黙っておくことにする。
あまり良い友人ではないな、俺は。
「来月のキャノンボール・ファスト楽しみだな」
「まったくだ…今回は学園内ではなく、市内の専用コースでやるという話だからな」
「千冬姉のことだから、何かしら狼牙のISに制限つけそうだよな」
「瞬時加速使用回数制限くらいならいいんだがな…」
以前言ったように天狼白曜は現状最速のISだ。
本気で振り回した場合、よほどの速度に特化させたISでもない限り置き去りにする可能性がある。
下手すると、俺だけボッチで飛ぶと言う可能性も…。
嫌な予感に打ちひしがれながらも自販機に近寄り飲み物を購入して一夏と二人で手分けして持つ。
人数が人数だし、これからかかる時間を考えると多めに買った方がいいだろう。
「こんなものか…さぁ、地獄を見に戻ろうか…」
「どうか、借金地獄になってませんように…」
ハハハ、と二人で乾いた笑い声を上げると街灯の明かりがギリギリ届かない所に人が立っているのが分かる。
俺と一夏は顔を見合わせ、暗がりで顔の見えない人物を見つめると向こうから街灯の下に入ってくる。
顔を見ると良く知った人物にそっくりな…
「千冬…姉…?」
一夏が搾り出すような声で言うと、同い年くらいの千冬さんそっくりの少女は酷薄な笑みを浮かべる。
「いいや…私はお前だよ、織斑 一夏」
「随分と血生臭い匂いを漂わせるのだな、娘」
「…狼牙?」
俺は一夏の盾になるように一歩前に立ち、千冬さんモドキを睨みつける。
こいつの浮かべた笑みは殺しを経験したことのある人間の笑みだ。
人の命が軽くなってしまったものだけが浮かべられる笑みをしているのだ。
「狼風情が、また私の邪魔をするか」
「貴様…サイレント・ゼフィルスの…!」
ニヤリ、と少女は笑みを浮かべる。
まさか、向こうから此方に接触しに来るとはな…。
警戒を緩めず一挙手一投足に全神経を集中させる。
「私の名前は『織斑 マドカ』…私が私であるために、織斑 一夏の命を貰うぞ」
織斑 マドカと名乗った少女は一挺のハンドガンをゆっくりと構える。
分が悪いが…一夏が目当てならば、守ってやらねばな。
コアネットワークを繋ぎ、一夏に声をかける。
『一夏、スリーカウントで全速力で逃げろ』
『狼牙だけでどうすんだよ!?』
『五分くらいならどうとでもなる…家に逃げこんで、戦力つれて来い』
ギリっと言う歯軋りが聞こえてくる。
お前はまだ弱い…いや、重火器に対して大概の人間は弱い物だ。
だが、俺は…
「相談は終わったか?…なら、死ね」
マドカは躊躇無く引鉄を弾き銃弾を浴びせてくる。
俺は手に持ったジュースを銃弾が吐き出される前に投げ飛ばし、目くらましにする。
案の定、怯んだマドカはあらぬ方向に銃を撃ち諸劇を外してしまう。
一瞬の隙をついて、一夏は全力ダッシュで逃げ出しマドカの横を通り過ぎていく。
「逃がすか!!」
「余所見とは関心せんな」
俺はマドカが一夏へと目を向けた瞬間に一気に踏み込み、体当たりをして体勢を崩させる。
忌々しげに舌打ちをしたマドカは弾き飛ばされながらも受身を取って銃口を此方に向ける。
「銃に勝てる物か…貴様はこれからも邪魔だ、此処で死ね」
正確に心臓に向かって打ち込まれた銃弾は俺の胸へと吸い込まれ赤い華を咲かせる。
着弾の衝撃で身体がよろめき、胸に襲う灼熱の痛みに視界が明滅する。
出し惜しみするのではなかった…!
続いて二発三発と身体に銃弾を受け仰向けにコンクリートの地面に倒れこみ、血が溢れ出してくる。
痛い…。
「バカな男だ…」
忌々しげにマドカは俺を睨みつけると闇に乗じて逃げていく。
脂汗をかきながら胸をかきむしり咳き込めば吐血する。
[すぐに組織再生させるわ。無茶をして…!]
こういったときのための同期型だろうに…。
肉が焼けるような音が響くと身体の中から銃弾が押されて出てくる。
貴重な情報源だからな…激しく咳き込みながら銃弾をポケットにしまうと、再生が完了したのか傷口が綺麗に塞がっている。
無論傷跡は残っているが。
「狼牙!」
「ゲホッ…すまん、逃げられた…」
一夏が千冬さんを連れて此方へとやってくる。
地面を濡らす血液と、俺の体の惨状を見て姉弟揃って顔面蒼白となる。
「きゅ、救急車!!」
「問題ない…ゲホッゲホッ…!」
「狼牙…貴様…!」
千冬さんが駆け寄り俺の身体に触れると、怒った物か悲しんだ物か分からない表情でこちらを睨みつけてくる。
俺は首を静かに横に振り、今は説明しないことを選択する。
一夏がいるしな。
その意図を汲み取ったのか、千冬さんは携帯で移動手段を呼ぶ。
「一夏、私と狼牙は学園へと戻る。更識も学園に向かうように伝えろ」
「な、どうしてだよ!?」
「いいから、言われた通りにしろ」
「っ…分かった」
漸く整った呼吸に安堵しながら、俺はゆっくりと立ち上がり一夏へと近づく。
なんとも申し訳ない気分になるな。
「今度、説明する…すまんな、一夏」
「絶対だぞ、狼牙!」
一夏は俺の両肩を掴み、言い逃れはさせないと言わんばかりの気迫でこちらを見つめてくる。
何とも気が重くなる…俺は静かに頷き、やってきた車に目を向ける。
「乗れ、狼牙…すまない、一夏…誕生日だというのに」
「千冬姉も…聞きたいことがあるからな」
「わかった」
俺は千冬さんに促されるままに車に乗り込み顔を片手で覆い隠す。
月明かりはどんよりとした雲に隠され、これからの未来に影を落とすかのようだ。
今日一番のため息をつき俺は憂鬱としながら、これからの事に思いを馳せるのだった。