【完結済】インフィニット・ストラトス 〜狼は誰が為に吼える〜   作:ラグ0109

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秋月

夕刻の第二アリーナ。

無事に千冬さんに酒を届け、俺は天狼白曜を身に纏いセシリアと対峙している。

彼女が高みを目指すと言うのであれば、それに付き合ってやらなくては男が廃ると言うものだろう?

天狼の速度帯をサイレント・ゼフィルスのカタログスペックよりやや高めに設定し、セシリアの攻撃を紙一重で避け続ける。

セシリアはBT兵器の稼動効率向上に躍起になっているが、あまり良い成果は上げられていないようだ。

 

「くっ…何故あのIS操縦者にできて…!」

「あまり焦ってくれるなよ…できるものもできんと言うものだ」

 

弾幕の雨を掻い潜りセシリアの頭をすれ違い様に撫でながら通り過ぎ、PICを制御して無駄なく反転を行う。

焦りと言うのは成長を阻害するものだ。

向上心に繋がることもあれば、停滞に導くこともある。

糧にできるかどうかはあくまでもセシリア次第なのだが…。

今が踏ん張りどころだな。

 

「さて…そろそろ想定できる最大加速で振り回す…偏向制御関係無しに当ててみせろ」

「望むところですわっ!!」

 

身体を覆うマントをウイングスラスターへと変形させ、緩急をつけた不規則な起動で高速移動を始める。

身体にかかる負荷は、速度馬鹿の俺にとってはそう大したものではない。

殺人的な加速に常時身を置いているとこうもなるか…

セシリアは俺の軌道を先読みし、BT兵器を軌道上に置くように配置して順次斉射。

更に手に持ったレーザーライフルで正確無比な高速移動射撃を行ってくる。

入学当初にあった未熟さは最早無いと言ってもいいだろう。

この辺は流石国家代表候補生と言ったところか…。

 

「振り切れんな!」

「捉えた!いただきます!!」

 

BT兵器の網に捕らえられ、急制動をかけた後に四方八方からBT兵器による一斉射が浴びせられる。

ギリギリで身を捩り紙一重で避けるが背面にレーザーライフルによる直撃を受ける。

流石に回避のみでは分が悪い…楽しかったが。

 

「チェック・メイトですわね?」

「いやはや、狩られてしまったな」

 

直撃を受け体が硬直したところに後頭部にライフルの銃口がコツンと当てられ、俺はただただ手を上げて降参のポーズをするだけだ。

この分なら、サイレント・ゼフィルス相手に即撃墜と言う事態は避けられるだろう。

偏光制御射撃に関しては、サイレント・ゼフィルスに遭遇するまでに会得できれば良いなくらいに留めるのが良いかもしれんが…セシリアの性格上それを許しはすまい。

なんせ他人に褌を取られているのだからな。

 

「さ、先に狩ったのは狼牙さんですけどね…」

「んん?聞こえんなぁ?」

 

クックと忍び笑いをして、胴体と頭の展開を解除しつつセシリアへと振り向く。

案の定顔を赤くさせて頬を膨らませている。

 

「な、なんでもありませんわ!」

「そうか…まぁ、聞こえてはいたがな」

「んもう!」

 

セシリアが手で叩こうと振り下ろしてきたところをヒラリと避けて、背面に回ればゆっくりと押し出す。

そろそろアリーナ使用時間の期限が迫っているからな。

 

「押さないでくださいまし!」

「ほらほら、さっさと出ていかんと、どやされるからな」

 

セシリアをピットまで押していけば、揃ってISを解除して更衣室に向かって肩を並べて歩く。

雑談を交わしているもののやはり浮かない顔をしている。

 

「そう思いつめるな…偏向制御射撃はそもそも理論上の射撃方法だったのだろう?できるということが実証されたと思えば気も軽くなるだろうさ」

「そうですが…わたくし以外にもBT兵器に高い適正を持った者がいたと思うと…」

「俺や一夏の様な男性IS適正者がいるんだ…BT兵器も同様に適正が高い者が居ても不思議では無い」

 

セシリアの頭をぽんぽんと撫で見下ろす。

丁度更衣室に着いたな…。

 

「一先ず軽く汗を流して気持ちを切り替えろ…付き合えれば訓練も付き合うしな」

「えぇ…入り口で待っててくださいましね?」

 

更衣室でセシリアと別れ、すぐ隣の更衣室へと入る。

さて、俺も汗を…と思っていたのだが、そろそろと言うかなんと言うか…

 

「はろはろー!束さんの登場なのだー!」

「来たのは良いがな…」

 

更衣室の扉を閉めて壁に背を預けながら人間台風、天災篠ノ之 束を見つめる。

丁度良いと言えば丁度良い…聞きたい事もあったしな。

 

「篠ノ之 束…俺が聞きたいことがあるのが分かってて現れたな?」

「そうだよ、銀 狼牙…今日はマジな雰囲気だし真剣にお話してあげるよ!」

 

にぃっと笑みを浮かべながら束さんは顔を間近に近づけてくる。

俺は大して意にも介さず、真っ直ぐに射抜くように見つめる。

 

「天狼に何か仕掛けていたな?」

「そうだねぇ…私としてもね…想定外の事態だったんだよ」

 

束さんは変わらずクスクスと笑いながら俺の顔をマジマジと見つめてくる。

束さんが一手に俺の面倒を見る…これは俺が学園入学前に束さん自身から聞いた話だ。

ウラを返せば束さんが俺の身体をモルモット代わりに好き放題できると言う事にも繋がるのだが…。

 

「一々説明するのも面倒だから、ざっくばらんに言うとね?銀 狼牙は人間辞めちゃった感じかな?」

「辞めさせられたの間違いではないか?」

「辞めさせたのは、はーちゃんだけどね」

 

白が…?

俺が訝しがるような顔をすると、束さんは頬を膨らませる。

 

「はーちゃんは責めちゃ駄目だよ銀 狼牙。はーちゃんはキミを生かすために辞めさせたんだからね」

「タイミングはやはり、銀の福音襲撃か」

 

生かす…この言葉が示すものは…。

眉間を揉みながら深くため息を吐き出す…どうにも複雑な気分にさせられるな。

 

「銀 狼牙は撃墜されたとき、死ぬしかなかったんだよ…手の施しようが無い怪我を負ってね。だから、くーちゃんに施したモノとは違う方法で生体同期型ISになってもらったんだ」

「言ってしまえば半ISか…つくづく魔法みたいな技術だな」

「あれれ~?思ったよりも衝撃少ない?」

 

俺は軽く肩を竦めて苦笑する。

今更だしな…過去のことを考えると。

それに人の形を保っているのだからまだ良いだろう。

 

「今、キミの心臓は天狼のISコアが代替部品として機能してる。ガワは今まで通り待機状態になるけどそこにコアは無いからね…調べられたら大変になるかもね!」

「ダミーのコアを寄越しておいてよく言う…」

 

白の立体映像発生器…あれは今後天狼白曜が調べられる事態を想定してガワに搭載できるように作られた物のようだ。

深いため息を吐き出し軽く束さんの頭に頭突きをする。

思ってたより石頭なので此方が逆に痛い目を見たが…。

 

「ろーくんひっどーい!命の恩人なのに!」

「喧しい!勝手にモルモットにしておいて恩人面するんじゃぁない…だが、まぁ白含めだが…ありがとう」

「フフーン、解剖させてくれてもよ…で、出ちゃう!お脳が穴から…!!」

 

調子に乗り始めたので、何時もより強めのアイアンクローで束さんの頭を掴み持ち上げぶらぶらと揺らす。

ぎゃあぎゃあと何やら喚いているが努めて無視をする。

 

「俺に関することは黙っていてくれるなよ?気分が悪い」

「ぶー、はーちゃんから口止めされてただけだもーん」

「知らんな、勝手にやられていい思いする奴なんぞおらん」

 

ぱっと手を離し、束さんを見下ろす。

けろりとした顔で此方を見上げ、束さんはにんまりと笑う。

 

「生体同期型ISにしてしまったのは…まぁ、ちょっとだけ申し訳ないかなって思うけどね。…っと、そろそろお時間なのだ。いい、銀 狼牙…キミはもう人間に戻れないけど、死んで欲しくないからそうしてしまったと言う事は覚えておくべきだよ」

「そこまでお子様でもない…かといって割り切れるほど大人でもないんでな。悪意よりも善意が勝っていたと思えばまだ溜飲は下がるか…」

 

壁にもたれかかったまま腕を組みゆっくりと目を閉じる。

…俺は俺だ、何処まで行っても銀 狼牙なのだから。

ただ…俺も臆病者が板についてしまっているのか、セシリア達に打ち明けることをに戸惑いを覚えてしまう。

大丈夫だと思う半面、拒絶されたらと思うと…。

再び目を開いたとき、この場に束さんの姿は無かった。

過ぎ去った天災にため息を吐きつつ、セシリアを待たせないように急いで身支度を整えるのだった。

 

 

 

 

アリーナの出入り口でセシリアと待ち合わせ、月が照らす夜道を手を繋いで歩く。

ひんやりとした手が何とも心地よい…。

気持ち強めに手を握るとセシリアもまた握り返してくる。

少し、嬉しくなってしまって笑みを零す。

 

「フフ、どうしたのです?」

「いや、なに…友人が血涙を流しそうな状況だなと思ってな」

 

正直、弾には縁を切られても文句は言えないような交際をしているわけだが。

すまんな、弾よ…学園祭のとき、一人で行動していて良かったと本当に思う。

 

「五反田 弾さんでしたか…学園祭のとき店でお会いしたら涙を流しながら土下座していましたわね…」

「何をやっているんだ奴は…」

 

らしいと言えばらしいが…しかしそんな弾にも僅かばかりの脈を感じる女性が一人いる。

意外や意外…のほほんの姉である布仏 虚その人だ。

あれだろうか…普段きちっとしている優等生タイプはチャラ男に引っかかりやすいと言うアレだろうか…。

尚、誓って言うが五反田 弾は見た目こそ軟派だが、筋は通す男である。

優良物件と言っても差し支えないとは思う。

 

「女日照りが続いているからな…どうにも感覚が可笑しいのだろう」

「なんだか憐れにも思えますわね…」

 

セシリアはクスリと笑い此方にピッタリと身体を寄せてくる。

微かに香る香水の匂いが香ってくる。

少しだけ目を閉じ芳しい香りと耳に届く波の音を聞く。

 

「『月が綺麗ですね』」

 

ふと、気取った様に使い古された愛の囁きを呟くように口にする。

周囲に誰かがいるわけでもないし…たまには構わんだろう。

セシリアは俺の言葉が聞こえていたのか綺麗な笑みを浮かべる。

 

「フフ…それでしたらわたくしは『傾く前に出逢えて良かった』」

「知っていたか」

「教養は淑女の嗜みですもの」

 

ゆっくりと立ち止まれば、セシリアの身体を優しく抱き締める。

優しく頬を撫でながら顔を見つめると、セシリアは気持ち良さそうに目を閉じる。

月明かりに照らされてキラキラと輝くブロンドの髪が何とも言えぬ美しさをかき立てる。

 

「狼牙さん…わたくしはきっと…あの決闘の日に身も心も狩られてしまったのです…どうか、貴方の為になかせてください」

「嫌と言っても、もう遅いからな…」

 

顔を近付け、最初は唇が触れる程度に…徐々に深く舌を絡めるような大人のキスをする。

愛しい、たまらなく。

セシリアを狩ったのと同時に俺もまた狩られているのだろう。

ゆっくりと顔を離し、俺達は人気のないベンチへ向かい寮の門限ギリギリまで愛を語らうのだった。


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