【完結済】インフィニット・ストラトス 〜狼は誰が為に吼える〜   作:ラグ0109

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狼と兎

「んん……」

 

意識はゆっくりと覚醒し、見知らぬ天井であることに気付けば現状を思い出す。

 

「IS学園にいるのだった……」

 

寝惚け眼で体をゆっくりと起こそうとするが異変に気付く。

誰かが背中に張り付いているのである。

言うまでもなく、同居人の楯無だろう。

幾ら何でも同衾は無いだろう同衾は。

作務衣の上を脱ぎ身体を起こすと、これまた何とも幸せそうに涎を垂らしている。

 

「俺のベッドで寝た自身の不幸を呪うがいい」

 

水性なのは俺の優しさ。

ペンで額に肉と書いて写メを撮る。

時刻は午前四時…一日の始まりだ。

 

 

 

ジャージに着替え両腕両足に重りを付けた俺は、こっそりと部屋を出てグラウンドへ向かい、軽くストレッチをしてからランニングを始める。

一周五キロ、四周程走った所で切り上げる。

玉のように顔に張り付く汗を拭いながら腕立て伏せ。

決して速度は落とさず両腕を五百回。

 

「ふっ……」

 

そのまま倒立し片腕ずつ腕立て伏せを五百回。

この辺りで、他の生徒もチラホラと現れ始める。

遠巻きに観察されるが構わずに続ける。

腹筋背筋も同様にこなし、生前からこなしている拳舞をゆったりとした動作で行う。

全身の筋肉に負荷を掛け馴らす。

徐々に速度を上げてきた所で、目の前に回し蹴りが叩き込まれたので上体を逸らしながら顔を奇襲してきた相手に向ける。

 

「おねーさんの顔に落書きした罪は重いわよ、狼牙君?」

「ベッドに入り込んだ方がギルティだ」

 

ゆっくりと足を開き左腕を盾にし右拳を引き絞る。

中々どうして、この戦い方は面白い。

対する楯無は古武術の様だ…独特ではある。

 

「生徒会長と二人目の男子の一騎討ちだよー、賭けた賭けたー!」

 

賭博に用いらんでくれ、気が滅入る。

 

「シャワーも浴びたい、制限時間は五分…倒れた方が負けだ」

「ふふん、学園最強は伊達じゃないわよ?」

「俺としても望むところだ」

 

互いに動かない。

いや、動けない…相手の動きを注視し、一撃必殺で止めをさすための駆け引きは既に始まっている。

歓声すら耳に入らず、視線も感じられない。

肌で感じるのだ、楯無が強者であるのが。

 

「「…………」」

 

あらゆる攻撃を防ぎ、防がれるヴィジョンしか脳裏に浮かばない。

で、あれば……。

残り時間は三十秒。

勝負は一撃。

やれる事は…

 

「打ち抜く!!!」

 

愚直なまでに直進。

一瞬で距離を詰め、鳩尾目掛けてストレートに拳を打ち込む。

頭では避けられる。

被弾面積の大きい胴体は必然。

やはり、読まれる。

 

「シッ!!」

 

楯無の目が鋭くなり素早い身のこなしで拳を脇に掠らせる様にして、俺の拳を避ければ手刀が首に添えられる。

 

「ふっふーん、私の勝ちね♪」

「やれやれ、勝てるヴィジョンが見えなかった…勉強になる」

 

軽く肩をすくめる。

互いの体は汗でじっとりと濡れている。

 

「早くシャワーを浴びてこい」

「はいはい、朝御飯奢るのよ?」

 

何時の間にそんな約束になった?

呼吸を整え、楯無を見送れば取り囲む女子達から声を掛けられる。

 

「生徒会長とはどういう関係なの!?」

「昨夜はお楽しみでしたね」

「裸エプロンで出迎えられたって本当!?」

 

終わったな…これは妙な噂が流される…。

無意味だろうが抵抗はしておこう。

 

「更識とはルームメイトなだけだ、裸エプロンで出迎えられはしたがイタズラの範疇…お前達が思うような事は起きていない」

「「「嘘だ!!!」」」

 

本当なのだがなぁ…。

肩を落とし溜息をつきながら、部屋へと帰る。

今日も頑張るとしよう。

 

 

 

朝食を奢る、という形になっているので楯無を連れ立って食堂へ向かっている。

 

「おはよう狼牙、更識さん」

「おはよう一夏、篠ノ之」

「おはよう、仲直りできたのかしら?」

「あぁ、おはよう」

 

食堂へ向かう途中一夏と箒に出会い、一緒に向かう。

 

「昨日は散々な目にあったぜ…」

「あ、あれは一夏が悪いんだ!」

 

どうやら、また一悶着あったようだ。

二人とも目の下にクマができている。

 

「昨日互いに謝罪したのだから仕切り直せ。禍根は寝覚めが悪いだけだ」

 

はぁ、と溜息をつきながら二人を交互に見る。

 

「ところで銀…姉さんを知っているようだが、どういう関係だ?」

「あれ、狼牙君は篠ノ之博士と知り合いなの?」

 

束さんは、あの人格だからな。

認識している血縁以外の他人と言う立ち位置はかなり珍しい。

どう説明したものか…ストレートに言って箒の反応を見るのも悪くは無いか…?

 

「とりあえず、飯だ。飯を食ってる間で構わんな?」

「あぁ、分かった。絶対だからな」

「楽しい食事になりそうじゃない」

 

それに関しては概ね同意だ。

 

 

 

IS学園各寮には食堂がある。

人数が人数なので広い食堂は、女性が主な利用者と言うこともあって食器や家具に至るまで機能性とデザインを追求した豪奢なものだ。

晴れの日はテラスでも食事が出来る此処は、食券を事前に購入し職員に渡して受け取るシステムになっている。

また、IS学園の通っている生徒は世界各国から来ている。

故にこの食堂のメニューは非常に種類が豊富で朝、昼、晩と三食違うメニューを毎日続ければちょっとした世界旅行気分に浸ることもできる。

 

一夏と箒は和定食。メニューはご飯、油揚げと豆腐の味噌汁、鮭の塩焼き、納豆、ほうれん草のお浸し、浅漬け…と非常にオーソドックスだが手堅いメニュー

楯無は、フレンチトースト、シーザーサラダ、オニオンスープとシンプルに。

そして俺は……

 

「毎回朝食を一緒にする時思うんだけどな…足りるのか?」

「だ、男子の食べる量ではないな…ダイエット中なのか?」

「狼牙君筋肉の塊なんだから、食べないと倒れるわよ?」

 

三者三様に心配そうな眼差し。

俺は手に持ったトレーを見下ろす。

本日のメニューはトマトサンド二切れとブレンドコーヒー、以上。

俺は夜にたらふく食べるのを好むのでこれぐらいで良い。

 

「こんな生活がもう何年も続いている…一夏は分かっているだろう?」

 

酷いと一日一食だ。

不健康ではあるが、飯を食う暇があるなら体を動かしたり筆を走らせている方が百倍良い。

空いている四人席に座り、食事を始める。

流石はIS学園と言ったところか…設備だけでなく食材も一流か…日本の血税で運営されてると思うと複雑な感情が生まれるが、美味いものは美味い。

ありがたくいただき、その分学業で結果を出せば良い。

 

「さて、束さんとの関係だったな」

 

一夏は苦笑し、箒と楯無は興味津々といった具合だ。

だがな、そんな面白いものでもないのだ。

 

 

 

➖➖一年半前➖➖

 

「お前も大変だな…一軒家に一人暮らしか?」

「仕方ないさ、家族は千冬姉だけだしな」

 

この時千冬さんはドイツでIS操縦訓練の教官と言うことで出向しており、家には一夏一人で生活していると言う状態だった。

幸い政府の根回しや、取り締まりが厳しかったおかげか嫌がらせと言うものはなりを潜めていた状況だった。

 

「男二人で家でゲーム…なんとも退廃的な」

「言うなよ…また絡まれたくないしな」

 

外へ出れば年上のお姉さん方にパシらされる可能性がある。

最低限外出はするが、当時は家の中で遊んでいた方が何かと楽だった。

 

「尻尾切れたぞ」

「オッケー、剥ぎ取るわ」

 

死んだ魚の目をしながらレア素材マラソンをしていると、猛牛が駆けてくるような足音が外から聞こえてきた。

 

「喧しいな…猛牛でも脱走したのか?」

「気にするなよ…家にいれば安全だって……ちっ、出なかった」

 

またコイツか等とルーチンワークの様にゲームをリタイアすると、玄関で物音が発生。

ブレーキ音と共にリビングの扉が、文字通り蹴破られた。

 

「はろはろー!いっくん、愛を育みにきたぜー!!」

「束さん!?」

「一夏、誰だ…この猛牛アリスは」

 

メカニカルなウサ耳を付け、不思議の国のアリスが着ているような青いエプロンドレスを着た女性を見て訝しがる。

 

「篠ノ之 束さん、千冬姉の親友だ…グフゥッ!」

「一夏!?」

 

束さんは俺の発言と言うか視界に入ってないのか、無視して一夏に飛び掛かり体に顔を押し付ける。

 

「スハスハスハスハ……ひゃー!いっくんはいい匂いだぜぇ」

「ちょ、止めてください、友達いるんですから!」

「友達?あぁ、あの銀色?」

 

俺に顔を向けた束さんの目は光がない。

なるほど、レイプ目がアレか。

 

「字自体は合ってるがな、銀 狼牙だ篠ノ之さん」

「お前、要らないから帰れよ」

「そちらの都合なんぞ知らんよ…」

 

この手合いは過去に何かあったのか…?

拒絶具合が異常すぎる。

 

「はぁ?何においてもこの束さんの都合を優先しろよ凡人」

「凡人なのは良いが、世界が自分一人で廻ると思うなよ」

 

またこの手合いか…どうにも冷たくなっていかんな。

 

「ちょっ、止めてくださいよ…狼牙も、ごめんな…」

「そんな顔をするな一夏、コーヒーもらうぞ」

 

立ち上がり俺は、キッチンへと引っ込む。

勝手知ったる他人の家。インスタントだが三人分のコーヒーを淹れて持っていく。

 

「お前、そんな姿で日本人なんだって?」

 

一夏に束さんの分を合わせてコーヒーを渡し、俺は立ったままコーヒーを飲む。

 

「これでも生粋の日本人だ。両親は死んだから居ないがな」

 

ふーん、と言った感じで俺を見つめる束さんは何を感じたのか、興味深げに見てくる。

 

「束さん?」

 

一夏が不思議そうに立ち上がった束さんを見つめ、束さんは俺の周りを観察するようにグルグルと回り時折突いてくる。

 

「ふーん…お前、銀 狼牙って言ったっけ?」

「それがどうした?」

 

ニンマリと笑う束さんは下から見上げるように俺を見つめ、俺はそれを見下ろす。

 

「君の事覚えていてあげるから、解剖させてよ」

「馬鹿なのか?」

 

 

➖➖回想終了➖➖

 

 

「と、まぁこんな感じだったか」

「あの後も大変だっただろ。いきなり千冬姉が帰ってきて暴れだしたり」

「あったな、いい思い出だ」

 

俺と一夏は爽やかに笑い、箒は

 

「姉さん……」

 

と、頭痛がするのか頭を抱えている。

楯無は楯無で顔を引きつらせている。

 

「年上に対する接し方がなってないとは思っていたけど…篠ノ之博士相手にもブレないのね…」

「人によって態度を変える人間程信用ならんものはないだろう?公的な場では考えるがな」

 

そう言うと楯無は扇子を広げ『断固抗議』と見せる。

 

「先輩は敬うべきなのよ?」

「イタズラ好きの奴なんぞ知らんな…」

「ブーブー」

 

私不満です。と言わんばかりに頬を膨らませ拳を振り回す楯無。

そこで織斑先生が食堂へと入ってきて手を打ち鳴らす。

 

「何時まで食べている気だ!食事は迅速に取れ!遅刻した者はグラウンド十周を走らせるぞ!!」

 

なんとも恐ろしい懲罰か…五十キロは流石に辛い。

まぁ、俺は食べ終えているんだがな。

 

「では、お先に」

 

俺と箒は立ち上がり、楯無に至っては千冬さんが入ってきた瞬間に姿を消した。

苦手なのか?

 

「なぁ、友達だろう?」

「コラテラルダメージ…これも必要な損失だ」

「とっとと食べないからだ、フンッ」

 

箒よ…恋する乙女の態度ではないぞ…。

俺は、箒を伴って教室へと登校する。

 

 

余談ではあるが、朝食時の会話が切っ掛けで妙な噂が広まった。

曰く、銀 狼牙は篠ノ之博士に性的に狙われていると言うものだが…どうして、こうなった?




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