【完結済】インフィニット・ストラトス 〜狼は誰が為に吼える〜 作:ラグ0109
九月、最後の休みである二十七日。
この日は我らが朴念神、鈍感オブ鈍感の織斑 一夏の誕生日だ。
今日は皆で一夏の家に集まりお祝いをしようと言う流れになっている。
集まるメンバーがメンバーなので、少し行きたくない気もするが覚悟を決めねばなるまいよ…。
俺は、遅れる旨を伝えてレゾナンスへと足を運ぶ。
目的は誕生日プレゼントの購入だ。
学園祭の準備に事後処理、楯無の尻拭いと奔走し続けた結果、今日の今日まで準備ができなかったのだ。
楯無許すまじ慈悲は無い。
「それで、狼さんは何を買うのかしら?」
「もう…何も言うまいよ…主夫の為に包丁セットをとな」
「ブリュンヒルデの弟君が料理上手って言うのは本当だったのね」
学園からまるで背後霊のようについてきたナターシャさんに、ため息混じりに応える。
この人本当に暇なのだろうか…?
クラスを受け持っている訳でもないから暇…なのだろうな…。
アメリカ国家代表…アメリカと言う国は非難するわけではないが、何かと派手だ。
つまるところナターシャさんは、千冬さんに次ぐレベルでの有名人である。
そんな有名人が傍にいれば嫉妬と羨望の眼差しが集中することは明白だ。
つまり…
「え、アレってナターシャ・ファイルス!?」
「マジかよ!アメリカの国家代表がなんでこんなとこに!」
「っつーか、隣の男誰だよ?」
「まさか、彼氏?」
と、まぁこんな感じで人の多く集まるレゾナンスにいれば否が応にも注目を集め俺にヘイトが溜まるのである。
[ロボってば、相変わらず人気ものよねぇ]
こんな胃が痛くなるような人気なんぞいらんわ。
深くため息を吐くとナターシャさんが腕を組んで寄りかかってくる。
アメリカ国家代表は周囲の視線なんぞどうでも良いらしい。
「そんな辛気臭い顔しないの。こんな美人が一緒にいるんだから笑顔にならなきゃ」
「これでも繊細なのでな…ナターシャさんは平気なのか?」
「取るに足らないものよ。気にしてたらキリがないもの」
「ご尤もで…」
ナターシャさんを付き纏わせたまま調理器具専門店へと向かう。
なんだ…視線の中に混じりけのあるやつが…。
念の為、ナターシャさんの手を繋ぎ周囲に気を配りながら歩く。
万が一があってもつまらんしな。
「狼さんから手を繋いでくれるなんて嬉しいじゃない」
「分かっててそんな事言える辺り、場馴れしてるな」
「これでも兵隊さんだもの」
ナターシャさんはクスリと笑いながらウィンクする。
魅力的な女性ではあると思う。
美人のムードメーカー…それに昨今の世情に染まっていないときた。
もしも…出逢う順序が違えば落ちていたかもしれんな。
[首輪組に入れちゃえばいいじゃないの]
勘弁しろ…お前は面白くなるかもしれんが、俺が地獄を見るだけではないか…。
ナターシャさんの腕を引き密着させる。
「ねっとりとした視線だ…こういった手合いは…面倒極まりないんだが…」
「折角のデートが台無しになりそうね」
ひい、ふう、みい…謎の三人の視線に混じる殺気。
ただ、こう…なんだろうな…殺気以外の感情も感じないわけでもないわけで…。
レゾナンスと言う場所が俺と相性が悪いのだろうか…?
どうにも釈然としない面持ちで歩き、曲がり角を曲がったところでナターシャさんと二手に分かれる。
戦力の分散を図るのが目的だが…三名とも俺の後をついてくる。
「白よ…何となくなんだがな?」
[まぁ、多分ロボの予想は当たっていると思うわよ?]
丁度良い具合に曲がり角を見つけたので、小走りに曲がり気配を消して壁にもたれかかる。
案の定謎の…と言うことにしておこう…三人組は慌てて俺のことを追いかけてくる。
腕を組み目を閉じていると某クマの様に釣られた三人組が俺の目の前に現れる。
「あ、ヤバ…」
「お姉ちゃん?」
「あー…」
「尾行とは少々趣味が悪くは無いか?」
剣呑な視線を送ってきた犯人…それは、セシリア、楯無、簪の三人であった。
三人とも冷や汗を滝のように流しながらシドロモドロに此方を見てくる。
一応、悪い気はしていたようだな…。
「楯無…生徒会の仕事は?」
「だ、だ、だ、大丈夫よ!……今日くらいサボっても」
いや、駄目だろう…此処のところ面倒な組織の所為で対応に追われている。
それでも午後には織斑宅にて合流することになっていたのだが。
俺は半ば呆れながらもセシリアと簪へと目を向ける。
「今日は訓練をすると言っていたではないか…それがどうしてこんな所に?」
「だ、だって…ファイルス先生と一緒に出て行くところ見ちゃって…」
「そ、そう!これは悪い虫がつかないようにですね…!」
「こう…もう少し信頼が欲しいんだが…」
嫉妬も男の甲斐性なのだろうが、楯無はどうあれセシリアと簪はどうにも嫉妬深い。
何も思われないよりはマシだが、その内単独行動制限令が出されそうで少し怖い。
「ですが…なにもファイルス先生と来なくても…」
「勝手についてきたんだ…」
がっくりと項垂れ深くため息をつきながらナターシャさんにコアネットワークで連絡をいれる。
因みに、ナターシャさんが所持しているISはあの銀の福音である。
束さんの口添えもあってか凍結処分は免れたそうだ。
それでもリミッターを設けてデチューンされた状態にはなっているらしいが。
アメリカ、イスラエル両国共に一応気は使っているらしい。
『狼さん、そっちにまとまって行ったみたいだけど大丈夫?』
「なんとも可愛らしい襲撃者だったからな…場所は白に送らせる、合流するぞ」
『了解、狼さんはモテモテねぇ』
通信を切り、三人へと視線を戻す。
なんとも気まずそうにしているのを見て、三人それぞれに軽くデコピンをして手打ちとする。
「ナターシャさんと合流したらとっとと買い物を済ませて一夏の自宅に向かうぞ。時間も勿体無いしな」
「ナタル呼び戻しちゃうの?」
「曲がりなりにも護衛でついてきていたのだろう?」
「お見通しなのねぇ…」
楯無との会話をセシリアと簪が聞いて目を丸くする。
案の定詳しく話を聞いては居なかったようだな。
デートを楽しむ、と言う名目の方が大きいだろうが、その真の目的は俺の護衛だ。
学園祭で一夏が狙われた以上、俺をフリーにしておくと言う訳にもいかなくなった訳だ。
緊急時以外のIS展開はご法度…尚且つ一般人を巻き込むともなると、俺も抵抗できずに沈められる可能性もあるからな。
「お姉ちゃん…ちょっと、いい?」
「えぇ、えぇ…少しO・HA・NA・SIしましょうか…」
セシリアと簪は虚ろな…言うなればレイプ目で楯無をじろりと睨みつける。
はっきり言って怖い。
楯無は俺を壁にするようにして背中に隠れてくる。
「べ、べつに何も無かったんだからいいじゃない?」
「そう思うんなら俺の前に出て堂々と言えば良かろうに…」
「やだ、簪ちゃんたちコワイ」
どうしてこう…最早何も言うまい…。
軽く頭を抱えて気を取り直し、セシリアと簪の頭を優しく撫でる。
「そう怒るな…仕方ない上級生、ないし姉を持ってしまったと思って諦めるんだ」
「狼牙さんがそう仰るのであれば…」
「そうだね…お姉ちゃんはちょっと…だもんね…」
セシリアはやれやれと肩を竦め、簪は何やら黒い笑みを浮かべている。
最近、どうにも姉妹ヒエラルキーの逆転現象が起き始めている気がする。
その内ぐうの音も出ないくらいに言い負かされてしまうのではないだろうか?
強く生きろよ…楯無。
「ハァイ、お待たせー。行きましょうか」
「いや、すまんな…」
「気にしない気にしない、役得だし?」
片手を上げて応えるとナターシャさんはセシリア達に対して牽制するかのような一言を放つ。
少々ご立腹のようだ…ナターシャさんの立場からすれば邪魔されたようなものだしな。
…触らぬ神に祟りなし、俺は早々に歩き出し皆から離れようとする。
痴話喧嘩なんぞやってられるか、俺はプレゼントを買いに行く。
「あ、狼牙君逃げた」
「時間が惜しいんでな」
「狼さんへたれている場合じゃないんじゃない?」
俺を取り囲むようにしてセシリア達が駆け寄ってくる。
深くため息を吐き出し、セシリア達を見つめる。
「いいから、行くぞ…茶番をやるのにも限界がある。周囲のお客にも迷惑だからな」
美人ばかり四人が一人の男を巡って争う…注目を集めるには充分すぎる内容だろう。
先ほどから遠巻きに眺められているのである。
煽るような視線、批難するような視線…様々だ。
見せ物でもないし、時間が無いのも本当だからな。
親友の誕生日を祝わんなど言語道断だろう。
「そう言えば狼さん…貴方の誕生日っていつなのかしら?」
「藪から棒に…四月六日だ」
「なぁんだ、もう過ぎちゃってるのね」
目的の品を買うために調理器具店に着くなり、ナターシャさんが誕生日を聞いてくる。
隠す必要も無いので何気なしに言うと、セシリアの顔が強張る。
何故強張るのか…まぁ、言うまでもなく…。
「うぅ…まさか…あの日だったなんて…不覚ですわ…」
「セシリア、何かあったの…?」
「あぁ、喧嘩の売り買いを少々な…」
そう、俺の誕生日はあの入学式…セシリアがまだ頑なで喧嘩を吹っかけてきたあの日だったのだ。
今思えば遠い昔の様に感じるな…なんとも懐かしい…。
うんうんと頷きシミジミと思いながらセシリアの頭を撫でる。
過ぎたことをくよくよしても仕方ないのだ。
後悔先に立たず、寧ろゾンビのように後ろから這って来るので面倒この上ないものだが…。
「喧嘩の売り買いをして負けたのだから何とも格好のつかない話だ」
「私も協力したんだけどね~」
楯無は扇子を開いて口元を隠しながら笑う。
久々に見たな…扇子には『負け犬』と書かれている…喧しいわ。
辟易としながら鮮やかな蒼のセラミック包丁を手に取りレジへと持っていく。
しっかりとプレゼント用の包装をしてもらって、漸く一段落だ。
「ナターシャさんは一夏の家まで来るのか…?」
「行きたいけどね…ブリュンヒルデ怖いじゃない、狼さんと絡もうとすると」
「そうだろうか…?」
過去の係わり合いを思い浮かべるが、そう言った素振りは感じられなかったが…ふむ?
首を傾げていると簪が服の裾を引っ張る。
「なんだ?」
「そろそろ急がないと、バスに乗り遅れる…」
「む、そうか…すまんなナターシャさん今日はすまなかった」
「いいのよ~、デートのお誘い待ってるわ」
ナターシャさんに投げキッスを送られると、ふくれっ面になったセシリアと簪に背中を押される。
いや、本当…もっと信頼を得られるように努力していきたいものだな。
「は、鼻の下を伸ばさないでくださいまし!」
「伸ばしていない、断じて」
「伸ばしてたもん!」
「もっと信頼してもいいのにねぇ」
楯無はクスクスと笑いながらちゃっかり俺の隣を歩いている。
強かなものだ…信頼あっての余裕とも取れるが。
バス停にてナターシャさんと別れ、俺達は一路織斑宅を目指すのだった。
イベント日程の改変により色々苦しんでたり…頑張るぜよ…展開遅いけど
どうにももっと書いていたいとか思ってしまって仕方ありませぬ
結末は決めてるんですがね